「成長しない企業の人材流出は当たり前」成長企業の人材戦略、新規事業取り入れの心得を聞く——TC School #13

TechCrunch Japanが主催するテーマ特化型のイベント「TechCrunch School」では、2017年3月から5回にわたり、人材領域を軸に講演やパネルディスカッションを開催してきた。その第5弾となるイベント「TechCrunch School #13 HR Tech最前線(5) presented by エン・ジャパン」が3月22日に行われた。

今回はこれまでの「HR Tech最前線」シリーズの集大成として、これまでのイベントを振り返りつつ、成長企業の人材戦略、そしてエンジニアの採用・教育・評価について識者に話を聞くパネルディスカッションが実施された。このイベントの模様を前編・後編に分けてお伝えしよう。

登壇者は、グロービス・キャピタル・パートナーズ パートナー/Chief Strategy Officerの高宮慎一氏とプロダクト・エンジニアリングアドバイザー(フリーランスコンサルタント)の及川卓也氏、そしてエン・ジャパン 執行役員の寺田輝之氏。モデレーターはTechCrunch Japan 副編集長の岩本有平が務めた。

高宮氏は、ベンチャーキャピタルとしてスタートアップに投資をしながら、社外役員として従業員が数人規模のアーリーステージから上場するところまで経営に参画している。そこで経営者と週1回ぐらいのペースで議論をするそうだが、議題の半分以上は組織に関することだと話す。

「成功の特効薬や万能の解のようなものはないけれども、失敗パターンや考え方のフレームワークなどはある」(高宮氏)

及川氏は外資系コンピューター企業から米Microsoft、Googleを経て、スタートアップであるIncrementsに1年半ほど勤務した後、現在はフリーランスとしてスタートアップを中心とした企業の支援を行っている。「技術アドバイザー」「プロダクト戦略の策定・実施・グロース」「エンジニアリングの組織作り」の3つのメニューで活動しているという及川氏も、「3番目の組織づくりの話が圧倒的に多い」と話す。

「プロダクト戦略を考え、技術を駆使してモノを作るのは結局人なので、組織の話を別には語れないことが多い。逆に組織さえしっかりしていれば、企業は成長し続ける力があると思っている」(及川氏)

寺田氏は、2002年エン・ジャパンが50人弱のスタートアップだったころに入社し、インターネット黎明期からその成長とともに、求人サイトをはじめとするサービスやプロダクトを作ってきた。現在はクラウド採用ツール「engage(エンゲージ)」やオンライン適性分析「タレントアナリティクス」、面接前に利用できる「ビデオインタビュー」機能などを提供している。

これまで約1年にわたり「HR Tech最前線」シリーズの全イベントに登壇してきた寺田氏は今回、HR Techサービス提供者であり、スタートアップ成長期の経験者でもある立場から、半ばモデレーター的な役割で話を進めていくこととなった。

イベント前半では、スタートアップの人材戦略に精通する高宮氏を中心に、成長企業の組織・人事戦略、そして成熟企業が新規事業を取り入れるための心得などについて話を聞いた。

スタートアップのビジョン・カルチャーと人材の適合度の見極め方

パネルディスカッションではまず、高宮氏が2017年9月に登壇したTC School #11のキーノート講演「成長企業の組織・人事戦略/5つのあるあると要諦」を振り返った。講演の詳細についてはイベントレポートをご覧いただければと思うが、その概要は以下の5つにまとめられる。

あるある1. 傭兵による組織崩壊
《対策》成長企業における採用は、スキルだけでなく、ビジョン・カルチャー適合度でも妥協してはいけない。

あるある2. 一貫性のない処遇で不平不満が蔓延
《対策》早期から評価制度と報酬テーブルを用意して運用することが大事。目標達成と人材育成の仕組みとしても活用する。

あるある3. ストックオプション(SO)の場当たり的な乱発
《対策》あらかじめSO付与の目的(思想)と割合を明確にする。その上で付与のルールを作成し、それに基づき運用する。

あるある4. エースの突然の退職
《対策》事業の成長に合わせ、組織の成長を先回りして設計。その中で個人のキャリアゴール、キャリアパスとのすり合わせを行う。

あるある5. 必要機能の未充足
《対策》既存の人材に合わせて組織を設計するのではなく、事業を成功させるために必要な機能ありきで、理想とする組織を設計すべし。

採用時に「ビジョン・カルチャー適合度をどう見極めていくか」という点については、寺田氏から「そもそも、自分たちのカルチャーを言語化できている企業はあまり多くない。その上で新しく採用していく人を、どう見極めていけばよいのか」という問いかけがあった。

グロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一氏

高宮氏は「確かに難しい。会社が大きくなったら当然、ビジョンやカルチャー、価値観を言語化するという話は出てくるが、ベンチャーでメンバーが4〜5人しかいないのに『言語化しましょう』と経営合宿などでやるところはあまりないし、やるだけ時間がもったいない」としながら、適合度を見極めるための対応についてこのように話している。

「(小さな組織では)空気感、ノリみたいなものは結構あると思う。まずは夜と週末だけでもいいので『インターンでおいでよ』といった感じで巻き込んで、社員と一緒になった中で相性を確認するというようなことは、大事なのではないか」(高宮氏)

高宮氏は「面接だけでビジョンやカルチャー、共感度を測るというのは相当難しい。やはり何かを一緒にするというのが、すごく大事なんじゃないか」と考えを述べた。

では何を一緒にやればよいのか。高宮氏は「最低限でも飲みに行く。あるいは趣味を一緒にやるのでもいい。例えば釣りに行っちゃうとか、バーベキューとかでもいいし、そういうアンオフィシャルな場で人を見るのもいいんじゃないか」と話す。

プロダクト・エンジニアリングアドバイザー 及川卓也氏

一方、及川氏は「仕事をしてもらうのが一番」と言う。「マッチングというのは、一方的に企業が候補者を選ぶものと考えがちだが、実は逆も非常に大事。候補者のほうからも、将来どうなるかわからないリスクの高い会社に入るにあたって、自分が本当にその会社に合うかどうかを見る。要は(両者の)お見合いだ。それを本当に確認するためには、仕事をするのが一番いい」(及川氏)

「一緒に働くというのは難しい面もあるが、今は兼業を認める会社も増えてきているし、内緒で来てもいいという人もいるかもしれない。そういう人に『夜でもいいし週末でもいい、もし有給が取れるんだったら1日来てもらえるとうれしいんだけど』と言って、一緒に(仕事を)やっちゃうのがいいと思う」(及川氏)

そこで寺田氏が「(そういう形で)一緒に仕事をやろうとしたときに、どんな仕事を頼めばいいのか悩む」と言うと、及川氏は「エンジニアの場合は比較的それは楽。もちろんコードベースに慣れるまでの時間などもあるので、短期間でどこまでできるかというのは現実的にはあるが」と答え、WordPressのホスティングを行っているAutomattic社の採用プロセスについて紹介してくれた。

エン・ジャパン寺田輝之氏

「Automatticはオフィスがなく、全員がリモートワークしていることで有名だ。彼らは実際の採用プロセスの中に『一緒に仕事をする』というのを入れていて、2週間ぐらいの時間をかけて採用を行う。もし可能ならば、そういう風にガッツリ仕事を切り出して、やってもらうというのがいいと思う」(及川氏)

また「日本では、働きながら転職をする人が圧倒的に多い。その中でうまくカルチャーフィットを見極めながら、一緒に仕事をできるようなポイントはあるか」との問いには「どうにかして時間を作ってもらうしかないかと。一緒に仕事をするのはなかなかハードルが高い面も実際にはあると思うので、一番最初は飲みに行くのでも、ミーティングに参加してもらうのでもよいので」と及川氏は答えている。

「ある人の例で、ある会社の経営者からいきなりLinkedIn経由で『あなたの書いていたブログが面白いから、一度ランチで話を聞かせてくれ』とメッセージが来たので会いに行った。そこで彼らの新規事業のアイデアを聞かせてもらったので意見を言ったら『悪いんだけど夜に行っている定例のミーティングに、可能な範囲で出てくれないか』ということになった。それをしばらく続けていたのだが、結局面白くなって転職してしまった、というのがある。もっとも経営者はそうなることを見越して声をかけたようだけれども」(及川氏)

スタートアップ界隈では、Twitter経由で声をかけて、インターンなどを募集するという話も聞くことがある。これについては、高宮氏は創業初期の採用での活用については懐疑的だ。

「創業最初期の段階では、インターンレベルの人を入れて管理コストがかかる状態にするのではなくて、むしろ一騎当千の人を先に入れて、その人に統制してもらえるようにした方がいい。(Twitterなどで採用対象の)母集団を増やしてパイプラインを広げるというよりは、知っている人を一本釣りしにいくのがよいのではないか。インターンなどはそのキーマンを採用できた後の方が効率的なのでは」(高宮氏)

ただし高宮氏は「数を打って取りに行くというよりは、ピンポイントでスナイプ的に行くべき」と言いつつも、ブランドもなく報酬があまり払えないベンチャーでは、正式採用に至るまでの確率は低いかもしれない、として「ポートフォリオではないが、必要な機能の人材を同じ機能につき複数の候補を挙げて、全員と話をしていくようにするのがいいだろう」と述べている。

高宮氏は及川氏の話にも触れ、「本当に採用が上手な人は、なし崩し的に人を巻き込むのがうまい。取りあえず飲みに行こう、遊びに行こうというところから、気が付くと仕事が振られている。しかも『ベンチャーに入ったらこういう世界だよ』と事前に期待値を調整するかのごとく、(仕事を)まるっと無茶振りする。それでも引き受けてくれて仕事ができる、セルフスターター的な人のほうがベンチャー向きではあるので、そうすることである意味、ふるいにかけるような効果もある」と話していた。

始めからストックオプション交渉が激しい人の採用は要注意

続いて話題となったのは、ストックオプション(SO)発行に関する話だ。前の高宮氏の講演でも「SOの場当たり的な乱発は避け、付与の目的を明確にすべき」という課題が挙げられていたが、そのあたりの生々しい事例を具体的に高宮氏に聞いた。

高宮氏は、SOに限らず、金銭的なインセンティブについて、採用時にネゴる人がいる、という話は散見されると話す。

「大きくなったベンチャーや大企業から来る人だと、ベース(給与)のところでギャップがあるというのは確か。一定程度条件を下げてくれなければ、創業期のスタートアップにはさすがに払いきれない。だからその代わりに、キャピタルゲインをちゃんと取ってもらうことで補填する、というのがいいと思う」(高宮氏)

ただし「経歴はピカピカだけど、採用の入口でものすごくSOについて交渉をしてくる人は、黄色信号。よくよく、その人についてデューデリして(調査して)みた方がいい。お金で来る人は、お金で去るリスクがある」と高宮氏は続ける。

また「給与を上げられない時に、代わりにSOをばらまくのも危険」として高宮氏は別の例も挙げた。

「日本の資本市場では、上場した後に投資家が気にならないオプションの量は、だいたい10%から15%と業界慣習的に言われている。そんな中、早いタイミングでSOを10%もバラまいてしまうと、その後上場に向けてCFOを採用したい、でもオプションの実弾はない、となってしまう。その状況で年収1000万円クラスの人に、『700万円でCFOとして来てほしい、でもSOはない』と言ってもそれは難しい話だとなってしまう」(高宮氏)

成熟企業は「成熟企業ならではの面白さ」でエンジニアを獲得すべし

その後は、会場からの質問を受けて「成熟企業での採用」についての話題へと移った。質問は「事業が成長しているときには優秀なエンジニアがどんどん入ってくるが、減衰フェーズになるとエンジニアの応募が減り、選考に来てもらっても採用競争で負けてしまう。成長が頭打ちになった成熟企業で優秀なエンジニアを獲得するためにはどうすればいいか」というものだ。

高宮氏は「“エンジニア”との質問だが、“優秀なマーケター”“優秀なCFO”など、他の企業の優秀な人と置き換えてもよいかと思う。先ほどの報酬やインセンティブの話とも絡むが、仕事をするときに何をインセンティブとして設計するかという話だ」と答える。

「給与、ボーナス、SOといった金銭的なインセンティブと、自己実現、やりがい、社会貢献といった金銭以外のインセンティブに分けて考えたときに、事業が成長している企業では、すごく分かりやすくエキサイティングな魅力がある。一方、事業がまだ初期で勢いがなく、採用しづらいときには、単純にPL的な業績や売上、シェアを超えて、数字ではないところで『我々のやっている事業は意義がある』『魅力的な組織だ』というような、ビジョンやカルチャーで引っ張るというのがひとつの方法だ」(高宮氏)

もうひとつ高宮氏が挙げたのは、新規事業の采配を任せることでインセンティブとする方法だ。「そもそも仮に上場を目指す企業や上場しても成長を目指す企業なら、既存事業が成熟化してしまったら新しい事業を作って伸ばさなければいけない。『こういう新規事業を考えている。こういうチャレンジをしてみないか。ここはまるっと任せるから』といった形で、自己実現の部分を刺激してあげるというような、非金銭系の報酬を前面に打ち出していくというやり方はある」(高宮氏)

及川氏からは「エンジニアの感じる面白さは人それぞれ違う。今の成熟した事業、サービスにおいて、どういう点が面白いかということを考え、それを訴求するようにすれば、そこに合った人を集められるのではないか」との回答があった。

「エンジニアからすると、0でなく1から作ってくれというのでも難易度はメチャクチャ高い。でも、安定稼働させるというのも、それはそれですごく大変なことだ。一番最初のユーザー数は0。そこからスケールさせることを考えていくのは面白いけれども、逆に育たない可能性もある。既にある程度成熟していて、100万人のユーザーがいるものをちゃんと安定稼働させるというのも、それはそれで面白いと思う人もいる」(及川氏)

成長しない企業の人材流出は当たり前。濃淡をつけてリテンションを

ここで寺田氏から高宮氏に「成熟企業では新しく人を採用する理由、来てもらう理由も作りにくいと思う。改めて来るためのモチベーションも上がりにくいだろう。高宮氏の話にもあった『機能ベースでの組織設計』をもう一度やり直すこともあると思う。そういうとき、どう臨めばよいのか」との問いかけがあった。

高宮氏は「組織というのは結局は、事業の成長と会社が達成しようとしているビジョンを実現するための“HOW”だ。だから『組織を変える(という目的の)ために組織を変える』というのは本質的ではない。例えば『そもそも再成長をしなければならない』とか『再成長をするためには、どういう事業が必要なのか』といった検討がまずあって、その実現のためにハコとしての組織をどうあるべき姿にするか、ということになる。だから、その時の事業戦略次第かと思う。ケース・バイ・ケースではないか」と話した。

「極端に言えば『今のメンバーでもう一回がんばろう!おう!』みたいな話もあれば、今いるメンバーではモチベーションもちょっと微妙だし、新しい事業をやらせてもケーパビリティにミスマッチがあるから、入れ替えをしていかなければならない、という話も両方あり得る」(高宮氏)

人の入れ替わりについては及川氏も「成熟しちゃってたら、人が逃げていくのは仕方がない」と話す。

「今は成熟している企業も(創業期から成長期には)成長のために人を奪ってきているわけで、成熟してしまったら自分たちの人材が流出してしまうというのはやむを得ない。高宮氏が言うように、もう一度事業を成長軌道に乗せるのか、新規事業を成長させていくのかのどちらかだと思う」(及川氏)

「Googleはいまだに、すごい勢いで成長をしているとは思うのだが、あのGoogleでさえ『もう成熟している』と思うエンジニアが流出してしまって、シリコンバレーの新たなスタートアップに行ってしまうということがたくさん起きている。そういうものだと考えて、常に成長させていくしかない」と及川氏は、かつて所属していたGoogleを例に説明を続けた。

「Googleは、イノベーションの自転車操業をやっている会社だ。新しいイノベーションをどんどん導入していっている。これはもちろん、自分たちの会社の成長を考えてのことだが、同時にそれでエンジニアも引き留めている。例えば『あるサービスの開発に長年関わっていて、そろそろ新しいことをやりたい』というエンジニアに、『お前、ライフサイエンスをやらないか』とGoogle Xを立ち上げたり、『(Googleの持株会社である)Alphabetの下にはこういうところのポジションもあるよ』と見せたりしたら、確かに『今と同じぐらい面白いことができるところへ社内で異動できる』となるわけだ。そうしたことで、できるだけ人材の流出を食い止めているという側面もある。Googleは特殊かもしれないが、特殊と思わずに、すべての企業は同じように人材を惹き付ける努力をしなければいけない」(及川氏)

及川氏はさらに「0を1にする、1を10にする、10を100にする、というそれぞれのフェーズで、人材は違う人が必要だと言われるが、エンジニアは特にそれが顕著だ」ともうひとつ別の観点から、エンジニアの流出について説明をしてくれた。

「例えば、ある大企業でインフラを一通り先輩と一緒に作ったが、その後は運用だからつまらない、とスタートアップに移った人がいるとする。その人は自分の能力で0からインフラを設計できる。AWSにするかGCPにするかの選択から、今どの技術を使うべきかのリスク判断まですべて行って、設計が終わってしまったら、後は基本、安定運用を目指すことになる。そうなればその人が再び『もうつまらない』と思ってしまうことはおかしくない。また『新しく0から作るところへ行きたい』となるのはやむを得ない」(及川氏)

高宮氏はファイナンス、経営者の目線でドライに見たときの人材流出について「成熟し、成長性が鈍化して収益が悪化したとき、平均値で言えば、固定費が下がるということは必ずしも嫌な話ではない。人を減らして収益性をもう一度担保し、キャッシュカウ(金のなる木)化しようというのは、組織の話を抜きにして、純粋に業績(改善)としてみれば当たり前のことだ」と話す。

そうした状況での「人材のリテンション」について、高宮氏は話を続ける。「人事の生々しい側面では『辞めてほしい人には辞めてもらって固定費を下げたいけど、エースには辞めてほしくない。残ってほしい人には残ってほしい』という話が出ることがある。経営的な観点からは、平均値とか総固定費で考えがちだが、そこは濃淡を付けて、リテンションしたい人にフォーカスしてリテンションすべき」(高宮氏)

「えこひいきに見えるかもしれないが、本当に辞めてもらいたくない人にだけは、ハイタッチなケアをすることも経営者としては必要。人事としても社長をツールとしてうまく使ってエースを引き留めるということも、やってもいいんじゃないか。例えば引き止めておきたいエースには社長との食事をセットするなど」と高宮氏は述べた。

スタートアップのカルチャー転換、新規・既存事業の両立について

高宮氏から及川氏には、こんな質問があった。「スタートアップ初期のエンジニアは一騎当千で、フルスタックで何でも知っていて、新しいものを作るのがエンジニアとしてもチャレンジングで楽しい、といった人が来る。で、そういう人がエンジニアとしてかっこいい、というカルチャーができがちだ。しかし、そこからスケールしていくと、安定稼働してサービスを落とさない、スケーラブルである、といったような、ちゃんと組織的・サラリーマン的にやるという点が重視されはじめて、カルチャーもがらっと変わらざるを得ない。また人も変わっていく。そういうときに、カルチャーの転換はどのように行えばよいのか?」

及川氏は「ひとつは、カルチャーを変える方がよいのか、というところもある。カルチャーを変えない、ということは、先ほど話した成長事業を常に考えていくということにもつながるし、イノベーションの自転車操業的なものを自分たちの企業で取り入れるかどうか、ということでもある」としつつ「でも、変える、というときには明確にメッセージを出した方がいい」と答えている。

「『クオリティーよりむしろスピードを重視します』とか『ユーザーはこういう人たちしか考えていません』というところから、『我々はマスに向けてやります』というところへ変わるときには、ハッキリと打ち出した方がいい。そうじゃないと、絶対にミスマッチが生じる。で(新しいカルチャーを)『それはそれで面白い』と思う人もたくさんいるはずだが、『やはり0から1の立ち上げがやりたい』という人もいる。そういう人には『0→1はもうない』と言ってあげた方が私はよいと思う」(及川氏)

及川氏の話を受けて、高宮氏は「経営者は二兎を追いがちだ」と言い、取り入れた新規事業と既存事業と両立について、さらに及川氏に問いかける。

「成長性は鈍っているけれどチャリンチャリンとキャッシュが入ってくる、キャッシュカウ化した既存事業の一方で、次なる成長性は新規事業で狙っていく、となると『新規事業のほうが偉い』みたいな空気になりやすい。すると既存事業のほうでは『カネ稼いでるのはこっちなのに、カネを使う割にあいつらばかりチヤホヤされる』といった社内派閥のようなものが生まれることがある。そこを両立するための組織とはどういうものか。特にエンジニアの場合、エンジニアの指向によって組織を完璧に分けるべきか、融和させるべきか?」(高宮氏)

及川氏も「新規事業に限らず、ひとつの事業でも運用側と新規開発側とか、あるいは既存の機能をグロースさせるやり方と完全に新規機能を作るやり方というところでも、後者の方がセクシーで楽しい感じがするので、そちらの方にみんな憧れる。でも、そういうものはまだ全然お金を稼いでいなくて『大事なのはグロースさせることですよ』みたいな話になる」と認める。

そして「実はこれはどこでも“あるある”な話。この時に重要なのは、エンジニアの異動をどういうポリシーで行うかだ。やっぱりみんなが『新規開発をやりたい』となったときに、全員の希望は通らないことが多いわけで。そこにあるルールを設けて、それができるだけ公平・中立なものにしておくことが大切」と語る。

外から来た人材と新規事業の立ち上げを成功させるには

もうひとつ、会場からの質問が取り上げられた。質問は創業70年ほどの企業の2代目社長の方からのもの。「既存事業は古参に任せつつ、(必要な)ケイパビリティーが異なる新規事業の立ち上げを別会社で、新たな経営チームで行いたい。その際、ナンバー2クラスを人材紹介経由で中途採用したいが、どのようにジャッジすべきか悩んでいる。良い手法があれば教えてほしい」ということだ。

高宮氏は、このように答えている。「基本的には自分の右腕、左腕となり、新規事業に対してカルチャーもケイパビリティーもフィットする人を集めることになると思う。一方で先ほどの話ではないが、『キャッシュカウ化して稼いでいるのは誰だと思ってるんだ』と古参の人たちは言うに決まっている。この2代目の方はトップとしてナンバー2の人たちを守ってあげないと、あっという間に古参に抵抗勢力化されてしまうだろう。そういう点で、(別会社に)ハコを分けたというのは大正解だと思う」(高宮氏)

また寺田氏は、自身も新規事業立ち上げを行ってきた経験から「外から連れてきた人に任せた、というのは失敗しやすい」と話す。「既存の人が情報提供してくれない、共有してくれないという風になって、だいたい、つぶされてしまう。うちも外から傭兵のように連れてきてやってみたことがあるが、やはり難しい。既存の領域もありながら、外からいきなりリソースも持ってくるというのは、うまく行きづらい」(寺田氏)

そんな中でも成功するのは、2つのパターンだと寺田氏は言う。「ひとつは外から人を調達するなら、その人がやりたいことが明確になっていること。それに対して資金がいくら必要なのか、どんな協力が必要なのかというのを全部聞いて、それに完全にコミットしてやらせる。そして金は出すけど口は出しちゃダメ。そういう状況の元で、覚悟を決めてやるのがいい」(寺田氏)

もうひとつは既存事業で一番力を持っている人と新事業を立ち上げることだ、と寺田氏は続ける。「自分が稼いだリソースを新しい方に使えるという状況をうまく作ってあげて、既存事業の人員も連れてこられるしお金も使える、という風にしないと、なかなか難しい」(寺田氏)

高宮氏も既存組織をうまく使う方法として「組織にはオフィシャルなレポートライン、公式なコミュニケーションラインとは別に、人間関係ベースの非公式なラインが絶対にある。それこそ創業期から支えた番頭さんとか、すごく人間力の高い部長さんみたいな人は非公式にルートをたくさん持っているはず。そうした、社内で尊敬されていて、いろんな人に非公式に協力を取り付けられるような人とペアを組ませてあげるのは手だ」と述べていた。

レポート後編では、昨年7月のイベントに続いて2度目の登壇となる及川氏を中心に、エンジニア人材の採用、教育、評価について話を聞いた、イベントの後半部分をお伝えする予定だ。公開まで少しお待ちいただきたい。

グロービスが総額160億円の5号ファンドを組成、年金基金の出資は「VCの悲願」

gcpちょうど1年前の年始、僕はインキュベイトファンドが組成した110億円の3号ファンドについて記事にしたのだけれども、2016年も年始に大型のファンド組成のニュースがあった。

ベンチャーキャピタルのグロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)は1月4日付けで第5号となる新ファンド「Globis Fund V, L.P.、グロービス5号ファンド投資事業有限責任組合」を組成した。一次募集(ファーストクローズ)は約140億円。出資するのは三井住友信託銀行、日本政策投資銀行、大同生命保険、マスミューチュアル生命保険株のほか、国内大手企業年金基金を含む国内外の大手機関投資家。ファンド総額は160億円の予定だが、すでにそれ以上の出資要望があるそうで、3月末の最終募集(ファイナルクローズ)を前に、すでに募集が完了している状況だという。

GCPでは1996年に1号ファンド(5億4000万円)を組成。1999年に2号ファンド(200億円)、2006年に3号ファンド(180億円)、2013年に4号ファンド(115億円)を組成。累計120社以上への投資を行っている。直近の投資先上場企業としてはピクスタやイード、カヤック、ブイキューブなど、TechCrunchの読者もよく知るIT企業が多い。

投資領域は「6 Tech」ほか、投資額は1社最大20億円超に

5号ファンドで投資対象とするのは、「6 Tech」(FinTech、HealthcareTech、EduTech、HomeTech、AutoTech、FrontierTechの総称)のほか、シェアエコノミーやAR/VR、IoT、AIなど。GCPパートナーの高宮慎一氏いわく、「IT(Information Technology:情報技術)&IT(Industry Transformation:産業の変革)の領域。2016年に『来る』という領域かどうかに関わらず、ファンドが終了する10年先までを見据えた投資を行う」とのことだ。

投資対象とするのはシードマネーを調達済みで、シリーズA以降の調達を検討しているアーリーステージのスタートアップが中心。GCPというとレイターステージの資金調達を手がける印象が強かったのだけれども、よくよく考えてみると、メルカリやスマートニュースなどもアーリーステージでの投資だ。内訳としては「ざっくり45%がアーリーステージ、35%がミドルステージ、残りがレイターステージ」(高宮氏)なのだそう。具体的には1社あたり数億円〜最大で20億円超の出資を行う予定だという。

昨日はシード特化のVCであるSkyland Venturesの新ファンドのニュースがあった。その中でパートナーの木下慶彦氏が自身の投資スタンスについて、進捗報告のために起業家の時間を取るようなことをしないためにも「ノーハンズオン」だと語っていたが、GCPのスタンスは、バリバリの「ハンズオン」なのだそう。もちろん投資対象のステージも違うし、事業内容によって出資先ごとにVCが支援するべき内容は異なるので、どちらが正しいという話ではない。

GCPのハンズオンの中で特徴的なのは、3R、すなわちIR、PR、HRの業務支援だという。投資担当以外のキャピタリストや親会社であるグロービスのスタッフ、社外のパートナーなどと連携して各種のリソースを提供するのだそうだ。例えば元証券会社の引受担当者がIRまわりのコンサルティングをしたり、グロービスの広報チームがPRの支援をしたりするほか、GCPが投資先企業の人材ニーズをとりまとめてヘッドハンターに共有。一括で広く人材の確保を進めるといったこともしているそうだ。

年金基金からの出資は「VCの悲願」

ファンド組成のニュースはこれまでいくつもあったが、少し珍しいのは、「企業年金基金などの機関投資家が出資している」という内容だ。高宮氏はこれについて、「ある意味では国内VC、ひいてはベンチャー業界の悲願ではないか」と語る。

それはどういう意味か? 100億円超のファンドを組成するとなると出資者1組織ごとに10億円ほどの額を集める必要が出てくる。かといって10億円もの資金を出せるような組織なんてそうそうはない。そこで銀行や保険会社、政府系金融機関などの機関投資家からの出資を仰ぐ必要があるわけだ。そんな機関投資家の中でも、年金基金といえばリスクに対して非常にセンシティブな運用を行ってきたところだ。例えば2015年には、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が年金の運用において、四半期での損失を出したと批判を浴びた。もちろん短期的に見れば8兆円近い損失という大きな話だ。だがたった1つの四半期の損失という見方もできる。長期的に見ればGPIFは高い運用成績を上げており、しかもベンチマーク(運用成果を測定し、評価するための基準)と比較しても良い結果となっている。

しかしそういったネガティブな反応を意識する以上、年金の運用はセンシティブにならざるを得ないというのは致し方ないところ。とはいえ年金基金は数千億円を超えるような運用総額を誇っているわけだし、代替資産(株式や債権以外の資産。不動産もVCへの出資もこれにあたる)に長期的視点で腰をすえて投資するプレーヤーであるという意味でも、機関投資家の中でも大きな存在だ。米国においては、年金基金からの資金がVC業界の発展を支えてきた側面が大きいとも聞く。

そんな背景がある中で年金の資金が入ることについて、高宮氏は「もちろん我々の成果が評価されたということや、そのIRを行った結果ではある」とした上で、「それ以上に、ベンチャーというハイリスクハイリターンな領域に、年金の大きなお金が流れ始めたということが大きい。GCPだけの話ではなく、VC業界、ベンチャー業界全体に意味があること」(高宮氏)と説明する。

2015年3月に発表されたJapan Venture Researchのレポートでは、スタートアップの調達額は増加(一方でその社数は減少)というトレンドが紹介されているが、米国と比較すれば国内VCの投資額はまだまだ小さい(2012年度で米国VCの投資額は国内VCの約24倍という数字もある。リンク先はベンチャーユナイテッド チーフベンチャーキャピタリストである丸山聡氏のブログ)。今回の発表は「GCPが大きなファンドを1つ作った」というだけ(もちろん、「だけ」といっても大きなファンドができることは国内のスタートアップコミュニティにとっては大きな意味がある)の話だが、背景を読み解けば「国内VCに流れるお金の変化」という大きな兆しの見える話とも言えそうだ。