本稿は毎週月曜日に配信する米国の次世代ブランドやリテールテック、ニューラグジュアリーにフォーカスしたニュースレターとポッドキャスト「Cereal Talk」投稿の転載記事となる。
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米国のECソフトウェア事情やAlloyの自動化、そして今流行っているD2C業界のトレンドについてAlloy AutomationのCEOのSara Du(サラ・ドゥ)さんにお話を伺った。
盛り上がる米国D2C業界を支えるソフトウェア
米国ではD2C企業の資金調達が減少気味ではあるが、まだまだ新しいブランドが立ち上がっている。同時にNikeやadidasなど大手小売もD2C化を本格的に行なったり、新型コロナによりECが主流になったことで、ECソフトウェア企業の需要が増加している。
スタート時はShopifyだけを活用しても問題ないかもしれないが、ほとんどのD2C企業が同じソフトウェアを使っているため、優位性をつくるのは難しい。現在、サイトやブランド、ECの体験を改善するツールが出てきているのは、少しでも他社との違いを作り出すためだ。そのため、どのD2Cブランドやオンラインリテーラーも自社に適したテックスタック(複数のテクノロジーの組み合わせ)を構築する必要がある。ただし、ソフトウェアをそれぞれ運営するのは大変なため、ECインフラの連携・自動化の需要が今後高まっていくはずだ。
このトレンドは、2020年あたりから米国で盛り上がり始めた。多くのブランドは自動化ツール「Zapier」などを活用していたが、最近だとEC向けの自動化ツールも出てきている。その中でも最も注目されているサービスの1つがEC自動化プラットフォーム「Alloy(アロイ)」だ。Alloyは、Yコンビネーター2020年冬バッチに参加し、2021年2月には、BainCapital(ベインキャピタル)やAbstract Ventures、Color Capital「Shippo」の創業者などから400万ドル(約4億3000万円)の調達を発表。代表のサラ・ドゥさんはなんと20代前半という新世代の起業家だ。
新型コロナ後のD2CスタートアップへのVC投資事情
2018年がD2Cブランドへの資金調達のピークだった。2020年に上場したマットレスブランド「Casper」の株価も大幅に下がったため、D2C業界への投資が減少すると思われていた。実際に下記の図からわかるように、2020年のD2Cブランドへの合計資金調達額(1月〜9月)を見ると、2018年や2019年よりも下がっている。しかし、予期せぬ新型コロナの影響でEC需要が再熱し、投資家がまた興味を持ち始めている。
新型コロナの影響で、シリコンバレー全体での資金調達も一時的に止まったが、その後、EC率が大きく上がり、ECインフラを準備していたD2Cブランドが大手小売よりも大幅に伸びた。個人的に投資している低アルコール飲料ブランド「Haus」も前年比で780%成長、フェイクミートを活用したチキンナゲットを提供する「NUGGS」は、800万ドル(約8億7000万円)の売上を達成。そしてNikeなどもD2C戦略へシフトさせたことで2020年では全体売上の35%がD2Cチャネルからのものだった。
Business Insiderによると、過去5年間最も多くのEC系の投資を行なったVCの多くは長期的にEC市場が伸びるため、投資を続けるという。そんな中、ブランドだけではなく、D2Cブランドを支えるツールへの投資にフォーカスし始めている投資家も増えている。
ECインフラのソフトウェア「Shopify」の急成長
D2CやECの成長により、最も活躍したサービスといえばおそらく「Shopify」だろう。EC業界のトップであるAmazonに対抗して、Shopifyが唯一同等レベルのプラットフォームになり得るサービスだと思っている。それと同時に、クリエイターエコノミーの爆発的な成長も味方にし、インフルエンサーや一般の人でも販売を行う需要が増えた。
Amazonが全体のEC市場の39%のシェアを占めている中、Shopifyは2位の9%にまで成長した。その成長は、このまま続いてもおかしくないものだ。D2C企業に詳しいメディア「2PM」によると、トップ460社のD2C企業のうち、58.9%がShopifyを利用しているという。
Shopifyの良さは、簡単にオンライン店舗を作れるだけではなく、2020年5月時点では4200アプリと連携している点で、80%の加盟店が第三者のアプリと連携していたと発表している。顧客獲得ツール、購入後の体験サービス、アンケートアプリ、配送サービスなどさまざまなアプリと連携できることによって、D2Cブランドは自分のプロダクトの販売とマーケティングに集中できる。Shopifyの成長により伸びたソフトウェア企業も多い。レビューサービス「Yotpo」やサブスクサービス「ReCharge」などがその代表例だ。3〜4年前と比べて、現在では10倍ほどのECソフトウェア企業が存在している。
画像クレジット:Red Sea Ventures
今回取材したAlloyのサラさんによると、コストを気にするD2C起業家が多いが、ある程度スケールし始めると必ずテックスタックを固める傾向にあるという。人を採用してマニュアルな作業を行うより、月額のSaaSプロダクトで1人で店舗を運営したほうがコスト的にも安いケースも多いため、初期でもソフトウェアを試すユーザーも多い。ただ、扱うソフトウェアが増える一方で、各ツールがバラバラで連携されてないため、全体的にツールを十分活用できている企業は多くないという。それを解決するのが自動化ツール「Alloy」だが、まだ新しい領域だとサラさんは語る。
ハーバード中退から起業、ストリートウェアブランドも運営するZ世代の起業家
画像クレジット:Sara Du
Alloyの創業者サラ・ドゥさんは高校生の時にLAに引っ越し、独学でプログラミングを学び始めた。当時、ハードウェア領域にも興味があり、舌を蓋につけると電気ショックで甘さを感じる「スマートコーヒーカップ」を開発した。これにより、Peter Thiel(ピーター・ティール)氏が行っている超難関といわれる若手起業家育成プログラム「ティール・フェローシップ」に選ばれた。そして、高校を飛び級で卒業し、ティール・フェローシップに採択されていたリーガルアシスタントサービス「Do Not Pay」にジョインした。当時、お金がまったくなかったサラさんは夏の間ひたすら知り合いの家を回り、ソファーで寝てたという。
その後、ハーバード大学に進学するが、そこでは東南アジアの歴史の勉強をした。1年が経ち、スタートアップのエネルギーが恋しくなった彼女は、Snapchatへインターンすることを決め、後に休学。大学時代やSnapchatにいた期間は、後にAlloyを一緒に立ち上げるグレッグさんといろいろなサイドプロジェクトを検証していたそうだ。10個ほどの失敗を続けたが、ずっとAPI連携できる開発者向けサービスには興味があったとサラさんはいう。Zapierをよく使っていたが、それ以外のツールを探した時に「Workato」などの自動化ツールを見つけた。そこで彼女は営業やマーケティングの自動化ツールが存在していると気づいたが、自分の思い描くツールや自分達のECショップを運営している友達や知り合いが求めているサービスが存在しなかったと理解した。サラさんは自分のストリートウェアブランドも運営していたため、ECオーナーとしてのニーズを理解していたのだ。
そこで2人は、誰でも安く使える自動化ツールが必要だと思い、開発を始めた。初期はECフォーカスではなかったが、後にEC向けにシフトした。
Product Huntへ投稿したら、WebflowのCTOから連絡がきた!
つまり、Alloyもサイドプロジェクトとして始まった。会社化したのは、当時Product Huntで働いていた友達が投稿するように薦められたのがきっかけだった。
Product Huntに投稿した翌日、好意的なコメントが数百件投稿されていた。その反響を受けて、サラさんはSnapchatでのインターンを辞めることを決意。「最悪、春には学校に戻れるし、インターン時代の給料を貯めていて、月次のバーンも低かったので、割とすぐにAlloyにフルタイムでコミットすることを決めた」と彼女はいう。この投稿から、後にシードラウンドをリードするベインキャピタルのケビン・チャンさんと繋がり、資金調達へ繋がった。そして、もう1人を見ていたのが、WebflowのCTOであるブライアント・チョウさん。たまたま投稿を見てAlloyを知り、エンジェル出資してくれたとのことだ。
著名VCからのフィードバックによるYコンビネーター2020のWinterに合格。Demo Dayはオンラインで、うまくピッチができるか迷いがあり、ステルスでもいたかったAlloyは、Demo Dayでピッチしないことを判断したという。
オンラインストアの運営作業を自動化するAlloy
Alloyは、オンラインストアの運営作業を一元管理して、細かいタスクの自動化を可能にするツールだ。現在、最新ツールがたくさんあり、オンラインストアの運営が複雑に、かつ手作業が多くなっているのが大きな課題だ。Alloyは、オンラインストア運営の作業を自動化し一元管理することができる。
Alloy営業資料から引用
Alloyは具体的に5つのカテゴリーの自動化にフォーカスしている。
- ロイヤリティ+顧客体験
- フルフィルメント
- オペレーション
- サポート
- マーケティング
Alloy営業資料から引用
他の自動化ツールでは深いAPI連携がされていないため、Alloyの方が細かいロジックを組めるのが特徴だ。例えば、定期購入販売を簡単に実装できるアプリ「ReCharge」と連携しているが、他社サービスだとReChargeを活用して顧客の定期購入した数に応じてのアクションが行えない。AlloyだとReChargeの定期購入の数まで把握できるため、10回以上定期購入したユーザーが問い合わせした際にプライオリティを付けたり、自動的に特別扱いの顧客メールを送る設定なども可能となる。
以下は在庫切れになった際にSlackへメッセージが飛ぶようにトリガーを作るフローの事例だ。
AlloyはReCharge以外にも90以上のアプリとすでに連携している。競合となるShopify Flowは、Shopify Plusの顧客でないと使えないし、そもそも30〜40ぐらいのアプリしかFlowでは連携されていない。そのため、今のところAlloyほど幅広く、そして深くAPI連携しているEC自動化ツールは存在しない。
Alloy営業資料から引用
Alloyはノーコードで自動化されたフローが簡単にビジュアライズされているため、誰でも簡単に作ることも可能だ。さらにShopify以外にもMagento、Big Commerce、ヘッドレスなど全体のECエコシステムのカバレッジがある。
実際にAlloyを活用している企業には、人気D2CブランドのOpte、Italic、Doe、そして大手ブランドのBaltimore Ravensなどがある。最近は大手ラグジュアリーブランドも使い始めたとサラさんは語る。
Alloy営業資料から引用
OpteはAlloyを活用して、毎週10時間以上手作業で行っていたデータハーベスティング作業を自動化して、年間240万円以上のコストを節約している。
業界を教育しながら長期的成長につながるコンテンツ戦略
まだ米国のD2C業界でも自動化のトレンドは、始まったばかりだ。Alloyは、2020年の多くはコンテンツ制作や教育を行って、ようやく業界が自動化のポテンシャルに気づいたという。特にコンテンツ制作の戦略はおもしろく、Alloyの長期的成長に繋がる試作ともいえる。Alloyには、自動化フローのテンプレを用意している専用サイトがある。各テンプレを「レシピ」と呼んでいて、アプリやカテゴリー(カート落ち、アナリティクス、カスタマーサポートなど)で簡単に検索ができる。
これにより、誰でも簡単に自動化フローを作ることが可能になる。現在はより大きいクライアントがAlloyを活用している傾向にあるが、今後はよりセルフサーブにして中小企業でも業務の一部を自動化してより効率よく販売ができるかたちにしたいとサラさんは語る。サイトの「人気レシピ」の多くはベーシックなものだが、自動化しやすい、バリューが最もわかりやすいものとなっている。
また、このレシピのマーケットプレイスをさらに価値を与えるために「Social Proof(ソーシャルプルーフ)」を追加したいという。「EC業界での重要要素はSocial Proof、いわゆる他社が何をやっているかを見ることです。だからこそAlloyの初期では、トップティアなShopify Plusブランドや有名D2Cブランドをクライアントとして獲得してきました。今後はItalicなど著名ブランドがどのレシピを使っているかを公開していくことで、業界が自動化のニーズに気づいてくれると思います」。
D2Cブランドのスケールをサポートするテックスタック
米国では、D2Cブランドがスケールし始めると、バックエンドのソフトウェアの管理や連携をするためにエンジニアを採用しているほど最新テックスタックの導入は普通のことだ。Glossierは、サイト製作やECプラットフォームの構築を行っていたデジタルエージェンシー「Dynamo」を5200万ドル(約56億3000万円)で買収し、自社のテック部門を強化した。
社内で数十名のエンジニアを抱えるほどテックスタックが整い始めているD2Cブランドとしては、使えるツールが増えるほど可能性は増えるが、同時に内部システムやロジック構成などが複雑になってくる。だからこそ、Alloyのような自動化ツールが必要になってくる。ECブランド向けにツールを開発しながら他のアプリとの深いAPI連携は、多くのブランドは絶対行わない。AlloyはAPI連携が優位性なブランドとなっている。Zapierも130万ドル(約1億4000万円)の資金調達しか行わなかったのに、50億ドル(約5418億円)の時価総額になった今、これからも「APIのAPI」の概念が他の業界で広がる可能性は高い。今後も注目するべき市場に間違いない。
(文:宮武徹郎 / @tmiyatake1、草野美木 / @mikikusano)