編集部注:この原稿は千野剛司氏による寄稿である。千野氏は、暗号資産交換業者(取引所)Kraken(クラーケン)の日本法人クラーケン・ジャパン(関東財務局長第00022号)の代表を務めている。Krakenは、米国において2011年に設立された老舗にあたり、ビットコインを対象とした信用取引(レバレッジ取引)を提供した最初の取引所のひとつとしても知られる。
現在、NFT(ノン・ファンジブル・トークン)がここまで注目される理由のひとつは、投資手段としてのアートの可能性を拡大させたことにあるでしょう。ネアンデルタール人によって6万5000年以上前に描かれた洞窟壁画が世界最古のアートといわれていますが、その後、歴史の中で様々な手法、技術そして媒体が生み出されてきました。アートをコンピューターファイルとして簡単にシェアできるデジタルアートは、最新の媒体のひとつです。
歴史的にアートは、鑑賞目的だけではなく投資家から代替的な価値保存手段として人気を集めてきました。インターネットが登場し、アートの形がデジタルに変わってもすぐにはフィジカルなアートと同様に投資対象とみなされませんでした。なぜならインターネットにはコピペ文化という問題が存在したからです。このデジタルアートの問題をデジタル領域における所有権の確立によって解消したのがNFTでした。
本稿では、NFTの意義をデジタル領域における所有権の確立という観点から解説し、投資対象としてのNFTを考察します。
クラーケンとNFTの関係は?
その前にまず、クラーケンとNFTの関係について少しお話をしたいと思います。NFTは2021年2月ころから一大ブームを巻き起こしていますが、実はクラーケンはブームの前からNFT関連事業を拡大してきました。
例えば、2020年12月23日、Ethereum(イーサリアム)基盤の3D仮想空間プラットフォーム「Decentraland」(ディセントラランド)で著名DJの3LAU(ブラウ)を招いてクリスマスパーティーを開催。参加者に限定盤のNFTウェアラブル(アバターが着る服など)を配りました。また、2021年1月には、NFTブームの中でもNo.1ヒットといえる「NBA Top Shot」(NBAトップショット)が基盤にするブロックチェーン「Flow」(フロー)を世界の取引所に先駆けて上場させました。
また創業者のJesse Powell(ジェシー・パウエル)は、創業前の2008年にカリフォルニア州のサクラメントでVergeという美術館を設立し、新進気鋭のアーティストをサポートしていました。ブロックチェーン技術の結晶であるNFTとデジタルアートは相性抜群です。こうした事情もあり、クラーケンではNFTの未来について高い関心を持ち日夜研究を続けています。
デジタル領域における所有権
NFTとは、暗号資産と同じように仲介業者を使わずにインターネット上で売買・交換が可能な暗号技術を基盤にしたトークンを指します。他の暗号資産と同じように偽造不可能で取引履歴の追跡が容易であるなどブロックチェーンならではの特徴がある一方、固有の価値を持つ点が異なります。NFTの場合、世の中に同じ価値をもたらすものはふたつとありません。
インターネットが誕生してもデジタルアートが普及しなかった背景にあるのは、いわゆる「コピペ」文化の存在です。
30年前にインターネットが誕生して以来、アーティストやコンテンツ制作者は、画廊やレコード会社を経由することなく、作品を直接公共の場で共有できるようになりました。2009年の暗号資産誕生前から、SNSや動画投稿サイトなどを使って仲介業者なしでアートを共有することは可能だったのです。
しかし、インターネットは諸刃の剣でもありました。インターネットを使える人なら誰でも簡単にアート作品のファイルをダウンロードしてコピーし拡散することが可能だったからです。所有権の帰属先は曖昧になり、最も成功するアーティストでさえ収益化に苦戦するのが現状でした。解決策は、仲介業者を元に戻し、サブスクリプションなどの仕組みを導入することでしたが、結局、仲介業者に多くの手数料を取られる構造は変えられませんでした。
この状況を変えたのがNFTです。NFTの登場後も、インターネット時代と同じように、誰でもアートをオンラインで見ることができ、自分のスクリーンセイバーに使うこともできます。しかし、インターネット時代と異なり、NFTによって、アートが希少なものとしてブロックチェーン上に記録され、それを「所有」できる人は限られた人になりました。
例えばモナリザの絵のコピーを家の壁に掛けても、それはモナリザの絵を持っているということになりません。多くの人はモナリザの絵のコピーを家やネットで見るだけで満足するかもしれませんが、一部の人は数億円払ってでも保有することに価値を感じます。私たちはモナリザのような有名な絵はだいたい知っていますし、オンラインで画像をいくらでも見ることができます。しかし、「本物」は確かに存在し、所有者は公式の文書で公式のライセンスを持っている人だけになります。NFTは、ブロックチェーン技術を使って限られた所有権のライセンスをデジタル上で確立したものなのです。
そして、NFTがデジタル所有権を確立したからこそ、これまでフィジカルのアートだけが対象だった投資の世界にデジタルも加わることになりました。誰もが参加できるブロックチェーン技術によって、アート作品の所有権が証明可能なものになったからこそ、「本物」と偽る詐欺の可能性がなくなり、投資対象としてデジタルアートが価値を持つようになりました。
数字で振り返るNFTの熱狂
NFTの売り買いを行うマーケットプレースにおける取引高は、2月26日に過去最高の2600万ドル(約28億円)に到達した後も勢いを持続し、3月11日には3400万ドル(約37億円)と過去最高記録を塗り替えました。その後、熱狂度合いがやや落ち着き、2021年第1四半期は結局1300万ドル(約14億円)で終えました。
主なNFT作品の販売実績としては、デジタルアーティストBeepleの「The First 5000 Days」が米老舗オークションハウスのクリスティーズで6900万ドル(約76億円)で落札された他、米国出身バンドのKings of Leon(キングス・オブ・レオン)が初めてNFTとしてアルバムをリリース、ツイッター創業者Jack Dorsey(ジャック・ドーシー)の最初のツイートが50万ドル(約5500万円)で落札、NFTスターRob Gronkowski(ロブ・グロンコウスキー)が自身のプレイシーンをNFTで販売するなど、音楽界とスポーツ界を中心に複数あります。
これらNFT作品の購入者は、初期投資以上に作品の価値が上昇すると見込んでいるから投資をしたわけです。NBAトップショットでは、LeBron James(レブロン・ジェームズ)のハイライトシーンを20万8000ドル(約2300万円)で購入したバスケットボールファンもいました。このファンは、将来的にさらに値上がりすると見込んでいるから投資をしたのかもしれません。
NFTアート:何が価値の源泉になるのか?
前述のように、NFTによってアートへの新たな投資手法が生み出されたということは確かでしょう。所有権の売買だけではなく、例えばblueboxのように、NFT投資家が音楽のストリーミングストアから印税を毎月得られる仕組みも構築されています。
ただ、NFTは誰にでも作りやすく、投機の対象になる可能性があることにも注意が必要です。
重要なのは「何が価値の源泉なのか?」という点です。例えば作品を作るのに費やした労働コストなど普遍の物差しがあるわけではなく、「投資家が価値があると思うから価値がある」というのがNFT作品の価値を決める軸になっています。「個人的にアーティストが好きだから」という一点でアートの購入を決める富裕層もいます。NFTのアート作品に「本源的な価値」(Intrinsic Value)があるのか、疑問視されています。
実はBitcoin(ビットコイン)も「本源的な価値がない」と批判されます。Bitcoinは一時6万ドル(約653万円)まで上昇しましたが、「その根拠は何か」「適正価格はどうやって出すのか」という視点です。
ただ「自分が価値があると思うから価値がある」という主観価値説が間違っていないという立場を取ることもできます。そうなると、物事の価値というのはマーケットにおいて需給の結果決まるという立場につながります。
フィジカル版アートへの投資が歴史的に成立してきたように、NFTによって可能となったデジタル版のアートへの投資も存続し続けるでしょう。ただ、「現在のNFTがバブルなのか?」という問いに関しては慎重に答える必要がありそうです。自分が価値があると思うものに価値が生まれるといっても、先述のBeepleが指摘するように「とんでもない価格をガラクタに付けてしまうこと」もあり得るかもしれません。
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