子ども向けオンライン英会話のハグカムが旺文社らから資金調達、ジャンル広げ“ライブ学習基盤”目指す

ハグカム代表取締役の道村弥生氏と投資家陣。写真中央が道村氏。

子ども向けのオンライン英会話サービス「GLOBAL CROWN(グローバルクラウン)」を展開するハグカムは10月29日、旺文社ベンチャーズとポーラ・オルビスホールディングスを引受先とする第三者割当増資を実施したことを明らかにした。

具体的な調達額については非公表だが、関係者の話では数千万円規模とのこと。同社にとっては2015年10月にオプトベンチャーズ、ICJ、ディー・エヌ・エーから約6000万円を調達して以来の資金調達となった。

なお今回ハグカムでは旺文社と業務提携も締結。調達した資金や旺文社のノウハウ、コンテンツなども活用してGLOBAL CROWNのアップデートを進めるほか、英語以外のジャンル展開にも着手する計画だ。

先行するSkype英会話の課題点を解決

GLOBAL CROWNは主に3〜12歳の子どもを対象にしたオンライン英会話スクールだ。自宅から専用のアプリを使ってマンツーマンで英会話を学べる環境を構築。日本語も話せるバイリンガルの講師が生徒のレベルに合わせながらイラストやワードカードといった独自の教材を活用し、1回20分間の英会話レッスンを提供する。

サービスの正式リリースは2015年の11月。その頃にはいわゆる“Skype英会話”サービスが複数世に出ていたので、決して目新しい仕組みというわけではなかった。ただハグカム代表取締役の道村弥生氏は小さな子どもを持つお母さん世代にヒアリングを重ねた結果、既存のサービスでは満たせないニーズがあることに気づく。

「オンライン英会話サービスの存在は知っていても“フィリピン人の先生によるSkype英会話”をイメージしている人が多かった。話を聞いてみると『自分が英語を話せないのでフィリピン人の先生だとハードルが高い』という声や、『そもそもSkypeって何?』という質問が出てきて。ママたちでも使いやすい設計や、(日本語も話せる)バイリンガルの先生のレッスンにはニーズがあると考えた」(道村氏)

もともと道村氏はサイバーエージェントの出身。同社にてマネジメント職や人事職を経験してきた。仕事柄、学生を含む若い世代と接する機会が多かったという道村氏。若くしてやる気やチャレンジ精神が旺盛な人材の原体験を聞いてみると、幼少期にどのような体験をしているかが大きく影響しているとわかったそうだ。

自身の幼少期を振り返っても同じような経験があったため、子どもに良い学習の機会を与えられるような事業での起業を決意。当初はシーエー・モバイルの子会社としてスタートし、スピンアウトのような形で2015年9月にハグカムとして独立している。

最初に英語を選んだのは「ママさんたちに『何に時間とお金をかけているか』を尋ねたところ、習い事にお金をかけていて、特に10人いたら9人が英語という答えが返ってきた」(道村氏)から。既存の英会話教室などの場合は週に1回のグループレッスンなどが多く、頻度や内容を柔軟にカスタマイズすることも難しいため、スキルアップをあまり実感できないという課題があがったという。

一方でマンツーマンのオンライン英会話サービスは上述した「日本語が話せない講師、Skypeという不慣れなツール」というイメージが影響し、そこまで浸透してはいなかった。

そこに可能性を見出して開発したのがGLOBAL CROWNだったというわけだ。

高単価と高継続率を実現するための仕組みを作る

正式リリースから約3年、道村氏はユーザーの特徴として「平均単価が1.3万円と、他サービスに比べて高額であること」「利用開始から半年後の継続率が80~85%であること」をあげる。

「高単価と高継続率には当初から重要視していた。ただ安いから選ばれるというのではなく、品質が良いことを理由に使ってもらえるサービスにしたかったので、ママさんと子どもにとっての“品質”に徹底的にこだわった」(道村氏)

ヒアリングをした結果、ターゲット層の中にはSkypeを使いこなせない人が多いだけでなく、そもそも自宅ではPCを開くことすら珍しいこともわかった。そこでスタート時からSkypeを活用せず自社でビデオチャット機能も内包したアプリを開発。スマホやタブレットからアプリを開くだけでレッスンを受けられる仕組みにこだわった。

講師は日本語にも対応できるバイリンガルの人材を採用。6割以上が学生だというが、カリキュラムや事前のレクチャーの体制、講師用のシステムなどを細かく作り込むことでレッスンの質を担保してきたという。

実際に講師側の管理画面と生徒側のアプリをどちらも見せてもらったのだけど、講師側のシステムに関しては今までのレッスンで使ったカードや記録が蓄積され、生徒のレベルに応じて必要な教材をすぐに開ける仕様になっている。Skypeを立ち上げる必要もないし、「レッスン開始」ボタンを押すだけですぐに対象の生徒のレッスンが始まるのでわかりやすい。

講師側の画面

またレッスンの時間になっても先生がログインしてないと、運営側がすぐに気づける仕組みも実装。「子どもは10秒とか20秒でも先生が来ないと不安になる」(道村氏)ため、そういった場合は運営側がすぐに先生に連絡をとってサポートする体制を作っているそうだ。

レッスンは週1回コースが月額9800円、頻度によって料金が変わり毎日コースの場合は1万9800円(単発で試せるチケットの場合は1回2300円から)。オンライン英会話にしては高単価の部類に入るが、ユーザーの継続率は高い。

これについては、道村氏によるとレッスンスケジュールを固定制にしている点も大きいそう。GLOBAL CROWNでは「何曜日の何時から」と事前にレッスンの日時を決め、1ヶ月先まで講師の日程を確保する。決められた時間にアプリを開けば講師が待ってくれているため、ほとんどの生徒がレッスンを習慣化することにも繋がるという。

「チケット制で毎回自分たちで予約する設計にすると、やらないポイントができてしまう。初期のヒアリングやモニタリングの結果を見ても毎回固定の日時でレッスンを受ける人が多かったので、この仕組みを採用している」(道村氏)

現在GLOBAL CROWNを使っているユーザーの75%は、オフラインの英会話教室や英語教材など何かしらのサービスを使っていて、乗り換えてきた人達。共働きのお母さんが多く、ここまで紹介してきた特徴に加えて「オフラインの教室とは違い送り迎えの必要性がない」ことも価値になっているようだ。

教材やカリキュラムも、1回20分のオンラインレッスンに合わせて自社で開発している

ジャンルを広げ、子ども向けのライブ学習プラットフォームへ

道村氏いわく、これまではシステム面の構築にかなりのリソースを費やしてきたそう。生徒側のマーケティングなどには十分な資金をかけられない部分もあったが、3年間で基盤は整ってきたという。

そんな状況下で今回久々の資金調達を実施。調達した資金を用いて今後は「ライブ学習」と「レコメンドエンジン」という2つの軸でサービスの強化を進める。

ライブ学習に関してはこれまで培ってきたナレッジや講師のネットワークを活用。サービスの機能を拡張するとともに、新たなジャンルの開拓にも取り組む。まずは英語の領域で4技能(リーディング・リスニング・スピーキング・ライティング)全てに対応したレッスンを開発するほか、算数や国語といった基礎科目、さらには他のジャンルにも拡大していく構想があるようだ。

本格的な多ジャンル展開については来年以降になるようだけれど、一例としてプログラミングやダンスのほか、片付けのやり方やお金の使い方、マナーといった学校では習わない領域も検討しているという。

このあたりは今回業務提携を締結した旺文社とのシナジーが見込める分野。すでに英検の教材に関してコンテンツ提供を受けているそうだが、旺文社の書籍とGLOBAL CROWNをセットにしたレッスンなどが考えられるだろう(なおハグカムは旺文社ベンチャーズの投資案件第1号になる)。

また生徒と講師、生徒とレッスンのマッチングを最適化するためのレコメンドエンジンの開発にも力を入れる。

GLOBAL CROWNでは初期から自社アプリにこだわってきたからこそ、録画したレッスン動画を始め先生と生徒双方のレッスン記録や評価といったデータが蓄積されている。これらを解析すれば、各生徒に合った先生をマッチングしたり、本人に向いていそうなレッスンをレコメンドすることもできそうだ。

「(ジャンルの幅が広がりレコメンドの質も上がれば)今以上に子ども達が飽きることなく、かつ興味の幅が広がっていくような仕組みが作れる。オンラインで扉を開ければ自分が学びたいと思ったことが学べ、子どもの好奇心がずっと刺激されるようなプラットフォームを目指したい」(道村氏)

創業87年、老舗出版社の旺文社がCVC設立ーーEdTech特化の10億円ファンド組成

各業界を代表する大企業がCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立し、スタートアップとの協業に本腰を入れるというニュースを紹介する機会が増えてきた。

つい先日も近鉄グループが近鉄ベンチャーパートナーズを立ち上げたことを取り上げたばかりだが、また新たに一社、実績のある老舗企業がファンドを組成してスタートアップへの投資を始めるようだ。

教育・情報を軸に事業を展開する旺文社は7月4日、同社のCVCである旺文社ベンチャーズの活動を6月より本格的に始動したことを明らかにした。

CVC自体は4月に設立していて、5月に10億円のファンドを組成。今後EdTech(教育)領域のスタートアップへ1社あたり数千万円〜5000万円ほどの投資を実行していく計画だ。

1931年創業の旺文社、満を持してCVC開始へ

旺文社は1931年の創業。これまで通信添削や受験情報誌、学習参考書など教育業界でさまざまなコンテンツを提供してきた。僕個人としては英単語帳「ターゲット1900」のイメージが強いのだけれど、学生時代に同社が手がける教材を使った経験がある人もいるだろう。

近年では自社のコンテンツやノウハウを活用し、外部サービスへのコンテンンツ提供、学習アプリや進学情報Webサービスの開発などITを絡めた事業にも力を入れている。

そんな同社がなぜCVCを設立して、スタートアップとの協業を進めるのか。旺文社ベンチャーズ代表取締役社長の本多輝行氏は、国内外でEdTechスタートアップへの投資が拡大しているだけでなく、国の取り組みなども含めて「時期として熟してきたことが大きい」という。

「学校現場でもICTの活用が進められているほか、経済産業省が『「未来の教室」とEdTech研究会』を立ち上げるなど、Edtech領域に力を入れ始めている状況だ。また文部科学省が大学入試改革を進めていて、その点でも今後業界が大きく変わっていく。(今後重要性が増す)能力を養ったり、評価していく上でも紙をベースとした既存の方法だけではなく、テクノロジーが使われるようになる」(本多氏)

もちろんそのような文脈だけでなく、出版業界がピーク時に比べて縮小していく状況において、新しい事業を作っていかなければいけないという思いもある。さらなるイノベーションを創出していくには他社との連携も必要と考え、市場にも大きな変化が訪れている今のタイミングでCVCの設立を決めた。

同社の投資対象となるのは国内外のEdTechスタートアップ。特に認知科学、教育用ロボット、AI、VR、ARなどのテクノロジーを活用した事業や、教育分野におけるAdTech企業を中心に、旺文社や関連企業との事業シナジーも考慮して出資をしていく方針だ(シナジーについては短期的だけでなく、長期的な視点で判断するそうだ)。

ステージは主にアーリーからミドル期、出資金額は1社あたり数千万円〜5000万円程度を予定。2017年に資本提携を結んでいるEduLabと連携し、中国やインドなどのアジア圏、北米など海外へも投資領域を広げていくという。

教育系スタートアップの成長エンジンに

旺文社ベンチャーズのメンバー。左からプリンシパルの宮内淳氏、マネージングパートナーの本多輝行氏、パートナーの粂川秀樹氏

今回取材をしている中で話にあがったのが、EdTechスタートアップが悩みがちな「学習コンテンツの不足」と「教育現場とのネットワーク構築のハードル」という課題だ。

たしかに以前学校向けのサービスを作っている起業家からも「学校現場の中に入っていく(担当者と関係性を作っていく)ことに苦戦した」という話を聞いたことがあるし、教育事業を軌道に乗せるためには越えなければいけない壁と言えるだろう。

旺文社ベンチャーズでは資金だけでなく、旺文社が長年培ってきたノウハウやネットワークを提供することで「教育系スタートアップにとっての成長エンジンの役割も担いたい」という。

「教育サービスでは学習コンテンツがないと成り立たないものも多い。これまで蓄積してきた編集力などのノウハウやキラーコンテンツといった旺文社の強みを、スタートアップへ積極的に提供していきたい。同様に旺文社のブランドや営業チャネルも、教育業界で事業をする上では価値があると考えている」(旺文社、旺文社ベンチャーズ双方で取締役を務める粂川秀樹氏)

特に教育現場とのネットワークについては、代表の本多氏が身をもって感じた課題でもある。本多氏は旺文社で大学受験生や英語学習者向けのサービスの開発、教育分野の新規デジタル事業開発に携わった後に独立。自身で立ち上げた会社では教育分野のAdtech事業を主軸に展開してきた。

旺文社をやめていざ自社で教育現場に踏み込むと「以前は会って話を聞いてもらえていたような機関からも相手にしてもらえないこともあり、関係性を作るのにかなりの時間を要した」(本多氏)そうだ。

「スタートアップはスピードも大切。学習コンテンツの開発や教育現場とのネットワーク構築のように(自社だけでやっていると)すごく時間がかかる部分をサポートする。スタートアップと一緒に教育業界でイノベーションを起こしていきたい」(本多氏)