日本のインキュベーターの草分けでもあるサムライインキュベートが、シリコンバレーに次ぐ「スタートアップの聖地」と言われるイスラエルに進出する。5月に同社代表の榊原健太郎氏が自ら移住し、同国最大の商業都市であるテルアビブに支社を設立。起業家と共同生活して100%事業にコミットするためのシェアハウス「Samurai House in Israel」を開設し、世界を狙う日本のスタートアップを徹底的に支援するという。これに伴い、シェアハウスへの入居者募集を開始。応募条件は英語で日常的なコミュニケーションができることなどで、専用サイトで4月2日まで募集している。
サムライインキュベートは榊原氏が2008年3月に創業。現在は東京・天王洲アイルに起業家支援のためのコワーキングスペース「サムライスタートアップアイランド」を構え、経営やマーケティング、財務などさまざまな面でサポートしている。2009年には「サムライファンド」を立ち上げ、1号ファンドからは、スマートフォン向けの広告配信サービスのノボットが創業2年目にKDDI子会社のmedibaに15億円で売却されている。
今でこそ80社以上に投資しているサムライインキュベートだが、創業当初は東京・練馬に築20年を超える一軒家を借り上げ、スタートアップ5社と寝食を共にして24時間体制で起業家を支援していた。榊原氏が「サムライハウス」と名付けたこの一軒家は、日本で最初の共同生活ができる起業家向けのコワーキングスペースだという。このたび立ち上げるSamurai House in Israelは、イスラエル版のサムライハウスと言えそうだ。
IT業界の巨人が熱視線を送る中東のシリコンバレー
イスラエルは年間700社以上のハイテクスタートアップが設立され、中東のシリコンバレーとも評される。TechCrunch編集者のMike Butcherは「テルアビブで石を投げればハイテク分野の起業家に当たる」と、スタートアップの盛り上がりを表現している。大手VCの視線も熱く、SequoiaCapitalやKPCB、IntelCapitalなどが現地のスタートアップに投資し、これらの企業をIT業界の巨人が相次いで買収するなど、「イグジットのエコシステムが出来上がっている」(榊原氏)のだとか。
例えばFacebookは2012年6月、iPhoneで撮影した写真に写った友達にその場でタグ付けできるアプリを手がけるFace.comを買収。その金額は8000万ドルから1億ドルに上るとも報じられている。このほかにも、Microsoftは検索技術のVideoSurfを、AppleはXboxのKinectに採用された3Dセンサー技術のPrimeSenseを、Googleは地図アプリのWazeを買収するなど、M&Aの事例は枚挙にいとまがない。
ちなみに、イスラエルのスタートアップ事情を詳しく説明する書籍『アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?』では、「もしイスラエルが“インテル・インサイド”にならって製品に“イスラエル・インサイド”のステッカーを貼ったとしたら、そのステッカーは世界中の消費者が手にするほとんどすべての製品が対象になる」とその技術力の高さを評している。
そんなイスラエルに進出するサムライインキュベートは、現地にシェアハウスを開設して何をするのか。
榊原氏によれば、現地の滞在先やシェアオフィス、シードマネーの500万円を提供するほか、イスラエルでの起業やチームビルディング、ファンディング、マーケティングなどの面で支援するのだという。「イスラエルは物価が日本より高いため、僕も入居者と自炊することになりそう」と話すように、文字通り寝食を共にするようだ。こうしたサポート以外にも、榊原氏が築いた現地のエンジェルやVCとの人脈を活かし、支援先のスタートアップへの投資を促していく。
海外のVCの多くは、そもそも日本の起業家がどういうものかあまり知らないため、日本に登記しているスタートアップに投資したがらない傾向がある。また、日本市場は世界の市場規模に比べて小さいことから、市場規模の大きい世界へ展開している企業が関心を持たれがちだ。
その点、日本の四国ほどの面積に人口がわずか776万人のイスラエルは国内市場がないに等しく、敵対するアラブ諸国からなる周辺国の市場も見込めない。だからこそ、世界レベルで活躍するスタートアップが生まれるのだと榊原氏は指摘する。現地のスタートアップに興味を持つVCも多いことから、「日本のスタートアップがイスラエルを経由してシリコンバレーや世界に進出できる可能性も大きい」(榊原氏)。
シェアハウスの入居応募条件は、英語で日常的なコミュニケーションができる人(ちなみに榊原氏自身も、週に3回ほど英会話学校に通って英語を特訓中らしい)。エンジニアを獲得できるCEO候補、長期滞在可能、イスラエルに知見がある、テクノロジー寄りのサービス、イスラエルと親和性の高い事業アイデアを持って実現できる人であれば、なお歓迎なのだという。応募は日本人起業家が大半を占めると思われるが、「サムライ魂を持っていれば、国籍は問わない」としている。
日本の住居を5月で引き払い、背水の陣でイスラエルに挑むという榊原氏。当面の目標としては、3年以内に現在のサムライインキュベートと同様、年間60社以上に投資することを掲げる。投資先としては日本人の起業家、日本人とイスラエル人のチーム、それ以外の海外起業家が対象。長期的には2020年の東京オリンピックが開催されるまでに、日本からGoogleやAppleといった「ホームラン級」のスタートアップを輩出したいと語っている。
「イスラエル経由世界行き」を実現するスタートアップが増えることを期待したい。