産業用ロボットに知能を与えるMUJINが75億円のデット調達とUTECからのMBOを発表

「ロボットをソフトウェアの力によって自動化し、世界の生産性向上に貢献する」というミッションの下、産業用ロボットに“知能を与える”技術を展開するスタートアップ・MUJIN。2011年の創業時からこの領域で技術開発に取り組み、最近では大手企業の物流倉庫や物流業務を自動化した事例など、現場への導入も進んでいる。

そのMUJINは4月9日、さらなる事業成長に向けて2つの財務施策を実施したことを明らかにした。

1つが創業者の滝野一征氏およびDiankov Rosen(デアンコウ・ロセン)氏によるMBO。もう1つがデットファイナンスによる総額75億円の資金調達だ。MUJINの株式を33%保有するUTECから、創業者2名が2月に全株式を取得。同じく2月には三井住友銀行より総額75億円の特殊当座借越契約を締結したという。

CEOの滝野氏いわく「今がアクセルを踏むタイミング」であり、現在軸となっている物流や製造業、OEMソリューションを加速させるのが狙い。人材採用や海外展開なども一層強化するという。

ロボットの脳を担う、高性能なコントローラを開発

MUJINが開発しているのは、産業用ロボットを自動化するための知能ロボットコントローラだ。

既存の産業用ロボットメーカーが開発するロボットアームにMUJINのコントローラを繋げることで、ロボットが“勝手に”動けるような世界を実現している。つまり、ロボット自体ではなくそれを動かすためのOSを作っているスタートアップだ。

同社の創業は2011年。カーネギーメロン大学のロボティクス研究所で博士号を取得し、東京大学でポスドク経験もあるCTOのロセン氏と、イスラエル発の工具メーカー・イスカルで技術営業として働いていた滝野氏が2人で立ち上げた。

MUJINの核となるモーションプランニング(動作計画)AI技術はロセン氏が開発し、10年以上にわたって世界中で1000以上ものロボットに適用されてきたもの。その技術と製造現場の経験が豊富な滝野氏の知見を基に、産業用ロボットの知能ロボットコントローラ開発に踏み切ったのが始まりだ。

近年日本では生産年齢人口の減少が進み、様々な業界で人手不足が課題となっている。MUJINが事業を展開する物流業界などはまさにその典型例。今後人手が減る一方で物流の需要は拡大していくことが予想され、そのギャップを埋めるためには産業用ロボットの活躍が不可欠だ。

ただ、少なくとも現時点ではそこまでロボットが普及しているとは言えない。普及率が最も高いとされる製造業の現場でさえ、平均では労働者100人に対してロボットが1台の割合だという。

産業用ロボットを普及する上でネックとなっていたのが、ティーチングと呼ばれる概念だ。現場でロボットを動かすためには全ての動作を1つ1つプログラミングする(=ティーチング)必要があり、この作業が非常に難易度の高いものとなっている。

メーカー毎に操作方法が全く異なるため毎回毎回操作を覚える手間がかかる上に、センサーなど周辺機器と連携した知能化はさらにハードルが高い。これらが原因で、複雑な工程を産業用ロボットで自動化するのは非現実的だとも言われていた。

この難題に対するMUJINのアプローチは、ハードウェアではなくソフトウェアを変えること。「どのメーカーの製品にも接続できる、汎用的な知能ロボットコントローラを開発してしまえばいい」という考え方だ。

3Dビジョンシステムで物体の特徴や位置を認識し、脳みそに当たるコントローラでその場に最適な動きを生成してロボットを動かす。基盤となるモーションプランニングAIは、始点から目的地まで、障害物を避けながら最適経路でたどり着く技術で自動運転車などでも使われている。

これらのシステムによってティーチレス化や複雑な作業の自動化を実現。どのメーカーでも同じような方法で操作できる汎用性も兼ね備える。

物流を中心に3つの領域で集中展開

冒頭でも触れた通り、MUJINではこの技術を現在「物流」「製造(FA)」「コントローラOEM」という3つの領域で展開。特に物流領域での引き合いが多いそうで、少しずつ現場での導入事例も生まれてきている。

たとえば中国Eコマース大手のJD.comには数十台のロボットを納入。同社が開設した完全自動物流倉庫の3工程をMUJINがサポートする。日用品卸の国内最大手であるPALTACの事例では知能ロボットがケースピッキングを自動化。数千種類のダンボールを認識し、「重いものはゆっくり、軽いものは早く運ぶ」といった形でロボットが現場で最適な方法を判断するそうだ。

メーカーのロボット開発を支えるOEMソリューションも、オークマの新製品などすでに具体的なプロジェクトが進んでいる。「産業用ロボットの民主化」という表現は少し大げさかもしれないが、メーカー視点ではMUJINのコントローラを自社のロボットに搭載することで、ハイスペックな製品をスピーディーに開発できるのがメリットだ。

MUJINのソリューションに共通するのは、産業用ロボットに新たな活躍の場を提供すること。これまで導入が難しかった領域にもロボットが入り込めるようになれば、企業の生産性向上を支援するだけでなく、新たな市場を切り開くことにも繋がる。だからこそ各ロボットメーカーもMUJINに協力するわけだ。

これについては、滝野氏から興味深い話も聞くことができた。

「特に物流ではMUJINでなければ実現できないことも増えてきた結果、(エンドユーザーとなる)お客さんがMUJINを使いたいと指名してくれるようになった。最初はどのメーカーもMUJINに対応してくれなかったが、お客さんが『MUJINに対応したロボットの中から選びたい』となれば話は変わる。3年ぐらい前から風向きが変わり、ここ1〜2年でこのような動きが顕著になってきた」(滝野氏)

事業の加速に向けMBOと75億円のデットファイナンスを決断

今回のファイナンスはこれらの「知能ロボットによる自動化の波」をさらに加速させるためのもの。ただしTechCrunchで頻繁に紹介しているエクイティをメインにした調達ではなく、デットのみで75億円。そして経営陣によるMBOも含んでいる点でかなり珍しいケースと言えるかもしれない。

前提として、これまでMUJINでは2回の外部調達を実施してきた。1回目が創業から約1年後の2012年8月にUTECから7500万円を調達したシリーズAラウンド。そして2回目が2014年8月に実施したシリーズBラウンド。ここではジャフコとUTECから総額で約6億円を調達している。

同社にとっては約5年ぶりの資金調達となるわけだが、なぜこのタイミングでこの手段なのか。その背景について滝野氏は以下のように話す。

「今まで色々な製品を開発する中で上手くいったものもあれば、当然失敗したものもたくさんある。道筋がいくつもある中で『ここに何十億も張って勝負をかけよう』という意思決定をすることが難しかった。それがここ1年半ほどで製品が実際の現場に入りだし、『ここにお金をかければスケールできる』という勝ち筋が何本か見えてきたのが大きい」

「製造業は特に保守的な側面が強い業界。ボタンが壊れることで人の生死に影響を与える可能性もあれば、ロボットが1時間動かないと数億円規模の損失が出ることもありうる。製品に求められるレベルが格段に高いからこそ、それに見合った物を作るのに時間もかかった。資金調達をしたいタイミングもあったが、バリュエーションが高くない状況でむやみに調達して株式を希薄化することは避けたかった」(滝野氏)

シリーズBラウンドの時点ですでにUTECが33%の株式を取得。それとは別にジャフコも一定数の株式を保有していたため、これ以上エクイティファイナンスで資金調達をすれば経営陣の持分がさらに減ることに繋がる。

「重厚長大な産業におけるロボット技術革新には長期的な視点での意思決定が必須」であることに加え、今後海外展開などが本格化することを見据えた際に、“経営陣の強固な経営基盤の確保”が重要だと位置付けた滝野氏。以前から「高い経営権を維持しながらも、なるべく資本コストを抑えた状態で大型の調達を実現できないか」模索していたという。

その結果がUTECからの株式取得であり、デットファイナンスのみでの75億円の調達だ。

今後MUJINでは新たに調達した資金を活用して人材採用を強化するほか、海外展開にも力を入れていく方針。3月には中国の広州に法人を設立済みで、すでに現地の家電メーカーやジェエリーメーカーなどと倉庫の自動化に着手し始めているという。

またロボットから収集したデータを扱うロボットデータセンターの構築やアフターサポートの拡充、デモセンターやサポートセンターを備えた新拠点の開発なども進めていく計画だ。

「(プロダクトが)現場で24時間動くという大規模なプロジェクトを、ようやく去年スタートすることができた。それが今年はかなり増えるので、どこまでスケーラブルに事業を伸ばせるかが大きな勝負になる。まずはここを乗り越えるのが直近の最大の目標。2〜3年以内にはグローバルでさらにスケールさせるための体制を作っていきたい」(滝野氏)

なおMUJINでは今回の財務施策に関する資料をSlideshareで公開している。本稿で使っているスライド画像は許可を得てこちらから抜粋したものだが、記事内で取り上げられなかったものも含め参考になる点も多いので、紹介しておきたい。

日本発・非ネット分野の「世界基準ベンチャー」がTechCrunch Tokyoに登壇

ネット系のスタートアップではメルカリやスマートニュースが米国進出したり、海外ユーザー比率が95%の対戦型脳トレ「BrainWars」が国境を超えた感があるが、“非ネット”な分野にも世界を狙えるスタートアップはある。

11月17日、18日に開催するTechCrunch Tokyoでは、そんな非ネット分野の「世界基準ベンチャー」にスポットを当てる。登壇するのは、工場の生産ラインなどに導入される産業用ロボットの制御機器を手掛けるMUJINの滝野一征さんと、電気自動車(EV)を開発するGLMの小間裕康さんの2人だ。

GLM小間裕康さん(左)とMUJIN滝野一征さん

GLM小間裕康さん(左)とMUJIN滝野一征さん

産業用ロボットに“考える力”を与える

MUJINをざっくり言うと、産業用ロボットの“脳みそ”を作る研究開発型ベンチャーだ。ロボットと聞いてガンダムのような人型ロボットを思い浮かべる人にはピンとこないかもしれないが、通常、産業用ロボットを稼働させるには、専門のオペレーターがロボットを手作業で動かし、その動作をプログラミングする「ティーチング」が必要となる。この作業は膨大な時間とコストがかかるうえ、教えた動作以外に応用がきかないのだ。

こうした産業用ロボットに“考える力”を与えるのがMUJINだ。主力製品のひとつ、「ピックワーカー」は、ティーチングせずにバラ積みの部品を取り出せるのが特徴。対象部品を3次元で認識し、その情報をもとに産業用ロボットを制御するコントローラが瞬時に動作プログラムを計算する。ロボットや3次元センサーは汎用品が使用可能で、MUJINはコントローラを開発している。

ばら積みピッキングを可能にする「ピックワーカー」

ばら積みピッキングを可能にする「ピックワーカー」

MUJINの設立は2011年7月。今年5年目のベンチャーだが、すでに自動車工場や物流、食品仕分けなどで導入実績があり、取引先にはキヤノンやデンソー、日産、三菱電機といった大企業が名を連ねる。海外からの問い合わせも多く、世界展開を見据えている。2012年7月には東京大学エッジキャピタル(UTEC)からシリーズA資金として7500万円、2014年8月にはUTECとJAFCOからシリーズB資金として6億円を調達している。

最後にピックワーカーの動画をご紹介する。産業用ロボットが自律的に考えてばら積みの部品をピックアップする様子は、まるでSF映画を見ているような気にもなる。

「日本版テスラ」国内で初めてEVスポーツカーを量産

登壇するもう1社、GLMは2014年4月に設立した京都大学発のベンチャーだ。電気自動車(EV)向けの独自プラットフォームを開発している。プラットフォームというのは、ギアやドライブシャフトで構成されるドライブトレイン、そしてシャーシのこと。GLMはこのEV向けプラットフォームを利用した完成車を販売し、一部では「日本版テスラ」と呼ばれたりしている。

2014年7月には、量産を前提としたEVスポーツカーとしては国内で初めて、国土交通省の安全認証を取得。公道での走行が可能となった。これを受けて同年8月から、国内初の量産EVスポーツカー「トミーカイラ ZZ」の納車をスタートしている。トミーカイラ ZZは静止状態から3.9秒で時速100キロに達する加速性能がウリ。価格は800万円ながらも、限定生産の99台は受付初日で限定数を超える予約が集まった。

静止状態から3.9秒で時速100キロに達する加速がウリの「トミーカイラ ZZ」

静止状態から3.9秒で時速100キロに達する加速がウリの「トミーカイラ ZZ」

GLMはEVスポーツカーだけでなく、資金調達でも話題を呼んだ。2012年10月の増資では元ソニー会長の出井伸之氏や元グリコ栄養食品会長の江崎正道氏らが出資。2013年12月にはグロービス・キャピタル・パートナーズなどVC4社と日本政策金融公庫から約6億円、2015年5月には既存株主や複数国の政府系ファンドから約8億円、8月には総額17億円のシリーズB資金調達を完了するなど、すでに多額の資金を集めている。

産業用ロボットと電気自動車。どちらの業界も、いちベンチャーが参入するには障壁が高そうに思えるが、MUJINもGLMも夢物語ではなく、テクノロジーで世界市場をつかもうとしている。イベントではそんな世界基準の研究開発ベンチャーの魅力をお伝えできればと思う。

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