マイアミは長い間、寒さを嫌う人々や政治や経済が混乱状態にある南米諸国の人々の避難場所だった。しかし、2020年には、サンフランシスコやニューヨークからの投資家や創設者、テック関連従事者たちが大勢移り住んだ。これには、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行も一部後押しとなった。さらにそうした移住者たちは、新規移住者を歓迎する方策の市政府、低い税率、快適な気候、より手頃な価格の住宅供給、活動的なライフスタイル、そして会社の繁栄に役立つ多様性といった利点のある移転先を探していたのである。
TechCrunchの見解では、投資家たちは強気のマイアミ推しだ。マイアミ在住の8人の投資家へのアンケートでは、マイアミが長所とチャンスに溢れた、成長が期待できるマーケットであると強調されている。
最近の注目すべき事柄は、SoftBank(ソフトバンク)のCEOで、長きに渡るマイアミ推進者のMarcelo Claure(マルセロ・クラウレ)氏が、マイアミ拠点、またはマイアミへ拠点移転予定のスタートアップを支援する1億ドル(約105億3555万円)のファンドを設立すると発表したことだ。
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「マイアミはスタートアップの新しい中心地となるべく、増え続けるニーズに応え、急速に発展しています。マイアミは魅力的な投資市場であり、注目を浴びつつある『エルダーテック(高齢者を対象にしたテック)』からバイオテックに至るまで、移民やマイノリティなどさまざまな人たちの事業欲を高め、起業するための唯一無二の機会を提供しています」と、クラウレ氏はファンド設立の発表直前にTechCruchに語った。
クラウレ氏はマイアミがテックの聖地となり得る可能性に早いうちから気づいていた。同氏は1997年にグローバルワイヤレス企業のBrightstar(ブライトスター)を創設した。そして2013年にはSoftBank(ソフトバンク)が同社の過半数の株式を12億6000万ドル(約1327億4793万円)で買い取った。クラウレ氏の弟のMartin(マーティン)氏もまたテック起業家で、現在、マイアミを拠点としたスペイン語再教育のスタートアップ、Aprende Institute(アプレンデ・インスティチュート)の創設者兼CEOを務めている。
マイアミとクラウレ氏はこれまで円満な関係を築いてきた。そのため、クラウレ氏とソフトバンクが、この地へ情熱的なほどに傾倒していたとしても何ら不思議はない。
「ソフトバンクは、フィンテックからアグリテック、教育分野に至るまで、さまざまな分野のテクノロジー企業へ投資しています」と、クラウレ氏はいう。「ソフトバンクはこれらの分野のデジタルトランスフォーメーションを担う起業家や会社に投資しています。2020年以来、私たちはそうした起業家たちが拠点を置く都市について、その勢力図に大きな変化が起きていることを認識しています。起業家が多く集まる地域は、長い間シリコンバレーとニューヨーク市が二強でした。しかし、今では、ダラスのオースティン、そしてもちろんマイアミにも起業家が多く集まってきています。これは市長のSuarez(スアレス)氏のたゆまぬ努力によるところが大きく、マイアミはイノベーションとテック産業の最前線に立っています」。
「マイアミで突如台頭する多くのビジネスが、自然と当社の求める投資対象と合致するんです」とクラウレ氏は続ける。「Latam Fund(レータム・ファンド)を通して、私たちはラテンアメリカ地域を重視する会社に投資しています。VCコミュニティ内に長い間くすぶっている多様性とインクルージョンの問題に本気で取り組むため、黒人やラテン民族、アメリカ先住民の起業家に焦点を当て、1億ドル(約105億3555万円)のOpportunity Fund(オポチュニティ・ファンド)を立ち上げました。これまでのところ、700社以上を査定し、マイアミで台頭しているヘルスケア、SaaS(サース)、フィンテック、ゲームなど多岐に渡る分野で約20件の投資を行い、合計2000万ドル(約21億711万円)を投入しています」。
2020
Crunchbase(クランチベース)のデータによれば、2020年のマイアミ地区への投資は約19億ドル(約2001億7545万円)で、2010年の約8950万ドル(約94億2932万円)と比べると21倍にもなる。2020年は突出した取引がいくつかあった良い年だった。REEF Technology(リーフ・テクノロジー)は7億ドル(約737億4885万円)、ShipMonk(シップモンク)は2億9000万ドル(約305億5310万円)、さらにMagic Leap(マジック・リープ)が3億5000万ドル(約368億7443万円)の資金調達に成功した。だが、それでも2019年に南フロリダ州を拠点とするスタートアップへ投資された記録的金額、23億9000万ドル(約2501億8520万円)にはおよばなかった。2010年にはわずか12社のマイアミを拠点とする企業が地元以外からの外部ファンドを得た。2020年にその数は70社に跳ね上がり、これはこの地域におけるテック関連事業の順調な増加を意味する。
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新型コロナウイルス感染症の世界的大流行とリモートワークがマイアミへの移住希望者の心を揺さぶる中、シリコンバレーからマイアミへの拠点移動を勧めるツイートに対するFrancis Suarez(フランシス・スアレス)マイアミ市長の非公式なコメントがその流れに拍車をかけた。「何かお手伝いできることがありますか?」という同氏のこのメッセージは世界中を駆け巡り、マイアミのテックライフについて尋ねる返信が相次いだ。
1万1000人のメンバーを誇るフロリダ州最大級の非営利テック団体Refresh Miami(リフレッシュ・マイアミ)は、「マイアミの教育機関」や「人気のあるコワークスペース」についてなど、新しい地域へ移り住む際に出てくる質問に答えるべく「マイアミへの移住ガイド」をまとめた。
新しい居住者の中には、まず、この地の水が合うかどうかを仮住まいを移動しながら試している人もいるが、大半はすでに住居を購入し、仕事場を構え、彼らの次のスタートアップのために人材の獲得へ動いている。また、人材探しを行いながら、ここでの友人作りも忘れてはいない。
最近のマイアミを語る際に、Keith Rabois(キース・ラボイス)氏の存在は欠かせない。サンフランシスコから派手な脱出劇を行った、Founders Fund(ファウンダーズ・ファンド)の共同出資者で、PayPal(ペイパル)の元幹部の1人だ。ラボイス氏は、2900万ドル(約30億5531万円)のマイアミビーチにある豪邸(維持管理にスキューバダイバーを必要とするほど大きな海水水族館つき)購入というド派手な演出で、マイアミでも注目を集めた。同氏はマイアミに移住して以来、最も発言力のある、熱心なリクルーターの1人に数えられ、マイアミのテックの未来のために活動している。マイアミ拠点の会社を設立し、公にはまだ何の会社かは発表していないものの、人材獲得に動いていることを遠回しにTwitter(ツイッター)で伝えている。
他の有名どころを挙げるとすれば、金融業界の巨人Blackstone(ブラックストーン)が近日マイアミに新しいオフィスを構え、テック業種で215人を募集していると発表した。すでに何人かの才能溢れる地元リソースを採用したようだ。そして、もちろん、シリコンバレーの世界的なイノベーションプラットフォームであり、先週マイアミのダウンタウンへオフィスを開けることを発表した、Plug and Play(プラグ・アンド・プレイ)は外せない。それ以外にも、最近移転してきたベンチャーキャピタルたちは、周囲に先駆けてチャンスを掴むという、ベンチャーキャピタルの強みを発揮している。そうした先駆者には、Shutterstock(シャッターストック)のJon Oringer(ジョン・オリンジャー)氏、Blumberg Capital(ブルームバーグ・キャピタル)のDavid Blumberg(デイビッド・ブルームバーグ)氏、Andreessen Horowitz(アンドレッセン・ホロウィッツ)のChris Dixon(クリス・ディクソン)氏、Alpaca(アルパカ、投資先企業にClassPass)やClassWallet(クラスウォレット)を含む)のDavid Goldberg(デイビッド・ゴールドバーグ)氏、FFNYのMaya Baratz Jordan(マヤ・バラッツ・ジョーダン)氏、Gilt(ギルト)ならびにGlamsquad(グラムスクオッド)の共同創設者として知られるAlexandra Wilkis Wilson(アレキサンドラ・ウィルキス・ウィルソン)氏、Facebook(フェイスブック)で活躍後、4年前にマイアミに拠点を移しThe Venture City(ザ・ベンチャー・シティ)を立ち上げたLaura González-Estéfani(ローラ・ゴンザレス・エステファニ)氏などが挙げられる。なお、ザ・ベンチャー・シティはマイアミ本社でアクセラレーターおよびベンチャーファンドとしてサービスを提供するほか、サンフランシスコとマドリッドにもオフィスを構えている。
なぜ、マイアミ?
新型コロナウイルス感染症の世界的大流行は多くの人にとって、人生に何を求めているのか改めて考えるきっかけとなった。私たちは、今の仕事、法外な値段の狭小住宅、さらに脆弱な行政機能に満足していてよいのだろうか。
マイアミは国際的で、多様性があり、ビジネスでは主に英語とスペイン語が話される多言語な場所だ。多くの人がこの街に魅力を感じているのは、都会的なスタイルがあり、毎年12月に行われるArt Basel Miami Beach(アート・ベーゼル・マイアミ・ビーチ)を筆頭に、洗練されたアートや文化という側面を持っているからだ。また、ニューヨークやロンドンのほとんどの有名レストランがマイアミに出店していて、そのマイアミ店の場合は通常広いアウトドアの席も用意されているのだ。著名なZaha Hadid(ザハ・ハディド)氏の手によるビル群、Arquitectonica(アーキテクトニカ)、Raymond Jungles(レイモンド・ジャングルズ)による庭園など、建築の魅力も引けを取らない。ブロードウェイの大人気演目「Hamilton(ハミルトン)」のチケットが、あまりの人気にニューヨークやロンドンで2倍の値段で売り出されていた時、マイアミのAdrienne Arsht Center(エイドリアン・アルシュト・センター)ではわずかな料金で同演目を観ることができた。私の知人の中には2回も観劇した人もいる。
多くの人はマイアミや他の海沿いの街は、海が最高だという。そして、オーダーメイドのメガヨットを所有していないからといって、日焼けを諦めなくても大丈夫だ。マイアミに拠点を置くスタートアップBoatsetter(ボートセッター)では、他の人のボートをレンタルできるので、ぜひ同社のサービスを利用してみてほしい。Biscayne Bay(ビスケーン湾)で物思いにふけりながらパドルを漕ぐ方がお好みなら、PADL(パドル)もお勧めである。このスタートアップは、パドルボートを普及させることを目的に最近マイアミに設立された。
マイアミはいつも楽しく、駆け引きに満ちているところだ。マイアミのテック業界における初期の起業家の1人で、事業売却に成功したManny Medina(マニー・メディナ)氏(同氏は2012年にデータセンター事業TerremarkをVerizonへ約1474億9770万円で売却した)は2013年、毎年開催のテック会議、eMerge Americas(イーマージ・アメリカズ)を始めた。この会議を通してマイアミは、北米と南米アメリカを繋げるテックの中心地としての地位を密かに確立してきた。2019年までに40カ国、400社から1万6000人以上の参加者が集まった。マイアミには町の中心部まで15分以内の場所に、世界的な規模の空港がある。この戦略的な地理配置や、空港への便利なアクセスは、他のほとんどの都市にない強みである。それでも疑問は残る。マイアミは新たなテックの中枢となり得るのか。
マイアミは、テックの中枢となるべく確かに正しい道を歩んでいる。マイアミの未来について強気な見通しを立てている投資家もいるが、まだ結論づけるには早すぎると慎重な投資家もいる。
マイアミで今、注目を集めているのはヘルスケア、プロップテック(不動産テック)、フィンテック、エルダーテック(高齢者を対象にしたテック)、物流などだ。注目に値する売却劇(イグジット)を紹介しよう。Chewyの買収(チューウィ、2017年に同社の約3529億4093万円の巨額買収額はeコマース市場の売却記録を塗り替えた)、資金調達に長けたYellowPepper(イエローペッパー)のVisa(ビザ)による買収(取引条件は未公開)、そして2020年の極めつけとして、2億ドル(約210億7110万円)のAscyrus Medical(アスサイラス・メディカル)と3200万ドル(約33億7138万円)のCareCloud(ケアクラウド)の買収がある。
今後買収される可能性のある企業にはNearpod(ニアポッド)、マジック・リープ、Ultimate Software(アルティメット・ソフトウェア)、シップモンク、CarePredict(ケアプレディクト)、MDLIVE(エムディーライブ)、 Papa(パパ)、Caribu(カリブ)、Brave Health(ブレイブ・ヘルス)、REEF(リーフ)などがある。さらにニューカマーにはUpsideHōm(アップサイドホーム)、HealthSnap(ヘルススナップ)、Domaselo(ドマセロ)、Secberus(セクべラス)、Marco Financial(マルコ・フィナンシャル)、Birdie(バーディー)、Kiddie Kredit(キディ・クレディット)、ConciergePad(コンシェルジュパッド)、そしてSustalytics(サスタリティックス)などが控えている。
マイアミは昔から、うなるほど金がある裕福な都市として知られてきた。しかし、これまで、その金は不動産のような、より安全で馴染み深い投資先に投入されてきた。思いつきで10万ドル(約1050万円)ものお金を投資して、それをどうでもいいことだと思うような投資家は現在でも滅多にいない。マイアミ地元の投資家の多くは投資先の選択に慎重で、取引に長けた、他の地域の投資家が投資したラウンドに追随して投資することを好む。そのため、地元の起業家たちは投資元を求めて、国中を駆け回らなくてはいけないといつも愚痴をこぼしていた。だが、今は、ベンチャーキャピタルから多くの資金がこの街に流れ込んできている。これまでよりも資金調達が容易になるに違いない。
マイアミの稀有な価値は、マイアミの人々と、その人々が持つ気質にある。マイアミには、物事を築きあげて成長させ、他者を受け入れるようとする気質を持った人たちがいるのである。「コミュティには歓迎ムードがあり、移住者のために喜んで時間を割いて対応してくれます。こんなにすばらしい歓待を私は今まで経験したことがありません」と、Quixotic Ventures(キクソティック・ベンチャーズ)のMark Kingdon(マーク・キングドン)氏はいう。ここ数年、新規移住者の歓迎を推進してきた団体組織には、Knight Foundation(ナイト・ファンデーション)、 Endeavor(エンドーヴァー)、Miami Angels(マイアミ・エンジェルズ、エンジェル投資を行うフロリダ最大のコレクティブ・インベストメント・ファンド)、リフレッシュ・マイアミ(スタートアップへ情報やイベントを提供し、コミュニティ作りを行う団体)、Venture Cafe(ベンチャーカフェ。週1回開催のイノベーター向け教育プログラム)、500 Startups(ファイブ・ハンドレッド・スタートアップス)やThe Venture City(ザ・ベンチャー・シティ)などがある。
マイアミでは、スペイン起源のコーヒー文化が残るように、この地の多様性は文化に深く浸透している。地元のテックコミュニティはこれまでどおり、今後もマイアミのテック業界の最前線で、多様性、インクルージョン、男女平等を守り抜いていく決意をしている。最近のMiami Tech Manifest(マイアミ・テック宣言)は地元コミュニティのメンバーが草案した。この宣言は、マイアミのテック業界が世界に対して、物事に向き合う自分たちの姿勢を示したものである。女性が世界を動かすにはまだ至っていない(議論の余地があるものの)。しかし、少なくともマイアミのテック業界では女性が大きな原動力となっており、マイアミに多くの人材を呼び込んでいる。
マイアミのテック業界はまだ世界へ飛び立とうとしている時期にあり、地元の企業や新興企業がこれまでの主要なテックハブの間違いや失敗から学び、別のやり方で発展していく余地がある。多くの人にとって夢とは、現在同地のテックコミュニティが目標と掲げ、築きあげようとしている「すべての人のためのマイアミ」を維持しながら、同時にサンフランシスコやニューヨーク市のような経済的な繁栄を享受することだ。
画像クレジット:Bryce Durbin / TechCrunch
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(文:Marcella McCarthy、翻訳:Dragonfly)