より安価な義手を求めて

Alt-Bionicsは、2019年の終わりにテキサス大学サンアントニオ校(UTSA)の技術シンポジウムに出場したまったく新しいスタートアップ企業で、波紋を呼んだ。同社は3BMの赤外線塗装硬化システムに次いで2位に終わったが、有望な技術とすばらしいストーリーを武器に国内外の話題をさらった。

同校のサイトに掲載された記事では、700ドル(約7万6000円)という義手の価格は、標準的なシステムにかかるコストの一部に過ぎないと紹介されていた。残りの記事のほとんどは、良いアイデアから市場性のある製品を生み出すまでの道のりに焦点を当てている。同社のCEO兼共同設立者であるUSTAエンジニアリング学科卒業のRyan Saavedra(ライアン・サーベドラ)氏は、この種の製品の価格は1万ドル(約109万円)から15万ドル(約1600万円)になるという。同社では3500ドル(約38万円)程度の価格設定を目指している。

この間、Alt-Bionicsのチームは製品開発の様子をSNSで公開してきた。今回は本格的な取材の前に、この3年間の歩みと今後の展望についてサーベドラ氏に聞いてみたい。そしておまけに、未公開のレンダリング画像をいくつ紹介する。これはAltは「最終製品を示すものではなく、特許の完成を発表するためにチームで作成したお祝いのレンダリング画像」という。

画像クレジット:Alt-Bionics

 

TC:なぜ義肢装具は法外に高価なのですか?

最初に言っておきたいのは、製造にかかる費用はそれほど高額ではないため、ユーザーにとっても高価になる理由はこれっぽっちもないということです。質問に対する答えは1つだけではないのですが、筋電義手(バイオニック・ハンド)を取り巻く法外な価格の背景にある複数の理由を、私なりにまとめてみたいと思います。義肢装具の最終的な価格 / コストには2つの部分があることがわかりました。そして第3の(しかし第2の)理由についても説明します。

まず、メーカー。メーカーはこれらの義肢装具を開発・作成し、義肢装具クリニック(これらのデバイスのフィッティングや購入ができる数少ない場所)に販売しています。義肢装具クリニックに販売されている最も手頃な筋電義手は、約1万ドル(約109万円)から始まり、上は数十万ドル(約数千万円)にもなります。奇妙なことに、この価格は義肢装具の機能や性能を必ずしも反映しているわけではありません。デバイスの価格は、最終的にはメーカーが決定します。大手のメーカーは、価格を下げられない最大の理由として、間接費を挙げています。

義肢装具クリニック。具体的にはまだ勉強中なのですが、これらのクリニックは医療保険面での対応をします。つまり、医療保険会社にLCode(メーカーが提案する筋電義手の保険コード)を提出し、保険金の支払いを受けます。これらのLCodeには、義肢装具士が選択できる償還額の下限と上限があります。償還額は一般的に義手の購入時に支払う金額よりも高く、クリニックや臨床医が調達、フィッティング、テスト、組み立て、患者のケアに費やした時間と労力をカバーしています。通常は(下限に近い償還額で)妥当なマージンが得られますが、1万ドル(約109万円)の義手に対して償還額が12万4000ドル(約1360万円)を超えたこともあります(2018年の患者の請求書より)。

技術的な停滞。筋電義手の技術は15年近く停滞しており、この分野の競争相手として企業が登場したのはごく最近のことです。この分野の大企業は、経橈骨(肘から下)の筋電義手装具という1つの分野だけでなく、複数の分野に取り組んでいます。つまり、彼らの関心は、義手の開発と手ごろな価格だけではないということです。停滞しているということは、既存の義肢装具やそのメーカーに迫る外部要因や力がないということなんです。つまり、価格を下げる理由がないので、価格が変わらない。これは、最初に申し上げた理由がよりいっそう大きな問題であることを裏付けていると言えます。

TC:より広範な医療コミュニティではどのように受け止められていますか?

すばらしいことにクリニック、臨床医、患者、ユーザーとなり得る人たち、そして他の競合企業、すべてが私たちのミッションを非常によく支持してくれています。このコミュニティや企業は競争相手ではありますが、技術の進歩を利用して人々の生活の質を向上させるという同じ目標を持っています。

3500ドル(約38万円)という低価格を実現していることに、最初は懐疑的な見方をされることもありますが、当社の技術やプロセスについてお話しするとすぐに納得していただけます。現在、義肢装具士のクリニックとの提携を検討しており、患者さんのためだけでなく、義肢装具士の修理やメンテナンスの負担を軽減する機器の開発を目指しています。

TC:プロジェクトはどのくらい進んでいますか?市場参入にあたり、現在のスケジュールを教えてください。

このプロジェクトは初期段階から脱したばかりで、約42%が完了しています。特筆すべき成果は以下の通りです。

  • アーミーレンジャー、ライアン・デイビスとの概念実証に成功。2019年12月
  • Alt-Bionicsを結成。2020年5月
  • D’Assault Systems(ダッソー・システムズ)から42,000ドル(約459万円)のSolidWorks助成金を受ける。2020年7月
  • 暫定特許出願。2021年6月
  • サンアントニオ市のSAMMIファンドから5万ドル(約547万円)の出資を受ける。2021年7月

当社のデバイスが市場に参入するまでの現在のスケジュールは、シードラウンドの資金調達が完了してから1年です。現在、目標金額20万ドル(約2189万円)のうち14万2000ドル(約1555万円)を調達しており、9月までに資金調達を完了したいと考えています。

TC:これまでの最大の課題は何でしたか?

FDA規制に従いながら資本を調達することです。FDAの規制プロセスが恐ろしく厄介なものであることは周知の事実です。医療機器を市場に投入しようとしている人たちが、そのプロセスと複雑さを理解できるように支援する専門企業もあるほどです。Alt-Bionicsは最近、テキサス州サンアントニオを拠点とするバイオメディカル・アクセラレータープログラムに受け入れられ、規制当局の専門家と協力して、市場へのスムーズな進出を目指しています。私たちの使命は崇高であり、ビジネスプランは堅実ですが、新型コロナウイルスは投資家に多くの心配や不安を与えました。対面での売り込みができないため、投資家の前に出ることができず、私たちのような会社にとって資金調達が通常よりも少し難しくなっています。

TC:資金調達の状況はどうですか?これまでにいくら調達しましたか、そしてもっと調達する予定ですか?

現在までにAlt-Bionicsは、少数の投資家から合計14万2000ドル(約1500万円)を調達し、サンアントニオ市のSAMMIファンドからは5万ドル(約547万円)の投資を受けています。現在、シードラウンドのために、適格投資家からさらに5万8000ドル(約635万円)の出資を募っています。ここから、市場参入まで1年というスケジュールが始まります(私たちはかなり有利なスタートを切っていますが)。Alt-BionicsはシリーズAに突入し、エンジニアの増員、技術のさらなる開発、国際市場への進出を目指します。

TC:途上国市場は重要なターゲットになるのでしょうか?

発展途上国は、特にNGOを通じたAlt-Bionicsの重要な市場であり、当社の国際展開において重要な役割を果たすでしょう。私たちは、これらの市場に当社の医療機器を提供する機会は大きいと考えています。手頃な価格で医療機器を提供することは、医療機器へのアクセスを提供するという我々の使命にとって極めて重要であり、この拡大は成功すると信じています。

それでは、通常のまとめに戻ろう。

画像クレジット:Berkshire Grey

Berkshire Grey(バークシャーグレイ)が「23億ドル(約2517億3700万円)以上」の食料品ピッキングロボットの契約を発表したとき、私の頭の中には1つの名前が浮かんだことを告白しよう。Walmart(ウォルマート)だ。数週間前にこのパネルでウォルマートのロボットを使った試みについて少し話した後、ウォルマートがこのカテゴリーで大きな新しい試みをしようとしているという噂を聞いていたからだ。

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Symboticとの取引は、必ずしもバークシャーグレイがウォルマートと提携していないことを意味するものではないかもしれないが、巨大小売企業が自動化に多額の費用を投じていることを話題にしたがっていることは注目に値する。少なくとも外から見ていると、これらの取引は、Amazonに対抗する準備ができているように見せるためのPRと、実際にAmazonに対抗するためのPRの両方を目的としていることが多いように思う(Win-Winなのかもしれない)。

画像クレジット:Walmart

この取引により、Walmartの追加の25カ所の配送センターにSymboticの技術が導入されることになり(2社は2017年からパイロットを実施)、Walmartによると「数年」かけて展開される予定だ。私は以前にもこのように推測したことがあるが(そしてこれからも考えは変わらないだろう)、これらのロボットを活用したフルフィルメント企業のうちいくつかはWalmartにとって朝飯前の買収だが、SymboticはTargetのような競合他社との既存のつながりを考えると、おそらく少し厳しいだろう。

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一方、バークシャーグレイは公開ルートを継続している。レボリューション・アクセラレーション・アクイジション(RAAC)の株主は、7月20日にSPAC(特別買収目的会社)の取引に関する投票を行う予定だ。一方、新しく買収されるFetchは、サプライチェーン・ロジスティクス企業のKorberと、フォークリフトに代わるように設計された新しいパレタイジングロボットの契約を発表した

画像クレジット:Facebook AI

7月第2週は2つのクールな研究プロジェクトがあった。Devinは、Facebook AI、UC Berkeley(カリフォルニア大学バークレー校)、Carnegie Mellon University(カーネギーメロン大学)のチームが、四足歩行ロボットが不整地に瞬時に適応できる方法であるRapid Motor Adaptationを研究していることについて書いていた。バークレー校の研究者の1人が言ったこの言葉は、問題の核心を突いている。「我々は砂について研究しているのではなく、足が沈むことについて研究しているのだ」。

画像クレジット:MIT CSAIL

一方私は、MITコンピュータ科学・人工知能研究所では、ロボットアームを使って人に服を着るという研究について執筆した。これは、高齢者介護用ロボットの機能性や、移動が困難な人を支援する技術として期待されている。

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カテゴリー:ロボティクス
タグ:Alt-Bionics義肢Berkshire GreyMITFacebook AIUC Berkeleyカーネギーメロン大学

画像クレジット:Alt-Bionics

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(文:Brian Heater、翻訳:Dragonfly)

即興で難易度の高い地形にも対応する「転ばないロボット」を研究者たちが開発

ロボットというものは即興が苦手だ。いつもと違う路面や障害物に遭遇すると、突然停止したり、激しく転倒したりする。しかし研究者たちは、どんな地形にもリアルタイムで対応し、砂や岩、階段などで路面が急に変化しても、その場で直ちに歩幅を変えて走り続けることができるロボットの新しい動作モデルを開発した。

ロボットの動きは正確でさまざまな用途に対応でき、段差を登ったり崩れた場所を渡ったりすることを「学習」することができるが、これらの行動は個々の訓練されたスキルに近いもので、ロボットはそれらを切り替えて行っている。また、Boston Dynamics(ボストン・ダイナミクス)が開発した「Spot(スポット)」のようなロボットは、押したり蹴ったりしても跳ね返せることで有名だが、これはシステムが物理的な異常を修正しながら、歩行における変わらない方針を追求しているに過ぎない。対応能力を備えた動作モデルもいくつか開発されているが、非常に特殊なもの(例えば、このモデルは本物の昆虫の動きに基づいている)だったり、対応するまでにかなり時間がかかるものもある(対応力を発揮する前に、確実に倒れてしまうだろう)。

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Facebook AI(フェイスブックAI)、UC Berkeley(カリフォルニア大学バークレー校)、Carnegie Mellon University(カーネギーメロン大学)の研究チームは、この新しい動作モデルを「Rapid Motor Adaptation(迅速運動適応)」と呼んでいる。これは、人間や他の動物が、さまざまな状況に合わせて、すばやく、効果的に、無意識のうちに歩き方を変えられることに由来している。

「例えば、歩けるようになってから、初めて砂浜に行ったとします。足が沈み込み、それを引き上げるためには、より大きな力を加えなければなりません。違和感は覚えるでしょうが、数歩歩けば固い地面を歩くのと同じように自然に歩けるようになるでしょう。そこにはどんな秘密があるのでしょうか?」と、Facebook AIとカリフォルニア大学バークレー校に所属する上級研究員のJitendra Malik(ジテンドラ・マリク)氏は問いかける。

確かに、砂浜に行ったことがなかった人でも、人生の後半になってから初めて浜辺に行った人でさえ、すぐに自然に歩くことができる。柔らかい場所を歩くために、特別な「サンドモード」に切り替えているわけではない。動き方を変えることは自動的に行われ、外部環境を完全に理解する必要もない。

シミュレーション環境を視覚化したもの。もちろん、ロボットはこれらを視覚的に認識することはない(画像クレジット:Berkeley AI Research, Facebook AI Research and CMU)

「置かれた状態に違いが生じると、その影響によって身体自体に生じる違いを、身体が感知してそれに反応するのです」と、マリク氏は説明する。RMAシステムも同じように機能する。「歩く場所の環境が変わると、0.5秒以下の非常に短い時間で十分な測定を行い、その環境が何であるかを推定し、歩行の方針を修正します」。

システムはすべて、現実世界をバーチャルで再現したシミュレーションで訓練された。そこでは、ロボットの小さな頭脳(すべてはロボットに搭載されている限られた計算ユニット上でローカルに実行される)が、(仮想)関節や加速度計などの物理的なセンサーから送られてくるデータを、即座に認知して応答し、転倒を回避しながら最小限のエネルギーで最大限の前進を行う歩き方を学習した。

マリク氏はこのロボットが視覚入力を一切使用していないことを指摘し、RMAアプローチの完全な内部性を強調する。しかし、視覚を持たない人間や動物だって普通に歩けるのだから、ロボットにできないことがあるだろうか?歩いている砂や岩の正確な摩擦係数などの「外部性」を推定することは不可能なので、このロボットは自分自身に注意を向けるだけということになる。

「私たちは砂について学ぶのではなく、足が沈むことについて学ぶのです」と、共同研究者であるバークレー校のAshish Kumar(アシシュ・クマール)氏は述べている。

根本的にこのシステムは2つの部分から成り立っている。1つはロボットの歩行を実際に制御する常時稼働のメインアルゴリズム。そしてもう1つは、それと並行して作動し、ロボットの内部情報の変化を監視する対応アルゴリズムだ。顕著な変化が検出されると、それを分析して「足はこうなっているはずだが、こうなっているということは、状況はこうなっているということだ」と、メインモデルに調整方法を指示する。それ以降、ロボットは変化した状況下においても、どのように前進するかということだけを考え、実質的に即興で状況に合わせた歩行を行うようになる。

シミュレーションによるトレーニングを経て、このロボットは以下のようにニュースリリースにあるとおり、現実の世界でも見事に狙いを成功させた。

このロボットは砂、泥、ハイキングコース、背の高い草、土の山など、すべての実験で一度も失敗することなく歩行できました。ハイキングコースでは、70%の成功率で階段を降りることができました。セメントの山や小石の山では、訓練中に初めて出くわす不安定な地面や沈む地面、障害物となる植物、階段などがあったにもかかわらず、80%の成功率で乗り越えることができました。また、体重の100%に相当する12kgの荷物を積載して移動する際にも、高い成功率で身体の高さを維持することができました。

画像クレジット: Berkeley AI Research, Facebook AI Research and CMU

このような多くの状況における歩行の例は、こちらの動画や上の(ごく簡単な)GIFで見ることができる。

マリク氏は、NYU(ニューヨーク大学)のKaren Adolph(カレン・アドルフ)教授の研究を参考にした。同教授の研究では、人間が歩き方を覚えるプロセスが、いかに対応性が高く、自由な形態であるかを示している。どんな状況にも対応できるロボットを作るには、さまざまなモードを用意してそこから選ぶようにするのではなく、はじめから対応力を身につけなければならないというのが、チームの直感だった。

すべての物体や相互作用を網羅的にラベル付けして文書化しても、洗練されたコンピュータビジョンのシステムを構築することはできないのと同じように、砂利道、泥道、瓦礫、濡れた木の上などを歩くために、それぞれ専用のパラメータを10個、100個、さらには数千個も用意しても、多様で複雑な現実の世界にロボットを対応させることはできない。さらに言えば、ただ「前進せよ」という一般的な概念以外のことは何も指定しなくても済むようになるのが理想だ。

「脚の形状やロボットの形態については、あらかじめ一切プログラムしていません」と、クマール氏は述べている。

つまり、このシステムの基本部分は、四足歩行ロボットだけでなく、他の脚を持つロボットや、さらにはまったく別のAIやロボット工学の分野にも応用できる可能性があるということだ。

「ロボットの脚は手の指にも似ています。脚が環境と相互作用するように、指は物体と相互作用します」と、共同執筆者であるCarnegie Mellon University(カーネギーメロン大学)のDeepak Pathak(ディーパック・パターク)氏は指摘する。「基本的な考え方は、どんなロボットにも適用できます」。

さらにマリク氏は、基本アルゴリズムと対応アルゴリズムの組み合わせが、他のインテリジェントなシステムにも応用できることを示唆している。スマートホームや自治体のシステムは、既存のポリシーに依存する傾向があるが、しかし、状況に応じてその場で対応できるようになったらどうだろう?

今のところ、チームは初期の研究成果を「Robotics:Science and Systems(ロボット工学:科学とシステム)」会議で論文として発表しているだけであり、まだ多くのフォローアップ研究が必要であることを認めている。例えば、即興的な動作を「中期的な」記憶として内部にライブラリー化したり、視覚を利用して新しいスタイルの運動を開始する必要性を予測したりすることなどが考えられる。とはいえ、RMAのアプローチは、ロボット工学の永遠の課題に対する将来性の高い新たなアプローチとして期待が持てそうだ。

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カテゴリー:ロボティクス
タグ:Facebook AIUC BerkeleyCarnegie Mellon University

画像クレジット:Berkeley AI Research, Facebook AI Research and CMU

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

バイオテックの巨大インキュベーター「Bakar Labs」、カリフォルニア大学に誕生

独自のインキュベーターとアクセラレーターを運営するなど、州内のスタートアップエコシステムを育んできたカリフォルニア大学。このたび、同大学はバークレー校に巨大なインキュベーター「Bakar Labs(バカールラボ)」を開設することになった。年間80ものスタートアップ企業に、大学の施設やネットワークへのアクセスを提供する場となる。

かつてバークレー美術館だった美しいブルータリスト様式のWoo Hon Fai Hall(ウー・ホンファイ・ホール)に設置されるBakar Labsは、大学内で継続的に行われている分野を横断した取り組み「Bakar BioEnginuity Hub(バカール・バイオエンジニティーハブ)」の一環という位置づけで、大学全体で起業活動を管理しているQB3(キュービースリー)によって運営される。従来バークレー校で行われていたバイオテクノロジーに特化した小規模なプログラムは廃止されることになる。

Bakar Labsは、アクセラレーターのように製品の適合性やチームの構築などのカリキュラムを提供するのではなく、世界的な研究機関であり、優れた教授陣と豊富なリソースを有するバークレー校の最高のシステムをふんだんに提供する。インキュベーター内の企業は、それらを(限定的に)利用することができる。

Bakar Labs内の研究室のイメージ(画像クレジット:UC Berkeley)

このハブは、安価なオフィスや研究室、そして前述の豊富なリソースを提供することで、世界中の創業者を誘致できるように計画され、参加条件にバークレー校との提携は含まれていない。生命体を集め、たくさんの栄養を与えて成長を見守る、まさしくインキュベーター(培養器)だ。

財源にも比較的手間のかからないアプローチが採用されている。参加する企業はラボの利用料を支払うだけで、バークレー校やその関連施設に出資したり、それらが優先権を得たりする契約はない。QB3の担当者によると、提携するVCファンドを通じて投資が行われる可能性はあるが、プログラムに組み込まれているわけではない、とのことだ。

また、バークレー校の別の起業プログラムである「Skydeck(スカイデッキ、バイオテック分野の内外で高い評価を得ている企業を輩出している大学の起業プログラム)」との関連もない。Bakar Labsの企業選考を支援するチームは、Skydeckの応募者選考もサポートしており、今後は友好的に住み分けることになりそうだ。

エントリーに際しては、企業のポテンシャル(ビジネスと科学の両方)が審査されるものの、具体的な要件や優遇措置は柔軟に対応されることになるだろう。Bakar Labsのマネージング・ディレクターであるGino Segre(ジーノ・セグレ)氏は「企業は、買収や金稼ぎよりも、もっと多くのことを考えて欲しい」と説明する。

同氏からのTechCrunchへのメールには次のように記載されている。「私たちは、人々の健康を向上させることを目的とし、利益の出るビジネスモデルを追求するという、二重の目的を持つチームの応募を奨励します。起業家精神があれば大丈夫です」「すでに、治療薬、診断薬、研究ツール、フードテック、アグテックに関心が集まっています」。

「2~15人で、少なくとも6カ月間の運転資金を持ち、プログラムを進めるために研究室を必要とする革新的な技術にてこ入れしようとしているチームが最も理想的です」と彼は続ける。Bakar Labsの利用には期限はないが、数年経てば起業に成功したかどうかは自ずと知れる。スタートアップ企業が資金を調達して、自社のオフィスや研究室に移ることが理想だが、それが可能になるまでは、ガレージや貸し会議室よりもこのインキュベーターの方がはるかに優れているだろう。

カリフォルニア大学のCarol T. Christ(キャロル・T・クライスト)学長は、バークレー校のニュースリリースで次のように述べる。「やる気にあふれ、変化を起こそうとする学生や教員、私たちの強力な研究機関、そして利益よりも社会的利益を最大化するイノベーターのコミュニティが結集する場として、Bakar BioEnginuity Hubには大きな期待を抱いています」。

自分の会社(あるいは、今、予備のベッドルームで営業しているルームメイトの会社)にぴったりだと思ったら、ここから応募してみてはどうだろうか。

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カテゴリー:バイオテック
タグ:カリフォルニア大学Bakar Labsインキュベーターカリフォルニア大学バークレー校

画像クレジット:UC Berkeley

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)

AIを組み合わせてロボットのピック&プレースをこれまでになく高速化する研究

ロボットが得意とする仕事に、倉庫などでよく見る退屈な繰り返しの「ピック&プレース」作業があるが、いまはまだ人間のほうがその作業には優れている。カリフォルニア大学バークレー校(UCB)の研究者たちは、2つの機械学習モデルを組み合わせることで、ロボットが掴んだものを運ぶ道筋の計算をわずかミリ秒単位に縮めようと考えた。

人はモノを手で拾って、どこか別の場所に置くという動作をほぼ考えることなく行うことができる。それは長い間日常的に行ってきた訓練の賜物という以外に、私たちの感覚と脳がそうした作業によく適応しているためでもある。「このカップを手で持って、高く持ち上げて、横に移動して、ゆっくりテーブルに置いたらどうなるか」と頭で考える人はいない。モノを運ぶ経路は限られており、ほとんどの場合、実に効率的に決められる。

ところがロボットの場合、常識や直感で動くことができない。「当たり前」のソリューションが欠如しているため、モノを拾い上げて運ぶ経路を決めるには、数千とおりの可能性を評価しなければならない。しかもそれに必要な力、衝突の危険性、使用する「手」のタイプによってそれらに与える影響の違いなどの計算も同時に行う必要がある。

どう動くかが決まれば、ロボットは高速に行動できるようになるのだが、その決断には時間がかる。通常は数秒程度で済むもののの、状況によってはずっと長くなる。だがうれしいことに、UCBのロボティクス研究者たちは、それにかかる時間をおよそ99%まで短縮できる方法を編み出した。

そのシステムは、2つの機械学習モデルが交代で働く仕組みになっている。最初のモデルは、大量の移動サンプルを参考にして、ロボットアームの経路の候補を連発する。次に、その大量に生成された候補の中から最良の選択ができるようトレーニングされた2つめの機械学習モデルが、1つを選び出す。その経路は多少大雑把になる傾向があり、モーションプランニング専門のシステムによる洗練が必要になるが、このシステムは採用すべき一般的な経路の形状をあらかじめ用意して「ウォームスタート」されるため、ほんの一瞬の仕上げ作業で済む。

判断過程の模式図。最初のエージェントが経路の候補を生成し、2番目が最良のものを選択する。3つめのシステムが選択された経路を最適化する

モーションプランニングシステムが単独でこの作業を行えば、10秒から40秒の時間がかかる。だがウォームスタートすることにより、10分の1秒以上かかることは稀となる。

これはあくまで机上の計算であって、実際の倉庫で同じようにいくとは限らない。現実世界では、ロボットは実作業をこなさなければならず、時間的余裕はまったくない。しかし、現実の環境でモーションプランニングにかかる時間が2秒か3秒程度だったとしても、それをゼロに近づけるだけで、積もり積もればかなりの時短になる。

「1秒が重要なのです。現行のシステムでは、1サイクルの半分の時間をモーションプランニングに費やしています。そのためこの方式なら、1時間の尺度で見れば、劇的な高速化の可能性があります」と、研究室の責任者であり論文の筆頭著者であるKen Goldberg(ケン・ゴールドバーグ)氏はいう。環境特性の把握も時間のかかる工程だが、コンピュータービジョンの性能を改善すれば高速化できると彼は話す。

現在のロボットは、ピック&プレース作業の効率において人間の足元にも及ばない。だが、小さな改良を積み重ねることで人間に対抗できるまでになり、ゆくゆくは人間も敵わなくなるだろう。この作業は、人間にとっては危険で骨の折れる仕事だ。それでも、世界中の何百万もの人たちがそれに従事している。伸び続けるオンライン販売業からの需要を満たすためには、それしか方法がないからだ。

この研究の論文は、今週のScience Roboticsに掲載されている

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カテゴリー:ロボティクス
タグ:カリフォルニア大学バークレー校機械学習

画像クレジット:UC Berkeley/Adam Lau

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(翻訳:金井哲夫)