11月17日、18日に東京・渋谷で開催するTechCrunch Tokyo 2015への海外ゲストスピーカーがまた1人決まったのでお知らせしたい。どんなアプリやWebにも簡単にコミュニケーション機能を持たせられるLayerの創業者でCEOのロン・パルメリ(Ron Palmeri)氏だ。
ロンは連続起業家で投資家でもあり、多くの会社を立ち上げてきた。中でも、Google Voiceの前身であるGrand Centralを2005年に立ち上げ、2007年にGoogleに売却したというのは大きな成功事例だ。Google Voiceは日本ではほとんど知られていないが、ネットで進化すべきだった音声電話を順当に進化させたGmailのような電話サービスだ。ぼくはアメリカに行くときに良く使っていて、あまりに衝撃を受けて2010年に記事を書いたこともある。Google Voiceを使ってみれば、いかに「ICT」のうちCだけがイノベーションに取り残されていて、いかに通信キャリアがネットやソフトウェアの使い方が下手なのかが良く分かる。
さて、そんなロンは1990年代中頃にはノベルで通信関連のビジネスに従事していたというから、シリコンバレーではベテランの連続起業家だ。Grand Centralや、先日Ciscoが6億3500万ドルで買収したOpenDNSを含めてMinor Venturesでベンチャー企業数社の立ち上げに携わってきた。
強いテクノロジーのバックグラウンドを持ち、2015年5月にぼくがサンフランシスコのオフィスに会いに行ったときには、説明のたびに立ち上がってホワイトボードにデータベースやプロトコル、ソーシャルグラフの関係をサラサラと描くような人だった。
単一プラットフォームではなく、Layerが拓くエコシステムの多様性
LayerはiOS、Android、Webアプリに組み込めるチャットUIのSDKだ。ロン自身の言葉によれば、「モバイルの興隆によって、チャットこそがUIになった」ということで、かつてWebブラウザが果たしていたサービスとユーザーの間にあるインターフェイスは、例の左右に吹き出しが開くチャットになったというのだ。
なるほど、Facebookはメッセンジャーをプラットフォーム化するといい、中国ではWeChatが圧倒的な利便性とともに多様なサービスを統合し、日本を含むアジア圏ではLINEが優勢だ。
そして、これらの間には実はかなり大きな違いがあるし、Layerが目指す世界もだいぶ異なる。
FacebookやDropbox、Foursquareなどは2014年ごろには機能別に本体から複数アプリを切り分けて緩やかに連携する「アプリ・コンステレーション」(アプリ星座)モデルを目指していた。一方で、中国のWeChatはAPI開放によってサードパーティーアプリのエコシステムを作りつつ、何もかもを単一アプリに載せるアプローチで、決済はもちろんのこと、タクシーを呼んだり、税金や公共料金を支払ったりといったことができるようになっている。中国のWeChatの利便性があまりにスゴいという話が伝わって、シリコンバレーの人々は自分たちの周回遅れ感を気にしているようにぼくには見える。一方で、Facebook、WeChatともに、ここにはプラットフォームビジネスを巡る、もっと大きな問題が潜んでいる。ネットやPCの歴史上何度も繰り返されてきた、垂直統合によるサイロ型プラットフォーム対オープンエコシステムの対立軸の上を左右に揺れ動く業界という構図だ。
「Googleが検索によって、必ず人々が使うことになる『焦点』を掌握したように、Facebookは認証とソーシャルグラフを抑えることで、ネット上の人々の活動の全てを見ようとしています」
Facebookは先日の開発者向け会議F8のなかで、今やほとんどの人がブラウザでFacebookを開きっぱなしにしていることを得意げに話し、常時数億人と繋がっていてユーザーのことを把握できるのだと堂々と公言していることに、ロンはとても驚いたそうだ。
「Facebookは、今やある1人の人間の生活全体を把握できる立場にあります。でも、かつてNTTやAT&Tといった電話会社はそんなことはしませんでしたよね? Facebookがやっているのは、まさにそれです」
「決済やコマースを含めて、プラットフォーマーが何もかもやる。そういう巨大な単一プラットフォームに依存していていいのか、ということです。そう考えない開発者やユーザーが大勢いて、それがわれわれのターゲットです。Facebookに依存すると、使い勝手や機能で制限を受けますしね。Zyngaを覚えていますか? いつでもFacebookはポリシーを変えられるんですよ。もちろん、Facebook依存で全然構わないという人もいますけどね」
Facebookアプリとして大ヒットしたゲーム、FamilyVilleを提供していたZyngaは2010年ごろにFacebookとポリシーを巡って頻繁にもめていたし、Facebookの一方的な決定によってユーザーベースを何割も失うということが起こっていた。
プラットフォームへの過度の依存はビジネス的にも、プライバシーを気にする消費者の視点でも好ましくない。しかし一方、あまり気にしない人もいる。例えば、ぼくは自分のことをサービス提供側に深く知っていてほしいと思っている。YouTubeで増毛のCMが流れると「PCのカメラをオンにして顔を見てくれてもいいんだけど、髪はフサフサで困ってないよ!」と考える。ハゲてない人に増毛の広告を出すのは誰の得にもならない。サービス提供者がユーザーについて多くのことを知っていればいるほど最適なコンテンツや広告が届くわけだから良いことではないか。ぼくのメールを「読んでいる」のはソフトウェアでしかないし、プライバシー関連情報に従業員がアクセスできるような状態を許す企業は早晩ユーザーに見放されるだけ。だから、ぼくはプライバシーを一定レベルで諦めることについて拒否感が薄めだ。
というようなことをロンに言ったら、「それはまったくアジア人の発想だ」と返された。
ロンによれば、プライバシーの意識に関してアジア地域は世界のほかの地域とは全く違うという。ヨーロッパやアメリカは、単一の巨大なプラットフォーマーに情報を全部渡すというのはあり得ない発想だという。「南米もヨーロッパもアフリカもそう。だから、これら地域はわれわれには素晴らしいマーケットです。中国はまったく違う。そして私が知りたいのは日本はどうなのか、ということ」
日本は、アメリカと中国のどこか中間にあるのではないかというのがぼくの回答だけど、正直良く分からない。ここには、歴史的に長いものに巻かれ続けてきたか、市民革命によって自由を勝ち取ってきたのかというような社会の成り立ちの違いがあるのかもしれない。Firefox対Internet Explorerのときも、日本や韓国市場だけが長らくIEを使い続けていたようなこととも符合しているようにぼくには思える。ActiveX依存という技術的問題だったと言う指摘もあるかもしれないが、そもそも特定企業のテクノロジーを躊躇なく取り込んだ非インターネット的な舵取りこそアジア的だったとは言えないだろうか。
チャットインフラを作る必要はない、1人で10億人を対象にできる時代に
ともあれ、チャットインフラに選択肢があるのは良いことで、Layerのような企業がFacebookレベルのチャットUIを提供するというのは、開発者にとっては朗報だろう。Instagramが良い例だが、今やほとんど一夜にして数億人にスケールするようなサービスを数人のチームが生み出すようなことが起こっている。Andreessen Horowitzの投資家でジェネラル・パートナーのクリス・ディクソン氏が1年ほど前に「比較的限られた資金でInstagramは1億ユーザーに、次にWhatsAppが5億にリーチした。最終的には1人の起業家が10億ユーザーに手が届くようになる」と言った通りだ。Instagramは13人、WhatsAppは50人のチームだった。比較的少人数でもできるとはいえ、こうやって毎回毎回すべてのスタートアップがチャットのインフラを作るのは無駄な話だ、というのがLayerのロンの言い分だ。
そして現在は、シェアリングエコノミーとかオンデマンドエコノミーという言葉で象徴されるように、個人同士や、組織に所属する小回りの効くエージェント的なプロフェッショナルが相対で物品やサービス、情報をやり取りすることが増えつつある。これらのサービスではチャットこそが重要なビルディングブロックになりそうだ。Layerがブログで紹介している以下の2枚のスクリーンショットは、そうしたやり取りの事例だ。こうして見てみると、チャットUIをアプリ提供者が自由にカスタムできるのだとしたらメリットがありそうだなと分かる。
日本でいえば、先日のDeNAが発表したANYCAであれば、クルマを貸す人と借りる人は、カギの受け渡しのとき、あるいは実際の利用中のちょっとした連絡といったことをチャットでやりたいだろうし、そこに地図を貼って場所を示したり、写真を撮ってクルマの特定のパーツを見せたいかもしれない。チャットUIで飲食店を探せる「ペコッター」のような例もある。もう検索して探すより「新宿で打ち合わせできる静かな店ありませんか?」とチャットで聞きたいのだ。ベビーシッターのマッチングサイト「KIDSLINE」や、部屋さがしの不動産サイト「ietty」のようにチャットでエージェントとやり取りする例もある。これはアメリカの例だが、MOOCsのUdacityが学生の修了率の低さを解決するためにLayerを使ってチャットを導入したということもある。
1人1人の画面で見ればチャットというのはシンプルなものだ。しかし各デバイスとクラウド間での未読や端末のオンライン状態の状態管理、OSごとのプッシュ通知のハンドリング、そして何よりスケーラブルな分散インフラの構築など、やるべきことは多い。ちょうどAWSがスタートアップ企業に対して果たした役割を、Layerはモバイル時代に果たそうとしている、と言えるのかもしれない。サーバーやネットワーク機器をラックに収めて設定をするような煩雑な作業がなくなったように、ErlangだZeroMQだといってメッセージ配送システムを自前で作るよりも、Layerのような「SDK+サービス」で解決できれば話が早い。最もシンプルなメッセージ機能の実装なら1人の開発者でも1日でできるかもしれないが、Facebook並みにスケーラブルでリッチでクロスプラットフォームなものは相応の開発チームが常時取り組む必要があるだろう。というのが、Layerというスタートアップの目の付け所の良さだとぼくは思う。例えば、いまもノーティフィケーションの世界では、Webブラウザでの対応が進み、Androidではリッチなプッシュ通知ができるようになりつつあったりする。こうしたものにキャッチアップする体力が、すべてのスタートアップ企業にもあるわけではない。ぼくはAirbnbをかなり使うのだけど、あれほどのユニコーン企業ですらホストとのメッセージのやり取りの実装はお粗末だ。以下はUberっぽい架空のライド・シェアのアプリの例だ。上が現状、下がLayerが提供する自由度の高いチャットUIを使った場合の例。
チャットシステムが手軽に統合できるようになれば、いまよりもっと多様なアプリが登場するのではないか、とロンは言う。
「ネットユーザーが30億人ほどいて、多様なニーズがるのに単一のアプリでいいわけがない。例えば写真アプリ1つとっても、家族向けでシェアしたいというのと、Instagramでは全く別です。サッカーコミュニティーを作るのにFacebookが最適かといえば、そんなことはないでしょう。インドで最も人気のデーティング・サービスも違います。インドでは女性がデートの各ステップの主導権を持っているのでニーズが違うんです」。
「何かを利用するハードルを下げて、それを広く開放すると人々は創造性を発揮するものです。これはサイクルのようなものですね」
Facebookのような「サイロ」の次にはオープンなプラットフォームが来る、それがLayerだということだ。今年はじめのF8で発表されたメッセンジャーに接続するアプリは、コミュニケーションを楽しくするGIFアニメアプリのような限定的なもので、その数も当初40程度と、Facebookのような巨大プラットフォームにしてはいかにも少ないとロンは言う。
Layerが提供するSDKでは、多くのMIME type(ファイルの種類)が扱えるので、地図や音声をチャットに埋め込むといったことも容易にできる。現在、リアルタイムの音声・動画チャット規格「WebRTC」は揺籃期だが、これも年内にLayerに取り込んでいくそうだ。Layer自体はユーザー情報の収集せず、したがって広告モデルでのビジネスもやらないという。
LayerはTechCrunch Disrupt SF 2013で優勝していて、2014年5月には1450万ドルを調達している。エコシステム創出を目指して、Layerを利用するアプリの開発者に対して少額を出資するファンドも立ち上げている。
最初から開発者を対象にしてプラットフォームやエコシステムを作るのだと言って大きな絵を描く。いかにもシリコンバレーっぽい、このベテラン起業家のビジョンや哲学を、ぜひ生の声でTechCrunch Tokyoに聞きに来て欲しい。
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