「金と人は俺が集めるから、やろう」――辻庸介氏が語るマネーフォワードの創業ストーリー

2017年9月、家計簿アプリの「マネーフォワード」やお釣り貯金アプリの「しらたま」などを展開するマネーフォワードが東証マザーズへの上場を果たした。

2012年5月に創業したマネーフォワードは、その翌年に開催されたTechCrunch Tokyo 2013のスタートアップバトルに登場したこともある。それから4年が経ち、当時はまだ創業したばかりのスタートアップの社長だった辻庸介氏が、今度は上場企業の社長としてTechcrunch Tokyoに戻ってきてくれた。本稿は2017年11月17〜18日開催のイベント「TechCrunch Tokyo 2017」のセッションのレポートだ。

マネーフォワードの歴史は、恵比寿の小さなマンションの1室から始まった。辻氏は当時を振り返りながらマネーフォワードの創業ストーリーを語った。

始まりは、失敗から

辻氏がビジネスに目覚めたのは、大学時代のことだった。当時、彼は京都大学農学部で木材を溶かして発泡スチロールを作るという「今話しても誰一人として興味をもってくれない研究」(辻氏)に没頭する、研究者寄りの人物だった。だが、大学のテニスサークルで一緒だった先輩が起業し、その手伝いをしたことでビジネスの面白さに目覚めることになる。

辻氏は大学卒業後にソニーに入社。そこで経理担当として数年間務めたのち、2004年にマネックス証券へと転職した。

「(マネックスグループ代表取締役の)松本大さんには非常に影響を受けた。当時の日本では、インターネットバンキングは今ほど便利ではないし、サービスの質も悪かった。そんななか、松本さんは『日本の金融を変える。資本市場を民主化する』というビジョンを掲げていて、それに共感したことが転職のキッカケだった」(辻氏)

マネックス証券でマーケティング部長として務めた辻氏はその後独立し、2012年5月にみずからの会社を立ち上げた。これが後にマネーフォワードとなる。松本氏に影響を受けたと話す辻氏が独立後のビジネス領域として選んだのも、やはり金融だった。

「さまざまな人生において、お金の問題はすごく障害になっていると思う。例えば、お金のことを今後一生心配しなくてもいいと言われたら、何パーセントの人が今の仕事を辞めるのだろうとか、そんなことを考えていた。それぞれの家庭には教育費の問題や老後の不安があるし、中小企業の中には、融資を受けられさえすればもっと伸びるのにと思う会社がいっぱいある。そんな課題をサービスで解決できればと思っている」と辻氏は語る。

創業したばかりの辻氏が始めたのは「Moneybook(マネーブック)」と呼ぶサービスで、当時の社名もサービス名と同じマネーブックとしていた。Facebook創業者マーク・ザッカーバーグの本を読み、そのオープン思想に共感した辻氏は、「まずは家計が上手な人の事例をオープンにして誰もが見れるようにする。ユーザーがそれをマネすれば、勉強しなくても家計が上手くなるのではないか」と考えた。

Facebookのマネー版。だからマネーブックというわけだ。しかし、このサービスは残念ながら上手くいかなかった。「ユーザーはずっと10〜20人。しかも、10人中7人が僕の友だちというような状態だった」と辻氏は当時を振り返る。辻氏はマネーブックの運営で「『リーン・スタートアップ』(エリック・リースの著書)に書いてある失敗事例はすべて体験」し、結局、マネーブックは失敗のまま幕を閉じることとなった。

その後、会社の再起を懸けて作り上げたのが家計簿アプリの「マネーフォワード」だ。同社は2012年12月15日にマネーフォワードのベータ版をリリース。社名もそれに併せてマネーフォワードへと変更している。そして、このピボットが辻氏たちの運命を大きく変えることになった。

人をハッピーにするサービス

リリースの翌年にあたる2013年10月28日、マネーフォワードはJAFCOを引受先とする第三者割当増資を実施し、総額5億円の資金調達を完了したと発表した。今でこそ億単位の資金調達のニュースをよく目にするようになったが、2013年当時ではスタートアップが数億円の資金調達をするというのは珍しいことだった。その頃、マネフォワードに登録されたユーザーデータは1億件を超え、サービスが連携する金融機関の数も正式版リリース時の201件から1300件へと大きく増えていた。

提供するサービスの幅も広がった。5億円の資金調達を発表した翌月の2013年11月、マネーフォワードは法人向けの「マネーフォワード for BUSINESS(現:MFクラウド会計MFクラウド確定申告)」をリリースする。

法人向けサービスの開発に社内は猛反対だった、と辻氏は言う。当時はまだ人的リソースも少なく、個人向けのマネーフォワードの開発だけでも手が回らないほど忙しかった。終電の1本前で帰ろうとした辻氏に対し、社員が「辻さん、今日は早退ですか?」と言うほどだ。しかも、会計系サービスにとって外せない確定申告シーズンに間に合わせるためには、わずか3ヶ月でサービスを完成させる必要があった。

そのような反対意見に対し、辻氏は「このサービスは絶対に人をハッピーにする。金と人は俺が集めてくるから、やろう」と言い放つ。この強い熱意が社員を背中を押し、ついに法人向けサービスの開発が始まった。ソニー時代、経理部門で経理担当者のカスタマーペインを体感していた辻氏だからこそ出た言葉だった。

人と資金を集める

個人向け、法人向けと続けざまにサービスをリリースし、5億円という大型の資金調達も完了したマネーフォワード。端から見ればすごく順調そうに見えるけれど、もちろん、当人にとっては苦労の連続だった。当時の資金調達について辻氏はこう振り返る。

「当時、スタートアップが数億円規模の資金調達をするという事例はあまりなく、その規模で調達していたのはクラウドワークスの吉田さん(吉田浩一郎氏)やnanapiのけんすうさん(古川健介氏)くらいだった。お2人とはあまり面識はなかったが、厚かましく色々と聞きに行って勉強させてもらった。ああいうのがなければ、無理でした」(辻氏)。

「初めての調達の時はほぼすべてのVCを回った。でも、断られ続けた。マネーフォワードを見せたとき、『こんな怖いサービス、ユーザー1万人も集まらないよ』と言われたのを今でも覚えている。当時は自信もないので、有名な方にそう言われると『やっぱりダメなのかも』と思ったりもした」と辻氏は当時を振り返る。

スタートアップの創業者が集めなければならないのは資金だけではない。サービスが本当に成功するのかも分からないなかでも企業の黎明期を支えてくれるメンバーも集めなければならない。

従業員を集めるために、辻氏はまず知り合いから声をかけていった。知り合いのなかから、「こいつを選んで失敗するのであれば、しょうがない」と思える人たちをリスト化し、それを片っ端からあたっていった。でも、最初は上手くいかなかった。

「苦しいときはどうしても人手が欲しくなる。目の前で火が噴いていれば、それに水をかけて消さないといけないんです。でも、そうして急いで集めた人材がじつは油だったなんてこともあった。」(辻氏)

人材採用にまつわる失敗を重ねてきた辻氏は、その経験から今では「迷ったら採らない」と決めているそうだ。また、当時は10以上もあった“採用で重視するポイント”も今では3つに絞り込むことができた。地頭の良さ、チームワークができる人柄、ビジョンへの共鳴だ。「特に、ビジョンへの共鳴が最終的には一番重要」と辻氏は語る。

久しぶりのTechCrunch Tokyoの舞台で、辻氏は創業当初の資金調達や人材採用における失敗を赤裸々に語ってくれた。現在は上場企業となったマネーフォワードも、創業当初は苦労の連続だった。でも、当時の思い出を語る辻氏の表情はとても明るかった。

壇上で、「もう一度マネーフォワードを創業するとしたら、二度とやらないことは何か」と聞かれた辻氏は、笑顔でこう答えた。

「まず、マネーブックは作らなかったですよね」

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。