採用とは候補者の人生の時間投資を引き出すこと——TechCrunch School #12:キーノートレポート

写真左から:インキュベイトファンドGeneral Partner 和田圭祐氏、HR Partner 壁谷俊則氏

TechCrunch Japanでは今年3月から4回にわたり、イベント「TechCrunch School」でHR Techサービスのトレンドやスタートアップの人材戦略など、人材領域をテーマにイベントを展開してきた(過去のイベントについてはこちら)。HR Techシリーズ第4弾として12月7日に行われた「TechCrunch School #12 HR Tech最前線(4) presented by エン・ジャパン」では「スタートアップ採用のリアル」をテーマに、キーノート講演とパネルディスカッションが行われた。この記事では、キーノート講演の模様をレポートする。

登壇者はインキュベイトファンド General Partnerの和田圭祐氏とHR Partnerの壁谷俊則氏。インキュベイトファンドは創業期の投資・育成にフォーカスしたベンチャーキャピタル(VC)だ。キーノートではVCの立場から、スタートアップの採用戦略や支援の手法について紹介してもらった。

最初に和田氏がインキュベイトファンドの投資の取り組みについて説明した。インキュベイトファンドでは、4名の共同パートナーにより、累計300億円、300社のポートフォリオを運用。会社設立前のプレシード期から積極的に事業相談に応じている。最近では金融・医療・エネルギーなど既存の大きなマーケットに切り込む戦い方をするスタートアップや、研究開発を行い難易度の高い技術を活用する企業も投資先に増えているそうだ。

背景には、VCへの資金流入が増えていることがある。既存産業の主要プレーヤーである大企業も、スタートアップに期待をして資金を投入している。「こうした資金の最大の使途は基本的には人材だ」と和田氏は言う。「人材は事業の成長の加速度や成否が大きく左右される、最大のファクターだ。資金流入の加速により、数年前に比べても、CxOになる人たちは明らかにハイスペックな人が増えているという実感がある」(和田氏)

そうした状況下、資金を提供するだけではなく、採用の支援も行おうということで、4月からインキュベイトファンドのHR専任担当に就いたのが壁谷氏だ。壁谷氏はフューチャーベンチャーキャピタルを経て、人材紹介事業を行うクライス&カンパニーでマネジメント領域の転職支援、ランスタッドでキャリアコンサルタントのマネジメントを行った後、インキュベイトファンドに参画。現在は、投資先企業20〜30社の採用ステージを支援しているそうだ。

スタートアップ創業初期の採用は創業者の個人戦

スタートアップにおける採用のやり方は、創業初期の初めの5人を集める段階と、組織全体で数十人規模の採用を行っていく段階とで、かなり変わっていく。「それぞれのフェーズでどう採用を行っていくか、またフェーズによる差異をどう吸収していくか、ということを悩んでいる企業は多い」と和田氏は言う。

VCが投資を行い、採用活動をサポートする場合は、初めの5人の段階で手伝うことが多く、パートナー自身のネットワークの中で一緒に人を口説くこともやる、と和田氏は話す。「このタイミングでは創業者のカリスマ性やリーダーシップ、プロダクトにかける情熱など(を武器に)、アナログな戦い方で一人ひとりタレントをそろえる。プロダクトや会社としての実績、基盤や組織もできていない状況では、社長の魅力で勝負していくことになる」(和田氏)

このフェーズでは、投資は決定しているがファウンダーが一人しかいない。だが、やろうとしていることの規模感から考えると一人ではとても足りない、という状況だ。VCは、事業戦略に合わせてどんなコアメンバーが必要で、それぞれがどういったスキルセットをどれくらいの基準で持っていなければならないのかを創業者と徹底的に話し合い、バイネームで誰が欲しいかまでを記すような、具体的なスカウトリストを一緒に作ると和田氏は言う。

「ファウンダーのネットワークの中で候補となりそうな人を共有しながら、VCのネットワークでも該当しそうな人がいれば紹介していく。候補者の感触が良ければ、継続的にコミュニケーションを取っていく」(和田氏)

候補者を口説くプロセスについては、和田氏はこう話している。「初めからいきなり、『これから立ち上がるスタートアップに参画してくれ』といっても、なかなか踏ん切りが付かないものだ。また優秀な人ほど、今の職場でも非常に評価されていたりする。そこで時間をかけ、事業のアップデートがあれば随時、丁寧に伝え続けて口説くという手法をとる」(和田氏)

採用候補者がスタートアップや経営の経験を持つ人材の場合は、創業者の強みや弱み、癖などを客観的に見てどうかといった意見も、VCに対して求められることがあるという。また、どういうチームプレーやサポート関係になれば理想的になるか、と聞かれることもあり、ナンバー2、ナンバー3としての働き方をサポートしていくこともある、と和田氏は述べる。

採用強化フェーズで大切にしたい3つのポイント

初めの5人を集めた後は、数十人規模へ組織化していくフェーズへと移る。ここからは壁谷氏から、チームづくりと採用について説明してもらった。

このフェーズは、資金調達から人材採用に大きく舵を切り、会社全体の組織戦として採用を強化するとき。引き続き10人に満たない時点では、経営陣はアナログに採用を行いつつも、事業も大きくなり、忙しくなってくるため、それだけでは追いつかなくなってくる。壁谷氏は「この段階からは、採用の入口から出口までプロセス全体を設計し、アプローチからアトラクト(魅力付け)までをしっかり選んでやっていかなければならない」と話す。

また、この段階では最初期とは違い、サービスや事業の実績・評判、プロトタイプなどの先進的な事例は出ているはず。それを表に出して共有しながら「この事業を一緒により拡大していくために、皆さんの力が必要です」ということを伝えていくことになる。「(創業者の)思いだけではなく、事例も合わせて伝えていくことが必要になってくる」と壁谷氏は言う。

そして会社がまだ十数人規模の段階では「会社のメンバー全員が採用担当です」と言い切って採用活動が行える環境をつくることが大事だと壁谷氏は言う。「そういう意味では社長一人の努力でなく、組織文化や各人の業務範囲、権限委譲なども重要なファクターとなってくる」(壁谷氏)

投資先の採用強化フェーズで、壁谷氏がVCとして大切にしている点が3つあるという。1点目は採用計画の共有。事業計画を形にするためには、どういう採用を実現しなければならないかを共有し、採用フローの全体像を把握する。この時点ではメガベンチャーでもない限り「あらゆる手段を使って」採用を行うにはリソースが足りない。どの手段をとるかを決めて、採用をスタートしていく。

2点目は、誰を採るか、採用人材のターゲティングだ。「ややもすると『うちのようなスタートアップに来てくれる、アツい、イケてる人』といった漠然としたターゲットになりがち。『今どの会社で何をしている人が必要で、そうした人が自社のようなスタートアップに来る動機があるとすれば、転職理由はここなのでは?』と仮説を持ってターゲットを設定していくことが必要。仮説をたくさん持つことでターゲットを広げていくことはあり得るが、ぼんやりとしたターゲットにすることは適切ではない」(壁谷氏)

ターゲット設定はなぜ必要なのか。壁谷氏は3点目の「採用広報」と関係があると指摘する。「自社ホームページやWantedlyなどで採用広報をかけていくときに、ターゲットと仮説が曖昧だと、出すメッセージも曖昧になる。この人に読んでほしい、こういう志望動機の人に見てほしい、というのがなければいけない。ターゲットがハッキリしたら採用広報を強化し、事業ビジョンやマーケットの課題、それを解決するための自社のポジショニングなどを発信していく」(壁谷氏)

同時に資金があるなら、リソース不足を補うために人材紹介会社も活用できるが「ここでも、情報やターゲットをしっかりとエージェントに展開しなければいけない。何となくいい人連れてきてください、ということでは良い人材は出てこない」と壁谷氏は話している。

転職者の「企業選定」「面談」には手厚く対策すべし

続いて壁谷氏は、採用で起こりがちな課題を“打ち手”ごとに紹介した。

上図の左側の課題に対して、右側のような状況になることが理想なのだが、どうすれば“意図的に”そうした状況を作っていけるのだろうか。

壁谷氏は「企業側の採用フローと転職者の応募のフローを並べてみたときに、企業側は転職者の『企業選定』と『面談』への手当が抜けていることが多い」と指摘する。「企業側の採用フローの中で、転職者の企業選定と面談への対策は『アプローチ』と『面談』の間ぐらいにあるのだが、ここへの手当が少なくなっている」(壁谷氏)

では具体的に、どのように手を打てばよいのか。まず、採用候補者が企業を選定するフェーズでの対策について、壁谷氏は「この時点では転職者は、自分の興味関心のある分野の企業や共感できるビジョンを探している」と説明する。

転職者が企業情報から何を読み取るかといえば、

  • 事業領域、マーケットの伸び
  • 事業モデルのユニークさ、競争優位性
  • 経営チームの経歴や社長メッセージへの共感度
  • ポジションの魅力、将来的なキャリアの展望

といったポイントだ。壁谷氏は「このあたりのポイントをコンテンツとして出しておかなければ、そもそも次の面談に進まない。採用広報コンテンツには、これらの要素を盛り込んで発信することがとても大事だ」と言う。そこで壁谷氏が勧めるのは「採用PITCH資料」の作成だ。

壁谷氏の言う採用PITCH資料とは、求職者向けに会社のことを知ってもらうために、ファイナンスやプレゼンコンテストとはまた別に用意するピッチ資料のこと。この資料を作ることこそが採用コンテンツを作るためのベース作りになるのだと壁谷氏は言う。「我々はVCとして、いろいろな会社からプレゼンテーションを受ける。経営者は、まだ会社を立ち上げる前からしっかり資料を作り込んでピッチを行うが、それは我々から投資を引き出すため。だが採用も、候補者の人生の時間を直接投資してもらうことだと考える。もう戻らない、かけがえのない時間をその人から引き出すためには、その人が魅力に思い、自分の時間を投資してもいいと思えるような情報を伝えていくことが必要だ」(壁谷氏)

壁谷氏が言う「採用PITCH資料」に盛り込むべき内容は以下の通り。

  1. Vision・事業概要・会社情報
  2. メンバー紹介/ボードメンバーの経歴概要
  3. マーケットの課題(現状)と自社のポジショニング
  4. 今後の成長戦略
  5. サービス導入のケースと顧客の声
  6. チーム体制・組織図(現在→1年後→3年後)
  7. 採用ポジション情報
  8. 今のフェーズで入ることの面白さ、魅力
  9. ニュース、職場風景、イベント記事等の掲載

このうち、1〜5については、資金調達の際に作るようなピッチ資料でカバーされているはずのコンテンツ。6〜9が新たに採用候補者向けに盛り込むべき内容だ。

チーム体制や組織図については、事業戦略をもとに「事業計画通りに行けば、1年後、3年後にはこういう組織になる」というものがあれば、候補者にとって「今入社すれば3年後にどれぐらいの組織体になっていて、このポジションになっているんだろうな」ということがイメージしやすく、自分の時間を投資して良いかどうかを判断しやすいという。

これらの情報がきちんと準備され、四半期に1度ぐらいで更新されていれば、採用広報の場面では情報を「Twitterでどう出そうか」「Facebookでどう展開しようか」という出し方を考えればよい、というわけだ。壁谷氏は要素を盛り込むときには、Wantedlyの「なにをやっているのか、どうやっているのか」といった「問い」が参考になる、とも話している。

次は、採用候補者が企業と面談するフェーズでの対策について。ここで言う「面談」は正式な「採用面接」の前段階に当たる、カジュアルな面談のことだ。壁谷氏は、キャリアコンサルタントとしての経験から「面談・面接・相談はそれぞれ言葉が違う。面談とは何か、ということをきちんと定義しておいた方がいい」と語る。

「私としては、面談とは、候補者が今までどんな思いでどういうことをやってきたかというキャリアの棚卸しをし、次に将来ビジョンやその人の持つ仕事の価値観を引き出した上で、では一緒にこれから、こういうキャリアストーリーを描いていこう、ということを出していく場だと考える。最終的には、企業の人事や採用に関わる人が協力し、自社への強い応募動機につなげることを目的とするものだ」(壁谷氏)

この目的のために面談で実施することは、候補者の仕事力、価値観、状況、意思決定のポイントの“確認”と、自社からの事業ビジョン説明、候補者を理解した上でのやりがいの提案、キャリア価値の提案・共有といった“情報提供”だ。

壁谷氏は、スタートアップの悩みとしてよくある「たくさんの候補者に会っていても、候補者の志望動機が上がらない、次のステージへ進まない」というのは、上で述べられたような意図・目的で面談に臨んでいないからだ、と指摘する。

「企業側の採用フローにおける面談も、人材紹介会社が候補者にやっている面談と同様に、意図を持ってやらなければいけない。目的を見失うと、カジュアル面談の場で自分たちまで“カジュアル”になってしまう。演出上、敷居を低く、接点を多くしてカジュアルに面談を行うのはよいが、目的をイメージして面談に臨んでもらいたい」(壁谷氏)

意図・目的を持ち、面談の実施がうまくいけば、必ず次の正式面接に強い志望動機や高いモチベーションを持って、候補者が進んでくれる、と壁谷氏は話す。「採用情報の提供のときに事前の情報提供をしっかり行い、面談のときにも採用PITCH資料を渡せるといい。そして面談の中で候補者のキャリアの棚卸しにきちんと協力して、『うちで働くとこういうキャリアイメージがあるが、それはあなたにとってどうだろう』という話をし、本当に興味があって仮説が正しいと思ってもらえる人に正式にエントリーしてもらう。これでぐっと採用力は上がってくる」(壁谷氏)

エージェントが紹介する「最初の3社」に選ばれるために

壁谷氏はさらに「人材紹介会社をうまく使うということも、スタートアップ企業にとっては大事なこと」と続ける。採用エージェントとの関係においても「普通に声だけかけると、エージェントの担当者にも企業開拓のノルマがあるのでアポイントはいっぱい入ってくるが、本当に(人材を)出してくれるかどうかは分からない」と壁谷氏は明かす。

その理由は、エージェントビジネスの儲けの構造にある。エージェントは、人材を獲得しやすい案件で、書類選考から内定までの通過率が高く、採用者の年収が高くエージェントフィーの率もよい案件を好む。しかし「スタートアップ企業への人材紹介ビジネスは『市場の失敗』領域じゃないかと思えるぐらい逆」と壁谷氏は言う。

「全然知られていないスタートアップでは応募への反応がない。また、高スペックの人を選びながら採用に至らないことも多いので、エージェントの気持ちも萎える。さらに採用者の年収が低めでフィーも安くしてくれ、と言われるとエージェントとしてはやりたくなくなる」(壁谷氏)

もちろん人材紹介会社の中にも、スタートアップにぜひ人を紹介していきたい、という志ある人はいるが「経済合理性だけでは難しい。気持ちや社会的意義でやってくれるというエージェントは、ぜひ大事にしてほしい」と壁谷氏は言う。

また、壁谷氏は「担当エージェントのマインドシェアを高めることも重視しなければならない」と言う。エージェントの1カ月あたりの候補者との面談数は、キャリアコンサルタントとリクルーティングコンサルタントを兼ねる一気通貫型の担当で20名、分業型の場合で40〜80名。つまり分業型の場合、1営業日あたりで見れば2名以上、多い会社では5〜6名と面談することになる。

「1時間の面談の中で、エージェントは30分は候補者の話を聞く。後半20分で企業案件の提案をし、最後の10分で諸々の手続きなどを行うとすると、案件の説明には1社あたり5〜7分かかるので、提案できるのは平均3社ぐらい。スタートアップはエージェントと候補者の初回面談のときに、対面で提案するこの3社の中に入っていかなければいけない。それ以外の会社は『こういう候補もありますので後で見ておいてください』となってしまう」(壁谷氏)

エージェントがちゃんと熱を持って語った会社なら、スタートアップであっても魅力に感じてもらえるし、志望動機は上がっていく、と壁谷氏は言う。では担当者のマインドシェアを高めるためには、どうすればよいのか。

壁谷氏は「特に分業型エージェントの場合、リクルーティングの担当者だけではなく、候補者と対面するキャリアコンサルタントの手元に自社に関する情報がすぐある状態を作らなければならない」と説明。これは採用PITCH資料があればできる、と話す。

「話題が多ければ、エージェントは候補者に話したがる。またFacebookやYouTube、Twitterなどでの情報発信も、エージェントへの提供材料となり、印象も変わる。こうしたコンテンツ、ネタがあればあるほど最初の3社に入りやすい。誰かに話したくなるような、ユーザー体験をエージェントに持ってもらうことも大切。エージェントと経営陣との接触機会を増やしていくこともよいだろう。そうすることでエージェントのマインドシェアを高めていくことができ、(明確な)志望動機を持ったよい候補者が出てくるようになる」(壁谷氏)

「ダイレクトリクルーティングを行う場合にも同様だが、面接をするまでにどれだけ仕込みができるかに採用成功はかかっている」と言う壁谷氏。「そのためには、最初にも話したとおり、ターゲティングから仮説を考え、最適な情報提供をしっかりしていくことだ。スタートアップはどの企業よりもそれをやらないと、放っておくと情報は勝手に薄くなっていくので、それを意識すべきだ」と語り、キーノート講演を締めくくった。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。