バイオテック研究者はVCに縛られない大自然での起業を目指す

シリコンバレーの神話は、会社創設者を英雄視する物語がほとんどだ。しかし歴史的に見て、バイオ系企業を起業した科学者が率先して代表になる例は極めて少ない。

新薬の開発は時間を要し、リスキーで費用もかかる。大きな臨床的失敗は当たり前のことだ。そのため、バイオでは非常に高度な専門の知識と経験が求められる。しかし同時に、改変細胞、遺伝子治療、デジタル治療といった新医療の飛躍的進歩により、その価値を生み出す潜在力は、これまでになく大きくなっている。

こうした革新的医療には、会社創設者、会社の設立、事業そのもののまったく新しいモデルが付随している。そこでは、科学者、起業家、そして投資家が、それぞれバイオ系企業をどのように立ち上げるべきかを再考し再発明する必要がある。

過去においては、バイオテック向けのベンチャー投資会社が、専門知識、バイナリーオプションのリスク、独自の「会社創設」モデルによる桁外れの機会の組み合わせを調整していた。このモデルにも、もちろん科学者でもある創業者(サイエンティフィックファウンダー)はいるのだが、実質的に出資し会社を作るのはベンチャー投資会社だ。つまり、科学の進歩といまだ満たされていない医療上の需要とのマッチング、知的財産のライセンシング、アーリーステージのCEOなど重要な役割を果たすパートナーや経験豊富な経営チームの手配など何から何までを、ビジョンの実現のために引き受ける。

画像提供:PASIEKA/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Getty Images

これは、拘束状態で生まれ育てられるスタートアップと言うこともできる。早い時期に手厚い世話や食事を与えることで、確実に大きく育つようにする。ここでは、サイエンティフィック・ファウンダーは、経験豊富な「新薬ハンター」として患者のベッドの脇で機材を操り新たな発見を追求しつつ、助言者としての役割を担うことが多い(通常は大学での本業を続け、新しい知識を身につけ新発見を探る)。

このモデルの最大の目的は、非常に挑戦的な大仕事のリスクを低減させるために適切な専門家をテーブルに着かせることにある。新薬の作り方を生まれつい知っている人間など、1人もいないからだ。

しかし、このモデルを進化させたエコシステムは、それ自体が進化している。計算生物学や生体工学といった新しい分野は、生物学、工学、コンピューター科学を専門とする創設者という新種を生み出した。当然の流れとして、そうした人たちはすでに、専門家としてこの生まれたばかりの分野を牽引している。そうした進歩が、業界に改革をもたらし、注文生産への強い依存態勢から新薬開発を解放する。そこでは、1つの新薬の成功と失敗から得た細かい知識が次の薬のために蓄積され、工学と同じく何度でもやり直しがきく、組み立てブロック式のアプローチが実現する。

遺伝子治療を例にとってみよう。ある病気の患者の特定の細胞に遺伝子を届ける方法を習得すれば、別の病気の患者の別の細胞に別の遺伝子を届けることは格段に簡単になる。つまり、革新的な治療法という恩恵であることに留まらず、新しいビジネスモデルにも可能性が開けるということだ。業界全体にこの遺伝子デリバリー能力を提供できたとしたら、どうだろう。GaaS(Gene-delivery As A Service、サービスとしての遺伝子デリバリー)だ。

創設者はアイデアさえあればいい。それをテストするための費用も変化している。実験を開始するために、まずは完全な研究室を作らなければならない時代は終わった。AWSが技術系企業の創設までの時間を短縮し簡便化したのと同じように、共有研究スペースやウェットラボアクセラレーターのようなイノベーションが、バイオ系スタートアップの旅立ちに必要な資金と時間を大幅に削減した。今では、創設チーム(そして投資家)が早い時期に確信を得られる「キラー実験」が、100万ドル単位ではなく、数千ドル単位で可能になった。

これらはすべてサイエンティフィックファウンダーが行えるようになり、彼らには、会社設立を代行するベンチャー投資家に依存することなく、自力でバイオ系企業を創設するという選択肢が手に入った。すでに、そうしている企業は多い。そのような創設者が立ち上げた新世代のバイオ系企業は、野生児と言ってもいい。現実には楽ではない。周りはジャングルだ。そのため、失敗を繰り返し、素早く学び、本能を磨き、生き残るための技を身につける必要がある。だがその代わりに、改革の力を秘めた工学ベースのバイオプラットフォームにより、生き残った子どもたちはライオンにまで成長できる。

画像提供:Getty Images / KTSDESIGN/SCIENCE PHOTO LIBRARY

今日のバイオ系スタートアップには、どちらがよいのだろう。あらゆるリスクと報酬が待つ大自然の中に生まれるか、拘束されて育つか。

「拘束下で育つ」モデルでは、確実性と安全性が約束される。ベンチャー投資家が作ったバイオ系企業は、すぐにでも蓄えと信頼を得ることができる。創設資金は基本的に保証されている。名だたる科学者、企業家、顧問を魅了し、革新的で身軽な態勢、潤沢な資金と広範なサポートネットワークがバランス良く揃ったに環境で彼らをおびき寄せる。私は、そうした企業の初期の役員になれて大変に幸運だった。業界の権威といっしょに仕事ができて、国際クラスのバイオ系企業の作り方に精通した彼らに学べる機会に恵まれた。その複雑な構成要素となる基礎から応用分野におよぶ研究、臨床研究を一から学ぶことができた。ただし、それらには代償がある。

ベンチャー投資家には大きな負担となるため、サイエンティフィックファウンダーの取りぶんは、通常はとても小さい。創設者でCEOになった人間ですら所有権は5%止まりだ。こうした企業には、メディアの注目を集める5000万ドル(約52億6000万円)以上の投資が行われるが、資本は小出しにされる。つまり、予定の目標を達成するごとに施されるのだ。しかし、物事は予定通りに進まないものだ。小出しにされる資本は、セイフティーネットというわけなのだが、目標を達成できなければ、そのネットに体を絡め取られてしまう。

一方、大自然に生まれた場合は、安全性と自由の駆け引きとなる。代わりに会社を作ってくれる人はいない。自分が責任者となり、自分でリスクを負う。私は新卒生となって、ハーバード大学の遺伝子学者のGeorge Church(ジョージ・チャーチ)氏と共同で会社を設立した。自力での起業だ。資金繰りは潤沢どころか飢餓状態だ。しかし、新しいことに挑戦できる自由があり、ヘビメタの野生児オジー・オズボーンの塩基配列を読み取るといった(非)管理実験も行えた。

それはゲノム学革命の開拓時代であり、初代のバイオテック企業の多くがその実験を模倣した。どれも、ベンチャー投資家からの搾取はされていない。それらの企業はみな、闘志溢れる企業家と科学者CEOが作り上げたものだ。たとえば有機化学者でVertex Pharmaceuticalsの創設者であるJoshua Boger(ジョシュア・ボガー)氏は、1989年から新薬開発の新しい方法を実現しようと研究を開始した。それがBarry Werth(バリー・ワース)氏の著書「The Billion-Dollar Molecule」とその続編「The Antidote」に、失敗や不安の末のスリル満点の栄光の物語として取り上げられた。結果として彼の努力は、HIV、C型肝炎、嚢胞性線維症の治療法につながっている。

今日、私たちはバック・トゥー・ザ・フューチャーの時期に来ている。業界は次第に、この新種の科学者企業家によって前に推し進められるようになった。体外診断の会社GeneWEAVEのDiego Rey(ディエゴ・レイ)氏と、臨床研究所のCounsylのRamji Srinivasan(ラムジ・スリニバッサン)氏は、病気の診断方法の変革に尽力し、それぞれの会社を大手ライバル企業にみごとに売却した。

Y CombinatorやIndieBioといった人気のアクセラレーターは、こうした創設者表現型に勢いづけられたバイオ系企業で満ちあふれている。Y Combinatorで最初のバイオ系企業で今はユニコーン企業となったGinkgo Bioworksは、Jason Kelly(ジェイソン・ケリー)氏とMITの生体工学部のクラスメート3人、そして元MIT教授で合成生物学のレジェンドであるTom Knight(トム・ナイト)氏とで設立された。この会社は、業界を広範囲にわたって崩壊させるためのプログラム生物学の革新的な方法を開発しているが、「バイオテックのバークシャー」と彼らが名付けた革新的な複合企業ビジネスモデルの先駆けともなっている。

Ginkgoと同じように、Alec Nielsen(アレク・ニールセン)氏とRaja Srinivas(ラジャ・スリニバス)氏はスタートアップAsimovを設立した。MITで生体工学の博士号を取得した直後から、遺伝子回路で細胞をプログラムするという野心的な研究を行っている。そして、ボガーと同様に、機械学習で知られるスタンフォード大学教授であるDaphne Koller(ダフネ・コラー)氏も、Instiroの創設者でCEOとして新薬開発の改革に取り組んでいる。

薬の作り方と同じく、会社の作り方を生まれつき知っている人間はいない。しかし、この新しい世界では、これらの技術を持つ創設者たちは、それぞれの分野での深い専門性を備えているため、経験豊富な会社経営者よりもアイデアの迷路をうまく歩く能力がある。工学ベースのプラットフォームは、前代未聞の生産性を発揮するまったく新しいアプリケーション、新たな革新の機会、画期的なビジネスモデル、バイオ系企業の新しい作り方を生み出す可能性を秘めている。月並みなシナリオは、もう過去のものだ。

自分の会社を興そうとする創設者は、それでも、企業設立のための面倒な仕事の準備や手伝いをしてくれる投資家が必要だ。しかしそれは、支援、指導、ネットワークへのアクセスを通しての話だ。ここで紹介した新世代の創設者のように、今のバイオ系投資家も、新しい約束を再考(そして再評価)しつつ、得がたい先人の知恵に感謝する必要がある。言い換えれば、バイオ系投資家も学際的になれということだ。さらに、異なる種類のリスクに慣れることも大切だ。つまり、新しい成長途中の分野で、実績のない創設者を支援することだ。そして会社創設者として荒野でチャンスを掴もうと考えるあなたは、自分のことを理解し、信頼し、支援し、そして何より一緒に大きな夢を見てくれる投資家を探すことだ。

【編集部注】著者のホーヘイ・コンデイはAndreessen Horowitzの無限責任パートナー。生物学、コンピューター科学、工学が交わる分野の投資を担当している。

[原文へ]

(翻訳:金井哲夫)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。