法律×テクノロジーで既存産業の大幅な効率化や改革を狙うリーガルテックは、日本にも徐々に浸透してきている。2月に10億円を調達したLegalForceやGVA TECHが提供するAI活用による契約書レビュー支援や、IT担当大臣の発言で注目を集めた電子契約関連サービスなど、契約書にまつわるサービスが多い印象だが、そのほかにも専門書を横断的に利用できる「Legal Library」など法務担当者・法律家向けサービス、商標検索・登録などの知財まわりのサービスも立ち上がっている。
ところが、先んじて既存業界のディスラプトが進んでいるかのように見える米国のリーガルテック業界では、道はそう平坦なものではないようだ。3月には、定額サブスクリプションモデルで「法律家+スタートアップ」のハイブリッド型法律サービスを提供してきたAtriumが、法律事務所のみを残し、スタートアップとしてのサービスを閉鎖している。
そんな状況下で今、あえて日本にサブスクリプション型で法律事務所のサービスを展開しようという動きが現れた。
サブスクリプション型法律サービス「TOPCOURT」を提供するのは、トップコート国際法律事務所。代表弁護士の伊澤文平氏は、集団訴訟プラットフォーム「enjin(エンジン:事業譲渡後、現在はサービス終了)」を作ったClassAction(クラスアクション)の創業者で、LegalTech協会を発足、代表理事を務める人物だ。最近では共同創業で、2019年12月に未払い養育費を請求・回収できるサービス「iCash」をローンチした、連続起業家でもある。
サービスを4月27日にスタートさせた伊澤氏に、サブスク型法律サービスやリーガルテックの可能性、同事務所がこれから何を目指すのかについて、話を聞いた。
SaaSとしてではなく法律事務所にリーガルテックを実装
TOPCOURTは、テクノロジーそのものを企業や法務担当者・法律家に提供するサービスではない。彼ら自身の法律事務所にテクノロジーを実装することで、弁護士の労働集約型ビジネスモデルを転換し、報酬体系を青天井のタイムチャージからサブスクリプションモデルへ変えようとするものだ。
伊澤氏は「法律サービスは報酬が高い、というイメージは誰もが持っている。また弁護士は法務の専門家ではあるがビジネス感度は低い人も多く、相談しても有意義なアドバイスが得られないことがある」と話す。「大手事務所に相談する大企業でも、街の弁護士に相談する中小企業でもこうしたペインはあるが、TOPCOURTでは特にスタートアップを対象として、サービスを提供していきたい」としている。
伊澤氏は、米国の先行事例であるAtriumがうまくいかなかった要因として「エクイティファイナンスによる資金調達」「法律業界への理解不足」「ニーズのずれ」の3つを挙げ、以下のように語る。
「Atriumは、AIが単体で弁護士サービスを提供できるというような想定で、エクイティファイナンスによる資金調達を行っていたが、アナログのデジタルへの置き換えはそれほど簡単なものではない。これがデットファイナンスであれば耐えられたかもしれないが、投資家から急がされる環境で、時間軸的に耐えられなかったのではないか」(伊澤氏)
実際Atriumは、テクノロジーによるサービス提供に軸足を置いて、サービス閉鎖の2カ月前にあたる今年1月の時点で、法律サービス部門の弁護士を解雇。ソフトウェアスタートアップとしてのピボットを試みていることをAtrium CEOのJustin Kan自身も明かしていた。
Justin Kanはもともと「Justin.tv」「Twitch」の創業でも知られるテクノロジー寄りの起業家で、法律業界にそれほど明るいわけではなかった。弁護士でもある伊澤氏は「法律サービスを売るには、業務・業界に関する知識がかなりなければ難しいのではないか」として、「仮に弁護士から詳細にヒアリングを行っていたとしても、プロダクトの作り手がピンと来なければ、ペインが解消できないと思う」と述べている。
一方で伊澤氏は「ビジネス、特にスタートアップの資金調達ロジックを理解している人は、法律家にはほとんどいない」とも語っている。「日本だけでなく米国でもこれは同じだろう」と伊澤氏は述べ、「Atriumに対しては法律サービスよりも、資金調達支援に関するニーズ、Justin Kanの持つ起業・調達ノウハウへのニーズの方が高かったのではないか」と分析している。
では、日本で同種のサブスク型サービスを展開して、うまくいくのか。この問いに伊澤氏は「ゴールによる」と答えている。
そもそも伊澤氏は「弁護士業務の効率化を図るため、AIは活用するが、AIで全てが実現できるほど進化しているかというと、そこは疑問視している」という。「日本語の壁もあり、今、AIだけで対応できるのは、ごく一般的な定型の契約書レビューぐらいだろう。クライアントの側も100%AIのサービスには不安を覚えている。技術の進歩の問題なのか、人の意識の問題なのか、どちらが先というわけでなく両方の問題があって、クライアントにそのままAI活用システムを提供するのは、まだちょっと早いと考えている」(伊澤氏)
そこで、LegalForceやAI-CONのようなSaaSとしてではなく、TOPCOURTでは「弁護士としてサービスを提供する」と伊澤氏。「ただし効率化によりフィーを安く提供できるよう、その部分にテクノロジーを導入する。時間をかければかけるほど高額化する弁護士の労働集約型ビジネスモデルをテクノロジーにより効率化し、青天井のタイムチャージから固定費用のサブスクモデルに転換することができると考えている」と語る。
「Atriumが目指していたような、弁護士が要らないサービスは、現状では完全には実現できない。ただ、時間をかければ工数を8割カットすることはできるのではないか。ケーススタディや契約書レビューをAIである程度クリアしておくことや、相談業務の一部を置き換えることなどは、今でもできる。一方、ビジネスモデル構築の際の法的整合性やリスクのチェックといった、クライアントになるスタートアップや新規事業を興す人たちが必要とする法律サービスは、行政との交渉なども入るので、システムに任せることは難しい。その部分は人が担っていく」(伊澤氏)
工数8割カットを最終形として目指す過程の第1歩として、今回、タイムチャージをなくしたTOPCOURT。料金は下記図のとおりで、法律相談や契約書レビュー、利用規約等の作成といった業務についてはプランごとに、定められた回数利用できる「チケット制」のような形で提供される。
「弁護士に高い費用を払ったのに大した結果が得られない、というペインを解消したい。テクノロジーでどこまで安くできるかはチャレンジだが、この料金を今後もっと落とせるとは思っている。職人としての弁護士業務でなく、法律サービスをパッケージ化して、コモディティ化し、ITサービスのようにしていきたい」(伊澤氏)
スタートアップを法律で支援、ファンド設立も目指す
TOPCOURTにはDeep30から出資を受けるAIスタートアップ、コーピー CEOの山元浩平氏が技術顧問として参画。伊澤氏は「具体的にはAI、RPA、CRMといった技術の導入で、弁護士業務を効率化しようとしている」と述べている。
AIについては他社サービスでも採用されているが、主に法人向け業務の多くの割合を占める契約書レビューに活用する。上述したとおり、TOPCOURTでは「あくまで弁護士のアシストとして」AIを採用。「段階的に弁護士の業務を3割から7割までは減らす計画だ」と伊澤氏は言う。
伊澤氏が「結構、効率化のキモになると考えている」のは、CRM、顧客管理の部分だそうだ。「日本にいる4万人の弁護士が活用しているシステムとしては、サイボウズ(のようなグループウェア)が今の最先端。それでも約2%の1000人ほどしか使っていないとみている。それ以外の98%の弁護士は、オンプレミスで、やり取りはWordとExcelで行っている。これでは事務作業に時間がかかるのは当然。実際、法律事務所の業務のうち、3〜4割の時間を占めるのが、この部分だ」(伊澤氏)
データ管理や案件管理、膨大な資料の管理といった文書管理に加えて、請求書や領収書は今でも紙で発行され、郵送されているというのが、法律事務所の実態だという伊澤氏。これらは弁護士自身の業務になるとは限らないが、事務局の人件費としてコストになる部分だ。
また、伊澤氏は「クライアントの不安を解消するために、進捗を可視化する仕組みも取り入れる」と話す。実は弁護士が案件の途中で進捗を報告することは、ほとんどの法律事務所で習慣化されていない。このため、例えば契約書レビューなど、依頼した案件が今、どこまで進んでいるのかが分からないことが顧客のストレスになっているという。また弁護士の側でも、都度「アレはどうなった?」とせっつかれることがストレスになる、と伊澤氏はいう。
そこでTOPCOURTでは顧客と進捗管理の状況を共有するシステムを用意し、まずはWebベースで提供。依頼した案件を担当しているのが誰で、どこまで進んでいるのかがパーセンテージのメーターで可視化されるようになる。顧客はいちいち問い合わせる必要がなくなるし、もし聞きたいことが出たとしても、このシステム上に搭載されているチャット機能を使ってシームレスに問い合わせることが可能だという。
写真左から3人目:トップコート国際法律事務所代表弁護士 伊澤文平氏
伊澤氏はサブスク型法律事務所サービスの提供について「スタートアップが好きという個人的な趣味も含まれている」と語る。
「スタートアップにとって、費用を考えなくてよいのであれば、外部の専門家はいた方がいい。ただ、スタートアップのビジネスに理解ある法律家はあまり多くない。起業家のニーズとしては『行政に向けた意見書を書いてほしい』といったものが多いにもかかわらず、『それはできない』『あれはできない』といったアドバイスしかされないことも多い。TOPCOURTのサービスを使うことで、スタートアップがもっとスケールでき、やりたいことができる環境にしたい」(伊澤氏)
TOPCOURTでは法律サービスを核に、スタートアップスタジオとしてアイデア創出やKPI設定、事業計画の策定を通じた資金調達支援や開発支援などのスタートアップ支援も行っていくと伊澤氏はいう。今後、法律事務所と並列してリーガル面に軸足を置いたファンドを組成し、ベンチャーキャピタルとしての機能も持ちたいと構想する。
「スタートアップ支援の大きな部分を調達支援が占める。やはりお金は大事。ファンド設立に法律サービスをあわせて、プレシード時点のゼロから事業をつくれる環境を用意し、お金もリソースも提供して、スタートアップスタジオとして、自分たちで0→1がつくれるようにしたい」(伊澤氏)
伊澤氏は「新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、スタートアップ界隈でも新規事業の立ち上げ支援に対するニーズは高まっている」という。「外出自粛で顧客開拓などの取り組みに代わり、種まきが増えているものと見られる。当事務所にも、3週間で80件、通常の4倍ほどの相談が来ている」(伊澤氏)
TOPCOURTでは、アーリーステージで、規制が強く参入障壁の高い領域を対象にしたスタートアップ支援を中心に考えていると伊澤氏。製造業や法律、金融など、法的知識が求められる業界のスタートアップのサポートを目論む。