法律×IT領域で起業・サービス普及しやすく——LegalTech協会発足、RPAテクノロジーと業務提携も

テクノロジー、特にデジタルテクノロジーを既存の産業の中で活用する動きを指して「○○(産業)×テック」と、TechCrunchでも紹介することがある。金融×ITの「フィンテック(FinTech)」や広告×ITの「アドテック(AdTech)」などは、読者の方なら目にする機会は多いだろう。

とはいえ、日本でも話題になることが多くなったフィンテックでさえ、老若男女に広く知られているかと言えばまだまだ怪しいもので、ほかの領域ならなおさら認知されていないのが現実だ。法律×テクノロジーの「リーガルテック(LegalTech)」もまた、そうした領域のひとつ。この状況を打破するため設立されたのが、LegalTech協会だ。

今日発表されたLegalTech協会が設立されたのは、2018年9月。代表理事には集団訴訟プラットフォーム「enjin」を運営するクラスアクション代表取締役CEOで、弁護士の伊澤文平氏が就任している。

伊澤氏は日本のリーガルテックについて「対象企業も少なく、この領域で事業運営をするための下地もなければ社会的認知もほとんどないのが現状」と憂慮する。

「この状況では、弁護士の間や法務の領域では顕在化している課題のIT活用による解決だけでなく、クラスアクションが行おうとしているような、潜在マーケットへの進出もままならない。関連する士業に携わる個人をはじめとした、多くの人が、リーガルテック領域で起業しやすく、サービスを普及しやすくするための啓蒙活動などを行うのがLegalTech協会設立の目的だ」(伊澤氏)

先行するフィンテック業界では、2015年9月にFintech協会が設立されている。同協会は、この領域でスタートアップや一般企業、関係省庁との連携を図り、市場の活性化や日本の金融業界のプレゼンス向上を目指して活動。2018年10月末現在でベンチャー107社、一般法人241社と個人会員が参加し、一大業界団体として機能している。伊澤氏はFintech協会をモデルに、LegalTech協会でも活動を行っていく考えだ。

具体的には、国内外の関連する団体などとの情報交換や連携・協力のためのミートアップや、ビジネス機会創出のための活動、関連省庁との連携や意見交換、リーガルテックに関する調査研究や情報発信などを実施していくことを予定している。

特に省庁への政策提案やガイドラインの策定・提言については「クラスアクション自身でも法律の壁を経験した」と伊澤氏は述べ、積極的に手がけていくという。

「幸い、弁護士や法務に携わる、法的素養を持つ人の集まりとなるので、ほかの領域の団体に比べてこうした活動は進めやすいだろう」と伊澤氏は話す。「弁護士や関連領域に携わる士業、リーガルテック領域のサービスを利用するユーザー企業も巻き込んで、議論やアライアンスの場、営業ツールとしても機能させたい」(伊澤氏)

既に弁護士や、クラスアクション以外のリーガルテック企業からの賛同も得ているというLegalTech協会。Wordで作成した法務文書の履歴管理・共有サービス「Hubble」を運営するRUC CEOの早川晋平氏、契約書の作成・締結・管理サービス「Holmes」(旧社名リグシー)の代表取締役 笹原健太氏、オンライン商標登録サービス「Cotobox」のCEO 五味和泰氏、東大発の判例検索サービス「Legalscape」の代表取締役CEOの八木田樹氏など、TechCrunchでも紹介してきたリーガルテックのスタートアップのほか多数の関連企業が参加を表明。さらに日本マイクロソフトが顧問として参加、ココペリSmartHRといった法務以外の領域の企業の参画も決定している。

伊澤氏は「リーガルテックに関わるすべての企業に参加してもらいたい」と話していて、年内にもセミナーを開催予定、そのほかにも研究会や分科会を協会内に設置していくということだ。

RPAテクノロジーズとの提携で士業の自動化を推進

活動の一環として、LegalTech協会は発足発表と同じ11月16日、RPAホールディングスの子会社RPAテクノロジーズとの間で業務提携契約を締結したことを発表した。

提携は、弁護士事務所をはじめとした士業の業務効率化を目的としたもの。RPAテクノロジーズが提供するRPA(ソフトウェアロボットによる業務の自動化)サービス「BizRobo!」を活用することで、士業関連業務に合わせたロボットを共同開発し、業務の置き換えによる負担の軽減を図る。

例えば、手書き書類のデジタル移行の自動化や契約書類の自動チェック、使用ツール間のデータ連携、判例検索とその絞り込みの自動化などの業務へのRPA適用が考えられている。

両者はまた、導入効果を測定・記録し、さらに業務改善につながるRPAソリューション開発のための提案も行っていくとしている。伊澤氏は「弁護士だけでなく、ほかの士業のニーズも把握したい」と話す。

「実は士業のRPA導入のハードルは高い。一方で、手書き書類の多さや業務の煩雑さなど、RPAで改善されるはずのことも多い。日本のRPAサービス提供者としては大手のRPAテクノロジーと組むことで、業界の業務改善を進めていきたい」(伊澤氏)

LegalTech協会とRPAテクノロジーズは、必要に応じて、これらの取り組みを行う別事業体の立ち上げも視野に入れながら、協業していく予定だ。さらにRPAの普及後は、各種業務へのAI導入・普及にも取り組んでいくという。

集団訴訟をプロジェクト化して支援する「enjin」公開、運営会社は6000万円を資金調達

士業の中ではIT活用がなかなか進まないイメージのある弁護士、法務の世界でも、このところ新しいサービスが増えてきた。契約書の作成・締結が行えるクラウドサービス「Holmes」や、AIを使った契約書レビューサービスの「LegalForce」、「AI-CON」などがそれだ。

5月21日にベータ版がリリースされた「enjin(円陣)」もそうしたリーガルテックサービスのひとつ。集団訴訟を起こしたい被害者を集めて弁護士とつなぐ、集団訴訟プラットフォームだ。プロジェクトに賛同する人を集めるという点ではクラウドファンディングのようでもあるし、事件に適した弁護士とつなぐという点ではマッチングプラットフォームのような仕組みでもある。

enjinを運営するのは、2017年11月に弁護士でもある伊澤文平氏が創業したクラスアクションだ。クラスアクションではサービスリリースと同時に、500 Startups Japanと個人投資家を引受先とする総額6000万円の資金調達をJ-KISS方式で実施したことを発表している。出資比率は500 Startups Japanが5000万円、個人投資家が1000万円で、今回の調達はシードラウンドにあたる。

代表取締役CEOの伊澤氏が弁護士となったのは20代前半のこと。弁護士として、いろいろな詐欺事件の相談を受けてきたという伊澤氏は「詐欺事件の多くに共通するのは、1件あたりの被害額はそう大きくないことだ」と話す。

「たとえば社会人サークルなどでネットワークビジネスに勧誘されて、払ったお金が何も返ってこない、というケースはよくあるが、1人あたりの被害額は10万円とか20万円。一方訴訟を起こすとなると、弁護士のほうもボランティアではないので弁護士費用がかかるが、その費用は1件あたり30万円を超える。そうなると、弁護士は被害者を救いたくても事件を受けることができない」(伊澤氏)

消費者庁による2016年の調査(PDF)では、消費者被害で年間約4.8兆円の被害が出ているが、30万円ぐらいまでの少額被害者の多くは泣き寝入りをしているのが現状だ。

伊澤氏は「少額被害者は多いが、それを助けられないのが歯がゆかった」という。そうした中で、法改正をきっかけに集団訴訟の手続きについて調べる機会があり、「集団訴訟にすることで被害者を救えるのではないか」と考えた。

水俣病訴訟に関わった弁護士とも話してみて、集団訴訟では被害者1人あたりの訴訟負担額を激減できることがわかった、という伊澤氏。「30万円の弁護士費用でも、30人集めれば1人あたり1万円にすることができる。被害者にとっても弁護士にとっても、双方にメリットがあるサービスが作れると思った」とenjin開発のいきさつについて語る。

enjinではまず、被害者が集団訴訟プロジェクトを立ち上げて、同様の被害に遭った人にプロジェクトへの参加を募る。一定数の被害者が集まったところで、enjinに登録した弁護士にプロジェクトが紹介され、弁護団を形成することができる。その後は弁護士主導で裁判外、裁判内での解決を目指していく。

6月には直接の被害者だけでなく、被害者以外からの支援が受けられる寄付機能も追加予定。集団訴訟プロジェクトに賛同する人をスポンサーとして、活動することができるようになるという。

また集団訴訟では、被害者が多数いることから事務手続きやコミュニケーションが煩雑になる。そうした事務やコミュニケーションを円滑にするようなシステムの提供も9月に検討しているそうだ。

現在、enjinでは無料でサービスを公開しているが、今後、登録した弁護士からシステム利用料や広告料の形で費用を受ける予定だという(弁護士法上、事件ごとの紹介料という形は取れないため)。

クラスアクションでは今回の資金調達により、集団訴訟に関する情報提供のためのコンテンツ制作や、サービス開発・運営体制の強化を図っていく。具体的にはエンジニアや編集者などの採用を強化していくという。

クラスアクションはenjinの利用が広まることで、これまで泣き寝入りしていた被害者を救い、表に出なかった事件を顕在化すること、さらに事件の顕在化により加害者への抑止力となることを目指している。

伊澤氏は「埋もれた被害にスポットライトを当てると同時に、弁護士に対する(世の中の)見方を魅力的にしていきたい」とも話している。「司法制度改革で弁護士は増加しているが、事件がそれに比例して増えているわけではなく、限られた事件のパイを取り合うのが今の状況。弁護士は儲からない、といったネガティブな見方をなくすためにも、弁護士の仕事を増やしたい」(伊澤氏)

そういう意味では、ニュースが取り上げる以前に、enjinを起点として問題を発信していきたい、という伊澤氏。詐欺事件のほかにも、労働問題、製造物責任、個人情報漏えい、環境問題、夫婦別姓、株主賠償や著作権侵害など広く社会問題を扱い、「何かあったらenjinに来る、というサービスになっていければ」と語った。

写真:前列左から2番目がクラスアクション代表取締役CEO 伊澤文平氏。後列左端は500 Startups Japan代表 James Riney氏。