それは2羽の小鳥から始まった。
4月以来スズメの一家が我が家の寝室の窓の外の雨どいの中に巣を作った。最初、小鳥たちは幸せそうなつがいだったが、何週間も経つ頃には味気ない、壊れたおもちゃか退屈した子供を思い起こさせるピーピー声を発するようになった。ピーピー声が際限なく続く中、朦朧とした頭の半分はまだ夢を見ているような状態でよく目を覚ましたものだ。
その小鳥たちは排水口の中にいたので、雨が嫌いだった。それで、私はいつ雨が降るのか、そしてついには鳥たちを巣から追い出してくれないかと思うようになった。雨が降って鳥が静かだと私はご機嫌だったが、それは長続きせず、鳥たちは戻ってきた。それで私は雨が降るかどうか、毎日知りたいと思うようになった。
まあ、これは現代人にとっては簡単なことだろう。
「スマホに聞いてみたら」と妻が言った。「鳥は気にならないわ、可愛いし」
その鳥は可愛くなかった。実際、その鳥たちは本当にきれいな鳥を追い払っていしまった。以前は明るい色彩のカーディナルなどが毎年夏になれば現れてテレビアンテナにとまって鳴いていたのだが。
私はSiriを呼んで尋ねた。
「今日、雨降るかな?」
「今日の予報では雨は降りません」とSiriは答えた。
しかし、それでは本筋を外しているというべきだろう。つまりアプリをチェックしたかった訳ではないのだ。いつ雨が降るのか予測をしたかったのだ。そして、その予想を持ってすれば、自分の睡眠が鳥どもの激しいわめき声に妨害されるかどうか真に予測できるというものだ。私は自分のことは自分でやりたかった、つまり自然のままの人間対自然のままのイライラ、と言う訳だ。でも気象学を勉強したい訳でもなかった。
鍵となるのは天候測定装置を設置することだと考えた。そのような装置なら色々見たことがあった。それらは屋外に設置するセンサーと屋内に設置するディスプレーから構成されている。しばらくの間そのようなものを使っていたことがあった。私の最初の「天候測定装置」は単に屋外の温度を測定し最高気温と最低気温を記録するだけのものだった。ちょうど鳥たちがやってくる前の、先の2月に故障し、何か替わりが欲しいと思っていたところだったのだ。
最初に試してみたのが「Acu-Rite 5-in-1 Color Weather Station」というモデルでデータは「カラー」のタブレット状のスクリーンに表示された。カラースクリーンというのはちょっとごまかしで、実は測定値はポケット電卓でよくあるような液晶表示だ。149ドルにしてはよく出来ていて降水量、気圧、気温、風速、そして体感温度を測定可能だ。しかしながら、その装置は単刀直入に雨を予報することはしなかったが、私の気圧を読む能力(というほどでもないのだが)により、雨が到来を察知することができた。つまり、雨が近づいてくると気圧が低下する傾向があるということだ。
2番目に試したモデルは最初のものよりずっと多機能なモデルだった。「Ambient Weather WS-1001-WiFi Observer」という機種で、WiFiに接続して測定データをWundergroundという、人気の気象情報を扱う独立系サイトに送信する。スクリーンは小さなタブレット状で驚くほどの量の情報や明瞭な気圧の変化を示すグラフなどを表示する。このモデルも先と同様に降雨量、気温、湿度を測定する。とりわけ素晴らしいのは、このモデルは屋内用無線温度計が付随するのでガレージや地下室の状況をモニターすることが可能だ。このモデルであれば天気を予測し鳥達を追い払うという目標にぐっと近づくことができるのではないかと思えた。
お天気コミュニティーでの良い市民たるべく、私は自分のシステムをインターネットに繋げて、取得したデータをお天気コミュニティーの同志と共有した。まさに猫好きが猫動画を共有するが如くだ。これで怖いものなしだ。
今回試した2つのモデルは両方ともボート型のセンサーアレイが付属する。そこには小型の風速測定用カップと、内蔵電池に頼らないで電源供給ができるようソーラーパネルが付いている。興味深いことにAmbientの方は充電池が付随し、Acu-Riteの方は2年間電池が持つらいしい。私がセンサーを設置していると隣人がフェンスの方まで歩み寄ってきて、屋根に何を設置したのか聞いてきた。
「寝室からあれが見えるんだけど」と彼女は言った。私は、あれにはカメラは内蔵されていないことを保証しなくてはならなかった。彼女は完全には納得していないようだったが、何とか尋問を取り下げてくれた。
しかしながら、両方のモデルともに、一番の問題はセンサーアレーの設置だろう。高い位置に設置しなくてはいけないが、我々にとってそのような唯一の場所は、ブルックリンの小さなガレージの屋根の上だった。センサーを設置するためには、旗を垂直の壁に立てるのに使う旗立を購入し流用した。壁の代わりに、その旗立をガレージの屋根にネジで据え付け、近所の人がくれた金属棒を穴に差し込んだ。こうして、若干不安定だがまずまずの強度のセンサーアレー用のスタンドができた。センサーは時間とともにやや傾いてきたが、落ちてはこなかった。
私の壮大な天気予測実験は1週間が経過し、鳥は相変わらずピーチクと鳴き続け、計測結果を理解し気に留めているのは私だけであった。非常に一般的な意味では雨を予報することはできたが、私はむしろ収集したデータに魅了されていた。 自らを定量化する時代に、私には定量化するガレージがあるのだ。その情報は何者にも束縛されず、エキサイティングで、当のうるさい小鳥たちとはほぼ何の関係もないものだった。
居間にいると妻が怒ってぶつぶつと言った。
「あなたのご立派な機械に、今日雨が降るかどうか聞いてみてくれる?」と彼女は台所からどなった。妻は測定値を見ていた。
「さあね」私はどなり返した。
そして、私はSiriに囁いた。
「雨、降るかい?」と私は聞いた。
「今日の予報では雨は降りません」とSiriは言った。私は音声を落とした。
私は台所に行き気圧計を指差した。
「今日はふらないね」と、私は勝ち誇ったように言った。
春の太陽が排水管の忌々しい小さな巣を乾かし、鳥たちのさえずりが、飽くことなく単調かつ執拗に続いている以外は、空は澄み渡り雨ははるか彼方に押しやられているのだった。
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(翻訳:Tsubouchi)