シリコンバレーでは、スタートアップ経験が履歴書代わりになりつつある

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編集部:筆者のSaeid FardはCrunch Network Contributorで、Sokanuのデジタル・デザイナー兼プロダクト担当。

エンジニア5人とその仲間が集まってエンジェル投資をいくらか募り、スタートアップを設立したと思ったら、ほとんどもしくは全く収益もないまま1000万ドルで売却。一体どういうことなんだ? ありがちな解釈ならば、ITバブル、思慮のない”アクハイヤー”(買収による人材獲得)、あるいは不合理な共同幻想ということになるだろう。

しかし、もう少し大きな視点から見れば、たとえば超一流の人材が報酬を得る方法が根本的に変化したとか、何か別の現象なのかもしれない。

約10年前、最後のITブーム以前には、最も優秀な新卒学生はウォール街でキャリアをスタートしたものだった。今日では、ますます多くの新卒者が、アメリカの新たな経済的中心地であるシリコンバレーに照準を合わせている。そこでは理想主義や「世界を変えてやろう」というカルチャーを押し出してはいるものの、実際にはウォール街と同様、優秀な若手を魅了する金と権力への約束がまん延している。

両者の似通った点はそれだけではない。テクノロジーの世界でも、成功は売上規模と短期での投資回収にかかっている。何十億ドル規模のヘッジファンドの運営陣は、5~6人程度のことが多いのと同様に、2~3人のエンジニアで何十億ドルも生み出すプロダクトを開発することができる。これら2つの産業はどちらも労働効率が非常に良い。よく言うように、優秀なエンジニア1人は、良いエンジニア10人分に匹敵するのだ。

効率の追求は、一流の人材を獲得するための巨額のインセンティブにつながり、その結果、皮肉にも使えない人材を高い費用で雇ってしまうことになりがちだ。今こうして技術革命の黎明期にあるシリコンバレーは、いうなれば「開拓時代の西部の荒野」のようなものだ。大企業が生き残りと長期的な市場シェアをかけて戦いを繰り広げる世界では、どの人材を雇うかはずっと先まで影響をもたらし続ける重要事項だ。

しかしテクノロジー業界は金融業界とは異なり、価値ドライバー、つまりエンジニアやデザイナー、その他プロダクト担当者を評価し、能力に見合った報酬を出すのはもっと難しい。MBA用語的に言えば、これはバンカーやトレーダーがレベニューセンター(収益に責任を負う部門)なのに対して、エンジニアとデザイナーがコストセンター(費用だけが集計される部門)であることが原因だ。金融業ならば社員の純益への貢献は簡単に評価が可能で、スター社員を見分けたければ「いくら儲けたか見せてみろ」と尋ねれば済む。

一方でエンジニアの場合、プロジェクト全体への貢献や、プロジェクトの成功が事業の存続にどれだけ貢献したかをはっきりと測るのは困難だ。トレーダーの場合なら、先の取引で上げた利益がその人材の価値になる。では「インフラストラクチャ分析チーム在籍の某エンジニア」の価値は一体どれだけだろうか。

どの人材を雇うかは、ずっと先まで影響をもたらし続ける重要事項だ。

テクノロジー業界は、いまだにエリート人材への報酬はどうあるべきかを模索中だ。なぜなら、これまでにコストセンターが業界全体の収益に対して影響力をふるったことなどなかったからだ。たとえば製薬業界の場合でも、事業の命運はプロダクト(の研究開発)にかかっている。しかし製薬関連でスタートアップを立ち上げる手間とコストは一般に高すぎるため、ガレージで何かを作るようなことは不可能だ。その結果、研究開発チームの貢献度は高くても、経営側に対する発言力は高くはならない。

こうした事情と背景は、興味深いインセンティブ・システムを創りだした。雇用側は一流の人材を確保したいし、高額な報酬も喜んで支払う気でいるが、情報の非対称性とエリート社員の持つ交渉力の問題がある。世界中のGoogleのような企業は、業界トップレベルのプログラマーになら法外な金額を支払うことができるし、実際にそうするだろう。しかし、たとえばスタンフォード出の新卒学生の場合になると能力自体は測定不能なので、その人材が今後トップ・プレイヤーになるかは「予測」しかできない。しかし少なくとも、100万ドルの契約金を正当付けるだけの説得力がないことは明らかだ。

テクノロジー業界では、頭が良くて野心のある若手へのインセンティブは、従来の労働モデルと同列に考えることはできない。大手企業に入社して、実力を証明したり、自分の価値が認められるよう社内政治に精を出したりすることに何年もの年月を費やしたとしても、本来桁外れであるべき報酬が十分に支払われない可能性も高い。だが代わりにスタートアップを立ち上げて成功すれば、一生分の給料をものの数年で稼ぐこともできるだろう。

スタートアップの評価は、売上のような従来型の指標に依存しないことも特徴だ。なぜなら、そもそもスタートアップというものは、事業やプロダクトとしての成熟など全く意図していないからだ。最高のケースでは、もっと大きな企業の製品ラインナップにニッチなプロダクトとして加わり、営業チームが代わりに広めてくれる。最悪のケースでも、その人材がプロダクト開発ができることの証明にはなるだろう。スタートアップでの経験は「生きた履歴書」となり、採用時には履歴書と実力のギャップを縮めてくれるだろう。

このようにして、スタートアップは人材市場の空洞を埋めはじめている。「スタートアップを立ち上げる」という行為そのものが、自分は雇われる価値があると証明し、自らが創出した価値をさらに増幅するための影響力を得る手段になるのだ。企業側としても、人材の過去の実績そのものは入手できなくても、だれかが何年もかけて開発したプロダクトと、それを生み出した頭脳を活用する権利は獲得できることになる。

では、スタートアップがたどる最も一般的な道のりとはどのようなものだろう? 率直に言うなら、それは「失敗」だ。さまざまなサクセス・ストーリーはあっても、大成功を収めるビジネスはほんの一握りだ。加えて、どのスタートアップも口をそろえて自社の使命や世界の変革のようなことを振りまくけれども、ファウンダーの多くはただ単に何百万ドルかを稼いで、自分のエゴと財布を満たしたいだけなのだ。

注目を浴びる大ヒット・ビジネスのたどった道のりだけを見てスタートアップの価値を判断したならば、シリコンバレーで起きていることの多くは正気の沙汰には見えないだろう。けれども一部のスタートアップを人材市場にとっての「機能の追加」として捉えるなら、少しは理にかなっているかもしれない。

画像提供: ANASTASIIA_NEW/GETTY IMAGES

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(翻訳:Ayako Teranishi / website

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。