米国時間5月8日、Microsoftが毎年開催している学生スタートアップ企業のコンテストであるImagine Cupの今年の優勝者が決まった。非侵襲性でスマートフォンを使って血糖値を測定できる糖尿病患者のための検査法、EasyGlucoseだ。この他にも、同程度に有益な2つのアイデアを持つ企業がファイナリストに選ばれ、本日MicrosoftのBuild開発カンファレンスにてプレゼンテーションを行った。
Imagine Cupは、世界各地で数多く開かれている学生コンテストの優勝者から、公益性の高いもの、そしてもちろんAzureなどのMicrosoftのサービスを利用しているものを集めた大会だ。去年の勝者は、手のひらにカメラが搭載され、掴むものを認識できるスマートな前腕義手だった(今回も彼らは改良型プロトタイプで参加していた)。
3組のファイナリストは、それぞれ英国、インド、米国から選出された企業だが、EasyGlucoseは私の母校であるUCLAに在籍中の一人だけのチームだ。
EasyGlucoseは、雑音の多いデータに含まれる信号の検出に機械学習の利点をうまく生かしている。ここで言う信号とは、虹彩の微小な変化だ。開発者のBryan Chiang氏は、虹彩の「隆起部、窩孔、しわ」に、その人の血糖値を示す小さなヒントが隠されていることを発見したとプレゼンテーションで解説していた。
こうした特徴は、眼の中を覗き込んでも肉眼で見られるものではない。そこでChiang氏は、スマートフォンのカメラにマイクロレンズを装着することで、彼が開発したコンピュータービジョンアルゴリズムによる解析に必要な高精細な映像が得られるようにした。
その結果、他の非侵襲性方式よりも格段に優れた血糖値測定が可能になった。しかも、数時間ごとに自分の体に針で穴を開けるという、最も多く行われている方法に取って代われるほどの能力がある。現在EasyGlucoseは、針を使う方法との誤差が7パーセント以内にあり、「臨床的測定精度」に必要な数値を大きく上回っている。Chiang氏は、その差を縮めようと頑張っている。間違いなくこの発明は糖尿病患者に大歓迎されるだろう。なんと言っても低価格だ。レンズアダプターが10ドル、アプリの継続的なサポート料は月間20ドルだ。
これはホームランではない。今すぐ実用化されるものでもない。通常、こうした技術は研究室(彼の場合は大学の寮)から直接世界に広がることはない。まずは米国食品医薬品局の認可が必要だ。ただし、新しい癌治療法や外科手術用器具とは違って、審査期間はそう長くはならないはずだ。EasyGlucoseは、現在特許出願中であるため、書類審査が行われている間は誰も手出しができない。
勝者として、Chiang氏には10万ドル(約1100万円)と、Azureのクレジット5万ドルぶんが贈られた。さらに、誰もが羨むMicrosoftのCEOのSatya Nadella(サティア・ナデラ)氏による1対1のメンタリングが受けられる。
Imagine Cupの決勝に残った他の2チームも、公益性の高いサービスにコンピュータービジョンを中心的に使っている。
Caeliは、慢性呼吸病を患いながら汚染地域で暮らさざるを得ない人々のために高性能な特製マスクを生産し、大気汚染問題に取り組んでいる。安価な市販のマスクでは対処できない深刻な大気汚染に苦しむ地域は少なくない。
これは、スマートフォンのフロントカメラで自分の顔をスキャンし、顔の形にぴったり合うマスクを選んでくれるというもの。どんなに高性能なフィルターが付いていても、脇から汚染粒子が入り込んでは意味がない。
このマスクには、コンパクトな吸入器が組み込まれていて、例えば喘息を患っている人などは、必要に応じて薬を霧状にして吸入できる。薬は、アプリに登録した量や時間に応じて自動的に放出される。また、その場所の汚染状況を調査して、もっとも危険な場所を避けられるようにもしてくれる。
Finderrは、家の中で物を紛失しても自分では探せない視覚障害者のためのユニークな解決策だ。特殊なカメラとコンピュータービジョンアルゴリズムを使うことで、このサービスは家の中を監視し、鍵、バッグ、食料品など、日常的な品物の置き場所を記録する。それらを探すためにはスマートフォンが必要なので、それだけは、なくしてはいけない。
アプリを立ち上げ、探している物を音声で伝えると、スマートフォンのカメラが、現在位置とその物の相対位置を割り出し「正解に近づいているよ」的な音声で、その場所へ導いてくれる。目が見える人のために、画面には大きなインジケーターが表示される。
プレゼンテーションの終了後、私は彼らに今後の課題について質問をした。Imagine Cupに出場する企業はたいていがアーリーステージだからだ。
今現在、EasyGlucoseは善戦しているが、このモデルにはまだまだ大量のデータが必要であり、さまざまな利用者層でテストしなければならないとChiang氏は訴えていた。1万5000人の眼球でトレーニングをしているが、食品医薬品局に提出するデータとしては、まだまだ足りない。
Finderrは、すべての画像を、巨大なImageNetデータベースで認識するが、チームの一員であるFerdinand Loesch氏は、それ以外の画像も簡単に追加でき、100点あればトレーニングできると話していた。英国では、こうした器具を利用する視覚障害者に初期費用として500ポンド(約7万1300円)の助成金が出る。彼らは、家の中をカバーするカメラの台数を減らすために、天井に取り付ける360度カメラを開発した。
Caeliは、本来は医療機器である吸入器も、例えば医療機器製造業者にライセンスすれば、自然に売れて宣伝にもなると考えている。他にもスマートマスクの準備を進めている企業がいくつもあるが、それらに対する彼の評価は低い(競合他社としては当然なことだが、引きずり下ろすべき業界の強力なリーダーは存在しない)。今後彼らが拡大を目指すインド国内のターゲット市場では、こうした製品を保険でカバーするのも、それほど難しくないと彼は指摘している。
彼らはアーリーステージの企業だが、遊びでやっているわけではない。とはいえ、そうした会社創設者の多くは授業の合間に仕事をしているのも事実だ。今後、彼らの話をたくさん耳にするようになり、彼らをはじめ、Imagine Cupから飛び立った他の企業も、来年あたりには資金を調達して従業員を雇うようになったとしても、驚きはしない。
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(翻訳:金井哲夫)