HR Techをテーマとしたイベント第2弾として7月21日夜に開催された「TechCrunch School #10:HR Tech最前線(2) presented by エン・ジャパン」。二部構成のうち、キーノートセッションで海外のHR Tech動向を概観した後は、日本のHR Tech事情を、サービス提供側と働くエンジニアの側の双方の視点で読み解くパネルディスカッションが行われた。
登壇したのは次の3人。1人目はエン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏。無料で採用ホームページや求人情報が作成できるクラウドサービス「engage(エンゲージ)」を提供するエン・ジャパンでは、採用のミスマッチを防ぐために「RJP(Realistic Jpb Preview)理論」、すなわち“ポジティブなこともネガティブなことも、すべての情報をゆがめることなく求職者に伝える採用のあり方”を提唱している。「伝統的なリクルーティングと違って、RJP理論に基づくリクルーティングでは、会社や仕事について良いこともネガティブなこともきちんと伝えることで、期待とのギャップが少なくなり、不満が生まれにくい」(寺田氏)
また寺田氏は、求職者が転職する際、コーポレートサイト、企業HP内の採用ページの他に、口コミサイトや口コミ検索で企業を調べることが多いと言う。「RJPを意識したら、企業の採用情報発信はどうあるべきか。求人サイトなどでは他社と横並びで比較されるため、情報発信は魅力的に行うべき。一方で求職者が口コミも見に行くことを考慮すると、企業口コミサイトには、日ごろから社員に本音を書いておいてもらうのがおすすめだ。そうした場として、エン・ジャパンでは口コミサイトの『カイシャの評判』を運営している。そして自社ホームページの採用情報には、会社や仕事のリアルな情報を掲載しておくとよいだろう」(寺田氏)
2人目の登壇者は、SCOUTER共同創業者兼代表取締役の中嶋汰朗氏。HR Techのスタートアップとして、2016年4月からCtoBの人材紹介サービス「SCOUTER」を運営する中嶋氏は「リファラル(社員紹介)採用の延長としてのソーシャルリクルーティングを、サービスとして提供している」と説明する。
「人材紹介市場の規模は6年連続で成長している。しかし“どんな企業でも欲しい人材”にとっては、面談の手間やエージェントを選べないことなどから、人材紹介サービスに登録するメリットがデメリットを上回る構造になっている。このため、良い人材ほど転職潜在層にいることが多い状況だ。SCOUTERは、身近な転職者を企業に紹介して報酬を得られる、副業型エージェントのサービスで、こうした潜在層を企業と結び付けている」(中嶋氏)
人材紹介会社やヘッドハンターが紹介の報酬を得るためには、厚生労働省が許認可する有料職業紹介免許が必要だが、SCOUTERでは紹介者であるスカウター(ヘッドハンター)と雇用契約を結んで、副業であっても、SCOUTERの従業員として紹介を行っている。詳しくは以前の記事でも紹介したが、採用が決まれば紹介者のスカウターには報酬が支払われ、企業は手数料をSCOUTERに支払う、というビジネスモデル。現在、登録企業が約700社、掲載求人数が約2400件、スカウター数は約2500名まで増えているそうだ。
そして働く側の視点も持つパネリストとして登壇したのは、プロダクト・エンジニアリングアドバイザー(フリーランスコンサルタント)の及川卓也氏。及川氏はMicrosoftでWindowsの開発、GoogleではWeb検索などのプロダクトマネジメントとChrome開発に携わった後、プログラマ向け技術情報共有サービス「Qiita」を運営するIncrementsへ転職。その後、今年6月に独立して、企業やNPOなどへの支援を行っている。
「プロダクトマネジメントとエンジニアリングを両方経験したことを生かして、現在は、エンジニアの採用や採用後の育成、評価制度の導入、エンゲージメント確立といった『エンジニアの組織作り』、『プロダクトマネジメント』、そして『技術アドバイザー』の3本柱で、企業や団体の支援を行っています」(及川氏)
職務経歴書を書くのが苦手な日本人
TechCrunch Japan編集長の西村賢がモデレーターを務めたこのパネルディスカッションでは、HR Techを考える軸として「採用→教育→評価」の3つのフェーズを取り上げた。3つに共通して重要なのが「エンゲージメント」だ。
寺田氏は「採用も教育も評価もエンゲージメントを高めるためのやり方」だと話す。「(採用フェーズで)スキルマッチができていること、カルチャーフィットができる教育、エンゲージメントをキープするための評価のそれぞれが大切」とした上で、寺田氏はエン・ジャパンの「入社後活躍研究所」の調査結果を引用して「入口として重要なのは採用だ」と言う。
「日本の場合は“ミスマッチのない採用”が採用した人材が早期に活躍する、つまりエンゲージメントを高めるためには最も大切だと考える人が多い」(寺田氏)
一方で採用時のミスマッチをなくすために、採用される側にも求められる“表現力”の方はどうだろうか。
MicrosoftとGoogleにそれぞれ9年間在籍した経験を元に及川氏は、グローバル企業における日本人メンバーの特徴として「メンタリティ的にあまりアピールしない」点を挙げる。「グローバル企業は、世界のどのオフィスも同じシステムを使い、同じカルチャーを目指す企業が多い。そういう企業の場合は、日本法人にも、日本人以外や典型的な日本人じゃない人が多いこともあって、グローバルで採用されているHR系のツールもきちんと利用できていることがほとんど。だが、日本人の自己評価シートや360度評価でのアピールはどうしても控えめになってしまうこともあり、アメリカ人などと比較されると弱い。そのため『やったことは全部書く』ことを強く意識する必要がある。日本人的な謙虚さという美徳は通じない。さらに、メジャラブル(測定可能)なゴール設定・評価をやらないと埋没してしまうので、そこも気をつける必要がある」(及川氏)
「SCOUTERでは今、5000人の人材データが集められている」という中嶋氏は「優秀な人に限って、SNSでのアピールをしていない」と明かす。ではSNSを使った人材流動性が高まっていないのかと言えば、「『Wantedly』のプロフィールはちゃんと埋めている人が多い」のだと中嶋氏は言う。
及川氏は「日本人には転職に対してネガティブなイメージがある」と指摘する。「デザイナーなら、作品をまとめたポートフォリオを用意して、常にアップデートしているが、他の職種でも同じようにポートフォリオを持って、常にアップデートすることが大事だ。ただ、そういうことをしたり、LinkedInをアップデートしたりしていると、日本では『転職活動している』と思われがち(笑)。LinkedInは以前は英語ばかりだったこともあって、外資企業に行きたい人しか使わなかったし、日本にいる怪しい外資専門ヘッドハンターによるネガティブなイメージもあって避けられるようになったかも」(及川氏)
寺田氏も「日本では、レジュメ(職務経歴書)やジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を書くのが苦手なケースが多い」と言う。「管理部門やセールス部門などでは特に、スキルを一般化できない人が多い」(寺田氏)
日本企業での雇用のスタイルが、必要な職務に合わせて人材を確保するジョブ型ではなくメンバーシップ型で、人柄を重視する採用が行われることも、レジュメをデザインしようという発想を失わせる原因かもしれない。
採用側も成果が明確じゃない——日本の課題とHR Tech
では、海外のHR Techサービスはそのまま日本に持ち込めるのだろうか。それとも文化や雇用慣行の違いで、うまく当てはまらないのだろうか。
中嶋氏は、「そもそも日本の企業は、採用した後、その人がその会社にいる間に、何をやっているか、何を成し遂げているかを言語化できる仕事を与えているか、という考え方をしなければならない」と語った。「採用した人がいつまでいるのか、いつまでいるべきなのか、その期間を果たして採用する側が把握しているのか。その間に、何を(会社が)提供するのかをコミットメントしないと、(転職するにしても)外にも出づらくなる。採用側が『どこまで約束できるか』と意識を変えないとまずい」(中嶋氏)
Googleが使っていたHRツールは自社開発しているものも多く、外販さえ可能な使いやすいものも多かった、という及川氏は「日本企業に多いメンバーシップ型雇用の主な目的は安定雇用であるため、ジョブ型雇用を採用する企業向けの評価ツールを使うメリットはあまりない。ジョブ型の評価システムを採用している企業であるならば使うメリットはある」と言う。評価システムについて「外資はやはり厳しい評価制度を持つところも多いが、それはその企業とのミスマッチを見つけるためのもの。ミスマッチ、すなわちその企業内において評価が悪いということはそれが『エンジニアとしての能力が絶対的に低い』とは限らない。その会社が合わなければ出て、その後、他の企業で活躍できれば、それは本人はもちろん、その人が出た企業にとっても、入った企業にとっても、さらには業界にとっても、その人が開発したプロダクトなどを使えるお客さんにとってもいいこと。そういう意味では、本人も含めて活躍できる場と出会うための評価システムとも言える。ただ日本では、そのような評価システム、さらにはそのベースとなるジョブ型雇用が定着していないので、そのままではツールは使いこなすのは難しいだろう」(及川氏)
及川氏は「本来は、採用基準イコール評価基準であるべき。評価システムがまわっていない企業に採用はできない」とも付け加えた。
現在10カ国以上のメンバーをかかえるエン・ジャパンの寺田氏は、そうした日本の状況について「採用側も成果が明確じゃない、ということではないか。結果的にジョブ・ディスクリプションが書けない人が増えていき、人柄の話になっていくのではないか」と指摘する。
中嶋氏も「本質的なスキルと面接で評価されているところが、かけ離れている。求めているものがあいまいで、具体化されていないからだろう」と話す。
税務や会計など、テクノロジーを導入してしまうことで、仕事の進め方が変わる、というようにツールが企業に変化を促すケースもあるが、人材の分野でもこうしたことはあり得るのだろうか。
寺田氏は「よくあるのは、人事部が会社全体にひとつのツールを入れようとするパターン。そうではなく、エンジニア、セールスなど、それぞれの部門に合ったツールを入れていくやり方になっていけば、ツールは普及するのではないか」と言う。
日本で開発されているHR Techツールについて、中嶋氏は「小さなサービスはますます増えて、不足している機能の隙間は埋まっていくと思う。小さなところの方がプロダクトの立ち上げ方が早いですし」と話す。SCOUTERでのプロダクトの作り方については「海外の(ソーシャルリクルーティングの)モデルを、日本向けにかなりカスタマイズした」と中嶋氏。「中国のサービスは『登録すればカネになる』『紹介すればカネになる』と金銭重視だし、アメリカでは採用側が『こういう人をヘッドハンティングしてくれ』と求人が先に出てくるものが多い。だから日本では『人ありき』でプロダクトを作った」と言う。「日本でも、データを多く集められたところからプロダクトが大きくなっている。我々もプロダクト(の対応分野)を広げようとはしている。機能の穴はたくさんあるので、まだまだやれるところはあると考えている」(中嶋氏)
まだまだ発展途上、日本のHR Techは今後どうなるか
“日本らしい”HR Techとして、今後伸びそうなジャンルはどういったものになるのだろうか。
及川氏は「評価制度、評価システムだ」と言う。「いくつかの会社が評価制度導入を支援しているが、今あるもののは多くはスタートアップには重厚長大すぎる傾向がある。また評価制度の基礎となるのは、その会社のビジョンやミッション、そしてコアバリューなのだが、特にコアバリューはどの会社も似たようなものに成りがちである。このコアバリューもトップダウン的に創業者や経営陣が理想を掲げるというアプローチだけではなく、ボトムアップ型、リバースエンジニアリング的なアプローチがあってもよい。たとえば、エンジニアなら、スタックランキング(社員の格付け)を作ってもらうのも手だ。なぜかというと、スタックランキングとともに、なぜあるエンジニアの評価を高くしたかを説明してもらったときに、『あの人はコーディングが早い』『この人はコーディングが遅い』というように“コーディングの速さ”が頻繁に共通するキーワードとして出てくるなら、それはその企業のコアバリューの1つとしてプロダクティビティがあると考えられる。このようにいくつかの共通キーワードを抽出していくことでコアバリューを作り上げ、それを評価制度に取り入れればよい」(及川氏)
寺田氏は「関係性を作れるサービス」が伸びそうだと考える。そのわけを寺田氏は「今後労働人口が減っていく中で、関係性の維持は重要だ。転職した人の数は平成25年で484万人いて、そのうちの約30%は広告経由での転職だが、実は縁故も(約25%と)多い。だから効率化でなく、関係性を築くサービスにも注目している」と話している。
「社内でも社外でも、関係性を作れるということで言えば、SCOUTERも、キーノートで登壇した鈴木さんのところのアルムナイリレーションも面白い。関係性を作れるサービスには、コミュニケーションツールも含まれる。『CYDAS』の社員同士のエンパワーメントができて、お互いを知り、己を知るツールも伸びていくんじゃないだろうか」(寺田氏)
「エンゲージメントは、日本語にすれば“絆”と言ってもいい。愛社精神、というと前時代的でちょっとイヤな感じもするが(笑)、絆があることで、居場所を自分たちで作る意識が強くなっていくと思う」(寺田氏)
スタートアップ企業にも、HR Techは必要だろうか。この問いに及川氏は「絶対必要だ。採用では特に」と言い切る。「個人情報が絡むので、ちゃんとしたツールを入れるべき。スプレッドシートなんかでやると、アクセス権を設定するのが大変になる。また、多段階の採用面接などでは、バイアスがかかるので、前に面接した人は評価した内容を次に面接する人に伝えるべきではない。こういうときにATS(採用管理システム)なら、はじめから適切なアクセス権設定が行える」(及川氏)
中嶋氏も「最初にツールを入れておかないと後で大変になる」と、スタートアップである自身の経験から述べる。「ツールを入れていた部分もあるが、社員数が4倍になって、入れていなかった部分で大変になっている。ツールは成長のスピードに合わせて変えていくべきだ。『導入したけど使ってない』といった問題もよく見るが、ルールを設けなければ続かないもの。ツールは最初に入れる、運用は最初は(経営者が)細かく見る、習慣化されるまで続ける、ということが必要」(中嶋氏)
寺田氏は「起業しても小さいままでいいならツールは入れなくてもよいが」としながらも、やはり「スタートアップから発展させて成長したいなら、絶対に入れた方がいい」と言う。「スタートアップでは、投資できる期間や金額が限られている。どういうサービスになり、どうあるべき姿になりたいのかを考えて、今やれることを逆算して、適切なものを順番に入れていくことが大事だ」(寺田氏)
最後に日本のHR Techについて、中嶋氏は「日本のサービスはまだまだ発展途上だと考えている。一方、企業の方でも、今の組織の課題が本当にどこにあるのか、共通認識を企業として持たなければ、ツールが使いこなせない。人事権の持ち方、経営者の問題認識などは、会社によってさまざま。それを明確にすることが大切だ」とした。
また、寺田氏からは「どんなツールを使うかの前に、企業としてどうなりたいかが大事。採用は目的ではなく、その手段」とのコメント。「エンゲージメントを高める必要があるなら、様々なツールを駆使して必要なことをとことん、いろいろやっていくべきだ」(寺田氏)