「世界の食卓において醸造酒と言えば、今まではビールかワインのどちらかが一般的だった。そこに第3の選択肢として『日本酒』というものを浸透させていきたい」
そう話すのは2016年1月に設立された“日本酒スタートアップ”のWAKAZEで代表取締役CEOを務める稲川琢磨氏だ。
同社では山形を拠点に「委託醸造」形式で、酒蔵とタッグを組みながら自社ブランド商品の開発・販売をスタート。昨年7月には東京の三軒茶屋で自社のどぶろく醸造所と併設飲食店もオープンし、事業の幅を広げてきた。
「日本酒を世界酒に」というビジョンを掲げるように、当初から海外へ輸出することを前提として「ビールやワインのように、洋食と合わせて楽しめる」独自の酒を開発。今夏にはパリで酒蔵を立ち上げ、現地に本格進出する計画だ。
そのWAKAZEは6月17日、複数の投資家を引受先とした第三者割当増資により総額1億5000万円の資金調達を実施したことを明らかにした。
この資金を活用してパリでの製造拠点の開設に向けた準備を加速するほか、国内事業においても自社製品のサブスクリプションサービスなど新たな取り組みをスタートする方針。人材採用の強化も進めるという。
なお今回WAKAZEに出資した投資家陣は以下の通り。
- Spiral Ventures Japan Fund1号投資事業有限責任組合
- ニッセイ・キャピタル9号投資事業有限責任組合
- 中島董商店
- 御立尚資氏(ボストン・コンサルティング・グループ 元日本代表)
- 長尾卓氏(プロコミットパートナーズ法律事務所 代表弁護士)
- 永見世央氏(ラクスル 取締役CFO)
- 非公開の個人投資家1名
最初から海外展開を見据え「洋食に合った酒」を開発
WAKAZEでは現在大きく2つのブランドを展開している。1つがワイン樽を活用して熟成させた日本酒「ORBIA(オルビア)」、そしてもう1つが植物やスパイスを入れて風味づけをした新感覚の酒「FONIA(フォニア)」だ。
「日本酒と聞いて、透き通った飲みやすいお酒をイメージされる方も多いかもしれないが、WAKAZEの場合はそれよりも洋食との相性にこだわっている。そのためにオーク樽で寝かせたり、米の発酵中に柚子や檸檬、山椒など和のボタニカル原料を入れて薫りを調和させたり。脂身の多い食事にも合う酸味や甘味が効いた味わい、ワイングラスに注いで楽しめるユニークな香りなどが特徴だ」(稲川氏)
洋食に合わせることを意識しているということは、WAKAZEの各商品ページで相性の良い料理が紹介されていることからもわかる。たとえばフレッシュな酸味と赤ワイン樽由来のフルーティな香りがウリの「ORBIA SOL」は、ポークソテーなど油脂分や味の濃い料理とよく合うそう。シトラス・ハーバル系の爽快な香りが特徴の「FONIA SORRA」は白身魚のカルパッチョなど前菜とのペアリングも楽しめる。
「美味しい日本酒はたくさんあるけれど、海外にも広めようと思った時に、どうしても日本食などシーンが限定されてしまう。現状だと国内向けに作られた商品がほとんどで、それをそのまま海外に出しているケースが多い。自分たちは最初から海外用に洋食に合った商品を作り、同じものを日本でも楽しめますよという発想で取り組んでいる」(稲川氏)
前例もなく上手くいかないことも多いと言うが、常に新たな商品開発を続けていて2019年には日本酒とお茶を混ぜた「FONIA tea」を発売。サクラなどの花をボタニカルとして取り入れた酒を作ったりもしている。
次々と世にない酒を生み出す上で鍵を握っているのが、昨年三軒茶屋に開設した自社のどぶろく醸造所と併設飲食店だ。稲川氏いわく、この場所を使って「スタートアップで言うところの『リーンな体制』や『アジャイル開発のような思想』」で酒を作る。
4.5坪の限られたスペースの中に醸造用のタンクを4つ設置。普通の酒蔵なら数千リットルのタンクで酒を作るが、三軒茶屋の醸造所は200リットルと作れる量はすごく少ない。一方でこの4つのタンクを用いて年間に48回、1年を通して醸造できるのが特徴。これを活かし、まずは少量の新種を高速で作り続ける。
「量が少ないので予約販売でも売り切れちゃうレベルしか作れない。それを逆手に取って、新しい酒をどんどん作りフィードバックを得る。反応が良かったものは山形の委託先の酒蔵で本格的に生産する仕組みだ。このサイクルを回す上で、併設で飲食店を始めたのも大きい。ここでお客さんに試してもらい、直接感想が得られるようになった」(稲川氏)
まずは高速でベータ版を作り、実際にユーザーに触ってもらいながら改善して、筋が良くなったものを正式ローンチするような感覚に近いだろう。稲川氏によると毎回違うレシピの商品を作っていて、去年の夏からカウントすると現在作っているものは25作目くらいになるという。
事業も徐々に軌道に乗り始めているようで、実際に商品の販売をスタートした2017年の販売本数が1万本。2018年には3万本に増え、3年目となる今年は委託醸造と自社醸造を含めて7万本の販売を見込んでいる。
日本酒専門店や百貨店など国内にある約150軒の販売店が主な販売チャネルだが、Amazonや楽天、STORES.jpの自社ページなどオンライン経由の売上も全体の2割ほどを占めるそうだ。
寿司屋で飲んだ日本酒をきっかけに、日本酒プロジェクト始動
もともとWAKAZEは2014年にコアメンバーが集まり「週末起業」のような形からスタートしたのが始まりだ。
代表の稲川氏はボストンコンサルティング・グループの出身。前職時代に訪れた寿司屋で飲んだ日本酒に衝撃を受け「このような美味しい酒をなんとしても世界に広めたい」と思ったことが1つのきっかけになったと言う。
「原体験として(慶應義塾大学在学中に)2年間フランスに留学していた際、海外では日本酒を含めて日本文化のプレゼンスがあまり高くないと感じた。実家がカメラの部品工場をやっていることもあり『日本ではものすごく良いモノが作られているのに、全然世の中に知られていない。日本のいいモノを世界に届けていきたい』という考えは以前からもっていた」(稲川氏)
当時からの付き合いで、後に共同でWAKAZEを立ち上げることになる今井翔也氏の実家が酒蔵であったため、まずはプロジェクトベースでマーケティングや商品開発を手伝うことに。2015年はクラウドファンディングも活用しながら、飲み比べセットなどの企画などを少しずつ進めていた。
その後2016年1月にWAKAZEを正式に法人化し事業を開始。上述した通り、まずは自社で作ったレシピを協力関係にある酒蔵で作ってもらう委託醸造で実績を積み、昨年より自社の醸造所でも商品開発に取り組んでいる。
「自社で醸造所を持ったことが1つのターニングポイントになったのは間違いない。これによって事業が加速しただけでなく、業界からも『WAKAZEはどうやら本気らしい』と見られ方も変わった。『飲む人がワクワクする、独自の面白い酒を作る』という意味でも、自社ですぐに試せる場所があるのは重要だ」(稲川氏)
日本酒の多様性を取り戻す
もちろんそこに行く着くまでにも、ハードシングスの連続だった。これについては稲川氏のnoteに詳しい記述があるけれど、そもそも日本酒に関しては法規制が特に厳しく、新規で免許を取得し醸造所を開設するのがかなり難しい。
この辺りが近年国内でもベンチャーメーカーが増え、新陳代謝が進むと共に盛り上がりを見せているクラフトビールやワインのマーケットとは異なる部分だという。
WAKAZEの場合はどのようなアプローチを取っているのか。面白いのはボタニカル原料を用いたFONIAは清酒ではなく「その他の醸造酒」に分類されるということ。そして「その他の醸造酒」免許は清酒免許と比べて、一定の条件を満たせば新規取得できる可能性が大きいということだ。
WAKAZEでは約2年に渡って委託醸造を通じた実績が積み上がってきていたため、生産要件と販売要件をクリア。加えてその間に今井氏が秋田の新政酒造などで蔵人として修行を積み、酒造りの知識と技術を取得していたことで、2018年7月にその他の醸造酒の製造免許を取得し新たな一歩を踏み出した。
少し時間はかかったが、稲川氏によるとチームも開発体制も徐々にではあるがバランスよくまとまってきたそうだ。
現在、醸造技術担当を務める今井氏はもともと東京大学の大学院農学生命科学研究科の出身。発酵学にも詳しく、新卒で入社したオイシックス(現 オイシックス・ラ・大地)で事業経験もある。また2017年にジョインした取締役COOの岩井慎太郎氏は楽天に7年間在籍。ネット事業に対する知見に加えて、実家が酒屋を営んでいることもあり、酒への熱量も他のメンバーに負けないという。
「日本にある酒蔵の数は、今でこそだいたい1500くらいと言われているが、20年前は約2倍の蔵があり、もっと昔に遡ると数万軒単位で存在していた。その時代は多様性があり、日本酒も今以上に活気があったように思う。『多様性を取り戻す』というのは自分たちの1つのテーマで、それこそ奈良時代の作り方などを取り入れてみるなど伝統的なやり方に原点回帰しつつ、クラフトビールのように新しい産業の考え方も掛け算しながら新しい酒づくりに挑んでいる」(稲川氏)
海外にローカライズしたSAKEで日本酒マーケット拡大へ
そんなWAKAZEはVCやエンジェル投資家から資金調達をして、今後どんなチャレンジを進めていくのか。稲川氏の話では、調達資金の使途は大きく2つあるようだ。
1つは冒頭でも触れた通り、フランスへの進出に向けた準備費用。並行して実施しているクラウドファンディングでもすでに500万円以上を集めているが、今夏を目処にパリで自社の蔵をオープンする計画だ。
ここでは蓄積してきたナレッジを活用しつつも「完全に現地向けにローカライズさせていく」方針。現地の米と水を用い、現地の食事に合わせた味わいの“SAKE”を開発する。パリで自社製造できる仕組みを作ることで、輸送コストや中間マージンを省き、手に取ってもらい安い価格で販売できるのもメリットだ。
「今まで日本の酒が30ユーロで販売されていたところを、半分の15ユーロで提供していくようなイメージだ。現在フランスではワイン市場がものすごく大きいものの、少しずつ落ちてきている。背景にあるのは新しいカテゴリのジンやクラフトビールなど新種の酒が台頭し始めていること」
「日本酒についてもハイクオリティの商品をミドルレンジの価格帯で提供できれば、爆発的に伸びる余地はあると考えている。ヨーロッパだけで数十兆円のワイン市場の半分ほどを占めるとも言われているが、この市場の一部でもリプレイスすることができれば、日本酒のマーケットももっと拡大できる」(稲川氏)
投資家の1社である中島董商店が現地でのワイン事業を通じて飲食店や小売店とのチャネルを保有しているため、パリでの展開に関しては同社とも協力しながら進める。オープン前ではあるが「すでに何社かから取引の話はもらっている」そうで、将来的には少なくとも数十万本単位の生産設備も作っていく予定だという。
また海外展開と合わせて、日本でもデジタルを組み合わせた新しい取り組みを始める計画。具体的には自社ECサイトの立ち上げや毎月違うお酒を楽しめるサブスクリプション型のD2Cサービスを準備しているほか、広告を含めたデジタルマーケティング領域にも投資をしていくようだ。
「ビールやワインが世界で数十兆円の市場になっているのであれば、日本酒も数兆円規模になる可能性は十分に秘めているし、そこに対してチャレンジしていくのは自分たちの責務だと思っている。そのためにもまずは自社が大きなSAKEメーカーになり、業界を盛り上げていきたい」(稲川氏)