スタートアップ業界が成長するためには、人と人との繋がりが欠かせない。世の中を変えるアイデアを具現化し、みずからリスクをとって成功した起業家たちが、その過程で手に入れた知見や資金を次の世代に渡していく。知恵やお金が何世代にも渡って循環することで、エコシステムが徐々に大きくなっていくのだ。
これまで、自動車産業を中心とした従来型製造業のイメージが強い名古屋が“スタートアップ”という文脈で語られることは少なかったように思う。でも、その名古屋でもやっと知恵とお金の循環の芽が生まれようとしているみたいだ。
2018年6月、名古屋を拠点とするインキュベーターのMidland Incubatorsは、名古屋駅からほど近い名古屋市亀島にインキュベーション施設の「Midland Incubators House」を設立した。
Midland Incubators Houseは無料のコワーキングスペースとして開放するほか、東京のVCや起業家との交流会など各種イベントを開催していく。また、大きな金額ではないものの、Midland Incubatorsとして名古屋のスタートアップへの投資も行うという。
Midland Incubatorsを運営するのは、クラウド請求管理サービスのMisocaの代表取締役である豊吉隆一郎氏と執行役員の奥村健太氏。2011年のTechCrunch Tokyoの卒業生でもあるMisocaは、2016年2月に会計ソフトの弥生が買収した名古屋発のスタートアップ。広報戦略パートナーとして同施設のPRを行うのは、地方企業を対象にしたデジタルエージェンシーのIDENTITYだ。
Midland Incubatorsの運営資金は、おもに豊吉氏の個人資産によって賄われる。まさに冒頭に述べた循環システムの典型例だ。Midland Incubators設立の経緯について豊吉氏はこう語る。
「2011年にMisocaを創業する前、私はフリーランスのWeb開発者として活動していました。ただ、当時は24歳で仕事もないし、家もないし、パソコンもないっていう状態。そこで手を差し伸べてくれたのが、今では上場企業となったスタートアップの経営者でした。会社の寮に住んでもいいし、机もパソコンも使っていいと言ってくれたんです。そこでスタートアップの経営に触れたことで、起業に興味をもちました」(豊吉氏)
豊吉氏はエコシステムからの恩恵を受け、みずから起業する道を選んだ。その恩返しのつもりで、自己資金でインキュベーション施設を立ち上げることを思いついたのだそうだ。
でも、名古屋のスタートアップ業界の規模はまだまだ小さい。奥村氏は「私がMisocaに入社したのは約4年前。名古屋のスタートアップで働きたいと思っても、当時は片手で数えられるほどしか選択肢がなかった」と語る。そんな状態からインキュベーションを始めるのだから、結果が出るのは時間がかかるだろう。
それでも、誰かが始めなければならない。Midland Incubatorsの取り組みが、文字通り名古屋スタートアップエコシステムの孵化装置(Incubator)となるのだろうか。数年後が楽しみだ。