あるVCがファンドの規模を急激に拡大しないワケ――業界の流れに逆行するEmergence Capital

テック業界への投資を強化しようとする機関投資家が増えたことで、シリコンバレーでは実績のあるベンチャーキャピタル(VC)が資金調達で困ることはない。今年の3月にはSECに提出された書類によって、General Catalyst13億7500万ドルのファンドを立ち上げたことがわかった。これは同社の18年におよぶ歴史の中でも最大規模だ。設立から35年が経つBattery Venturesも、今年に入ってから2つのファンドを組成し、合計調達額は同社史上最大だった。さらにSequoia Capitalは、複数のファンドを通して合計120億ドルを調達中だと報じられており、これは同社だけでなくアメリカ中のVCを見渡しても、これまでになかった規模だ。

設立から15年のEmergence Capitalもやろうと思えば彼らのように巨額の資金を調達できただろう。同社はエンタープライズ向けのプロダクトやSaaSに特化したアーリーステージ企業への投資を行っており、その実績には定評がある。Emergence CapitalのポートフォリオにはストレージサービスのBox(上場済み)やソーシャルネットワーキングのYammer(2012年にMicrosoftが12億ドルで買収)、生命科学や医薬業界向けのCRMで有名なVeeva Systemsなどが含まれている。Veevaにいたっては、2013年の上場でEmergenceに300倍以上ものリターンを生み出したと言われている(Emergenceは650万ドルの投資で手に入れた31%の株式をIPOまで保有し続けた上、彼らはVeevaの株主の中で唯一のVCだった)。

そんなEmergenceであれば、第5号ファンドで何十億ドルという資金を調達できたはずなのに同社はそうしなかった。カリフォルニア州サンマテオに拠点を置く彼らは、その代わりに2015年に設立された3億3500万ドルのファンドから調達額を30%だけ増やし、先週の金曜日に4億3500万ドルの投資ビークルを設立した。

先日、Emergenceの共同創業者Jason Greenと話をする機会があった。彼は4人いるジェネラル・パートナーのひとりでもあり、同社の要と言える存在だ。私たちが特に聞きたかったのは、なぜ在シリコンバレーの他のVCのように、前回のファンドから調達額を大きくひきあげなかったのかという点。この質問に対しGreenは「私たちは プロダクトマーケットフィットを目指すアーリーステージ企業のなかでも、一緒に仕事がしやすいコアメンバーがいる企業に絞って投資を行っている」と答えた。このターゲット像が変わっていないため、ファンドの規模も変える必要がないと彼は言うのだ。

とは言っても社内ではいくつかの変化があった。2016年にはKaufman FellowsからEmergenceに移って3年のJoe Floydがパートナーに昇格。なお、Kaufman Fellowsは2年間におよぶベンチャーキャピタリスト育成プログラムを運営している。またEmergence Capital共同創業者のBrian Jacobsは、このたび新設されたファンドにはタッチしないのだという。そこでGreenにJacobsは仮想通貨投資を始めようとしているのか(最近よくある動きだ)と尋ねたところ、彼は「Jacobsはそれよりも慈善活動に取り組もうとしている」とのことだった。

Emergence初の投資先はSalesforceだった。それ以外にも、2016年にServiceMaxをGEへ9億1500万ドルで売却し、昨年にはIntacctをSage Groupに8億5000万ドルで売却。新しい企業への投資は年に5〜7社といったところだ。続けて私たちはEmergenceがどうやってその5〜7社を選んでいるのかという問いを投げかけた。

するとGreenはまず、Emergenceは「テーマを重視している」のだと答えた。そして、同社は設立当初からSaaSやクラウド、ホリゾンタル(業界を問わない)なアプリケーション、そしてエンタープライズ向けプロダクトに特化してきたが、今後は関連分野の中でもう少し業界を絞っていこうとしているとのことだ。最初のターゲットは「コーチングネットワーク」とGreenが呼ぶプロダクト群で、これはエンタープライズ向けの機械学習テクノロジーと読み替えることができる。たとえば彼らの投資先でシアトル発のTextioは、AIを搭載したツールでビジネスライティングの可能性を広げようとしている。また、営業電話の音声を分析し、営業チームにリアルタイムでフィードバックを送るシステムを開発するChorusもEmergenceの投資先だ。Greenがこのようなプロダクトを総称して「コーチングネットワーク」と呼ぶのは、システムが人間を代替するのではなく、人間の仕事のパフォーマンスを上げるための手助けをしているからだという。

またEmergenceは、“デスクレス”労働者にも注目している。デスクレス労働者とは、世界の労働者の80%にあたる、オフィスの外で仕事をしている人たちのことを指す。これは決して新しいトレンドではないが、「早いイニング」だとGreenは語り、関連テクノロジーは「世界中のチームで徐々に浸透し始めている」のだという(急成長を続けるビデオカンファレンスシステム企業Zoomへの投資も恐らくこのカテゴリーに入るのだろう)。

Greenは具体的な投資額については明言しなかったが、従来のVCのようにEmergenceは投資先の株式の20%以上を保有するようにしており、「シリーズAから(イグジットまで)通して」企業をサポートしているのだという。

また最新のファンドで新たに加わった投資家がいるのかという問いに対しては、「財団法人や基金への寄付など、リターンを世のために使うだろうと私たちが信頼できる何社/人かをリミテッドパートナー(LP)に選出した」と答えた。

現在の流れとして、巨額の資金を調達しないことが「だんだんと珍しくなってきている」とGreenは語る。「今は簡単に多額の資金を調達して思いっきり投資できてしまうため、かなりの自制心がいる。そんななかEmergenceはずっと軸をブラさずにいることを誇りに感じている」

結局のところは「自分がやっていて楽しいことがすべて」だと彼は続ける。「私たちは単にお金を賭けているわけではなく、事業に直接関わるのを心から楽しんでいるのだ」

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(翻訳:Atsushi Yukutake

投稿者:

TechCrunch Japan

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