コリイ・ドクトロウ:DRM問題を語る

編集部注:本稿の執筆者、Cory Doctorowは、SF作家、活動家、ジャーナリスト、ブロガーであり、Boing Boingの共同編集長も務める。電子フロンティア財団の元ヨーロッパ支局長および英国Open Rights Groupの共同ファウンダーであり、ロンドンに在住。本稿は、McSweeney’sから今月発行された彼の最新著作“Information Doesn’t Want to Be Free”の一章、“Worse Than Nothing”からの抜粋である。

デジタルロックの技術的困難と、それが引き起こした意図せぬ結果は、デジタルロックメーカーにとって大きな問題である。しかし、われわれにとってもっと興味があるのは、デジタルロックがクリエーターやその投資家に対して何をしたかであり、そこにはまず議論すべき一つの重要な害悪がある。デジタルロックは金を払う顧客を海賊に変えてしまった。

読者や視聴者についてわれわれが一つ知っておくべきことがある。彼らは、欲しいメディアを、欲しい時に、欲しい形式で買えないことについての言い訳を聞くことに、あまり関心がない。相次ぐ調査が示すところによると、米国テレビ番組の海外でのダウンロード数は、それらの番組が国際放映されると激減することがわかっている。つまり、人々は仲間がインターネットで話題にしているテレビを見たいだけなのである ― 売られていれば金を出して買い、そうでなければ無料で手に入れる。ユーザーを締め出すことは、ダウンロードを減らすのではなく、売上を減らす。

旧方式DVDのデジタルロックを外すプログラムを1999年に初めて公開した人物は、Jon Lech Johansenというノルウェーの15歳の少年だった。”DVD Jon” がこのプロジェクトを始めたきっかけは、彼のコンピュータで動いていたGNU/Linus OSには映画会社がライセンスしたDVDプレーヤーがなかったことだった。自分で買ってきたDVDを見るためには、ロックを外す必要があった。7年後、Muslix64はHD-DVDのDRMを似たような理由で外した ― 彼は正規に購入した別リージョンのDVDを見たかった。デジタルロック史上に残る影響力ある2人の人物は、いずれも「海賊行為」のためではなく、自ら購入した合法メディアを見たかったために、ツールを開発した。

2007年、NBCとAppleはiTunes Storeでの販売における契約紛争を起こした。NBCの作品はiTunesから約9ヵ月間引き上げられた。2008年にカーネギーメロン大学の研究者らは、この規制がファイル共有に与えた影響を調べた研究論文(Converting Pirates Without Cannibalizing Purchasers: The Impact of Digital Distribution on Physical Sales and Internet Piracy”[購入者を減らすことなく海賊行為者を転換させる:デジタル配布が物理的販売とインターネット海賊行為に与える影響])を発表した。そこでわかったのは、契約紛争が引き起こしたのは、「海賊」サイトにおけるダウンロード数の増加であり、それはNBCの作品だけではなかった ― かつてiTunesで番組を購入する習慣のあった人々が、ひとたび無料ファイル共有サイトに行くことを覚えると、手当たり次第に興味のあるものをクリックするらしい。NBC番組のダウンロード数は急増し、その他のダウンロード数も微増した。

さらに興味深いことは、NBC―Apple紛争が終了し、番組がiTunes戻ってから起きた。CMUの論文によると、これらの番組のダウンロード数は、規制前よりも増えた。つまりこれは:

  • 視聴者の欲しがるコンテンツを彼らの好む形式で販売するのを拒むことは、視聴者を海賊行為へと走らせる。
  • ひとたび視聴者が欲しいコンテンツの海賊行為を始めると、彼らは他のコンテンツも不正入手するようになる。
  • ダウンロードの方法を知り熟達すると、視聴者のダウンロード習慣は規制が解除された後まで続く。

デジタルロックベンダーたちは、しくみは完璧ではないが「無いよりは良い」と言うだろう。しかし、証拠が示すところによると、デジタルロックは、無いよりもずっと悪い。デジタルロックを多用している業界では、市場支配力がクリエーターと投資家から、中間業者へとシフトしている。彼らは海賊行為を減らさない。デジタルロックに不満を感じた顧客たちは、サプライチェーン全体からかすめとる方法を知る動機付けを与えられている。

もしあなたが出版社かレコード会社か映画会社なら答えは単純だ。自社の作品にデジタルロックを付けて販売させないことだ。そしてもし、ロックをかけずに作品を売ることを拒否する会社がいたら? そんなロックはあなたの利益のためではないことを確信するだろう。

あなたがクリエーターだともっと難しい。なぜなら多くの大口投資家はDRM付きで売るか、一切売らないかのどちらかという発想に縛られているからだ。DRM交渉をすることになったら、あなたが決断すべきことは、自分の創造物をどこかのIT企業の牢屋に入れて投資家を喜ばせるか、より健全なより良い投資家を探し続けるかのどちらかだ。

数年前、私は児童向き絵本を1冊、世界最大の出版社(ここでは名無しのままにしておく)に売った。それは構想に何年もかけ、ラフスケッチから何回にもわさる書き直しを経て、ようやく自信を持てる作品に仕上げたものだった。

名無しの巨人出版社で私を担当していた編集者の一人は、英国デジタル戦略のトップでもあり、彼と私は、ご想像の通り、非常にうまが合った。私のエージェントの事務所に契約書が届かないまま数ヵ月が過ぎた頃、彼は私に電話をかけて何が起きたかを説明した。

彼は契約部門へ行き、私の本のデジタル版のDRM無し印税を尋ねた。彼も私も何の問題もないと思っていた。なぜなら、名無しの巨人は他の34のフォーマット、言語、および地域でも私の出版社であり、どの場合もDRMなしで私の作品を販売していたからだった。

しかし、名無しの巨人には新しい方針が会社の最上層部から出されていた。今後、すべての書籍はeブック権利と共に買い取り、すべてのeブックはDRMを必須とする。担当編集者は交渉を試みたが(「eブック権利を買い取らないことはできないか? だめ? だったら、買い取るが使わないと約束するのはどうか?」)、無駄に終った。

最後に編集者は、契約担当者にデジタル版の売上予想は -80ポンドであることを説明した ― マイナス80ポンドである。言い換えれば、その会社はデジタル版で80ポンドの損失を予定していて、それは他のデジタル絵本の実績に基づいていた。

契約担当者は編集者に対して、DRMに交渉の余地はなく、もしそれが問題なら契約を破棄すべきだと言った。

そこで私の担当編集者は会社を辞めた。

私の本が中止になったことに抗議して会社を辞めた編集者に腹を立てることは非常に難しい ― たとえ自分の本が中止になったという事実を前にしても。

この物語にはハッピーエンドが待っていた。名無しの巨人が何千ドルも注ぎ込んで開発した本を、私はもっと教条的でないライバル出版社に簡単に売ることができ、DRM会社に私の著作権をロックさせる必要もない。しかも、私の担当編集者はずっと良い職に就いた。

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook


人工知能研究は現代の悪魔を召喚するのか?!

先週、TeslaのCEOで、生ける映画主人公(Tony Stark)のようでもあり、Space XのファウンダーであるElon MuskはMITのAeroAstro Centennial Symposiumにてインタビューを受けた。

インタビューは全体がとても面白い(上の動画で見ることができる)。ただ、聴衆からの質問に対する回答がもっとも注目を集めたのではなかろうか。

質問はAI(人工知能)についてのものだった。Muskは、AIの開発には慎重であるべきだと話し始めた。AIこそ「人類の脅威」とし、それだけでなく、悪魔のようなものであるとまで発言したのだ。

Muskの回答全文は下に載せておく(ビデオ中では1時間7分20秒のあたりから質問が始まっている)。

Musk:人工知能については、相当に注意を払う必要があると考えています。最も重大な人類の脅威は何かと問われれば、人工知能こそその名に値するものであると考えています。AIに携わる際には、いくら注意してもしすぎるということはないように思います。

AIについて知るにつれ、国家レベルないしは、全世界の国家間レベルにおける規制監督機関が必要なのではないかと考えるに至りました。愚かな振る舞いをさけるためにはぜひとも必要な方策だと思うのです。人工知能を進化させる試みというのは、ある種、悪魔を召喚することに近いと思うのです。五芒星を描き呪文を唱える人物は、聖水により悪魔も制御可能だと考えています。しかしその考えはいつも失敗に終わるのです。(聴衆の笑い)

Q:結局、火星に向かうHAL9000のような知能は出現しないということでしょうか。

Musk:HAL9000ならまだマシです(現代に登場する人工知能はそのレベルを凌駕することでしょう)。HAL9000が自らを恥じ入るような「知性」が登場してくる可能性があります。きっとHAL9000レベルなら可愛いものだった、などと振り返ることになるのではないでしょうか。

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(翻訳:Maeda, H


ノーベル賞おめでとう! 大株主、ビノッド・コースラが中村教授のLEDベンチャーSoraaを語る


編集部:Vinod Khoslaは起業家、ベンチャーキャピタリスト。Khosla Venturesのファウンダー。情報テクノロジーと維持可能なエネルギーに関する投資を行っている。Sun Microsystemsの共同ファウンダー、元CEO。

私はまず中村修二(写真)におめでとうを言いたい。中村教授は、Khosla Venturesが投資しているSoraaのファウンダーでもある。昨日(米国時間10/8)、中村教授と同僚研究者2人はノーベル物理学賞を受賞した。中村教授らは、アルバート・アインシュタイン、マリー・キュリー、ニールス・ボーアらと並んで人類の歴史を変えた偉大な科学者の仲間入りを果たした。

2001年に、中村の執筆した窒化ガリウムLEDについての論文を読んで以来、中村と私はこのテクノロジーのもつ巨大な可能性を現実化させる方策について議論してきた。その会話の結果、中村たちは2008年に新世代のLED照明メーカー、Soraaを創立した。

昨日、ノーベル賞委員会はついに青色LEDの発明が大事件であったことを次のように認めた。「LED照明は既存の電力網が利用できない世界の15億人の人々の生活の質を高めることを約束する。消費電力がきわめて低いので、安価な太陽光発電で照明が得られるようになるのだ。」

驚くべきことに、シリコンバレーは人類の多くに影響を与えるこの大発明に対してきわめて冷淡な反応しか示さなかった。多くの投資家は世界を明るく照らすというような遠大なビジョンを持つにはあまりに近視眼的で、ハイリスクで高度に科学的な研究の価値を理解しようとしない。もちろん、真に意味のあるイノベーションは簡単に起こせるものではない。ノーベル賞委員会も中村らを「他のすべての研究者が失敗したにもかかわらず、成功させた」と賞賛している。

本当に価値のあるものはみなそうだが、先端的な物理学理論をベースにしたテクノロジー・スタートアップの運営はきわめて難しい。今日、Soraaは窒化ガリウムを積層したGaN on GaNテクノロジーによるLEDの世界的リーダーに成長している。SoraaのLEDランプのエネルギー効率は他を引き離して世界一だ。窒化ガリウム・テクノロジーは量産に向かず高価で非実用的だという通念をシリコンバレーのよき伝統にのっとり、Soraaは無視した。当時ほとんどの専門家がこのアプローチに反対したにもかかわらず、今やGaN on GaNによるLEDはこれまでの手法によるLEDと比較して製造にかかる資本投資が80%少なく、製造に必要な資源も80%少ない。しかもSoraaのLEDは他のテクノロジーによるものと比べて光の品質が高く、寿命もはるかに長い。

Soraaは今や第三世代のLEDライトを製造しており、その将来は明るい。しかしこれまでに数多くの危機を経験してきた。なんどもこのテクノロジーは結局日の目を見ないのではないかと思われた。資金不足から倒産の危機に瀕したのも一度や二度ではない。そのつどつなぎ融資、一時的な給与減額、さらには創業者たちの相当額の個人借り入れなどによってこのテクノロジーを生きながらえさせきた。結果的には幸運にも、Khosla VenturesはSoraaの最大の株主の一つとなったが、これは他の投資家を見つけるのが難しかったからでもある。

Soraaが今日の姿になるまでに、われわれは何度もこのプロジェクトは野心的にすぎたのではないかと疑う経験をした。ある時点ではKosla VenturesのパートナーがSoraaの臨時CEOを務めねばならないことがあった。Soraaは現時点では完全に成功を収めたとはまだいえない。しかし少なくともGaN on GaNテクノロジーによるLEDが世界から消えることはないはずだ。実はわずか1年前にもその危機があったのだ。

売上の急速な拡大にもかかわらず、Soraaがいわゆる「クリーン・テクノロジー」に分類されているために資金調達は困難を極めた。この点ではElon Muskも資金調達で同様の苦難を経験している。Teslaも何度も倒産の危機に見舞われており、そのつどイーロン・マスクがその魅力で資金を集め、また私財を投じて辛うじて乗り切ってきた。

LEDは疑いなく照明の未来だ。「世界で消費される電力の4分の1は照明に使われている。エネルギー節約に対するLEDの 貢献は巨大だ。同時に、白熱電球の1000時間、蛍光灯の1万時間と比較して、LEDの寿命は25000時間以上もあるため、製造資源の節約効果も大きい」とノーベル賞委員会が認めている。今後はSoraaのテクノロジーを利用することによって、エネルギー消費量は5分の1になるはずだ。

将来、照明は現在よりはるかに安全で効率的になる。LEDは低電圧で作動するため、配線には電気工事の特別な資格も必要ない。照明の設置、運用の柔軟性が飛躍的に増すだろう。

テーブルやデスクにはそれぞれ専用の照明が付属するようになり、移動するときには照明ごと移動できるようになる。低発熱のLEDが普及すればエアコンの電力消費量も大幅に減少する。新世代のLED照明はインターネットで接続されたホーム・オートメーションと併用され、スマートフォンからコントロールされたり、ユーザーの行動パターンに合わせて最適化されたりするるなどクリエーティブな応用が広がっていくだろう。実際、Soraaでは平らな壁紙に見える照明、発光する布地、3Dプリントによる照明器具、それぞれにIPアドレスを持ちモノのインターネットに接続する照明などを開発中だ。高効率、低発熱のLEDは照明デザインを完全に自由にする点も見逃せない。

照明革命は始まったばかりだ。アルバート・アインシュタインが1921年に光電効果を発見してノーベル賞を受賞したとき、原子力エネルギーの利用、宇宙探査に加えて照明のイノベーションの端緒も作られた。エネルギーを潤沢に使える地域に住むわれわれ7億人ほどはスイッチを押せば明かりが点くことを当然と考えているが、現在でも世界の70億の人々の多くは夜を闇の中で過ごしている。世界の人々の生活の質を向上させるにはシリコンバレーの起業家精神が―それだけで十分とはいいえないが―絶対に必要だ。

地球温暖化によって破滅的な結果がもたらさせることを防ぐために、われわれはもっともっと中村修二のような人物を支援していかねばならない。こうした事業には当然ながら多くのリスクと困難が付随する。しかしわれわれは世界的に大きな意味のあるイノベーションをもたらすう事業で失敗することを恐れてはならない。古くから言われることだが、「リスクを取らないことこそ最大のリスク」なのだ。

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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+


心拍認証のBionymが早くもシリーズAで$14Mの大金を獲得…パスワード離れが一大産業に?

トロントのBionymがシリーズAで1400万ドルの資金を獲得した。主な投資家はIgnition Partners、Relay Ventures、MasterCard、そしてSalesforce Venturesだ。このラウンドはほかにいわゆる戦略的投資も多くて、たとえばExport Development Canadaはこのプロダクトの、企業向けのセキュリティ機能に着目している。

Bionymの技術は、高度な心電図(electrocardiogram, ECG)センサをNymiと呼ばれるリストバンド(腕輪)に組み込む。そのリストバンドは装着者のECGを自分が保存しているプロフィールと比較して彼/彼女の本人性を確かめる。そして本人がそのリストバンドを着けている間はずっと、無線通信でそのほかのデバイスを認証する。いったん外したら、再度ECGによる再認証が必要だ。

Nymiは同社の最初の製品にすぎないが、すでにデベロッパたちの手に渡って、この秋の終わりごろを予定している消費者向けローンチの準備が進められている。Nymiの予約キャンペーンでは、これまで1万を超えるオーダーが来ている。今回の資金で生産と発売を確実にするとともに、新たな雇用も行う。2011年に創業したBionymは現在社員数が約40名に増えており、最近トロント都心部の大きなオフィスに引っ越したばかりだ。

Bionymの最初の資金調達は2013年8月に終了した140万ドルのシードラウンドで、そのときはRelay VenturesやDaniel Debow、およびそのほかのエンジェルたちが投資した。今回はMasterCardやSalesforce、EDCなどが参加したことにより、戦略的パートナーシップの色彩も濃くなっている。Nymiは商業方面のアプリケーションに多大なる可能性があり、ほかにも、ホスピタリティー産業や、さまざまなエンタプライズアプリケーションで機会がありそうだ。

Appleは同社のTouch ID技術のAPIを公開することにより、これを、さまざまなアプリケーションやサードパーティサービスにおける中核的な認証方式にしたいらしい。しかしBionym社はNymiのようなバイオメトリックな方法の将来性に賭けており、そのセキュリティは指紋を使う方法にまさる、と考えている。また応用製品はリストバンド以外にもいろいろありえるので、今後の製品の多様化にも着目したい。

Bionymという特定の技術の行く末はともかくとして、パスワードの時代は明らかに去りつつあるようだ。ハードウェアとデバイスに基づく技術が台頭しており、今回のBionymへの投資も、パスワード無用化に向けての関心が大きくなっていることの表れだ。

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))


日本未上陸の白タクサービス「uberX」が安くて早くて快適だった

サンフランシスコといえば、シリコンバレー生まれ「Uber」のお膝元。空港を降り立ってアプリを起動すると、乗車可能な車両がマップ上にウヨウヨとうごめいている。ここで気づくのは、日本未上陸の「uberX」が使えることだ。

Uberが日本で提供しているのは、ハイヤータクシーを配車するサービスのみ。uberXで配車するのは、営業許可を受けずに自家用車で営業する「白タク」に近い。Uberに登録した一般のドライバーが運転する自家用車と乗客をマッチングしている。空き部屋を持つホストと旅行者をつなぐAirbnbのような仕組みだ。

アプリから「uberX」を選び、乗降車場所を設定して「uberXを依頼する」ボタンを押すだけで、近くを走っている車が早ければ3分程度でやってくる。日本でインストールしたアプリを日本語表記のままで使えるので、英語が苦手な人でも操作に戸惑うことはなさそうだ。

日本で白タクというと胡散臭い(そもそも法律で認められていない)けれど、サンフランシスコで利用してみると、タクシーよりも早く捕まえられるし、ドライバーの人当たりも良い。なにより安いのがうれしい。そこで、実際に乗車して何人かのuberXドライバーに取材してみた。

uberX(左)とuber TAXI(右)の同一区間(約3.5km)の料金

タクシーでは考えられない「おもてなし」

平日は病院に勤務しているサンフランシスコ出身のジョアン(推定40代)は、金曜夜から週末だけuberXを稼働している。彼女によれば、1日の乗客数は10〜20人。客単価はバラバラだが、月に1000ドル以上は稼いでいるという。

見ず知らずの人を自分の車に乗せる不安はないのかと聞くと、「今までに不快な思いをしたことは一度もないわ」と事も無げに答える。uberXはモバイルの広告で知ったと言い、「生活を支えるため」にドライバーをやっているそうだ。

印象に残ったのは、僕が車に乗り込もうとすると、トランクからキンキンに冷えたペットボトルの水を手渡してくれたこと。乗客に無償で提供しているそうで、タクシーではとうてい考えられない「おもてなし」だった。

Uberでは、利用者が降車後に運転手を5段階で評価し、その点数が他の利用者にも公開されるようになっているのだが、こうした仕組みがドライバーのサービス精神を駆り立てているのだろう。


手数料は20%、まもなく15%に

平日は救急車のディスパッチャー(通信指令員)をしている30代女性(推定)のブリジッタは、FacebookでuberXの存在を知り、6月から週末限定のドライバーとなった。

1日の収益は200〜400ドル。Uber側には売上の20%を手数料として支払っているという。手数料はまもなく、すべての運転手に一律で15%に引き下げられるとも言っていて、「わりといいお金になるわ」と満足気だった。

彼女はUberの競合サービスである「Lyft」のことも知っていた。Lyftの運転手はやらないのかと尋ねたところ、「Lyftは車のナンバーにピンクの髭を付けるのがダサい」という理由でUberを選んだそうだ。UberとLyftを掛け持ちしている友だちもいるのだとか。


本業になりつつある

イギリスに本拠を構える石油大手のBPを2月にレイオフされたという40代男性は、「uberXが本業になりつつある」と言う。本業にしようというだけあってか、燃費の良いハイブリッドカー「PRIUS V」(日本ではプリウスアルファ)に乗っていて、平日は毎日10時間稼働。1日の売り上げは200〜350ドルに上るという。

彼によれば、サンフランシスコではタクシー業界からの反発も大きいようで、タクシーの配車サービス「Uber TAXI」が空港で乗客をピックアップするのは禁止されているという。実際に空港でアプリを立ち上げると、確かにUber TAXIの項目は表示されなかったが、uberXは規制の対象外となっているようだ。


こうした一面からも、Uberがタクシー業界とバチバチやりあっている様子が垣間見られるが、少なからず顧客を奪われているuberXについて、タクシー運転手はどう思っているのか?

「奴らは素人」と吐き捨てるタクシー運転手

25年間、タクシーで生計を立てているというドライバーに聞くと、語気を強めて「uberXの奴らは素人。何の研修も受けてないし、道も知らない。俺の頭の中にはこの街のすべてが入っている」と吐き捨てる。道順はuberXの車両に据え付けるアプリに表示されるのだが、この道25年の「プロ」からすると「素人」に見えるのだろう。

タクシードライバーが「奴らは素人」と切り捨てる背景には、2013年12月にサンフランシスコでUberの契約ドライバーが交通事故を起こし、6歳の少女を死なせてしまった事件があるのかもしれない。この事件を受けてロサンゼルスのタクシー会社の幹部は、「Uberの車に乗ることは、ふつうのタクシーに比べて危険である」という声明を出している。

先述した通り、Uberには乗客が運転手を評価するシステムがあるためか、ドライバーは運転が荒いこともなく、態度が悪いこともなかった。そして、価格もタクシーと比べると3割から5割くらい安い(ただし、Uberでは利用状況に応じて「高需要料金」も設定している)。事前に登録したクレジットカードで自動決済されるので、精算時に現金のやりとりをしたり、チップの計算をする必要がないのも快適だ。

サンフランシスコでuberXを試して感じたのは、タクシーはディスラプト(破壊)されつつあるのかもしれないということだ。手を上げて数十秒でタクシーが捕まる東京と違い、サンフランシスコで流しのタクシーを捕まえるのは簡単ではない。15分かけてやっとタクシーが止まったと思えば、行き先を告げたら何も言わずに走り去られたりもする(実体験)。

uberXがそこまで浸透していない地域もあると思うが、少なくとも僕は、サンフランシスコでタクシーを使おうとは思わない。日本ではタクシー業界の相当な反発があったり、法整備も必要になるので上陸は簡単ではなさそうだが、実現すれば「黒船」になるのは間違いないだろう。


Samsungもコモディティー化による「死の価格レース」に巻き込まれている

テクノロジーの歴史で繰り返し起きてきた現象がまた起きている。あるジャンルの製品があまりに多様化し、無数のメーカーによってありとあらゆる機能とデザインが試されると、ユーザーの選択の基準は最後には価格に収斂してしまう。いったんそういう状況になると、小回りの効く新興メーカーが低価格を武器に既存の大メーカーに挑戦し、大メーカーは高価なハイエンド製品にシフトして売上高を確保しようと試みる。たとえばDellはネットブック市場の不振にDell Adamoで対応しようとした。そしてけっきょくは底なしの価格競争に疲れ果てて全員が倒れることになる。

ノートパソコン、フィーチャーフォン、上記のネットブックなどみなこの運命をたどった。

どうやらこの「死の価格レース」がスマートフォン市場にもやって来たようだ。いっとき絶好調だったLGもHTCも不振が続いている。次にコモディティー化の波に飲まれそうなビッグ・プレイヤーはSamsungだ。今後ひどいことになりそうな予感がする。

私はGalaxyシリーズの大ファンだ。しかし最新のS5には乗り換えなかった。理由はソフトウェアだ。もともとAndroidは完璧には遠い(といえば非難のコメントが殺到しそうだ。こう感じるのは私だけなのだろう)システムだが、マルウェアがはびこり、Play Storeにはガラクタのアプリが大量に並んでますますユーザー体験を損ねている。私は我慢して使っているが、楽しんでいるわけではない。

そのうえSamsungにはライバルが次々に現れている。300ドルのCyanogenmodベースのギーク向けスマートフォンもあれば、HuaweiやLenovoのエントリー・モデルもある。特に中国ではSamsungのシェアが急速にXiaomiに奪われつつある。130ドルと手頃な価格ながらスマートなRedMiハンドセットはSamsungの安っぽいプラスチックのエントリーモデルから魅力を失わせている。KantarWorldPanel ComTechの5月末のレポートによると、4月にはXiaomiは販売台数トップの座を再度奪った。しかも顧客の4分の1はSamsungからの乗り換えだったという。

つまりSamsungはシェアは低いものの天文学的利益を積み上げているAppleから無名のハードウェア・スタートアップまで全員と競争しなければならない。

この好ましからゼル状況はSamsungの売上高の推移に現れ始めている。売上高は9%から11%ダウンし、利益は24%ダウンした。S5は起死回生の特効薬という触れ込みだったが、 そうはならなかった。笑ってしまうのはこのブルームバーグの記事と記事のURLの食い違いだ。〔記事のタイトルは『Samsung、四半期決算はアナリストの予想を下回るも業績回復を予測』だが、URLの文字列には『Samsung予測を下回る―低価格製品が不振』とある〕。ビジネス界は皆Samsungに回復してもらいたいのだが、そういう情勢にはなっていない。

テクノロジー・アナリストのBen Thompsonはこの点について鋭い説明を与えている。まず第一に「ほとんどの消費者は価格を第一に考える」。たとえばMoto GとSamsungのスマートフォンという選択では結局価格がものを言う。無数の類似製品の山の中ではブランドは無力だ。

Thompsonはこう書いている。

結局のところSamsungの最大の問題はソフトウェアで差別化ができていない点だ。そうなれば長期的な競争力の源泉は価格しかなくなる。この点ではHPとDellを先例として学習する必要があるだろう。スマートフォン市場はパソコン市場とよく似ている。独自のOSを搭載したハードウェアのメーカー〔Apple〕だけが巨額の利益を積み上げる一方で、それ以外の全てのメーカーはソフトウェアの支配者に利益を吸い上げられるだけの敗者となってしまう。

と、これが偽らざる実情だ。どんぐりの背比べの参加者で満員となった市場(そうではないと言っても無駄だ)では差別化の要因は価格だけになる。誰もそんな競争はしたくない。しかしけっきょくはそこに落ち込んでいくのだ。今後状況はさらにひどくなるだろう。

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(翻訳:滑川海彦 Facebook Google+


インターネット時代の性教育

ちょっと前まで、「性教育」(birds and the bees)といえば、たとえば「生命の不思議」(The Miracle of Life)をビデオデッキに入れておくという形でなされていた。しかしワールドワイドウェブが誕生し、インターネットポルノも溢れるようになった。そんな時代、性教育のあり方も変わりつつあるようだ。

1000組の親を対象としたある調査によれば、インターネットの影響を考慮して、80%以上が自分たちが性教育を受けた時期よりはやめに、子供たちに知識を伝えようとしているのだそうだ。平均すると10歳くらいの時期に性や性行為について子供たちに伝えているのだとのこと。

これは、親の世代と比較してみると5年もはやい時期に性教育を行っていることを意味する。性教育がゆっくりで良かった時代の両親たちは、そもそも親子でセックスに関する話などしたことがないという人も多い。

確かに、親子で話をする際に、もっとも扱いに困るもののひとつが「ポルノ」関係だろう。しかしSnapchatなどでも興味本位の画像が流れたりする中、ネットやテレビで性に触れる前に、きちんとした教育をしておくべきだと考える親が増えてきたようなのだ。

別の調査によると、8歳から18歳の子供たちは、1日に7.5時間もネットやテレビなどに触れているとのこと。すなわち両親や、あるいは教師などと触れ合う時間以上の時間をメディアコンテンツに接して生活しているということになる。

インターネットを使ったり、テレビを見る時間を制限しても、たとえば友達の家で見てくるというケースもある。また持たせたスマートフォンの利用を制限するというのも、ほぼ不可能な話だ。また、そもそも半数以上の子供たちは、課された時間制限など守りはしないという調査結果もある。このような状況の中、たとえ積極的に話題にしたいわけでなくても、子供たちと性の話をすべきであると考えている人は10人中8人になるのだそうだ。

もちろん、気まずい中ですべてをお互いを見つめながら話す必要はない。たとえばiPad用のBirdeesなどが、赤ん坊はどうしてできるのかという話の導入部分を受け持ってくれる。また子供たちがGoogleで性に関する単語を検索してみるように「how to talk to your kid about sex」(子供と一緒にセックスについて話す方法)などを検索してみれば、ヒントを得ることもできるだろう。

Futures Without Violenceや司法省の女性に対する暴力を扱う部門(Department of Justice’s Office on Violence Against Women)が運営しているThatsNotCool.comなども、友人やパートナーとの健全な関係の保ち方などについてヒントを与えてくれる。

チャットなどで性に関する話題を扱い始める前に教育を与えておくのは悪いことではないはずだ。またMTVのIt’s Your Sex Lifeのサイトで展開しているGet Yourself Testedなどのページも、セックスによって「病気」になることもあることを学ぶことできるようになっている。もちろん「寝た子を起こす」論もあるわけだが、しかし性教育の一般化や無料コンドーム配布の試みなどを通じて、十代の妊娠は史上最少になってもいるのだ。

中絶反対論の立場にたつ人も、性教育の必要性をもっと積極的に認めるべきかもしれない。中絶件数も歴史的に見てかなり低いレベルになっているのだ。妊娠を防ぐための教育や議論、あるいはピル利用の一般化などによって、望まない妊娠は確かに減りつつあるようなのだ。

若いうちにセックスについての話題に触れることが、精神的にどのような影響をもたらすのかについてはわからないこともある。しかし大量の情報が溢れる現在、子供たちに知識を持たせる必要はあるはずだ。そのことを考えた時、興味本位の偏った情報を与える可能性のあるネットに任せるよりも、子供を世に送り出した者が、知識を伝える役割を担うのが適切だと言えるのではないだろうか。

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(翻訳:Maeda, H


金融庁「ファンド販売規制」の衝撃、独立系VCが連名で反発の声

金融庁が5月14日に公表した「プロ向けファンド」の販売制限案が、一部のスタートアップ業界関係者に衝撃を与えている。改正案の骨子は、ファンドの個人への販売を1億円以上の金融資産を持つ人に限るというもの。政府は金融商品取引法の政令などを改正し、8月1日から施行する。

こうした動きに対しては6月9日、磯崎哲也氏ほか独立系ベンチャーキャピタリストらが販売制限に反対するパブリックコメントを政府に提出。「日本の成長戦略の成功に大きく関わる独立系ベンチャーキャピタルファンドの新たな組成・発展を著しく阻害しかねない」と懸念を表明している。

プロ向けファンドとは

いわゆるファンド業務(ファンドの運用や販売勧誘)を行う場合は本来、「金融商品取引業」を行う者として金融商品取引法上の「登録」が必要。これに対して、ベンチャーキャピタル(VC)ファンドを含むプロ向けファンドは、「登録」でなく「届出」でよいこととされ、販売勧誘規制が緩和されている。

届出をした業者は、証券会社や銀行などの「プロ投資家」(お役所用語で「適格機関投資家」と言う)が1人でもファンドに出資していれば、49人までは一般投資家もファンドに勧誘できるようになっている。国民生活センターが公開しているグラフによれば、次のようなイメージだ。

規制の背景は消費者トラブル

改正案が公表された背景には、「誰でも勧誘できる」制度を悪用する一部のプロ向けファンド届出業者の存在がある。

国民生活センターによれば、いくつかの業者が不特定多数の一般投資家への勧誘を前提としたプロ向けファンドを組成し、投資経験の乏しい高齢者に「必ず儲かる」と勧誘したり、リスクを十分に説明せずに出資契約を結ぶケースが続出。2012年度に同センターに寄せられたプロ向けファンド業者に関する相談件数は1518件に上り、3年前に比べて約10倍に増えている。

また、プロ向けファンド届出業者の一覧を掲載している金融庁のサイトによれば、4月30日現在で業者の届出件数は3546件。このうち、連絡が取れなかったり、営業所が確認できない「問題届出業者」は614件と、全体の約17%を占めている。

消費者トラブルが相次いだことを受けて金融庁は5月14日、プロ向けファンドの販売先を「適格機関投資家と一定の投資判断能力を有すると見込まれる者」に限定する改正案を公表。ここで言う「一定の投資判断能力を有すると見込まれる者」とは以下を指している。

1)金融商品取引業者等(法人のみ)
2)プロ向けファンドの運用者
3)プロ向けファンドの運用者の役員、使用人及び親会社
4)上場会社
5)資本金が5000万円を超える株式会社
6)外国法人
7)投資性金融資産を1億円以上保有かつ証券口座開設後1年経過した個人

個人投資家からの出資のハードルが高くなる

独立系のベンチャーキャピタリストらが改正案で問題視しているのは、ベンチャー企業の創業や経営、新規上場に精通した「エンジェル」をはじめとする個人投資家からの出資のハードルが高くなることだ。

磯崎氏らが提出したパブリックコメントでは、小規模独立系のVCはエンジェルからの出資に一定割合を依存しているが、今回の改正案はエンジェルの出資が要件を満たさないことになるおそれがあると指摘。その結果、独立系VCの投資活動が阻害される可能性があるとして、次のようにエンジェルの重要性を訴えている。

機関決定を要する会社やファンドからの出資と異なり、エンジェルは意思決定が迅速で、かつ多様な領域のベンチャーに対して関心がありますので、新しい可能性へのチャレンジには不可欠なものであります。このただでさえ少ない日本のエンジェルの活動が、形式的な要件でさらに制約されてしまうことは、日本の今後の成長戦略にも大きな足かせとなってしまいかねません。

端的に言えば「個人はVCに出資するべからず」ということ

パブリックコメントに磯崎氏とともに名を連ねる、East Venturesの松山太河氏はFacebookで、「端的にいえば『個人(エンジェルなど)はベンチャーキャピタルに出資するべからず』『大企業だけはベンチャーキャピタルファンドに出資してよし』という内容」と、改正案に危機感を示している。

ベンチャーユナイテッドの丸山聡氏は自らのブログで、独立系VCへの影響を危惧している。「若手にとっては最初のファンド組成をするということはとっても大変です。出資をする適格機関投資家を見つけられたとしても、金融機関などは出資することはまずないですし、上場企業からの出資というのもハードルが高い」。仮に、金融庁が「投資判断能力を有する者」と定義する「投資性金融資産を1億円以上保有し、かつ証券口座開設後1年経過した個人」が見つかったとしても、その資格を満たしていることを届出事業者が確認しなければならない点が最大のハードルだと指摘する。

「そもそもファンドに出資してくださいってお願いにいって、資格を満たしているかどうか確認のための書類を出してくださいって言われたら、なんか面倒だから出資はやっぱり難しいなっていうことになるのが世の常な気がするんですよね。。。」

個人投資家からの投資のハードルが高くなるという点については、金融庁も「投資判断能力を有する者以外の者が、プロ向けファンドを購入できなくなるという社会的費用が発生するおそれがある」と認識。しかし、現状では「適切な勧誘によりプロ向けファンドを購入している投資家の大部分は投資判断能力を有する者であると考えられることから、その影響は限定的」として、規制強化によって不適切な勧誘による投資家被害が減少するメリットのほうが大きいとの見解を示している。

パブリックコメントでは、ベンチャーキャピタルに投資をする場合について、リスクや資産の状況、判断能力などを考慮し、問題が発生する可能性が低いと考えられる投資家については、規制の対象外とするよう求めている。具体的には、過去にファンド運営の経験を持つ個人、上場企業の役員と大株主、公認会計士や弁護士などの士業資格者らを、販売規制適用から除外すべきだと訴えている。

「独立系ベンチャーキャピタリスト等有志」名義で提出されたパブリックコメントには磯崎氏と松山氏のほか、赤浦徹氏、加登住眞氏、木下慶彦氏、郷治友孝氏、榊原健太郎氏、佐俣アンリ氏、孫泰蔵氏、中垣徹二郎氏、村口和孝氏といった独立系ベンチャーキャピタリストや個人投資家が名を連ねている。このほかの賛同者に対しては、パブリックコメント窓口から提出期限である6月12日17時までに、意見を提出してほしいと呼びかけている。

アメリカほどではないとはいえ、広くは伝わらないが日本でも新規株式公開(IPO)や合併・吸収(M&A)を果たすなどして成功した個人が、エンジェルとなって次世代のスタートアップに投資するケースが増えつつある。今回の規制強化は、消費者トラブルが増えていることを受けての対策ということは承知のうえだが、ベンチャーを取り巻くエコシステムに悪影響を与えない落とし所を見つけてほしいものだ。

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TaxCredits.net


モバイルプラットフォームとスマートウォッチと囲い込み

編集者注記: Semil ShahSwellのプロダクト担当で本誌TechCrunchのコラムニストで投資家。彼のブログはHaywire、彼のTwitterアドレスは@semilだ。

知識ある賢いIT業界人3名に、スマートウォッチについて見解を尋ねれば、少なくとも4つ以上のもっともらしい意見が返ってくる。冗談はさておき、ここ数ヵ月のスマートウォッチに関するニュースに、私は益々興奮が高まっている。Google、そしておそらくAppleが人気のPebbleや、Jawbone、FitBit(両社は既に手首を支配しようとしている)、Runkeeper等に続こうとしている今、消費者にとって重要な問題は、プラットフォーム固有のアプリや機能だけではなく、モバイルプラットフォームおよびエコシステムの囲い込みの与える影響(あるいは縛り)だ。

消費者が直面するであろう選択肢は様々だ。「もし」結局Appleが腕端末を作ることになれば、それはiOSで動く可能性が高く、iPhoneやそのアプリとシームレスに連携するだろう。Googleの “Android Wear” の初期情報に基づくと、彼らは手首を、自社の予測コンピューティング・サービス、Google Nowの威力を拡大するための新しい対話インターフェースして考えているようだ。そして、1つのモバイルプラットフォームに縛られなくない人たちのために、様々な既存あるいは新しいプラットフォームが市場に出回り、様々な形式や形状を見せている。

私たちの腕を何が飾るかについて無数の臆測がある中 ― そして臆測は楽しい ― ビッグプレーヤーたちがどう出るか、新しい体験がどれほど素晴しいものになるのか、アーリーアダプターや熱狂的ファンは携帯電話の時と同じペースで新しいデバイスに飛びつくのかどうか等、それを知る方法は何もない(本件に関わる無数の記事を再構築するつもりはないが、参考までにコードネーム “Healthbook” に関する、Mark Gurmanの良記事[ただしこれはウォッチではなくiOSについてである]、The VergeのAndroid Wearに関する記事(Dante D’Orazio記)、およびBenedict Evansによる両体験を分析したすばらしい記事を読むことをお薦めする。

そんな未知の世界で、サードパーティー製プラットフォームが活気を見せていることは、健全であるばかりでなく、消費者がどこのモバイルプラットフォームにも囲い込まれずに済むことを意味する。このシナリオで、Jawbone、Fitbit、Runkeeper等の会社は、この変化を起こし、あるいは新たなモーションセンサーの到来に合わせ、これを新たなインターフェースへと変えるのに十分な、組識化された専門知識を持っている(集中力と情熱も!)。そしてPebble。すでに高い人気を持つ独立スマートウェッチメーカーは、シリコンバレーの中心に拠点を置き、狂気じみたファンたちに次々と新しいバージョンを送り出している。Pebbleは、すでに他のサードパーティーアプリと連携しており、ユーザーはスマートフォン上のPebbleアプリを通じてウォッチと対話できる。これによってユーザーは、モバイルプラットフォームを乗り替えた時でもウォッチを変える必要がなく、囲い込み効果は小さい。今後モバイルプラットフォームが、ユーザーの腕に自社の囲い込み技法を持ち込むかどうかはわかなない。しかし、現在市場に出回っているスマートウォッチやセンサー付ウエアラブルが(さらには「つながっている」ジュエリーも)、囲い込みをせず、十分な選択肢を与えていることは間違いない。そしてそれは非常に喜ばしいことだ。

Photo Credit: Kim Carpenter / Creative Commons Flickr

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Business Insiderがジェフ・ベゾスらから1200万ドル調達―評価額が1億ドルでもおかしくない12の理由

Business Insiderが先ほど1200万ドルの資金を調達したと発表した。Ruetersの報道によると、会社評価額は1億ドルだったという。今回のラウンドかの有名なジェフ・ベゾス、RRE Ventures、IVP、Jim Friedlich、WallStreet Journalの発行人、Gordon Crovitzらがリードしたという。

私の見るところ、1億ドルという評価額はさほど高すぎはしない。なぜなら―

1. Aolが〔TechCrunchとEngadgetを〕売りに出している噂が流れたときの価格が1億ドルだと言われた。

2. Business Insiderの2013年の売上は2000万ドルで、評価額はその5倍ということになる。Aolが2011年にHuffington Postを3億1500万ドルで買収したときの売上倍率は6倍だった。

3. インサイダー取引で捕まった証券トレーダーがスタンフォードのMBAを剥奪されたというスクープをしている。

4. 傑作なツイートをするゴールドマン・サックスの幹部 @Goldmansachselevatorが寄稿している。

5. Nich Carlsonがビジネスクラスで中国に飛んだときの詳しい体験記。

6. CarlsonはまたMarissa Mayerについてもたいへん面白い記事を書いている。.

7. われわれのカンファレンスでの講演者を探すとき私はよくニューヨークのシリコンアレーの100人のスライドショーをぐぐってみる。.

8. カテゴリーが豊富

9. マーク・アンドリーセンがニュースメディアの未来だと評した。

10. マーク・アンドリーセンが投資家の一人(今回のラウンドには参加していない)

11. ヘンリー・ブロジェットはドットコム・バブル時代に証券詐欺の疑いで証券業界から永久追放処分を受けた。その経歴を考えると、人生はやり直しができると力づけられる。

12. ヘンリー・ブロジェットはいくら攻撃されてもDGAF〔Don’t Give A F**k=蛙の面に小便〕である。

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愚か者とそのBitcoinたち

今日(米国時間3/4)、ある広報マン ― 私のお気に入りの一人 ― からテキストメッセージが届き、テキサス州オースチンにできた2台の新しいBitcoin ATMと、SXSWで酔っぱらったソーシャルメディア・マーケティング・マネージャー向けに暗号化通貨を吐き出すであろう「移動」ATMについて、独占取材をしないかと誘われた。

「このネタ欲しくない?」と彼は尋ねた。

「いいや」と私は答えた。なぜなら真相は、Kim-Maiが数日前に秀逸な記事、『Mt. Goxの退場はもっとまともな第二世代のBitcoin起業家の時代を開く』で示唆した通り、われわれ暗号化通貨ファン(私も1人に数えている)は間抜けであるということだからだ。

われわれは日本で大量のBTCを持つ奇妙な男の子を信じている。われわれは、その存在以外に内在的価値を持たない通貨に投機している。「交換所」が殆どの場合プログラマーのミスによって生まれたり死んだりしているのを見ている。ちょっとこれを見てほしい。Flexcoinは、まあまあ人気の交換所だが、有り金を残らず盗まれて閉鎖した(「2014年3月2日、Flexcoinは攻撃を受けホットウォレットのコインをすべて奪われた。強盗は896 BTCを持ち去った」と管理人が書いている)。ではPoloniexはどうか。彼らは資産の12%をハッカーに奪われた。現時点でそれは、どの交換所がハック〈されない〉かに賭けるゲームだ。ちなみに私の金はCoinbaseにある。

ファンサイトでは、スマホにBitcoinウォレットを持っていてワンドリンクのオーダーをBTCで受けるバーテンダーが次のJeff Bezosになる、とばかりに喜んでいる。現実はと言えば、Bitcoin Jeff Bezosは存在しない、なぜなら、Jeff Bezosの頭脳を持つ人間は、現在のBitcoinがトンデモであることを知っているから。

現状に対する私の意見? 応援はもう十分。Bitcoinはもっと真剣になる必要がある。そこには想像を超えるチャンスがある。しかし、その「シーン」の登場人物 ― 「投資家」からハードウェアメーカーから採掘者から交換所の設立者まで ― ほぼ全員の心的自慰やばかばかしい失敗や常識外れな金欲は、Bitcoinの基本前提にとって何一つ良いことがない。われわれ人類が、誰にでもいつでも何のためにでも、匿名で支払い、スムーズな交換ができるべきであるという前提だ。それ以外のすべては無価値だ。

愚か者と子供たちがBitcoinの社交場を乗っ取った。次に何が起きるのか。ガキ共が飽き、大企業が参入して牛耳りBitcoinを無力な送金手段に変える。PayPalは喜んであなたの指定BTCプロバイダーになり、Chase Manhattanは送金手数料の一部を手にしつつ、スムーズな支払いプロセスの恩恵に預かる。Amazonは大喜びで、あなたがAmazon商品を買うための予算でいっぱいの秘密ウォレットを提供するだろう。真っ当な感覚の持ち主なら、これがBitcoinの向かう方向であるとわかるだろう。

私だって心地よいBitcoin物語は大好きだ。近所のサンドイッチショップがBTCを受け取るって? 是が非でもあなたが喜んでいることを伝えるべきだ。しかし、スクラントン市中心部でネットワーク効果を起こすためのあなたの努力が、Bitcoinの存在に何らかの影響を与えるとは思わない方がいい。老後の貯金をウォレットに入れれば、何時間かの間、ディナーパーティーの人気者になれる。最高の気分だ! 経済問題を語り反対意見を言う相手を叩きのめす。それがインターネットのやり方だ。

ただ、あなたが自分のコミュニティーに対して何か良いことをしていると思ってはいけない。なぜなら全世界はBitcoinを失敗と混乱だと考えているからだ。あなたは何らそれを和げてはいない。

BTCの素晴らしき新世界を作ろうと懸命な努力をしている善良な人々はいる。しかし、彼らはごく稀でしかない。

しかし自主規制がなければ、はるかに卑劣な何者かがBitcoinを統制するだろう。Bitcoinの現在の宣伝文句は詐欺一歩手前 ― すぐに儲かります! 今大人気です! ― であり、Bitcoin交換所は、現金を靴の箱に隠して公園のベンチに置いておく方が安全だ ― 少なくともベンチは窓から見える。Bitcoinを破壊するには頭が良い必要すらない。欲深ければそれでいい。

この市場は成熟と自制を必要としている。あるアイデアのために死のうと思う人は、大てい一人で死ぬことになる。それは何度でも起きる。これは例外ではない。大人になろう、Bitcoinファンよ、さもなくばこの夢ははかなく消えていく。

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赤ちゃん向けセルフィー・アプリ登場―社会の崩壊は間近か?

赤ちゃん用セルフィー・アプリが登場したということは現代社会の末期症状を意味するのだろうか? なんと新たにリリースされたAndroidアプリは赤ちゃんが自分の自画撮りするためにデザインされている。

そう、ベビーのセルフィーだ。

このアプリは確かに可愛らしくできている。デジタル版の「いないないばー」みたいにデザインされていて、カラフルな動物のアニメがまず表示される。これで赤ちゃんの注意を惹きつけておいて、きゅっと音を立てて驚かす。そこですかさずシャッターを切るという仕組みだ。

最初の1回は面白いかもしれない。99セントだから、その価値はあるのだろう。

このアプリを開発したのはピッツバーグのAndroidスタジオ、Deeplocalで働くエンジニアのMatthew Pegulaだ。6ヶ月になる娘がおり、Baby Selfieを開発したのはAndroidのプログラミングに慣れるためだったそうだ。PegulaはもともとiOS開発が専門だったという。

私のインタビューに対して「これは最初のAndroidアプリで、週末プロジェクトだった」とPegulaは語った。最初は笑顔を感知したりするもっと複雑なプロジェクトの計画だったが、まずはBaby Selfieを最初の一歩としてリリースすることにしたという。この種のセルフィー・アプリに対しては賛否両論があるのは彼も承知している。

たとえばWashington Postはこのアプリをいやに真面目に取り上げて、「米国小児科学会は2歳未満の子供にはコンピュータ・スクリーンを見せないよう勧告している」などと言って非難している。

この記事はさらに続けて「スマートフォンによるいわゆる自画撮りなるものは21世紀の社会の病患たるナルシシズム、過度の情報共有、プライバシーの軽視を象徴するものであり、赤ん坊をこれにさらすことは避けねばならない」と論陣を張っている。The Daily Beastも似たようなもっともらしい批判をしている。

あれまあ、ご大層な。

(念のために断っておくが、この記事のタイトルはまったくの冗談だ。Baby Selfieが社会を崩壊させるわけがない)

メインストリーム・メディアがこのおもちゃアプリに過度に否定的なのは自画撮りそのものに対する根深い反感があるのだろう。しかし自分を撮影するというのは人間の自然に根ざしているとみえて、写真術が登場して以来ポピュラー行為なのだが。

iPadを取り付けたFisher-Priceのゆりかごに赤ん坊を何時間も縛り付けておくような育児法には私も反対だが、こうした愉快なアプリで数分遊ばせるのが深刻な害をもたらすとは思えない。ともあれスマートフォンのフロントカメラが社会崩壊の引き金にならないことだけは確かだ。

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WhatsAppの物語は、シリコンバレーの通説を覆す

編集部注:Semil Shahは、Swellの製品開発に携わり、TechCrunchのコラムニストも務める投資家である。彼のブログはHaywireで、Twitterアカウントは@semil

シリコンバレーやIT業界全般には、さまざまな慣例的通念がある。それらはブログ投稿、ツイート、無数のメッセージボードなどで生まれ、取り込まれ、共有されていく。これらのメディアの利点は、豊富な知識の宝庫にアクセスできることだが、コストもある。われわれ全員が同じ脚本を見せられ、そこには同じ慣習が書かれており、特にそれがエコー室で増幅された時、注意していないとわれわれはその慣習を信じて、予測可能で面白味のない行動や生活になってしまう。

多くの読者と同じく、先週のWhatsApp買収騒動は私をとりこにした。これを例外中の例外(実際その通りである)と片付けるのは簡単だ。たしかにこれは極端な例外的事象だが、だからといって検証しない理由にはならない。実際このニュースはハレー彗星のようなもので、スタートアップに関わる者全員が仕事を中断し、外へ出て、ネットで読んだことしかない何かを一瞥しようと空を見上げる、そんな生涯に一度の出来事だ。こうした状況で、私はこれまでの「教訓」や通念を思いだし、WhatsAppがそうした通念のいくつかに挑戦しているところを検証せずにはいられない。

「Yahoo!には人材がいない」 様々な理由により、Yahooはマスコミやソーシャルメディアに叩かれる。この会社はいくつもの問題を抱え、その対処に追われ続けているが、その結果従業員や出身者は格好の標的になる。WhatsAppのファウンダー2人はかつてYahooで働いていた。彼らはネイティブモバイルアプリを、多くのプラットフォーム向けに開発し、複雑な国際通話システムを開発するためのチームを率いていた。

「Facebookのような会社には最高の人材がいる」 WhatsAppのファウンダーの1人は、Facebookの求人に応募して不採用になったことがある。私は、無数のスタートアップがビッグネーム企業から「そこそこ」の人材をリクルートしようと必死になるところを見てきたが、輝くものすべてが金ではない。

「消費者製品の重心はシリコンレーからサンフランシスコへと移った」 まあこれは概ね真実だが、WhatsAppの本社はまだシリコンバレーのど真ん中にある。彼らの事務所には看板すらない。街の明るい照明から隠れている彼らは、広報活動をはじめ今日のスタートアップのライフスタイルを象徴するような行動とは無縁だ。

「最高のファウンダーは比較的若い」 WhatsAppのファウンダーたちは30代半ばから後半。

「モバイル製品は楽しく美しくあるべきだ」 私はこのフレーズを聞くたびに身を震わせる。もちろんアプリは見映えが良くあるべきだが、まずは何らかの問題を解決したり何らかのサービスや娯楽を提供するべきだ。WhatsAppはただひたすら人々のために働く。凝った機能はない。解決すべき問題を解決し、以下のプラットフォームをサポートしている:iOS, Android, Blackberry, Windows Phone 7, Nokia, S40, Symbian S60等々。

「モバイルファースト。iOSとAndroid版を作れ」 Whatsappチームはあらゆる種類の携帯電話のための製品を作ることに挑戦している。その多くはこのブログの読者が触ったこともない機種だ。 J2MEの走っている古いNokiaやSamsungの端末までサポートしている。

「パーソナル・ブランディングは重要である」 WhatsAppのファウンダーたちに個人的なブランドはない。IT業界の1000人に聞いて、この会社のファウンダーか社員の名前を言えるのは5%以下だと私は予想する。

「自分のスタートアップの株は持ち続けろ」 私が思うに、初期段階にあるファウンダーの多くが自分のスタートアップの価値を高く評価しすぎている。たしかにどんな小さな会社も多くの血と汗と涙の結晶だが、競争が激しく人材も分散している今、かつてのような株や人材に関する常識は時代遅れだ。その意味で私は、ZuckerbergがWhatsAppをパートナーとして迎えるために、Facebookのかなり大きな部分を手放し、WhatsAppのファウンダーの1人を取締役に加えたという積極性には敬意を表する。Zuckerbergは、財産をためこむより、目前に迫る戦いのためにパートナーと組むことの方が重要だと気付いている。

「金のことは心配するな。とにかく成長しろ」 WhatsAppは両方をやった。プラットフォームによって、WhatsAppは1ドル程度の料金をとることも無料のこともある ― さらに、最初の1年を過ぎると年間1ドルの定期利用料を課金する。WhatsAppは運用に費用がかかるため、大した儲けにはならないが、少なくともキャッシュフローを持っているので、近年の資金調達プロセスにわずらわされることなく自分のペースで運用できる。

他にも破られている慣習はある。例えはWhatsAppは、残してきた足跡と比べて会社は小さく、わずか50名ほどの社員でエンジニアとサポートがほぼ半分ずつだ。あるいは、なぜシリコンバレーで最も成功しているベンチャーキャピタル会社 ― Sequoia ― が投資の成功やスタートアップの成長を吹聴してこなかったのか。ベンチャーと言えば、なぜこのベンチャーキャピタルは、ソーシャルネットワーク第一の波に乗り遅れ、崩壊したColorに大枚を注ぎ込みながら、その後3年間にWhatsAppに投資をして、ベンチャーキャピタル史に残る内部収益率を上げるに至ったのか。

検証方法はいくらでもあるが、ここで重要なのは、この稀有で輝かしい出来事を「一時停止」ボタンにして、われわれ自身やわれわれの製品や会社が、人から言われたり、さらされたり、どこかで読んだりした古い慣例に沿っているのかどうか、もう一度見直してみることだ。

私は、ルールをすべて捨ててカオスに身を投じろと言っているのではない。しかし、見直してみるには良い時期だ。これらの慣例的偏見を、仕事あるいは生活にあてはめていないだろうか。採用戦略や、収益化や成長への過程、製品デザインは慣習に引きずられていないだろうか。何度も耳にしたり、Twitterのフィードに何度もでてくることは容易に信じやすい。しかし、真実でなくてはならない! WhatsAppが例外中の例外になった理由は、通説を意識的に破壊してきたらなのか、知らずに無視していかららなのか、あるいはどちらてもないのだろうか。

Image by Flickr user Robert S. Donovan under a CC BY 2.0 license

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook


インターネットに革命を: Google, Facebookなどの強大企業の打倒を主張するFred Turner

インターネットは最近、多くの批判を浴びている。でも、今のインターネットの何がまずいのかを理路整然と説明できる人はあまりいない。スタンフォード大学のコミュニケーション学准教授Fred Turnerは、その数少ない人の一人だ。

二つの重要な著書、From Counterculture to Cyberculture と、最近出版されたThe Democratic SurroundのあるTurnerは、学者としてこれまで主に、インターネットの「知」の歴史を研究してきた。そして彼は、あまり嬉しくない事実を見つけた。彼によると、Stewart Brand(Well)やSteve Jobs(Apple)、Kevin Kelly(Wired)などのヒッピーたちが、自分の思想に合う形でこれまでのインターネットの理念を作ってきた。それは、危険を冒す冒険であり、社会のルールから逸脱することだ。

Turnerが指摘する問題は、権威を逃れて自分のやりたいことをやるというヒッピーの思想が、自分たちを取り巻くものに対して無関心なGoogleやFacebookのような企業を生み出した。そこで、サンフランシスコ市民の神経を逆撫でしたGoogleの通勤バスの問題や、ユーザのプライバシーに対するFacebookの無頓着が生じ、人びとはますます、シリコンバレーを不信の目で見るようになっている。

しかしTurnerは、あきらめているわけではない。インターネットは救済できる、と彼は言う。肯定的な例としてGlobal Voices Onlineを挙げながら彼は、インターネットを少数の強力で自己満足的な企業から奪い返し、すべての人びとが力をつけていくためのプロダクトを作る必要がある、と主張する。

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))


Keen On―『第二の機械時代(The Second Machine Age)』の著者にデジタル経済が進展する中での人間の役割を聞く

Andrew McAfeeErik Brynjolfssonの共著によるデジタル経済についての新しい本、The Second Machine Age: Work, Progress and Prosperity In a Time of Brilliant Technologies出版された

本書は人工知能、3Dプリンティング、モノのインターネットなどデジタル・テクノロジーの目覚ましい進歩にともなって経済の仕組みと人間の役割はどう変化していくのかを本格的に論じた初の著作といってよいだろう。

McAfeeとBrynjolfssonはわれわれが驚くべき進歩の時代に生きていることを認めるが、同時にデジタル経済は「勝者総取り」の傾向を強めており、社会の中間層、特に単純な情報処理に携わる労働者を取り残していくことに注意を向けている。

では何か対策はあるのだろうか?

共著者のMcAfeeとBrynjolfssonは2人ともMITの経済学の教授だ。2人は第二の産業革命といってよい第二の機械時代を理解するためには経済学の基礎に立ち戻る必要があるという。この場合、教育がカギとなる。教育の内容と同時に教育の手法を変わる必要があるというのだ。インターネットは多くの職を消滅させているが、同時に新しい、極めて効果的な「ネットワーク教育」によって人々の能力を革新するチャンスも提供している

しかしMcAfeeとBrynjolfssonによればそれは黙っていても起こるわけではないという。われわれの生き残りは、いつものことながら、われわれの変化する能力にかかっているわけだ。適応できる者には新しい職が見つかる。しかし適応できないものにとって、第二の機械の時代の到来は何ひとつメリットがないということになりそうだ。

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Facebookのモバイル戦略を読み解く:Paperは、印刷に値する記事はすべて載せるモバイル新聞

編集部注:Semil Shahは、Swellの製品開発に携わっており、TechCrunchのコラムニストであると共に投資家でもある。彼のブログはHaywireで、Twitterアカウントは@semil

モバイルアプリの世界にとって先週最大のニュースは、Facebookからだった。ソーシャルネットワークが作ったニュースや投稿を読むための新アプリ、Paperだった。このビデオは必見だ。エレガントで感情に訴える非常にAppleチックな作りだ。Facebookがこの種のアプリを発表すると、以前のCamera、Poke、Messengerのように、メインアプリの機能を切り離した単独アプリが想起される。ITスタートアップコミュニティーの最初の反応は懐疑と期待が入り交り、その新デザインを待望する声がある一方(実際見映えはすばらしい)、単なるコピーだと失望する向きもあった(一部の動きはFlipboardに似ている)。

そしてすべては1つの疑問に集約される。Paperのたどる道はPokeなのか、それともMessengerなのか? この答はFacebookの将来に重大な影響をもたらすだろう。

モバイル端末において、MessengerはFacebookから独立することに成功した。Messengerはトップクラスのメッセージングアプリとしてよく役目を果たしており、Facebookはスマートフォンのメインアプリのユーザーを一旦Messengerへと送り出す(そして戻す)ことによってMessengerを使うことを意識させることまでしている。Pokeを思い出せばわかる通り、Facebookでさえその膨大な定着モバイルユーザーベースを使って、ライバル、Snapchatの本物の体験を再現することはできなかった。これは、Facebookの高いモバイル定着率が、あらゆるアプリをヒットチャートのトップに躍り上がらせることができる一方で、アプリがユーザーから見離されてしまえば、モバイルへの定着に与えられるる影響にも限界があることも露呈したエピソードだった。

Facebookとモバイルに関して、このところ彼らは中核機能を新モバイルアプリへと分離し配布する初期段階にある。去る2011年9月、私はここTechCrunchに、Facebookがわれわれの端末を全面制覇しようとしている戦略について書いた。その時の記事はここで読めるので写真を参照されたい。2年半後の今、Facebookはモバイルではるかに強力なポジションにいる。先週の収支会見で、Facebookはモバイルの数字を公表し、MAUが9.55億人、DAUは5.5億人だった。このスケールとモバイルアプリの定着によって、Facebookは驚くべき量の実用的データを利用することが可能となり、それはマーケティングパワーとして、モバイルアプリのインストール広告による売上へとつながっている ― モバイルで再ターゲット広告やディープリンキングを行う日も遠くない。

果たして今後Facebookは、自身のネットワークの威力とスケールを活かして、その日間アクティブユーザーを新しいモバイル体験へと駆り立てることができるのか(Messengerと同じように)、それともユーザーは一時的に群がるだけですぐ離れていってしまうのか(Pokeの時のように)? そして、具体的にPaperについて言えば、果たしてユーザーはニュースや友達に関する話題を、モバイルでリアルタイムにプッシュ通知されることに慣れていくのか、それともそれをスパム的と感じて元のニュースソース(通常のfacebookを含む)へと帰っていくのだろうか?

明日(米国時間2/3)にPaperが公開された時の世界の反応が実に興味深い【訳注:日本は未サポート】。Paperに関して、本誌のJosh Constineが、”Facebook’s Plot To Conquer Mobile: Shatter Itself Into Pieces” で詳しく分析しており、WaneloのAdam Besvinickも、アプリ分離の先にあるものを解説している。いずれも優れた記事だ。Facebookは、1年前、2年前と今日とでは大きく異なるモバイル企業だ。そのスケールは膨大であり、定着率も桁外れだ。製品体験そのものに意味があると仮定するなら、即ちニュースとパーソナルな記事が興味を引くのなら、Paperへの移行率がたとえ低くても、その読者数はかなり大きい。今われわれの端末やアプリストアに次から次へとニュースアプリが増えている理由は、ニュースをチェックすることが、1日1度のアクティブな利用形態ではなく、1日複数回の超アクティブ利用形態であるからだ。そしてFacebookは、そのモバイルユーサーデータ、アルゴリズム、およびスケールと定着性によってこの行動を活かし、人々が朝一番に読む物になろうとしている ― かつて新聞がそうであったように。結果は時が過ぎるのを待つしかない。明日の朝は是非 “Paper” を手に取ってご一読あれ!

写真提供: Je suis Samuel / Creative Commons Flickr

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Bitcoinには深刻なイメージの問題がある

世の中には「信者」というものがいる。何かの製品なりアイディアなりを熱狂的に支持し、他人がその「聖牛」を拝跪叩頭しないと怒り出す人々だ。Notion Ink信者、Apple信者、Blackberry信者、ワクチンで自閉症になる説の信者、9/11はアメリカ政府の自作自演説の信者、等々だ。こういう信者たちはその対象を全身全霊で擁護し、批判者には限りない憎悪を燃やす。歴史家のウィル・デュラントは「信念が歴史を作る―ことに間違った信念が」と述べた。古来、間違った信念に殉じて死んだ人間は数知れない。

私が思うに、Bitcoinは「間違った信念」ぎりぎりのところに位置している。

念のために言っておくが、私はBitcoinのファンだ。このシステムの価値を理解しているし、第三者が追跡できないシームレスな世界的資金移動システムが必要であることも疑っていない。しかしBitcoinのイメージには大きな問題がある。

Bitcoin信者は「自由の戦士」を自認し、部外者を声高に攻撃し、勝ち誇った調子で成果を語る傾向がある。Redditの/r/bitcoinフォーラムなどがその典型だが、どこそこのカフェが、どこそこの歯医者がBitcoinを受け入れたというようなことを際限なくまくしたてている。こういう些細な勝利には何の意味もない。そういったものは企業や組織の単なるPR作戦にすぎず、どのみちBitcoinはその場で現実の通貨に交換されてしまう。Bitcoinが世界的に成長しているかどうかとは無関係だ。

しばらく前に例のウィンケルヴォス兄弟がBitcoinを助ける白馬の騎士となって登場した。ところがウィンケルヴォス兄弟は「Bitcoin市場に対する一切の規制に反対する」と主張している。これは良識あるユーザーを遠ざけるだけの結果に終わった。現在Bitcoinを受け入れている大規模な合法的サイトは家具通販のOverstock(とSacramento Kingsの試合のチケット)くらいなもので、後はドラッグ流通に使われているのが実態だ。気まぐれな独裁者が支配するバナナ共和国の通貨よろしく乱高下し、なんの規制も受けない通貨に一般消費者が金を投じるはずがない。この欠陥を正す方法はいろいろ考えられるが、ウィンケルヴォス兄弟の「一切の規制に反対する」という主張はそのどれにも当てはまらない。

それにbitcoinユーザーには女嫌いの性差別主義者というイメージがつきまとう。Arianna Simpsonが集会に参加してひどい目にあったというエピソードはbitcoin文化の全体を代表するものではないだろうが、ひとつの好ましからざる傾向を表している。 またこの記事もそういうことになるだろうが、bitcoinを少しでも批判すると無数の攻撃が返ってくる。bitcoinの支持者が女性差別主義の偏狭なオタクだというイメージを払拭したいなら、まず自らを改める必要があるだろう。

TechCrunch自身もコメント欄には強制力のあるハラスメント禁止規則が必要だということを(遅まきながら)気づいた。これはあらゆるコミュニティーに当てはまる。間違った教条の信者はたいてい手遅れになってか気づくのだが、ファナティックな態度は自らを窮地に追い込むばかりだ。しかもbitcoinはまだ幼年期にあり、大企業が所有し、管理する新しい暗号化資金転送システムがいくつも生まれようとしている。モバイル決済サービスのStripeも暗号化通貨の実験を準備しているという噂だ。VisaやMasterCardが暗号化資金移動テクノロジーを採用しない理由はない。

BitcoinはInternetのような存在として自らを確立しなければならない。しかしインターネットとは異なり、一般ユーザーが利用したくなるような価値あるユースケースはまだ存在せず、進むべき方向は不明だ。インターネットは商品流通のあり方を一変させた。しかしbitcoinにはAmazon.comのような信頼できる安定したビジネス・プラットフォームがない。あちこちで「お山の大将」が大言壮語しているだけだ。Bitcoinは自らが何者であるか明確なメッセージを発しなければならない。そのメッセージとは「無料の資金移動」である。それ以外のもろもろはその後に起きる二次的な作用にすぎない。しかし現状ではBitcoinの発するメッセージは不明瞭であり、はっきり聞き取ることができない。まずそこから変えていく必要がある。

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Snapchatのリプレイ機能は、Snapchat自体を消し去る時限爆弾?!

Snapchatを使っていて一番不便なのは、音声付きのスナップが送られてきたのに、うっかり聞き漏らしてしまうことがあることだ。騒々しいところで開いてしまったり、あるいは音がならないようにしているときに開いてしまったりする。Snapchatがリリースした最新版に搭載されたリプレイ機能は、そうした問題にも対処しようとするものなのかもしれない。1日に1度、送られてきたスナップをもう1度再生することができるようにするものだ。しかしこれがむしろ大きな問題を引き起こすことになる。自らの特徴である「はかなさ」(短期で消滅する性質:ephemerality)を失ってしまうことになるのだ。

Snapchatが大いに流行することになった要因は、送受信するメッセージ(スナップ)を一瞬だけ見ることが出来るという性質によるものだった。「瞬間」に集中する必要があり、それがためにコミュニケーションに集中することともなった。

しかし今回投入された「リプレイ」機能があれば、漫然と対処することが可能となってしまう。アプリケーションを開いたままにしていて、かつ他のスナップが送られてくる前であれば「すごいな。ちょっと際どくてナイスじゃん。もう一度見てみよう」などということが可能になるのだ。

もちろんFacebookのタイムライン投稿のように、永久に残ってしまうというものではない。しかしこれまでのように気軽になんでも送るようなことはできなくなる。構図はちゃんとしていただろうかとか、髪が乱れていたのではなかろうかなどと気になってしまう。

これまでSnapchatで送られるスナップは、一度だけ閲覧されてあとは記憶の中に残るのみとなるものだった。記憶というのは曖昧なものであり、それがために気軽になんでも送ることができたのだ。こんな写真を送ると何を言われるだろうなどということを気にする必要もあまりなかった。そうした性質のおかげで、馬鹿馬鹿しい内容で盛り上がったり、あるいは少々際どいスナップを送り合って笑い合ったりできたのだ。ちょっとしたおふざけ写真が後々までひと目にさらされるような危険性については考える必要がなかった。

これからはスナップの内容が再チェックされてしまうようになるわけだ。あるいは誰かに見せたり、さらには再生の様子を他のカメラで撮影したり、あるいはスクリーンショットに残したりすることもしやすくなってしまう。シモネタ絡みで楽しんでいた人たちは、少々使いにくさを感じてしまうことになるだろう。他の人に見せられたり、あるいはカメラで記録されたりする可能性がある中、際どい写真などは送りたくないと考えるのが普通だろう。

冒頭にも書いたが、リプレイが便利である場面というのも確かにある。しかしUI面でも機能面でも、あまりにひどいデザインであるように思える。機能を使うにはメニュー階層を深くたどって「Manage Additional Services」というメニューを発見して、そこから行う必要がある。ちなみにこの設定でリプレイが可能になるのは自分の端末上(人から送られてきたスナップを見る場合)であり、自分が送るメッセージをリプレイ可能性を設定するものではない。自分の送る画像やビデオのリプレイ可否を設定する方法は用意されていないのだ。

Snapchatは10月にもStories機能を発表し、短い時間で消滅するという自らの特徴とは違う方向への進化を模索しているように見える。これは24時間以内なら何度でも見られる形式でパブリックに、あるいは友人に対してスナップを公開するものだ。24時間たてば、スナップは消え去ることとなる。リプレイもこの流れにあるものと考えることが出来るかもしれない。しかしStoriesでは、何度でも閲覧可能とする設定を行うのは送信者側だった。リプレイでは、受信者が送信者の意図に関わらず、繰り返してスナップを見ることが出来るようになっているのだ。

リプレイの目的が、ビデオを見るのにうっかり音声をオフにしてしまっていたとかそうした事情に対処しようとするものなのであれば、送られてきたスナップがビデオなのか写真なのかを明示するようにすれば良いと思う(Update:実は区別されていたそうだ。赤が写真で、紫がビデオを示すのだそうだ。しかしもっとわかりやすく示してくれても良さそうなものだと思う)。間違って開いてしまって、よく見ないうちに消滅時間になってしまうということに対処しようとするのであれば、スナップを開くときの仕組みを考え直せば良いだけの話だと思う。

問題に対処しようという、ある種の「好意」からの機能変更であるにせよ、Snapchatは人気を集めた自らの特徴を捨ててしまうような形で変化してしまっている。これが正しい方向性だと思っているのなら、CEOのEvan Spiegelはちょっと考えなおした方がいい。Snapchat自体があっという間に消え去らないうちに、リプレイ機能については考えなおした方が良いように思う。

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(翻訳:Maeda, H


Bitcoinはバブルだ―暴落は絵に描いたように予想通りの展開

Bitcoinはこの24時間で大暴落を喫した。主要な換金市場のMt.Goxで500以下に落ちた後、やや回復している。 TechCrunchのJohnBiggs記者が今朝書いたとおり、中国最大のBitcoin市場、BTCChinaが中国元での預託金の受け入れを停止したことがこの暴落に拍車をかけたようだ。

しかしBitcoinの値下がりはしばらく前から兆候が現れていた。中国市場の動向は大きなトレンドの一部に過ぎない。要するにBitcoinは勢いを失っている。

Bitcoinを1200ドルという高値に押し上げたのと全く同じ力が今は逆向きに働いている。流行、メディアへの露出、投機がブームを作って価格を上げた。ところが流行が下火になり、メディアの露出が減り、投機の思惑が外れた。その結果が暴落だ。

現在この記事の執筆時点でのBitcoinの価格は606ドルだ。Bitcoinは古典的なバブルである。下にMt.Goxの日ごとの値動きのチャートを載せておこう。

バブルが破裂してBitcoinの価格が元に戻るのに何の不思議もない。Bitcoinがバブルであることを説明した過去記事を振り返ってみよう。

歴史の教訓からこれだけは言える。現在のブームは作られた希少性、熱狂的な投資家層、トラック何台分もの楽観主義の産物だ。だからじきに熱は冷め、事態は平常に戻る。なにもかもオランダのチューリップ・バブルにそっくりだ。

そして、:


Bitcoinはバブルではない」としつこく主張し続ける人々がいる。 もちろんバブルに決まっている。Bitcoinは確実な資産価値のある何ものによっても担保されておらず、それ自身の利用価値が変化していないにもかかわらず、投機的動機による買い手によって突如何倍にも値上がりしている。これがバブルでなければ何がバブルか?

Bitcoinはこの記事を書き始めたとき606ドルだったが、今は621ドルまで上げている。しかしそんなことはバブルかどうかには関係ない。

もっとも重要なのは、上の引用でも指摘されているとおり、Bitcoinが「コンピューティング能力」というその本来をはるかに超えて値上がりしているという点だ。このことはFBIがBitcoinで麻薬取引を行っていた容疑でSilk Roadマーケットを閉鎖した後、いっそうはっきりした。 Bitcoinはそれが提供すると主張する価値に比べて過大評価されている。Bitcoin1枚で得られる価値は、投機的思惑を別にすれば、他の通貨ないし他の確実な金融資産によって得られる価値よりはるかに小さい。

投機的需要によって金融資産の長期的価値が維持されることはない。

しかもBitcoinはまだとても金融資産と呼べる代物ではない。

画像:Flickr

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サービスの方向性が迷走し、新たな可能性は感じられない。Instagram Directは失敗だと思う

友だちは誰もInstagram Direct(IGDと略す)を使っていないようだ。少なくとも今のところは使っていないらしい。先週の木曜日にスタートしてから、これまでに受け取ったIGDメッセージは2件だけだ。その間、頻繁にメッセージのやり取りをする友だちのうち20名以上がInstagramに画像を投稿している。あるいはやはり同一期間内で、18名から60通ほどのSnapchatメッセージを受け取った。始まったばかりのサービスを云々するのは時期尚早なのかもしれないが、しかしどうやらIGDは失敗に終わるのではないかという思いを強くしつつある。

もちろん根拠を示すためのデータがあまりに個人的なものではある。しかしいろいろ考えても、やはり自分の考えが正しいのではないかと思うのだ。

多くの人が使うサービスの中で、新しい機能を提供してもあまり流行らないことが多いという一般論もある。しかしInstagramについては当てはまらなそうだ。Instagram Videoは、かなり広まっているようにも思えるからだ。IGDの問題は「新しい機能」ではなく「全く違うもの」を同じ器に盛ろうとしたことにあると思う。

Instagramは、写真をみんなと共有したいと願う人々の気持ちに訴えて大流行することとなった。写真を撮って(今はビデオにも対応している)、それをシェアする。より正確に言えば、フォローしている人たちとシェアする。今回、IGDの導入により、Instagramはプライベートな共有空間の構築を目指すこととなった。写真やビデオを撮って、それを知り合いないし、知り合いグループに送るという使い方だ。この両者は、コミュニケーションのスタイルとして全く異なるものであると思うのだ。

これまでの利用パターンと全く異なる利用法を提示して、それでもアプリケーションを使ってもらおうというのはなかなか難しい話だ。また、その「全く異なる利用法」が、他のアプリケーションで行えることであるとなれば、難しさは一層増すことになる。

もし限られた人とのみ写真を共有したいのなら、テキストメッセージで掲載場所を伝えたり、メールしたり、あるいはFacebookのメッセージング機能を使って行えば済む話だ。いずれもIGDよりも自由に使うことができる。たとえば送られてきた写真に、別の写真でレスポンスすることもできる。ちなみにIGDでこの機能を搭載していないのは、個人的には最大の謎だ。また、少しの人と写真をシェアしようとするのに手間が掛かり過ぎるのも問題だ。送る人を選んでタイトルを付けるという作業に時間がかかりすぎるように思う。仲間内で手軽に写真をシェアして愉しむという目的に沿っていないように思うのだ。

そしてこの分野にはもちろんSnapchatという存在がある。Snapchatは目的もはっきりしていてメッセージが消滅するという特徴もあり、利用者を惹きつけている。メジャーなメッセージングサービスにはメッセージが自動的に消えるという機能はなく、あまりに馬鹿馬鹿しいものや、あるいはちょっときわどいものなどを送りたいときには、自然とSnapchatを使いたくなるというわけだ。

まとめてみるなら、Instagram DirectはInstagramとは「違いすぎ」、しかしながら「新たな可能性はない」というところにあるようだ。

実はFacebookは、このことを以前に学習済みだ。もちろんSnapchatへの対抗ビジュアルコミュニケーションツールとしてのPokeをリリースした際の話だ。この試みは失敗に終わった。Facebookとしては「こちらのツールを使ってくれ」と言っていたわけだが、利用者にとっては乗り換えるメリットが全くなかったのだ。しかもFacebookは、何かを半永久的にシェアする場所として利用されることが多い。そのような中、Facebook上に自己消滅型メッセージをやりとりするというのは違和感を与えるものでもあったのだ。また、これまでにプライバシー面でも問題をいろいろと指摘されたこともあるわけで、利用者としては、本当にメッセージがきちんと消滅するのかどうか危ぶんだという面もあるだろう。いずれにせよ、Pokeが単なるSnapchatのクローンであり、新たな可能性をもっていなかったことに失敗の要因がある。

個人的には、Instagramがメッセージング機能を実装することには賛成で、先週にはInstagramはプライベートメッセージングを提供すべきだという記事も書いた。利用者がより多くの時間をサービス上で過ごすようにする仕掛けが必要だという視点から記したものだ。しかし実装にあたって、Instagramは自身のサービスを補完するものとしてではなく、ライバルに表面的に対処するようなものを作ってしまったように感じる。Instagramは、写真を利用したメッセージのやり取りを簡単に行えるような仕組みや、あるいは既に公開している写真についての話が行えるようなツールを構築すべきだったのではなかろうか。他のアプリケーションでもできるようなことではなく、Instagramならではのエクスペリエンスを提供する仕組みを熟考すべきだったと思う。

Instagramは、カメラとソーシャルネットワークをダイレクトに結びつけることにより、写真のあり方を変えた。Instagram Directは、何も新しい面白さを提供してくれないように感じている。

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(翻訳:Maeda, H