海外人材コンサルのプロが語った海外HR Techトレンド、9つのポイント——TechCrunch School #10 HR Tech最前線(2)

3月の「TechCrunch School #9:HR Tech最前線」に続き、HR Techをテーマとしたイベント第2弾として7月21日に開催された「TechCrunch School #10:HR Tech最前線(2) presented by エン・ジャパン」。イベントは海外のHR Tech市場のトレンドを探るキーノート講演と、日本の現状やこれからのHR Tech動向を読み解くパネルディスカッションの二部構成で行われた。

海外HR Techの最前線を概観するキーノート講演では、ハッカズーク・グループ代表の鈴木仁志氏が登壇。北米のサービスを中心に、日本には入ってきていないサービスも含め、海外のHR Tech事情とトレンドを紹介した。

ハッカズーク・グループ代表の鈴木仁志氏

鈴木氏は人事・採用のコンサルティング・アウトソーシングのレジェンダ・グループのシンガポール法人で、最近まで代表取締役社長を務めていた。海外のHR Tech動向に明るく、TechCrunch Japanでも以前、HR Tech Conferenceのレポートを寄稿してくれたことがある。

レジェンダ時代には、顧客の採用・人事制度のコンサルティングを業務として行うほか、経営者として人事を見る経験もあり、候補者リレーションや従業員との人事エンゲージメントも手がけていたそうだ。2017年7月レジェンダを退職してハッカズークを設立し、「社員が辞めた後も含めた、会社と社員の絆を永続化させたい」との思いから、会社とアルムナイ(会社のOB/OG)をつなぐプロダクト「Official-Alumni.com」を開発中で、現在事前登録を受付ながらアルムナイに特化したメディア「アルムナビ」を運用している。自身がアルムナイとなったレジェンダには、フェローという立場で関わり続けている。

講演では、鈴木氏が海外HR Techのトレンドから9つのポイントをピックアップ。人事イベントの時系列を横軸に、企業規模を縦軸に取った「HR Tech『ゆりかごから墓場』マップ」を見ながら、それぞれのトレンドを解説した。

ポイント
1. Engagement is KINGだ。 エンゲージメント・ツールが来る
2. HR Techは「プロセス・ツール」から「エクスペリエンス/エンゲージメント」に
3 .「ヘルスケア」「Well-being」関連が来る

鈴木氏によると、海外HR Techで最もホットなキーワードは「エンゲージメント」だとのこと。「全てのHR Techはエンゲージメントに通じる。社員のエンゲージメント管理がツールとしては一般的だが、採用候補者のエンゲージメント、アルムナイのエンゲージメントを高めることも重要になっている」(鈴木氏)

「社員を対象としたエンゲージメント・ツールには、エンゲージメント向上とエンゲージメント測定を目的としたものがある」と鈴木氏。オーバーラップする部分もあるが、マップ上では「Recognition(レコグニション:社員の承認・表彰サービス)」「福利厚生」「Well-being(ヘルスケア/健康管理)」のエリアに配置されているツール群がエンゲージメント向上ツール、その下の「カルチャー・エンゲージメント測定/ワークフォース分析」のエリアに配置されているのが測定ツールに当たる。

エンゲージメント向上ツールとエンゲージメント測定ツール

「ソーシャルレコグニション・ツールには、ピア・ツー・ピアで『ありがとう』を伝えるもの(「Achievers」など)や、360度評価の中でボーナスポイントを相手に付けられるもの(「Bonusly」など)といったものがある。福利厚生サービスでは、「AnyPerk」(2017年4月に社名をFONDに変更)のカフェテリアプランはよく知られているだろう。ヘルスケア/Well-being関連の「Virgin Pulse」はVirginグループ傘下のサービスだ。ウェアラブル端末とアプリのセットというのが王道で、B2Cの個人向けで主流なFitbitなども、一時は株価低迷で苦戦していたが、市場でBtoBサービスに脚光が当たる中で、エンゲージメントを高める施策を提供していることが再評価されている。Well-being分野が盛り上がっている背景には、企業のヘルスケア部分のコストが下がる効果もあるが、社員のエンゲージメント向上がより注目されていることも理由となっている」(鈴木氏)

こうしてエンゲージメント向上に寄与するツールが多く導入されるようになったことで、「向上したかどうか、当然測定もしなければ、ということで、測定ツールの導入も増えている」と鈴木氏は説明する。

ポイント
4. 細分化されたスタンドアローンサービスが増える一方で、システムの統合が起きる

「日本のスタートアップで言えば、『freee』が会計だけでなく、給与計算から労務管理まで幅を広げてきたようなプラットフォーム統合が、海外のHR Techでも盛んに起きている」と鈴木氏は言う。「小規模でも大規模でも起こっているのが、これまでになかった機能の隙間を埋める新しい機能が提供されて、機能の細分化が起きた後に、それらが統合される動きだ」(鈴木氏)

再び「ゆりかごから墓場」マップを眺めてみよう。「実線は買収の動きで、例えば(マップ右上の)ORACLEは2004年に評価・育成システムのPeopleSoftを買収、そして2012年には採用管理システムの『Taleo』を買収して、採用から評価・育成まで対応する統合型人事管理システムを提供するようになっている。このような買収は、持っていなかった機能を追加して領域を拡大する場合だけでなく、すでにある機能をリプレイスして改善することもある。」(鈴木氏)

また買収に加えて、freeeのようにサービスを広げていくことで、システム統合を図る傾向もあると、鈴木氏は話す。「マップの破線は提供する機能を増やして領域を拡大したサービスのほんの一例。福利厚生サービスから始まったAnyPerkが現在は社名をFONDに変え、レコグニションサービスの「FOND」やカルチャー・エンゲージメント測定サービスの{EngagementIQ」も提供するようになった。これはある種、当たり前とも言える動きで、エンゲージメントを高めるサービスを提供する会社は、エンゲージメントを測定する機能も提供しよう、ということになるし、逆にエンゲージメント測定サービスの提供側は、エンゲージメント向上機能も提供するようになる、ということで、このような領域拡大はここでは表しきれないくらい頻繁に起きている」(鈴木氏)

「(ERPクラウドの)『Workday』も、2014年までは採用管理システムは扱っていなかったが、今ではリファラル採用(社員などによる紹介採用)まで扱うようになっている。リファラル採用やビデオ面接などスタンドアローンプレイヤーが多く存在する分野については、採用管理システムの『Jobvite』も対応を広げているほか、フリーランスなどの管理プラットフォームを提供するフランスの『PIXID』が今年、ソーシャル・リファラル採用ツールの『ZAO』を買収する動きもあった」(鈴木氏)

採用管理ツールについてはこのイベントが行われる数日前の18日に、Googleが新サービス「Hire」を公開したことも話題に上った。「GoogleがHireで採用管理システムの領域に進出したが、過去にもCRMやオフィスツールを提供している『Zoho』が採用管理システムに進出したように、人事系システムを提供していない会社が採用管理システムに進出することはあったとにかく、HR Tech分野では、歴史的にスタンドアローンサービスが機能の隙間を埋めるように生まれては、統合を繰り返している」(鈴木氏)

ポイント
5. Data-Drivenだ、 Big Dataだ、 Bigger Dataだ、 Real-time Dataだ、 Reliable Dataだ
6. ディスラプティブな評価ツールが来る

続いては、データドリブンへの潮流と、評価ツールについて。人事管理でも、クラウドツールを使うのは当たり前となった今となっては、ビッグデータ分析から、さらにリアルタイム性のあるデータが求められている、と鈴木氏は話し、評価ツールを一例にあげた。「パルスサーベイ(短いスパンで簡単な質問を繰り返し社員に行う意識調査)を実施することで、常にリアルタイムに把握し、評価・教育にタイムリーにつなげることが大切になっている」(鈴木氏)

一方、Reliable Data(信頼性の高いデータ)を収集することは、人事ではなかなか難しい、とも鈴木氏は言う。「社員が人事に提出する自己申告データはバイアスがかかりやすい。例えば『もう転職しよう』と思っている社員が『会社にどの程度不満がありますか?』と質問されたら、『すごく不満がある』という選択肢は選ばずに『まあまあ』ぐらいを選ぶ可能性が高いでしょう? 意図がバレればバイアスがかかる。単に頻度を高めてもバイアスがかかっては意味が無いので、どうするか。複数のデータを合わせることで信頼性を高められる。プライバシー問題もあるので簡単ではないが、評価データや自己申告データに加えて、ウェアラブルツールによる脈拍のデータとか、会話分析による感情分析とか、ビッグデータを増やしていく方法です」(鈴木氏)

鈴木氏は「できる人事は昔から情報通だった」と言う。「事業部門で厳しかったマネジャーが、人事部門に配属されたとたんに冗談を言うようになって、会社のあちこちに頻繁に顔を出して、無駄話をしていくようになった、なんていうことはよくあること。これは社員に警戒させないように接することで、社員の本音や人間関係などのデータがたくさん入ってきやすいようにしているわけです」(鈴木氏)

ポイント
7. 採用管理システムの大量乗り換えが来た
8. AIだ、 RPAだ

次のトピックは、採用管理システム分野の動向、およびAIやRPA(Robotic process automation:ロボットによる定型業務の自動化)と採用業務との関係について。

「リファラル採用もそうだが、採用手法が変化したことによって、採用管理システムのワークフローが変わり、リプレイスにつながっている。これは、候補者のエンゲージメントを高めるために、UI/UXを追求することが必要になってくるためで、その時その時に主流の採用方法に合わせて作ったツールの方が実際のプロセスとの相性が良いからだ」(鈴木氏)

例えば、TaleoやJobvite、「iCIMS」といった採用管理システムはいまだに大きなシェアを持ってはいるが、最新の採用手法に合わせるために新機能を常に追加している状況だと鈴木氏は言う。「プロセス中心だったシステムに新機能を追加していきながら、UXも高めるというのは難しいことだ」(鈴木氏)

そうした中、後発として現れた「Greenhouse」や「Lever」は、「Airbnb」や「Evernote」、「Shopify」といったジャイアントスタートアップと一緒に成長できたと鈴木氏は話す。「Taleoなどを使っているユーザー企業はデータが多く、マイグレーションが大変だった部分もあってリプレイスはなかなか進んでいなかったが、こうした新しいサービスへの乗り換えが始まってきている」のだという。

企業規模と、候補者集めや採用のためのツールとの関係については、鈴木氏はこう述べる。「コードベース採用は1名からでも使える手法だ。クラウドソーシングも企業規模と関係なく利用できる。だが、タレントアグリゲーション(候補者のリストアップサービス)はどうか。リクルーター業務がRPA的に自動化されていて、候補者からエンゲージメント高く返事をもらうにはよい仕組みだと思う。ただ、小さい会社が、タレントアグリゲーションサービスを使う必要はないかもしれない。とはいえ、タレントアグリゲーションなど大手向けのサービスについて、『どういう仕組みでこれをやっているのか』をひもといていって、例えば(SNSからの人材ピックアップなどRPAがやっていることを)手動でやるとか、分解していくと小さい企業にとっても参考になるだろう。こういった自動化されているサービスは、ベストプラクティスやプロリクルーターのナレッジの集積だ。」(鈴木氏)

ポイント
9. Contingent Workforceだ、 Agile Workforceだ、 Gig Economyだ

最後に取り上げられたのは、オンデマンド雇用や副業、クラウドソーシングも含んだ柔軟な雇用「Gigエコノミー」についてと、採用とアルムナイリレーションとの関係について。“採用活動における候補者リレーションに始まり、社員リレーションを経てできたつながりが、辞めたらなくなるのはもったいない”ということで、会社OB/OGとの関係を考えるのがアルムナイリレーションだが、このアルムナイリレーションは、採用とも関連するのだと鈴木氏は言う。

「『出戻り』とも言われる再雇用や採用候補者をOB/OGに紹介してもらうなど、アルムナイと採用が直接関係するケースも、もちろん増えている。さらに(正採用だけでなく)Gigエコノミーの中でもアルムナイとのつながりは大切だ」(鈴木氏)

「アメリカではフリーランスの割合が40%だが、日本では10%。Gigエコノミーの中心になっているのは、就業時間外に副業で業務を行う『ムーンライター(moon lighter)』だ。PIXIDなどは、そうしたムーンライターやフリーランスの管理ツールも作っていて、それが採用につながっている」(鈴木氏)

また鈴木氏は、クラウドソーシングやフリーランス活用により、人事のくくりが変化している、とも指摘する。「フリーランス支援ツールの『Bonsai』などを見ていると、人事の仕事が採用というよりも、購買やプロジェクトマネージメントと重なってきている。そういう動きの中でも、アルムナイとのつながりは重要になってくると考えている」(鈴木氏)

最後に、鈴木氏の講演資料をまとめ他Slideshareを紹介する。また後半のパネルディスカッションについては後日レポートする予定だ。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。