編集部注:執筆者の許直人氏は、自動車の個人間売買やサブスクリプションサービスなどの事業を展開するIDOM(旧:ガリバーインターナショナル)の新規事業開発室に所属。次世代ビジネスに向けた調査を行うほか、人々の“動き”を作るサービスの立ち上げを目指す「動け日本人LAB(うごラボ)」を主催。定期的にイベントを開催している。本稿では国内外での自動車×ITの領域である「CarTech」の動向について語ってもらった。
最後のIT革命といわれる自動車産業
Google Car、Tesla、Uber、そして人工知能のToyota Research Institute——この1年、テック系メディアで自動車関連のニュースを聞かない日はないと言っても過言ではないだろう。
この我々の生活を大きく変えてきた情報通信革命の、最後にして最大のインパクトを持つともいわれているのが自動車産業だ。自動運転に代表される移動手段の革命は私たちのライフスタイルを変え、時間の使い方を変え、都市のあり方やまちづくりまでを変えていくはずだ。
ただ、自動車業界はその高い参入障壁や情報の秘匿性ゆえに、どこか他人事に感じてしまうかもしれない。自動車メーカーが研究所で開発したものが、自動車屋に並ぶ、一般の生活者はそれを待つだけなのだ、と。
ある意味ではそれは間違っていないが、テック系のビジネスに携わるものならこの変革に伴うビジネスチャンスについて手をこまねいている場合ではない。世界各国の自動車産業とテクノロジーの裏側で何が起こっており、我が国ではどんなビジネスチャンスがあるのか。この数カ月で起きたCarTech関連のニュースを振り返りながら、その背景や業界の思惑に迫ってみたい。
Google Carの今とこれから
読者のみなさんが自動運転と聞いてまっさきに思い浮かぶのはGoogle Carではないだろうか。
Washington Postの記事によれば、カリフォルニアでのGoogleの公道実証実験における走行距離はすでに40万マイルを超え、他社を圧倒している。さらに、それに加え 毎日480万kmを仮想空間でドライブし、アルゴリズムを強化しているという。
豊富な資金と技術力。上記のデータだけを見ても、自動運転に関してはGoogleが圧倒的に強いと思ってしまうが、一方で最近になって不協和音も聞かれている。2015年にはGoogle で自動運転に携わる主要エンジニアと Google Map のトップらがスピンアウト、自動運転トラックの新会社「Otto」を立ち上げた例もあるし、8月には、Googleの自動運転車プロジェクトで長年CTOを務めたクリス・アームソンが退任したニュースが注目を集めた。
ではGoogleの自動運転はうまくいっていないのか? CarTech業界の事情に詳しいモータージャーナリストの桃田健史氏に聞いた話では、決してそういうことではないのだという。同氏は、これらの動きについて、Googleの自動運転が技術検証からサービスのフェーズに移ったシグナルであると見ている。
Googleはかねてより莫大な資金を自動運転に投じてきたが、2016年に入ってから現場のチームにはそれをどうやって回収するかのプラン立案とその遂行を求めるようになったという。エンジニアの中には拙速な商業化を嫌う向きもあったようだが、ホールディングス目線でみれば事業フェーズにフィットしないCTOは必要ないということなのだろう。
各国政府の思惑
Googleのこのような動きを後押しするのが、世界で最も自動運転に積極的と言われる米政府だ。今年のはじめには米国政府が今後10年間で自動運転技術に40億ドルを投資するという報道があったことからも、その本気度が伺える。Googleはロビー活動にも非常に熱心であり、政府とのつながりも強い。彼らが自動運転のグローバルなデファクトスタンダードになることは、国益にかなう。
一方の日本は、欧州と連合していく流れのようだ。国連の場で制度作りを進めながら、そこに米国を巻き込もうと画策している。自動車関連のイベントに参加すると痛烈に感じるが、ドイツを中心とした欧州の Google、 Apple への対抗意識は強烈であり、それによって各国が一枚岩になっている印象を受ける。
ただし、元々独自路線を貫いてきたアメリカはこの数カ月さらに加速しているようで、デファクトスタンダードはどちらに転がるか現時点では全くわからない。米国では先日Teslaの事故があったが、これによって自動運転化の流れがとどまるどころか、「現実の問題」として認識され、規制やレギュレーション化が加速したと言われている。
だが、米国以上に注目したいのは中国だ。国が方針を決めれば、特定企業の優越や排除、それ以上のことまでやるといった噂まで聞くが、実際のところ彼らは世界最大のマーケットを抱えているわけだ。数年以内には恐らく電気自動車の分野でもトップの規模になるだろう。
自動運転の分野でも、BAT (バイドゥ:Baidu、アリババ:Alibaba、テンセント: Tencentの頭文字) をはじめとした企業が非常に積極的に動いている。2019年までに自律走行車を実用化、2021年までには大量生産を行うとしているバイドゥは、先日もGPU最大手のNVIDIAとの提携を発表し、ディープラーニングを活用した自動運転ソフトウェア開発を加速させている。
ライドシェアは巨人同士の戦いに
ライドシェアの領域では、8月に中国国内で最大手のDidi Chuxingが、Uber の中国事業である Uber China を買収し話題になった。Didiにはソフトバンクの他に、Alibaba、Tencent が出資しており、一方のUber にはBaidoが出資している。買収前、グローバルで見るとUber 対 Didi、Grab(東南アジア)、Lyft(米国)、Ola(インド) 連合という構図があったのだが、ここへ来て一気に大同団結といった様相を呈してきた。
この背景にあると言われているのが、Googleのライドシェア参入だ。Google と Uber は2013年から資本提携による協業ビジネスを進めてきたが、8月にAlphabet 幹部のデイビッド・デュラモンド氏が Uber 社外取締役を辞任している。Googleは「Google マップ」という地図サービスのデファクトスタンダードたるサービスも持っている。同社はハードウェア・ソフトウェア・サービス全ての面からが自動運転ビジネスを現実のものとするため、着実な布石を打ってきていると言えるのではないか。
自動車メーカー、「危機意識は浸透しているが…」
一方、日本国内の動きはどうだろうか。桃田氏は次のように語る。
「危機感は感じていると思います。現に、私が本を出したあと(編集注:桃田氏は2014年に「アップル、グーグルが自動車産業を乗っ取る日」という書籍を出版している)全ての自動車メーカーから呼びだされました。今後どうなるのか意見を聞かせて欲しい、と。あの頃はまだ Apple CarPlay と Android Auto (AppleとGoogleが開発を進めるOSの自動車向けディストリビューション)くらいだったのでぼんやりとしたものではありましたが、最近では自動車メーカーだけでなくディーラーまで、役員レベルでは危機意識は浸透していると思います」
「ですが、現場から自動運転をサービス化しようという声が上がらない。結果、会社全体として、いつ何がどのように起こるかという共通の認識、ビジョンが作れない。『和』を持って働く文化ですから、一部の人間の思いや危機感だけではなかなか組織を動かせないという部分もあるのかもしれません」
海外では BMW や Ford のような業界2番手、3番手の企業は積極的にライドシェアやロボットカー、アフターマーケットなど、サービス領域での事業化に取り組んでいる。フォルクスワーゲンなどは、新規サービスについてはグループであるAudiを表に出しているようだ。一方で日本を見ると、業界2番手3番手がリスクを取って下克上を目指すというよりは、「最大手がやるならそれにならう」という文化。まずはトップであるトヨタがサービス事業を積極的に進めないと、国内では何も起こらないだろう。
そんな自動車メーカーを尻目に、テック系企業はアグレッシブだ。2015年には、ディー・エヌ・エーが自動車産業への参入を表明し、C2Cカーシェアリングの「Anyca」やZMPとのジョイントベンチャーであるロボットタクシーなどを展開している。 2016年に入ってからは、ソフトバンクが自動運転を研究する “先進モビリティ” と立ち上げた「SBドライブ」を立ち上げた。トラックやバスといった、比較的ルートが固定された環境での自動運転を目指していく方向だという。同じ分野では、ロボットタクシーも千葉で自動運転バスの試験運用を始めている。
彼らは理想を追わず、「2020年までにやれることだけやる、やれるところまでやる」というスタンスを貫いている。2020年というのはオリンピックの年でもあるが、日本政府が日本再興戦略の中で自動走行を実用化すると言っているタイミングだ。実は国内でも、内閣府や国交省が主導する形でレギュレーション作りが着々と進めてられているのだ。
ただ一方で具体的な目標はない。現在は競争相手が少なく、先行者利益が大きい。注目されており人もお金も集まりやすい時期なので、小さな投資で大きく育つ芽のあるタイミングと見ているのだろう。
自動車メーカーとテック系企業、それぞれのアプローチ
もちろん、自動車メーカーも自動運転の実証実験には積極的だが、テック系企業との違いは「ハード起点」か「サービス起点」か。ということになる。
自動車メーカーは、自動ブレーキやクルーズコントロールのようなADAS (Advanced Driver Assistance System:事故の可能性を事前に検知し、回避するシステム) と呼ばれるドライブアシスト系の技術から漸進的に発展して自動運転に持っていきたいようだ。イノベーションのジレンマを指摘する向きもあるが、100年間続いた産業を引っ張ってきたメーカーとしての「誇り」もあるのだろう。
一方で、メーカーがサービスに入ってこないのは「無人運転は当面実現しない」という冷静な分析結果でもある。もちろん技術的な問題や法整備も含めた制度の問題もあるが、倫理的な問題も存在する。例えば、事故が避けられない状況になった際、自動運転ソフトウェアは乗客を犠牲にして事故を最小限にするのか、はたまた通行人をはねてでも乗客を守るのか、プログラミングに際してどのようなポリシーを取るかという選択が突きつけられる。人間が暗黙的に、瞬間的に行ってきた問題でも、事前の実装という意味ではどうすべきか。「トロッコ問題」などと言われるこういった問題にも、答えを出すのは非常に時間がかかるだろう。
CarTech、日本のビジネスチャンスはどこに?
このような環境の中、日本国内にビジネスチャンスは残されているのだろうか。
全体のトレンドとしては、自動運転の前に「所有から利用」、つまりシェアリングエコノミーの波が来ると言われている。現状、一部を除き規制されている国内ライドシェアの領域は、規制緩和と同時にどこがスタートを切るか。Uber X も当然押してくるだろうが、国内で高い普及率を誇る「全国タクシー」を擁する日本交通も見逃せないだろう。
交通の便が不自由な地方では、リクルートの「あいあい自動車」のような取り組みはニーズがあるだろう。ただし、タクシーや公共交通すら成り立たない過疎地域で、事業会社が単独でビジネスを成立させるのは非常に難しい。ここは市区町村レベルでバラバラに動いている地方行政が協調して問題に取り組む必要がある。
一方で、人口集積率の高い都市部ではシェアのビジネスが成立しやすい。ライドシェア、カーシェアだけでなく駐車場や運転手、交通に関わるあらゆるリソースに可能性がある。なんといっても、自家用車は稼働率5〜8%と言われる超遊休資産なのだ。いずれも、都市部で普及してから地方へ、という流れになるのではないだろうか。
土地やガソリンなど、資源の乏しい国で本当に価値のあるものは何なのかを見極め、共有し、そして逆に何を持たないのか。目利きと実行力が鍵になるだろう。