【コラム】VCは気候変動との戦いで極めて重要な役割を果たすが、すべてを行うことはできない

TechCrunch Global Affairs Projectでは、ますます関係が複雑化しているテック業界と世界政治の関係を検証する。

先にグラスゴーで行われたCOP26は、大惨事を食い止めるだけでなく、気候変動との戦いで民間セクターが果たす役割の重要性を明確にした。メタン排出対策とすり減った経済協力の再燃などいくつか注目すべき政治的成果があったものの、最も期待されていたのは民間セクターの新たな関与だ。

去る2006年、アル・ゴア氏の映画「不都合な真実」は、250億ドル(約2兆8410億円)のベンチャー投資をクリーンテックのために引き出すきっかけとなり、ソーラーとエタノール分野がその中心だった。投資家たちの楽観をよそに、投資のほとんどは数年後に燃え尽き、その結果ベンチャー投資家の多くがその後10年間の大半でクリーンテック分野を回避した。

最初のクリーンテックブームで成功したおかけで、我々はごく自然に、革新的クリーンテックソリューションへの資金提供と規模拡大におけるVCの役割に関して楽観的でいる。COP26が終わり、気候変動に取り組むためのクリーンテックの迅速な導入に世界が依存する今、我々はVCのさらなる可能性だけでなく、その限界も理解する必要がある。

VCの強み

最もうまく行った場合、このベンチャーモデルは若い企業がリスクを負って早期テクノロジーに取り組み、大企業にできないイノベーションを追求することを可能にする。直感に反するかもしれないが、ベンチャーの支援を受けたスタートアップは、パフォーマンスの高いファウンダーと組織が魔法を生み出すだけことに加えて、ずっと大きく資産も豊富な大企業よりも多額の資金を費やすことがよくある。

Tesla(テスラ)はアーリーステージのスタートアップだった10年間、電気自動車(EV)の技術、設計、生産においてVW(フォルクスワーゲン)、Ford(フォード)をはじめとする大手自動車企業より多くの資金を費やし出し抜いた。同様に、スタートアップのJoby Aviation(ジョビーアビエーション)とLilium(リリウム)は、Boeing(ボーイング)とAirbus(エアバス)を電動垂直離着陸機(eVTOL)でを引き離して、QuantumScape(カンタムスケープ)は次世代全固体電池の先頭を走っている。

任期の短さ故に、大企業のCEOは絶え間ない成長やコスト削減その他の「市場主導」の必須要因に集中し、破壊的イノベーションの開発と商業化に必要なリスクを消化することができない。歴史は革新に関する鮮明な教訓で埋め尽くされているが、今も大企業のCEOはリードできていない。その結果、我々は時間軸が長く高リスクでリーダーのいない、VC独自のチャンスを提供する分野を探し続けている。顕著な例を挙げると、Teslaから20年後の今も、輸送分野の電動化にまだチャンスがある。例えば、EV革命が起きている今、EVとバッテリーのリサイクルは持続的成長のために不可欠になりつつある。バッテリーをリサイクルするこの生まれたばかりの分野でトップを占めるのはここでもスタートアップのRedwood Materials(レッドウッド・マテリアルズ)だ。

ベンチャー投資家は、気候に優しい革新を多くの伝統的産業で推し進めることができる。例えば化学と製造業を見てみよう。これらや他の重工業分野の既存企業は、行動が遅く、カルチャー的に革新への対応能力に欠けている。対してVCマネーは、適応さぜるをえないテクノロジーの開発を支援する。たとえば再生可能エネルギーを使って水から水素を、空気から炭素を分離して持続的に炭化水素を調達し、これらの元素を組み合わせることによって、これまで石炭、石油、ガスから作られていたあらゆる化学薬品を作ることができる。Electric Hydrogen(エレクトリック・ハイドロジェン)やTwelve(トゥウェルブ)などの若い会社はまさしくそれをやっている。

ベンチャー投資家は、核融合エネルギーなどの実験的技術への資金提供でも有利な位置にいる。政府以外で、事実上この分野にいる伝統的企業はなく、成功を掴もうとする大胆な参入企業がない中、この分野はスタートアップに頼っている。2021年、Helion Energy(ヘリオン・エナジー)とCommonwealth Fusion Systems(コモンウェルス・フュージョン・システムズ)など、いくつかのスタートアップが5億ドル以上の投資資本を獲得した。

VCはすべてを解決できない

影響を与える能力に関する私の楽観に関わらず、テクノロジーは、そしてもちろんベンチャー投資は、気候変動に取り組むパズルの1ピースにすぎないことを我々は忘れてはならない。執拗に進む気候変動と戦うために、我々はクリーンテックソリューションを著しく速くスケーリングしなくてはならない。そしてVCは、その重要な挑戦に関わるセクターとして十分に組織化されていない。

まず、低リスクですでに確立されているソーラー、風力、ストレージなどのテクノロジーを、通貨が弱く、ほとんど自由な米国と比べて高い金融コストの国々へ送り込むために、今のVCと比較にならないほど膨大な資金が必要だ。我々の推計によると、30兆ドル(約3409兆2000億円)以上、すなわち現在世界で投資可能な全資金の10%以上が、次の10年に投資される必要があり、リターンは数パーセント程度だ。さもなければ、容赦ない気候変動の波と戦える速さでクリーンなインフラストラクチャーを拡大することはできない。

幸い、現在巨額の資金が再生可能エネルギー投資以下のリターン率で債券に停滞している。向こう10年の課題の1つは、金融市場のその他のセクターに対して、特に新興市場で需要が急増している電力、輸送、材料、食糧などの分野に資産を再配分するインセンティブを与えることだ。高リターンと不釣り合いなスケールの資金が求められるVCは、この巨額にほとんど関与しないだろうが、中枢となるインフラストラクチャーとチャンスに関わっていく。

多くの人々が、この問題を回避する方法として「インパクト投資」を挙げる。そしてそれは正しい。ベンチャー投資の早い時期、我々は新しいスタートアップが資金を手にする唯一の方法であることがよくあり、それに乗じて高いリターンを要求した。自分たちの金銭的インセンティブを犠牲にすることなく、高インパクトなプロジェクトに投資することができたからだ。

しかし、クリーンテックの機会を追求する多くの新ファンドが参入するにつれ、インパクトとリターンのバランスを取ることが難しくなってきた。我々は高リターンと高インパクトの不一致の可能性を認識する必要があり、現在のVCは高いコストと資金を正当化する特異な価値を付加した上で、セクター内の大きな熱狂の中で規律を保たなくてはならない。「ホットな」機会を追求し、より主流のテクノロジーの増殖に焦点をシフトしたい誘惑は非常に大きい。私の見るところ、クリーンテックは今も技術革新のブレークスルーの機が熟しているので、最高の最も影響力のあるVCたちは逆張り哲学を維持して、不人気でアーリーステージで資金を集めるすべが他にない分野に焦点を当てていくだろう。

第2に、政府介入の重要性は無視できない。エネルギーその他の工業分野を汚れた化石ベースのシステムから他へ転換させるために、市場の圧力だけでは十分ではない。株主の要求による実質ゼロ誓約と結果に対する説明責任改善の約束にも関わらず、政府の命令はこのプロセスのスピードアップを要求し続ける可能性が高い。

最後に、慈善活動が重要な役割を担う。私は、非営利団体のMethaneSAT(メタンサット)設立に協力したことが大きな誇りだ。世界の石油、ガス利用から排出されるメタンを衛星画像で監視する組織だ。その影響が明らかであるにもかかわらず、オープンで客観的なポリシー執行という同組織の役割は、営利活動とは合致しにくい。他にも資金を提供し、追求すべき重要な非営利介入が数多くある。

クリーンテックで最も象徴的で需要な企業やテクノロジーのいくつかを初期段階から支援してきたことは大変光栄だ。しかし、これらのテクノロジーとその周辺のスタートアップを活用することは、気候変動に対する我々の戦いの一材料にすぎない。新技術に関する熱狂が、近い将来必要となる歴史的インフラストラクチャー事業から、我々の注意をそらすことがあってはならない。世界の金融資本のかなりの部分がこの分野に注意を向ける必要がある。そして資産、社会、政治、慈善事業といった別の形の資産もまた、今後の世代のより安定した未来を確保するためには供出される必要がある。

編集部注:本稿の著者、Ion Yadigaroglu(アイオン・ヤディガログル)氏は,Capricorn Investment Groupのパートナー兼CapricornのTechnology Impact Fundのゼネラルパートナー。同氏はTesla、SpaceX、Planet、Saildrone、QuantumScape、Joby Aviation、Hellon Energy、Twelve、electric Hydrogen、Redwood Materials、他著名なディープテック企業の早期出資者である。現在非営利団体、Ceresの役員およびMethanSATの技術顧問を務めている。

画像クレジット:Iván Jesús Cruz Civieta / Getty Images

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(文:Ion Yadigaroglu、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】電動スクーター事業者は34.6兆円規模の産業でどう収益化していくのか?

自動車に比べて、電動スクーターは、都市部のモビリティと環境にポジティブな影響を与えることができる低炭素で静か、かつ安価な交通手段だ。しかし、その有望な可能性にもかかわらず、都市住民の大多数は、電動スクーターをおもちゃか、公共の安全を脅かすものと認識している。

それにともない、この業界へのベンチャー投資の額もわずかなものとなっている。2010年以降、共有型マイクロモビリティは世界全体で90億ドル(約1兆円)の投資を受けたのだが、それに比べて2021年の第3四半期だけで米国のスタートアップ企業が調達したのは723億ドル(約8兆3400億円)だ。人々が一斉に自動車ではなく低炭素マイクロモビリティを選択するような、真に持続可能な都市環境を目指すのであれば、このビジネスを収益化する方法を見つけなければならない。

当初、電動スクーター事業者は、できるだけ多くの電動スクーターを市場に投入することで利用者の注目を集めようとしており、物理的な存在が成功を意味していた。都市が規制を導入してライセンスを付与するようになると、事業者の関心は市当局からの承認を得ることに移った、なぜならライセンスはエンドコンシューマーへのアクセスを確保し、長期的な計画を立てるための信頼感を与えるからだ。

このライセンスは、投資家の負担を軽減し、ライセンスを取得したスタートアップは資金調達が急増した。例えば2021年には、Tier(ティアー)、Voi(ヴォイ)、Dott(ドット)などの企業が累計4億9000万ドル(約5652億円)の資金を調達した

この事実は、市場での競争を目指す他の電動スクーター事業者に、投資を集めて成長したいのであれば、まず都市部での地位を確立しろという明確なメッセージを送っている。現在のところ、これは主に、インフラが整備されており、マイクロモビリティの輸送やビジネスモデルのテストサイトとして機能しているヨーロッパに当てはまる。

しかし、マイクロモビリティが都市コミュニティにとって効率的であることが証明されれば、これらの手法は、主要都市ですでに自転車レーンの整備が進んでいる米国など、他の地域にも広がっていくだろう。2030年には、世界のマイクロモビリティは3000億〜5000億ドル(約34兆6000億〜57兆6842億円)規模の産業になると予想されていることを考えると、努力する価値は十分にある。

しかし、単に入札に勝っただけでは十分ではない、なぜならライセンスを取得した事業者は次の競争に進むからだ。事業者は、エンドコンシューマーと投資家の両方の期待に応えなければならない。つまり、最高の製品と製品体験を提供しながら、収益性を達成しなければならない。

これまでのところ、電動スクーターのシェアリングビジネスは収益性が高いとはいえず、既存のビジネスモデルには改善の余地がたくさんある。最も顕著な問題は、コストの60%を占めるといわれる高額な充電とオペレーションであり、ここを少しでも最適化することだけでも有益になる。

では、なにができるだろうか?

オペレーションは会社によって異なるかもしれないが、充電のシナリオはほとんどない。マイクロモビリティ事業者は、1日の終わりに手作業で車両を回収して充電倉庫に持ち込むか、死んだバッテリーを手作業で新しいバッテリーに交換している。どちらも人手を要し、このコストを削減することを目的としたソリューションを提供するプレイヤーが現れている。

台湾の電動スクーターメーカーGogoro(ゴゴロ)は、充電作業をライダーに引き継ぐスワッピングステーションを展開した。今のところ、それは2つの電動スクーターブランドにしか対応していない。ドイツのTierも同様のアプローチを選択し、最近Tier Energy Network(ティア・エナジー・ネットワーク)を開始した。これにより、Tierの利用者は、地元のパートナーショップに設置されたPowerBox(パワーボックス)を使って、自分でバッテリーを交換できるようになった。しかし、バッテリー交換を行うには、自社で保有する電動スクーター1台につき最低2個のバッテリーを用意しなければならず、バッテリーセルは最も高価なハードウェア部品だ。

また、そのブランドのバッテリーがある場所での電池交換のためにルートを変更しなければならないことは、一部の消費者にとって商品体験を悪化させる可能性があり、競争が厳しいときに極めて重要な事業者のユーザー数を制限することになる。

さらに、マイクロモビリティへの需要が高まると、ステーションには同時に多数の車両を収容できることが求められるようになる。それにより、ユニバーサルなインフラの需要が生まれる。Kuhmute(クムート)やPBSC Urban Solutions(PBSCアーバンソリューションズ)などの企業は、この問題に部分的に取り組んでおり、さまざまなeモビリティ車両のタイプやブランドに対応したユニバーサル充電器を開発しているが、そのようなソリューションの多くは電気接触式であるため、一度に対応できる車両の数は限られている。その上、ステーションは2〜3カ月で接触酸化しやすく、街の景観を変えてしまう。

そうなると、次のステップとしては、駐車スペースを大幅に拡大したワンタッチ充電器を展開するのが自然だ。しかし、駐車スペースの話になると、都市が重要なステークホルダーとして登場する。都市はすでに多くの住宅用地を自動車用の駐車スペースに転用する必要があるのに、電動スクーターの充電用にも転用する必要がある。スワップステーションも充電ドックも地上に設置する必要があるからだ。

この問題に取り組み始めているプレイヤーもいるし、電気自動車の分野ではすでにそのような製品が存在している。例えば、米国のWiTricity(ワイトリシティ)は、その上に駐車すると、無線で充電することができる地上用充電パッドを開発している。この充電器には地上のハードウェアがないため、通常の道路や歩道と同じように使用することができる。また、破壊可能な部品がないため、破壊行為への対策にもなる。

この技術を電動スクーターの分野に応用すれば、余分なバッテリーや交換・接続のための手作業を省くことができ、ユニットエコノミクスの向上につながる。このような標準化は、エンドコンシューマーにとっても、マイクロモビリティ企業にとってもメリットがある。

編集部注:本稿の執筆者Roman Bysko(ローマン・ビスコ)氏は、次世代の電気充電ステーションを開発するモビリティ・インフラストラクチャ企業Meredotの共同創立者兼CEO。

画像クレジット:Inside Creative House / Getty Images

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(文:Roman Bysko、翻訳:Yuta Kaminishi)

【コラム】米議会はインフラ法案が暗号資産に与える影響を明確にしなければならない

先日、Joe Biden(ジョー・バイデン)米国大統領が署名した1兆ドル(約114兆円)規模のインフラ法案には、暗号資産取引に課税する条項が含まれており、これによって米国政府は年間約28億ドル(約3200億円)の税収を得ることになる見込みだ。

率直に言って、これは大した金額ではない。

問題は、この法律の暗号資産税の部分が明確に記されていないことだ。米国政府は急成長している経済の一部を潰してしまう恐れがある。

このインフラ法案では「ブローカー(仲介者)」に税務報告義務が課せられるとしている。しかし、ブローカーを介さなくてもスマートコントラクトを締結することはできる。その場合の報告義務は誰が負うのだろうか? 採掘業者がブローカーとみなされるのだろうか?

あるレベルにおいては、他の投資利益と同様に、暗号資産取引で得た利益に政府が課税するべきであることは疑いの余地がない。一般的には、暗号資産を清算するとき、あるいは譲渡するときだ。しかし、この法律の曖昧さは、取引プラットフォームが米国市民のアクセスを排除したり、あるいは単に小規模な暗号資産投資家が市場に参入または残留することを妨げる危険性がある。

以前にもこんなことがあった。FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)が施行された際に、一部の金融機関は、リスクと潜在的な利益に比べてコンプライアンス法の負担があまりにも大きいため、米国市民のサービス利用を拒んだのだ。

単純なものから複雑なものまで、考えなければならないシナリオをいくつか紹介しよう。

  • ビットコインを使って自動車を購入する場合、自動車を購入するためにビットコインを使った時点で課税されることになる。これは簡単なことだ。
  • 暗号資産取引所でドルを使ってEther(イーサ)を買った場合、どうやって課税するかを考えるのは簡単だろう。これもわかりやすい取引だ。
  • 他の人が購入するNFT(非代替性トークン)を保持するために、自分が使用しているスマートコントラクトに自分の暗号資産を転送する場合。物事はあっという間に面倒になり、個人が法人取引のような複雑な税金に対処するリスクが発生する。

その最低額は1万ドル(約114万円)で、これは銀行秘密保護法から引き継がれたものだ。この金額以下の取引には課税されないが、1万ドルというのは複雑な税務処理が必要になるにしてはかなり低い金額だ。

取引プラットフォームや投資家にとっては、税金の申告が大変なものになり、さらなる投資意欲を削ぐ可能性がある。それによって、最終的には課税が無意味になるか、少なくとも推定よりもはるかに少ない税収しか得られなくなるかもしれない。

そしてIRS(米国内国歳入庁)にとっては、これは複雑な監査対象となる可能性が高い。IRSには、IDとこれらの取引を結びつける方法が必要になる。これは、Coinbase(コインベース)のような取引プラットフォームではすでに行われているが、個人の採掘者は通常行っていない。

この法案で注目すべき点は、多くの税法は当初は問題があっても、時間の経過とともに明確になっていくことがほとんどだが、今回のインフラ法案はその逆を行っているように思えることだ。議会はまずインパクトのある数字(1.1兆ドル、約125兆6000億円)を提示し、それに見合うだけの税金を生み出す方法を探ろうとした。

これはいくつかの意味で異常なことだ。しかし、おそらく米国の現在の政治状況を示しているのだろう。これまでの政治家は、まず資金を供給したい具体的なプログラムを考え、そのコストをできるだけ小さくしようとしたものだ。今回は、どちらの政党も、自分の政党が政権を取ったときに、より多くの数を約束するために戦っていた。Trump(トランプ)元大統領は、2兆ドル(228兆円)規模のインフラ法案に取り組んだものの、結局それが法律として成立されることはなかった。

米国では政治的に少々奇妙な時代になっている。マイアミやニューヨークの市長をはじめ、さまざまな自治体の長が給与を暗号資産で受け取ることを提案している一方で、国レベルでは、連邦政府の長期的な計画における明確な指針はない。

最終的には、暗号資産は何らかのかたちで存続することになるはずだが、連邦政府は経済学者や研究者、暗号資産プラットフォーム開発者などの専門家と話をして、アプローチを真剣に考える必要がある。

編集部注:本稿を執筆したChristopher MortonはCognito(コグニート)のCOO。

画像クレジット:hamzaturkkol / Getty Images

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(文:Christopher Morton、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

【コラム】中南米の食品事情パラドックス

中南米の農場や畑ではたくさんの食糧が生産されているが、それでも4700万人の人々が今も飢餓状態にある。

この地域は果実、野菜、サケ、トウモロコシ、砂糖、コーヒーなど、世界の農水産物輸出量の約4分の1を占めている。農業は中南米の生計にとってなくてはならない部門であり、GDPの平均4.7%を生み出し、地域住民の14%以上の雇用に貢献している。

しかしながら逆説的に、地域の栄養不良の人々の数は毎年増え続けており、過去5年間に約1300万人増加している。汎米保険組織(PAHO)は、2030年までに「飢餓の影響は地域住民6700万人におよび、この数値に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックの波及効果は考慮されていません」と推定している。

主要な責任の一端は、食品廃棄にある。世界で生産される食品の3分の1以上が使用されずに廃棄されており、中南米・カリブ海も例外ではない。流通網が改革、強化されれば、この量の廃棄食品は世界で最大20億人に栄養分を与えるのに十分だ。

それには課題がある。中南米の栄養不良対策が成功するためには、アグリテックとフードテックの技術的ソリューションが当地から生まれる必要がある。中南米は膨大な天然資源を有しているだけでなく、中南米の人々ほぼ全員が、何らかの形で食料不安を経験している。問題を理解している人は最適な解決策を構築するのに最適な人たちだ

Nilus(ナイラス)の最高執行責任者、Ady Beitler(アディ・バイトラー)氏が雄弁に語っている。「世界には飢饉を撲滅するために必要な量以上の食糧があります。それは間違いありません。ないのは、最も必要としている人たちにその食糧を届ける流通システムです」。

幸いなこと、中南米はアグリテックやフードテックのソリューションを創り出し、農業効率を高め人々を飢饉から救う創造力の温床でもある。起業家たちは農民が自分たちの役に立つツールを利用し、食品廃棄を減らし植物由来製品を開発する手助けをする。そんなソリューションは、畑から皿まで、食糧生産システムのさまざまな部分に取り組んでいる。

食品廃棄を減らすことが期待されるイノベーションのカテゴリーの1つが、農業従事者の生産性を上げるためのツールだ。例えばブラジル、ミナスジェライス州の会社Sensix(センシックス)は、ドローンと機械学習を使って農地の肥沃度のマップを作っている。チリのスタートアップ、Ciencia Pura(シェンシア・プラ)は、自然光が得られない時、さまざまな成長段階に 合わせた植物に光を当てるソフトウェアを開発している。

コスタリカのスタートアップ、ClearLeaf(クリアリーフ)は、植物の成長を促進する天然由来の殺菌剤を開発した。そしてブラジルのスタートアップ、SensaIoTech(センサイオテック)は、監視して害虫を適時に検出・特定するための情報を収集するプラットフォームを運営している。

サプライチェーンもまた、食品廃棄を防ぎ、その結果温室効果ガス排出量を減らすための重要な位置にいる。

規格外」を理由にある地域で捨てられる食糧は、人々が飢餓に苦しむ別の地域では十分健康的で消費可能だ。アルゼンチンのスタートアップらが流通を改革しようとしているのはそれが理由だ。Nilusは、食べるのは完全に安全だが、いつもなら捨てられてしまう食糧を回収し、低所得地域に割引価格で販売している。Savetic(サベスティック)は、商品を追跡、データ分析して消費者の購買傾向を予測することでスーパーマーケットの食品廃棄を減らす。

もう1つの食品廃棄を減らすカテゴリーは、農業廃棄物の再利用だ。チリのスタートアップ、Fotortec(フォトーテック)は、農業廃棄物をキノコ類に転換して、香料やタンパク質増強剤に使用する。

そして、タンパク質と栄養分を環境に優しい形で提供する植物由来製品を作っている起業家たちもいる。メキシコシティーのPlant Squad(プラント・スクワッド)は、栄養豊富で環境に配慮した植物由来の代替タンパク質製品を開発している。ブラジル、サン・レオポルドのFaba(ファバ)は、ひよこ豆から持続的な方法でタンパク質を抽出している。

中南米の食糧システムは巨大かつ複雑なので、1日で変わることはない。しかし上に挙げたスタートアップ(他にもたくさんいる)は、集団的行動の道を開き、起業家が必要とする経済的支援を巡る認識を高めている。

アグリテックとフードテックの分野は、世界と地域の投資家やエコシステム構築者たちの関心を呼んでいる。もし起業家たちがこうした重要なエコシステム関係者からもっと支援を受けられるようになれば、とてつもない量の食糧廃棄物が減り、起業家たちは中南米に魅力的で持続可能なフードシステムを作るだろう。

編集部注:Daniel Cossío(ダニエル・コッシオ)氏はVillage Capital Latin Americaのリージョナル・ディレクターとして、地域のより公正な未来の構築に取り組んでいる。

画像クレジット:Jose Luis Raota / EyeEm / Getty Images

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(文:Daniel Cossío、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】ユニコーンを多数輩出、高い潜在能力を持つイスラエルのテックが抱える問題

人口がEUの50分の1ほどしかないイスラエルで、EUと同じくらいの数のユニコーンが誕生しているのは一見すばらしいことだ。奇妙に思えるかもしれないが、このギャップはさらに広がる可能性がある。実際、奇妙なことだ。

テック系エコシステムは弾み車のようなものだ。創業者が会社を売却したり上場したりすると、エコシステムに資金が流れ込むが、これには3つの形がある。1つはいうまでもなく、資本家からの流動性の注入だ。

2つ目の効果は新しい投資家の創造だ。新しく富裕層になった創業者たち(および従業員たち)は最初に家を買ってから、スタートアップへの投資を開始するという話には一理ある。3つ目は、ベンチャー資金は以前にイノベーションを成功させた人材に集まる。これは一種のハロー効果で、イスラエルにもサンフランシスコと同様明白に存在する。

こうしたことは、Google(グーグル)、Uber(ウーバー)、Twitter(ツイッター)などの初期の社員で、投資家や創業者になった人たちに起こった。イスラエルでも同じようなことが起こっている。ただし、イスラエルでは、そうした社員が、自分たちに富をもたらした創業者たちよりもうまくやれると確信していることをはっきりと態度に表すことも珍しくない。

Monday.comやSentinelOneなど、イスラエルのサクセスストーリーとなっている企業で創業10人目の社員になることは、ウーバーやインスタグラムで創業15人目の社員になるようなものだ。ハロー効果という点でも、ウーバーやインスタグラムほどはないものの、確かにある。このように社員から創業者になる人たちには、投資家が求めているスキルとバックグラウンドがある。また、イスラエル人独特の図太さも強みだ。

イスラエルに100ものユニコーン企業(評価額10億ドル[約1128億6000万円]以上の多くはテック系の株式非公開企業)が誕生している理由もそこにある。人口ではイスラエルよりも圧倒的に多い欧州だがユニコーン企業は125社しかない。イスラエルのこの成功は奥が深いので説明が必要だろう。

起業家にとっては、欧州のビジネス文化はイスラエルに比べてリスク回避的だ。過去の成功に基づいて評価するからだ。EUの大半の国では、もっと簡単に確実にもうける方法はいくらでもあるが、イスラエルでは、古い考え方にあまり縛られていないため、テック系起業家への道は魅力的だった。

こうしたパラダイムは、真の平和というものを経験したことがなく、大部分が移民とその子どもたちで構成されているまとまりのない社会には適していた。イスラエル人の冒険精神、そしてそれに通じるイノベーションや起業家精神の根本にはこうした要因がある。それに加えて、警備産業や軍事産業によって推進されたテクノロジーもある。これは、戦争、解体後のソビエト連邦からの移民の大量流入などによってもたらされた。

新しい要因としては、新型コロナウイルス感染症がある。イスラエルは、早期にワクチン接種を行ったことと、外部のテック分野(おそらく労働人口の10分の1を占める)がリモートワークに適していたため、パンデミックから何とか強く抜け出すことができた。また、パンデミック期間中、イスラエルには大量のVC資金が流入した。

こうしたことが最高のタイミングで起こっている。イスラエルの企業は、サイバー、フィンテック、SaaSなどの分野ですでに自分より格上の企業と張り合っており、フードテック、アグリテック、宇宙テクノロジー、そしてもちろんワクチンなどの分野でも大きな可能性を示している。

しかし、この辺りから見通しが少し怪しくなってくる。大きな障害がこうしたイスラエルの潜在能力の実現を阻害している可能性がある。

表面上は、イスラエルは産業に供給できる十分な労働力を備えているように見える。実際、このデータが示している通り、この国には1万人ごとに135人の科学者とエンジニアがいる。これは先進諸国中で一番の数字だ。しかし、急成長中のテック分野の需要に応えるにはそれでも足りない。

Israel Innovation Authority and Start-Up Nation Central発行の2020 High-Tech Human Capital Reportによると、テック企業の60%が人材の確保に苦労しており、イスラエル国内には現在、1万3000件のテック関連求人があるという。最近のさまざまな調査で慢性的なエンジニア不足が報告されている。9月現在で、1万4000人のエンジニアの求人があるという。

エンジニア不足のせいでエンジニアの賃金が上がっており、イスラエルのエンジニアの賃金は先進諸国中で最も高くなっている。こうした状況の中、リモートワークの時代にあって、企業側はウクライナやルーマニアなどから労働力を調達している。これは「スタートアップ国家」という特製ソースの瓶詰めを続けるにはあまり良い兆候ではない。

悪い方向に進んでいることは他にもある。イスラエルの学生の国際テストにおける数学、科学、国語の成績が他国と比較して急低下しているのだ。政治的大変動が主な原因だが、後続政権は、数学をまったく教えないことが多い宗教色の非常に強い学校の制限なしの成長を許している。

これは、超伝統派の急速な拡大という広範な問題と関係している。超伝統派では、男性の半分はフルタイムで宗教の研究を行い(残りの半分の多くは膨大な宗教関係の業務をこなしている)、女子は1人平均7人以上の子どもを育てることに専心する。テック経済に相応の寄与をしていないもう1つのセクターとして、イスラエルのアラブ系市民がある。アラブ人コミュニティは伝統的に権限が低く資金不足のコミュニティで、犯罪率も高い。

すぐに思いつくアプローチとして、超伝統的ユダヤ人とイスラエルのアラブ系市民を統合して、より広範なイスラエルを形成し、あらゆる道具を与えるようにすることだろう。イスラエルのアラブ系市民の街と学校の資金不足はなくし(2021年から少しずつ始まっており、アラブ系政党が新連合に参加している)、政府はアラブ系コミュニティで蔓延する犯罪を厳しく取り締まるよう警察に命令する必要がある。数学や科学を教えない学校に対しては資金の提供を拒否すべきだろう(これは超伝統派を統合するために必要な多くのステップの1つだ)。

イスラエル政府は官民協力体制のイニシアチブを取って(過去に有望なスタートアップを生み出し資金を提供したときと同じアプローチ)、教育システムの改善を推し進める必要がある。目標は同じで、経済を加速することだ。イスラエルはアイアンドームを建設し反対派に対処したときと同じ活力で教育問題に取り組む必要がある。

考えられる取り組みとして、STEM(科学、テクノロジー、エンジニアリング、数学)教育の改善がある。具体的には、教師の待遇改善、親による教育への積極介入の制限、さらには、Fullstack Academyや外部のコーディング専門学校などの外部プログラムに奨励金を給付してイスラエル国内に学校を設立する、Wixなどのテック大手と協力してシリコンバレースタイルのキャンパスで自国の人材を育成するといったことが考えられる。

学生にコーディングやプログラミングを教えることを早期に始めてもらうようにすれば、研究開発や認知分野を重視している軍の部門にも役立つ上、新しい人口グループに求人対象が広がり、テック分野の新しい社員が生まれることになるだろう。

これらはどれも簡単ではないが、現状に満足していては高い代償を払うことになる。何もしないで最善を望むのは、ただ何もしないよりなお悪い。それでは、不可思議な運命によってイスラエルに授けられた途方もない才能を無駄にしてしまうことになる。

画像クレジット:matejmo / Getty Images

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(文:Ingrid Lunden、翻訳:Dragonfly)

【コラム】ビッグテックはビジネスが苦手なのか?中小の知的財産権を侵害する大手

Google(グーグル)は2021年8月、Sonos(ソノス)との法廷闘争で大きな敗北を喫し、米国際貿易委員会の判事はグーグルがSonosのオーディオ技術特許5件を侵害したと判断した。この判決が支持されれば、Googleは数億ドル(数百億円)を支払うことになり、PixelスマートフォンからNestスピーカーに至るまで、あらゆるものを取り込むことが禁止されるかもしれない。

これは些細な展開ではない。ビッグテックがより規模の小さい企業から知的財産を盗むのを阻止しようとする一連の訴訟や苦情の最新事例である。

ここ数年、ビッグテック企業が小規模なライバル企業の知的財産権を侵害するケースが増えている。こうした小規模な企業は反撃を開始しており、今やビッグテック企業は裁判所から命じられる数百億ドル(数兆円)の損害賠償と訴訟費用に直面する可能性がある。

もしビッグテックの幹部たちが無謀な侵害を続けるなら、彼らの会社は取り返しのつかない財政的、評判上の損害を受けることになる。競合他社の知的財産を盗むことはもはや単に非倫理的なだけではない。それはビジネス上の決定があまりにも悲惨なほど近視眼的であり、経営者の株主に対する受託者責任の侵害にあたることはほぼ間違いない。

長い間、Apple(アップル)のような巨大テクノロジー企業は、対抗する資金力や法的な武器を持たない小規模な競合他社を自由に餌食にすることができると考えていた。だが、もはやそうではない。

小規模企業は訴訟にコストをかける価値があると判断し、大きな勝利を収めている。この1年間に行われた3つ訴訟だけでも、陪審は小規模企業に10億ドル(約1133億円)以上の賠償金を認めている。8月にAppleは4G技術を侵害したとしてPanOptis(パンオプティス)に3億ドル(約340億円)を支払うよう命じられた。また2020年には、VPNの特許を保有するVirnetX(バーネットX)に10億ドルの損害賠償を支払うよう裁判所から命じられている。

Appleだけではない。2020年10月、連邦裁判所はCisco(シスコ)に対し、サイバーセキュリティとソフトウェアを手がけるCentripetal Networks(セントリペタル・ネットワークス)に20億ドル(約2266億円)近くを支払うよう命じた。この裁判の判事は、Ciscoの行為を「典型的な侵害を超えた意図的な不正行為の悪質な事例」と呼んだ。

知的財産権の盗用は、ビッグテックの収益に大きな影響を与える可能性がある。これらの企業は数千億ドル(数十兆円)、場合によっては数兆ドル(数百兆円)の時価総額を誇っているが、裁判所が命令した巨額の支払いを積み上げるのは好ましいことではない。

例えば、Ciscoのペイアウトは年間売上の4%を占めている。Appleは最近、さらに10億ドルの損害賠償を支払うことなく、日本企業と和解した。また、英国の裁判所で特許侵害に対する70億ドル(約7921億円)の支払いを受け入れる代わりに、(強要されれば)英国市場から撤退する可能性があると警告した。

しかし大企業が知的財産権の盗用による罰金を免れることができたとしても、その結果としての評判へのダメージは相当なものになる。

米議会の委員会は、反トラスト法違反やプライバシー侵害に関する公聴会のために、幹部を定期的に議場に引き入れている。消費者はますますFacebook(フェイスブック)、Google、Apple、Amazon(アマゾン)を嫌悪するようになっている、あるいはもっと深刻だ。もし政治家や顧客が、これらの企業の利益が継続的な特許侵害にかかっていることを知れば、企業の評判は打撃を受けるであろう。

結局のところ、ビッグテックの経営陣は株主に対して法的な受託者責任を負っている。特許裁判にともなうリスクに目をつぶっている経営陣、つまり自分たちの会社を莫大な法的リスクや評判リスクにさらしている経営陣は、最終的には彼らの道徳的に疑問のある決定が株価に反映されていることに気づくだろう。

一方、株主、一般社員、その他の利害関係者は、経営陣の責任を問うべきである。最大の機関投資家の利益のためにも、Appleなどに圧力をかけて係争中の訴訟を解決させ、小規模ベンダーとライセンス契約を締結させることが必要だ。

ビッグテックが知的財産法の範囲内で活動を開始すれば、セクター全体を持続的な成功に導くであろう。

ペルーの経済学者Hernando de Soto(エルナンド・デ・ソト)氏が著書「The Mystery of Capital」で指摘しているように、社会の経済的繁栄は知的財産権を含む財産権の保護と保全に大きく依存している。

財産権の保護が強い社会は、人々が自分のアイデアに投資することを奨励する。逆に、財産権の保護が弱い社会はそのような投資を抑制し、イノベーションも抑制される。

米国のテクノロジーセクターも例外ではない。消費者と株主は、規模の大小を問わず、企業の繁栄を望むべきだ。より小規模な企業では、入力ソフトウェア、アプリケーション、ハードウェアを開発しており、最終的には消費者向け製品になることが多い。

しかし、大企業が小さな企業を虐げ、お金を払わずに最高のアイデアを略奪すると、小さな企業はイノベーションへのインセンティブを失ってしまう。

ビッグテックは特許の盗用をやめる時を迎えている。

編集部注:本稿の執筆者Andrew Langer(アンドリュー・ランガー)氏はInstitute for Libertyのプレジデント。

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(文:Andrew Langer、翻訳:Dragonfly)

【コラム】NFTと未来美術史「NFTはウォーホルたちのポップアートに最も近い存在だ」

私は美術史家として「近代美術」の市場の変遷について幅広い研究を行ってきた。そしてその私に言わせてみれば、NFTには今、世代を超えた何かが起こっていると断言できる。

天文学者が新しい銀河の誕生を目撃しているようなもので、美術史家としては非常にエキサイティングな時代である。Cryptopunks(クリプトパンク)、Bored Ape(ボアードエイプ)、Beeple(ビープル)が達成した数百万ドル(数億円)という偉業は、美術品オークションの歴史における長い前例を打ち破り、我々が今デジタル文化と暗号資産をめぐる構造の転換点に近づきつつあるということを示唆している。

その転換点が近づいているのは間違いないのだが、現在最も注目されているNFTの運命は驚くほどに不明瞭だ。このようなサイクルのいくつかを間近で見てきた私が自信を持って言えることは、アートトレンドがアートヒストリーになるかどうかを決定づけてきた要素が今日のNFTには欠けており、十分な執筆活動が行われていないということある。

これまでに長期的な評価(および市場価値)を維持することができたムーブメントとは、美術館や大学など、名声を引き出し、知識を生み出している機関に自らを結びつけることに成功したものだけである。

つまり、先にタイムズスクエアで開催されたNFT.NYCは、ダウンタウンのSotheby’s(サザビーズ)やアップタウンのMoMA(ニューヨーク近代美術館)とどのような関係にあるだろうか。あるいは、世界有数の近現代美術プログラムと言われているコロンビア大学の美術史・考古学学科との関係はどうなのか?

NFTの世界ではこのような疑問さえも不要なのかもしれない。ゴールデングローブ賞やニューヨーク大学の映画学校に、TikTok(ティックトック)で人気のコンテンツの価値を判断してもらおうとは誰も思わないだろう。

しかし私は、NFTの価値を長期的に育てようとする真剣な試みはなされないだろうという見解には懐疑的である。数十億ドル規模のエコシステムを組織化して整理しようとしないなどというのは、あまりにもリスクが高すぎる。ゲートキーパーやテイストメーカーは有機的に発生するものであり、NFTの世界よりも数百年も前から600億ドル(約6兆8300億円)規模のアート市場には、強力なゲートキーパーやテイストメーカーがすでに存在しているのである。

実際にアーティスト、コレクター、キュレーター、学者の関係性が、勝者と敗者、先見者と模倣者、貴重な遺産と一過性の流行を選別し、過去数世紀にわたってどの美術史が生き残るのかという断層線を形成してきた。そしてNFTの世界では、この知的価値と金銭的価値の交わりが、ほとんどの人が考えている以上に重要な意味を持つと私は確信を持っている。

美術史的に見て現在のNFTの立場に最も近いものは、おそらく1960年代初頭に劇的に現れたポップアートだろう。Jasper Johns(ジャスパー・ジョーンズ)やAndy Warhol(アンディ・ウォーホル)などのアーティストたちが突如として現れ、スクリーンプリントやリトグラフなどの技術的で既成概念にとらわれないメディアを用いてカラフルでわかりやすいイメージを制作するため、本格的に取り組んだのである。

意図的かどうか別として、この動きによりオールドマスターの世界から締め出されていた成り金層にかつてないほどの大量の作品を売り込むことができた。スープ缶を印刷した50枚の作品は、フェルメールの1作品よりもはるかに多くの市場行動を支えることができたのである。

ジョーンズとウォーホルの成功が持続したのは、Leo Castelli(レオ・カステリ)氏というディーラーの努力によるところが大きい。同氏は現代美術史の中で最も影響を与えた人物でありながら、その名が広く知られていない人物である。

私の調査によると、カステリ氏は自分の仲間の作品が美術館の壁に飾られ、学術論文の題材になるよう熱心に働きかけ、時には倫理的・法的規範に背くような努力をしていたことが明らかになっている。ここで重要なのは、彼の努力によって新たな重要な声の波が押し寄せたことだ。カトリック信者の若いアメリカ人だけでなく、最初にオープンになった同性愛者たちの声も響き始めたのである。一騒動起きることは避けられないが、歴史をリアルタイムに書くことで、必要な変化の扉を開くことができるのである。

ポップアートによって起きた美術館のエコシステムの活性化は、今回の民主化のエピソードとは明らかに対照的である。1980年代の「絵画への回帰」は、オークションを重要視するNFTのダイナミクスを予兆するようなもので、アートディーラーのMary Boone(メアリー・ブーン)氏とSotheby’sのCEOのAlfred Taubman(アルフレッド・トーブマン)氏は先物取引や信用買いに似た手法を開拓したが、これはブロックチェーン以前のアートオークション空間における最も偉大なイノベーションである。彼らは事実上、二次市場の火にガソリンを注いだわけだが、その作業をサポートする学術的、制度的マトリックスには大きな関心が払われず、彼らが煽ったセンセーションはほとんど忘れ去られてしまったのである。

こういったことは長期的に見ると非常に重要なことである。数年後、数十年後、数百年後、暗号資産の使用量は必然的に増加していくことになる。現在、地球上のほぼすべてのインタラクションは何らかの形でテクノロジーに媒介されており、記録される通貨はそのメディアに固有のものになる可能性がますます高くなっている。このように長期的な可能性を探れば、NFTの持つ表現力だけでなく、学術的な知識創造の基本的な手段を再考する大きな機会となるだろう。

ここには非常に豊かな可能性が潜んでおり、高等教育に危機の波が押し寄せていることを考えればなおさらのことである。例えば政治学者が分散型自律組織(DAO)の一部として実験的な投票メカニズムを操作する機会を得ることを想像してみて欲しい。あるいは、歴史家が芸術的な再構築によってアーカイブ記録の隙間を埋める作業をするというのはどうだろうか。

広範囲の研究から世界を変えるような発見が生まれることもある。投票の仕組みが実験的なものから政府の中心的なものへと変化し、最終的には包括的な気候変動対策や無価値な立法への必要性を取り除いてくれるかもしれない。このようなアイデアを生み出すNFTの世界も、学術界とのコラボレーションによってのみ重要な意味を持つものを生み出せるのだ。歴史上の産物として美術館に保存(そして市場評価)される価値のあるものを。

現時点では、分散化されたイーサの中にオープンな可能性が残されている。理想的には社会全体に最良の純効果をもたらしながらどのようにして実践を歴史に変えていくのかは、未だ大きな疑問である。

編集部注:本稿の執筆者Michael Maizels(マイケル・マイゼル)氏は美術史家。創造性、テクノロジー、経済学の交差点で働く学際的な研究者で、戦後美術史におけるビジネスモデルの進化に関する新しい研究に関する著書を2021年中に出版予定。

画像クレジット:PixelChoice / Getty Images

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(文:Michael Maizels、翻訳:Dragonfly)

【コラム】持続的な宇宙開発のために、宇宙ゴミ問題に今すぐ取り組まなければならない

英国宇宙庁が不要な衛星2機の除去プログラムに軌道上サービスに取り組むアストロスケールを選定

億万長者を宇宙に送り込む競争は、ブランソン対ベゾス、ロケット対ロケットだった。

Blue Origin(ブルーオリジン)は6月7日に、7月20日に予定されている同社初の有人飛行に、創業者のJeff Bezos(ジェフ・ベゾス)が搭乗することを発表した。同日、Parabolic Arcは、Virgin Galacticが7月11日にRichard Branson(リチャード・ブランソン)を弾道飛行に送る予定であると報じた。そしてどちらも、宇宙飛行を行う3人目の億万長者であるElon Musk(イーロン・マスク)を打ち負かすことを目指していた。

アポロ11号の月面着陸から半世紀以上が経過し、宇宙開発は明らかに再び盛り上がりを見せている。しかし、今日のミッションには、億万長者の野望以上のものが反映されている。たとえ、マスク、ベゾス、ブランソンが個人的な宇宙計画で最も大きな見出しを躍らせていたとしてもだ。

真の宇宙経済が出現している。この新しい分野は指数関数的な成長段階にあり、現在の商業プロジェクトに共通しているのは、新しい技術とインフラへの投資の到来だ。

今日の探検家たちは、他の惑星への旅行や火星の植民地化といった私たちの想像力の限界を超えた拡張計画に始まり、何千もの通信衛星、全地球航法衛星システム、地球観測衛星の打ち上げに至るまで、巨額の投資を行っている。

衛星サービスと地上設備、政府の宇宙予算、全球測位衛星システムの設備を合わせた世界の宇宙経済の規模は、約3450億ドル(約39兆4250億4700万円)と推定されている。2019年のスタートアップの宇宙ベンチャー企業の収益は57億ドル(約6513億5600万円)で、2018年の35億ドル(約4000億3075万円)の記録を簡単に更新した。2040年までに、世界の宇宙産業は1兆ドル(約114兆3575億円)以上の収益を上げることができるとモルガン・スタンレーは推定する。

つまり、宇宙でのゴールド・ラッシュが始まっているのだが、ゴールドラッシュにおける環境の持続的な発展という点では、これまであまり目立った実績は見受けられない。

宇宙空間での壊滅的な衝突の脅威が高まっている

私たちは、宇宙における新たなビジネスチャンスを安全かつ持続的に発展させるための重要な転換点に立っている。これらの活動の多くは、地球の軌道と同じ領域を利用しており、これは無限の空間ではない。NASAによれば、約1mm以上の宇宙ゴミ(デブリ)が1億個以上、国防総省のグローバルな宇宙監視ネットワーク(SSN)のセンサーによって追跡されている。地球近傍の宇宙環境には、小さすぎて追跡できないものの、有人宇宙飛行やロボットミッションを脅かすほどの大きさの宇宙ゴミがもっとたくさん存在している。

地球低軌道上では、宇宙ゴミと宇宙船の両方が時速約25,266kmを超える速度で移動しているため、たとえ5mmのナッツでも太陽電池パネルを紙のように切り刻むことができる。実際、NASAの報告によると、地球低軌道で運用されているほとんどの宇宙ロボットにとって、ミリサイズの宇宙ゴミはミッション終了に対する最も高いリスクとなっている。宇宙空間がますます混雑していく中で、誰か1人でも安全でない、あるいは無責任な行動をとれば、壊滅的な結果を招く可能性がある。

再利用可能なロケットの開発により、1kgの衛星を軌道に乗せるためのコストが下がったことや、人工衛星の小型化が進んだことで、地球の軌道上に渋滞が発生する恐れが出てきた。現在、地球上の軌道上には約3000個の能動衛星があるが、この数は今後数年間で急増すると考えられている。MarketWatchによると、2025年までに年間の衛星打ち上げ数は230%増加すると予想されており、現在2万4000機の衛星打ち上げが計画されている。しかもこの数字には、SpaceXやOneWeb、Kuiperによる打ち上げは含まれていない。SpaceXのStarlinkだけでも4万個の衛星の打ち上げを申請している。

再使用型ロケットのおかげで、地球低軌道に22トンの衛星を打ち上げるコストは、2億ドル(約228億7200万円)から約6千万ドル(約68億6100万円)に下がった。かつては数億ドル(数百億円)のコストがかかる巨大な高性能衛星を1機必要とした衛星アプリケーションも、今では100万ドル(約1億1400万円)の安価・小型の低性能衛星コンステレーションが登場し、グローバルなサービスを提供できるようになった。

小型の衛星1基では、大型の衛星1基に比べると性能が劣るが、複数の衛星のデータを利用することで同等の結果が得られることが多い。さらに、衛星コンステレーションのアーキテクチャは拡張性が高いため、新しい世代の衛星が打ち上げられるようになれば、インフラ全体のパフォーマンスが飛躍的に向上する。

持続可能な開発には、新しい技術とより良いガバナンスが必要

持続的な経済発展のためには、ミッションの要件を慎重に分析するところから寿命が尽きるまでの宇宙ミッションのライフサイクルの間中、従来の顧客と新しい顧客をサポートできる革新的なソリューションが必要となる。

これらのソリューションの中には、打ち上げ、運用、廃棄を効率化できるようなまったく新しい宇宙ベースのインフラが必要になるものもある。例えば、D-OrbitのION Satellite Carrierは、複数の衛星を搭載して軌道上まで輸送し、それぞれの衛星を別々の軌道に投入することができる宇宙輸送機だ。この展開サービスは、最も戦略的な軌道のみを対象とする打上げ業者が提供するサービスを補完するもので、衛星運用事業者はラストマイルを大幅に短縮し、宇宙船のあらゆるリソースを活用してミッション自体の期間を延長することができる。

これは、宇宙船をある軌道から別の軌道に移動させたり、古い機体の寿命を延ばしたり、修理を行ったり、難破した衛星や残骸などを回収したりできる恒久的な宇宙物流インフラの構築に向けた第一歩だ。

宇宙経済の持続的な成長をめぐる問題は、一企業や一国に任せておくにはあまりにも重要・重大なものだ。

国際協力を強化し、基本的なルールを確立するためには、各国の合意に基づき、共通の基準を持つ新しい宇宙統治モデルが必要だ。例えば、デブリを捕獲する宇宙船の技術はすでに実現しているが、ある国に拠点を置く事業者が、他の国が打ち上げた宇宙物体に接近・捕獲して除去することを認めるには法的な課題がある。このような運用に対応するためのグローバルな規制の策定は、新しい市場とビジネスチャンスを開くために不可欠なステップだ。

D-Orbitを含む48の団体およびその他の政府や業界の関係者は、2019年にSpace Safety Coalition(宇宙安全連合、SSC)を結成し、宇宙事業の長期的な持続可能性のためのベストプラクティスを積極的に推進している。SSCは、宇宙事業全体の長期的な持続可能性のためのベストプラクティスとして、打ち上げ時や軌道上での衝突の回避、宇宙船やデブリの再突入による人的被害の最小化、無線周波数妨害(RFI)イベントの影響の最小化などのガイドラインを策定した。

この業界主導の持続可能性への取り組みは、すべての宇宙関係者が採用する必要がある。宇宙経済の発展や規制の方法は、長期的な影響を及ぼすことになり、失敗を避けるためのタイムリミットは急速に迫っている。

人類の宇宙での活動能力を向上させ、私たち全員にまだ想像もつかない機会をもたらすためには、インフラ、ベストプラクティス、ガバナンスの整備を早急に進める必要がある。

編集部注:本稿の執筆者Luca Rossettini(ルカ・ロッセッティーニ)氏は、D-Orbitの創業者兼CEO。

画像クレジット:Bernt Ove Moss / EyeEm / Getty Images

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(文:Luca Rossettini、翻訳:Dragonfly)

【コラム】美的Vlogの大統一理論

まだパンデミックが始まったばかりの頃のこと。5人のルームメイトとともに薄暗いブルックリンのアパートで暮らしていたRian Phin(リアン・フィン)氏は、ストレスの多い仕事から一時解雇され、コンテンツの制作も思うように捗らず悩んでいた。やがて、天井が高く大きな窓が配された美的感覚が優れたアーティストロフトに引っ越したことで、同氏はようやく自分の生活を美しく演出したライフスタイルコンテンツを作ることに成功した。

若い頃からTumblr(タンブラー)で有名なファッションブロガーとして活躍し、現在はYouTube(ユーチューブ)で7万人以上のフォロワーを持つフィン氏。自身を「審美眼の持ち主」と名乗る彼女や多くの人々にとって、美的Vlog(ビデオブログ)とは、膨大な量の情報をすばやく処理して「美的な」ものへとまとめ上げる能力を披露する場である。美的Vlogのタイトルで最も人気があるのは、ライフスタイルそのものに沿った内容のもので、例えば「一緒にお出かけの準備を」「私が今日食べたもの」「お部屋を大公開」「私の朝の習慣」「おうち時間の朝の習慣」などがある。バンライフ本の紹介勉強、ウェルネス、ファッションなどジャンルが何であれ、これらのVlogの中核にあるのは、商業化されたメインストリームのインフルエンサーたちによって作り上げられてきた憧れの存在というものを拒絶する美学なのである(戦略や目的は同じようなものなのだが)。

しかしファッションサイトのSsense(エッセンス)で購入したルックやブラックを多く用いたフィン氏のスタイルは、他の美的ブイロガーたちとは一線を画している。同氏がメールで筆者に教えてくれたところによると、同氏の感性は他のプレイヤーたちと重なる部分はあるものの、かわいいものやガーリーなものは本質的に「市場性」が高く「売れるもの」であるため、そういったものは意識的に避けるようにしているという。「そうすることでブランドがビデオのスタイルに合わせて、商品やデジタルなどの広告キャンペーンを展開してくれるようになります」。

情報や映像の見せ方に注意を払うことはあっても、大抵の人は美的価値よりも機能を優先させる傾向にある。しかし美的ブイロガーは違う。彼らはインターネットを美的対象として捉えて評価し、いかに見た目が美しいか、またはかわいいかを最も重要な要素としている。

無限にカスタマイズできる時代(Myspace、Tumblr、Neopets、Live Journal)は終わり、現代の美意識の高い人たちには、中期から後期にかけてのファッションブロガー(Lookbook.nu、The Sartorialist、Style Bubbleなど)や、2010年代のビューティーグルたちが残したコンテンツの空白を創造的に埋めるというタスクが課されている。

ファストファッションとデジタルショッピングがもたらしたトレンドサイクルの短縮化によって大量発生した無限コンテンツの世界では、もはやファッションブロガーが公共の場の壁の前でその日のルックを記録したり、ビューティーブイロガーがメイクアップについて議論したりする必要がない。突然変異的な形態である美的ブイロギングでは、High Fashion Twitter(ハイファッション・ツイッター)のようなサブカルチャーからEtsy(エッツィー)やDEPOP(ディポップ)のような販売プラットフォームまで、インターネット上のファッションに焦点を当てたさまざまなエリアが重なり合いながら、これらすべてを組み合わせているのだ。

世に出た新しくて美しいものをうまくコラージュするというのが基本の考え方であり、その根底には統一された美学が存在する。手書き風の筆記体のカラフルなサムネイル用フォントにポップな雰囲気のカラーパレット、かわいい洋服にすてきインテリアというところか。

フレンチガールのクールさや、なりたい自分を演出した理想の女性像を崇拝する美的ブイロガーも少なくない(参照:「That Girl」トレンドNotionアプリのチュートリアル)。

女性らしい身繕いに精を出し、食事や用事、社交、化粧、エクササイズなどの日常的な作業をカメラに収めて理想的かつ共感を持たれる「影響力」を振りまいて、あらゆるセルフケアが生産性や仕事と区別できない状況にあるにもかかわらず、頑張るという行為には不満を持っている(「I Don’t Dream of Labor(労働は目指さない)」のトレンド)。美的ブイロガーが、より明確な労力を必要とする他の種のインフルエンサーと異なるのは、彼らの放つ気楽さと、実際には収入という同じ結果をもたらす労働の一形態である労働を否定していることにある。

Elena Taber(エレナ・テイバー)、Jenny Welbourn(ジェニー・ウェルボーン)、Orion Carloto(オロオン・カルロト)などの最も有名な美的ブイロガーたちは、年齢や文化的環境の違いを超えて、ものや興味の集合体として自分自身を表現し、スプレッツァトゥーラ(「計算され尽くした無頓着さ」)とかわいらしさを融合させているのだ。古着、デザイナーズ、アップサイクル、コーチからのギフト(例えば個性的な小物やDetroit Floydのベッド)などのアイテムや、ヨガ、読書、映画写真などの興味にまつわる個性や歴史すべてが彼らを作り上げている。

スプレッツァトゥーラはこんな感じで小馬鹿にするのである。「15世紀の宮廷人とAlexa Chung(アレクサ・チャン)と最先端のデザイン会社が一緒になって努力しているように見える、意図的なデザインとキュレーションね。一体どうしてこんなことになるのかな。ははは」。努力の証は失敗であり、何も気にしていないように見えることが重要なのである。

これを見事に演出してくれるのが、ミニマルな白い壁とダークウッドのトリムとのコントラスト、むき出しのレンガ、質感、ダウンタウンクールな雰囲気、合わせガラスのテーブル、ラッカー仕上げのフローリング、パイン材の床に広げられ積み重ねられた本、1960年代から1980年代のパリやイタリアのモダニズムデザイン、ミッドセンチュリーモダンの家具や小物、アシンメトリー、高い天井、適当に投稿したように見せかけたエフォートレスなInstagram(インスタグラム)の「フォトダンプ」、レイヤリング、手描きやハンドメイドのもの、フィルム関連、アートコレクション、レコードコレクション、編み込みスローピロー、計算され尽くした散らかり方、フィルターなしの低解像度の自撮り写真、ブラウンやベージュの世界、自然光、植物や花など自然界への感謝、ハイパーリアルな個人主義、流行への雑食性、古着によるカウンターシグナリングなどである。

かわいらしさというのは、遊び心のあるガーリーな身振り、親密な雰囲気やアイテムの他、決してキャンプでもキッチュでもない、マキシマリズムなピンクや緑、黄色など、遠慮のないカラーパレットによって演出されている。

B21によるKOYAのぬいぐるみやキノコのランプなどのキュートなインテリアが、ボヘミアンデザインの個性と目新しさの中に入り混じっている。それは、さりげなく美しい生活品の中に生きる彼らの生活の記録であり、美的センスを厳選してコラージュすることであり「Instagramを再びカジュアルに」というムーブメントであり、大人になったオルタナ系女子の必死の自己表現なのである(ライフスタイルよりも教育的な観点からチャンネルを運営している美的ブイロガーたちは、既存のオルタナ系女子の持つべき美意識を事細かに描写し、執拗にカタログ化している)。

ヨーロッパで育ったMadelynn De La Rosa(マデリン・デ・ラ・ローザ)氏29歳は、ハイクオリティな映像コンテンツで人気の美的ブイロガーの1人である。3年ごとに軍事基地を転々とするという幼少期を過ごしたこともあり、美に対して幅広い視野を持つようになった同氏は、メイクアップ、映画、ファッション、アートなど、どの土地や文化でも適応できるあらゆることに興味を持つようになった。

彼女のYouTubeチャンネルでは、彼女の人生をアーティスティックかつロマンチックに表現した、手の込んだ美意識の高いVlogが公開されている。映像の中では美しく装飾されたスペイン風のアパートや、友人とビーチに出かける様子、持続可能なファッションやビーガニズムなどのテーマについての談話が繰り広げられている。

デ・ラ・ローザ氏は女性としての平凡さやスリルを記録し、それを美化する方法として自分の映像を記録し始め、芸術的に実体化しているのである。

10万人のフォロワーを獲得した後、Michelle Phan(ミシェル・ファン)氏が経営するIpsy(イプシー)から3年間の美容コンテンツ制作の契約を与えられたデ・ラ・ローザ氏。ロサンゼルスに引っ越すことになり、それから6年間をその地で過ごした。

しかし2020年のロックダウン中、デ・ラ・ローザ氏はフィン氏と同様、美しいコンテンツを制作することができず頭を抱えていた。人生の中の美しいものに対して、ここに来てもやはり真面目に取り組んではいけないのだろうか。しかしデ・ラ・ローザはこの前例のない時期こそ、成長のチャンスだと考えた。セルフケアを重視し、健康に配慮し、社会的にも距離を置いた、美しいライフスタイルを推進するVlogのあり方を考えたのである。

彼女の作った美しいコンテンツを見て褒め称えてくれる人々を、デ・ラ・ローザ氏は筆者との電話での会話の中でお茶目に真似てみせる。「どうしたらこんな素敵な生活ができるの?LAに生まれた時から住んでいるけど、こんなLA見たことない!」。

2019年、美的VlogはTikTok(ティックトック)やInstagramに移行し、世界的パンデミックの開始とともに注目を集めた。特に日常生活をロマンチックに描写した「主人公のエネルギー」的動画が人気を博すようになる。

主にZ世代の若者に浸透している美的Vlogコンテンツは、Emma Chamberlain(エマ・チェンバレン)氏をトップに押し上げたよりカジュアルなスタイルのライフスタイル・Vlogから発展したものだ。「エマ・チェンバレンは『That girl』の定義に近いものがありますが、彼女はあたかもそうなることを望んでもいないのになってしまった、という感じを演出しています」とメディアおよびYouTubeの専門家であるTiffany Ferg(ティファニー・ファーグ)氏はいう。

また、Z世代が作り上げてきた美学のほとんどには、彼らが生み出して普及させた用語が使用されている。Cringe-yやCringe(「イタい」や「ドン引き」)がCringeworthyに変わり、Aesthetic (美学や美的)は、かつては誤用だったものの今では「美しい」や「かわいい」という意味として使われている。もし何かが「Aesthetic」であれば、それは醜くなく、意図的にそうしているものなのである。また、Gaby Rasson(ギャビー・ラッソン)氏の造語である「Cheugy」という言葉はがんばりすぎているスタイルを指す。これらの用語はすべて美学に関連しており、態度や人々を表現するものなのである(「スターターパック」のミームが画像に一般的な記述を付け加えたのと同じように)。

新しいスラングの使い方に初めはとまどうが、やがて文化を牽引する若者たちのコンセンサスリアリティに誰でも適応できるようになる。自分の主観を、Z世代の思考、感情、関心事、不安、嗜好に合わせて再構成することを学んでいけば、長い間続いていた世代間の溝をなくすことができるだろう。

90年代半ばから2000年代初頭に生まれた人々が支配する市場トレンドを観察するミレニアル世代は、文化的に言えば、はるかに若い世代と大差ない存在となっている。その結果、若者がミレニアル世代に影響を与えるということを前提とした思い込みが人口統計学の崩壊をもたらし、後期資本主義下での女性性の過剰な優先順位付けが生じている。

若さを重要視する文化の中で、若者の文化的生産への固執は、女性性と美しさを若さと結びつけるという悲しい性質を悪化させるばかりである。キュートなスプレッツァトゥーラ精神は基本的には見ていて楽しいものだが、それを少しだけ崩し、通常女性らしさとは結びつかない被作用性を特権化している。ソーシャルメディアのフィードの一番下までスクロールした後に、かっこ悪くてダサい過去の自分に遭遇することによってもたらされる疲労感というどうしようもない現代の危機を、努力したという形跡、つまり失敗したという感覚を取り除くことによって軽減するのである。

くすんだピンクのアートプリントや大理石風デザインなど、ミレニアム世代の美意識に関連した大量生産のデザインや、洗練された贅沢で派手な消費は必然的に逆効果となる。

しかし本質的には、特に「かわいらしさ」が押し出されていると売れやすいというのは間違いない。リアン・フィン氏が自分の美学を市場に同化させないために、かわいらしさを取り除きたいという考え方は正しいのだろう。

しかし、かわいらしさとは見た目だけの話ではなく、非常に複雑なものである。理論家のSianne Ngai(シアナ・ガイ)氏は著書「Our Aesthetic Categories:Cute, Zany and Interesting」の中で「かわいらしさ」とは、消費性が高く、コピー可能で、女性特有の美的カテゴリーであり、無力感を「美化」して「エロティック」にすると主張している。私たちが老人をかわいいと思うのは、そのもろさのためであり、少女や女性にかわいらしさを押し付けるのと同じ理由なのである。そして少女や女性は意識的または無意識的に、自分自身をそのようにパッケージ化するのである。

例えばAudrey Tautou(オードリー・トトゥ)氏が演じるアメリや、Hello Giggles(ハローギグルス)の生みの親であるZooey Deschanel(ズーイー・デシャネル)氏、サンリオのハローキティなどのキャラクターは、非常に親しみやすく「かわいい」ものを見事に表現してみせている良い例だ。事実、彼らのように誰でもかわいくなれるのだ。美容と違って誰にでも手の届くものであり、飽和状態のクリエイター経済の中で、なんとか自分の居場所を確保しようとしているコンテンツクリエイターにとっては魅力的な領域なのである。

ジェニー・ウェルボーン氏 (YouTubeのスクリーンショット)

前述した、架空および実在の正統派キュートガールズは、現代のインターネット上で生まれた「it girl」やインフルエンサーたちと多少の摩擦をともないながらも共存している。ユーチューバーのAshley(アシュリー)こと@Bestdressedもその1人だ。倹約家の母親からサステイナブルなファッションを教わったという移民の少女によるコンテンツなのだが、彼女がAmazon(アマゾン)とのブランド契約を結んだことにより、それを理解できないZ世代の怒りを買っている。

情報密度の高い文化における市場ニーズと、Z世代が最も賢明な消費者であるという現実によって、思慮深く多才であるということが一種の前提条件のようなものになっている。インフルエンサーになる若者たちは、もはや影響を与えるというだけでは不十分なのである。

さらに彼らは、私は「おもしろい」のだということを証明しなければならない。これは「情報の美学」というもう1つの美的カテゴリーであり、ガイ氏は「Our Aesthetic Categories」の中で「個人とシステムの間のテンションがおもしろいという価値を補強している」と述べている。

こうした若い女性たちのモデルとなりうる存在なのがTavi Gevinson(タヴィ・ゲヴィンソン)氏だ。

文才に恵まれ、文化的にも鋭敏なゲヴィンソン氏は、当初ファッションブロガーとして登場し、やがてRookie Magazine(ルーキーマガジン)の編集長として活躍するようになる。彼女はYara Shahidi(ヤラ・シャヒディ)氏、Amandla Stenberg(アマンドラ・ステンバーグ)氏、Zendaya(ゼンデイヤ)、Willow Smith(ウィロー・スミス)氏など、同様にスマートで早熟なスターたちに影響を与えている(Tumblrで知り合ったスミス氏とステンバーグ氏は、ルーキーと類似しつつもより中心的ではない自分たちのためのスペースを作りたいと考え、強いビジュアル・アイデンティティを持つ若い女性アーティスト集団The Art Hoe Collectiveのメンバーとなった)。またこれは、人々の社会問題への意識が高まっていた時期と重なっており、この頃若い少女や女性の多くが、主流メディアでは見られない左派的な政治意識を展開し始めていた。新たなタイプの「it girl」の出現を象徴するゲヴィンソン氏は、これまでの「it girl」の前提条件(パッケージとして考えられた彼女の外見)を備えているだけでなく、パッケージの中にあらゆる種類の情報を忍ばせていたのである。

生まれつきのおもしろさに恵まれていない人にも、これが実現できるようだ。影響力にまつわるさまざまな領域の中で、この事実は映画「Ingrid Goes West(イングリッド -ネットストーカーの女)」のような偽者たちの基準を作り出しており、私はこれをTastefishing(テイスト・フィッシング)と呼んでいるのだが、彼らは俗物的な自分を暗号化して模倣というレイヤーをまとい、すでに起こっているミメーシスの引力を強めているのである。まるで半袖シャツの下に長袖シャツを着ることで、自分の個性を演出するかのように。

その例を挙げてみよう。Kendall Jenner(ケンダル・ジェンナー)氏は最近、テイストメーカーと呼ばれる、「高い神聖さ」や「高いステータス」を象徴するようなテイストを持つとされる人物となった。同氏のマネージャーであるAshleah Gonzales(アシュリア・ゴンザレス)氏が選んだ流行のフィクション小説や詩集と一緒にポーズをとり、男性の注意を引き、アートバーゼルから持ち帰った芸術品を自宅に飾り、自身のApple Radio(アップルラジオ)番組「Zaza World(ザザ・ワールド)」で古い曲を流す。5年前のVogue 73 Questions(ヴォーグの73の質問)で好きな映画に「Marley and Me(マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと)」と「The Notebook(きみに読む物語)」を挙げ、Tupac(2パック)をスピリットアニマルとして答えていた時とは大違いである。

しかし誰が彼女を責められようか。美人で金持ちであるだけではもはや十分ではないという状況下、ブックチューバーや美的ブイロガー、ゲヴィンソン氏の他、Kaia Gerber(カイア・ガーバー)氏、Emily Ratajkowski(エミリー・ラタコウスキー)氏、Emma Roberts(エマ・ロバーツ)氏など、スタイリッシュで文才があり、本好きで若い数え切れないほどの女性たちに遅れをとらぬよう、興味深い人物でなければならないというプレッシャーがあるのだ。

知的でおもしろい人物を演じる必要性、大きなアイデアに満ちた無限で漫然としたインターネットの世界をスタイリッシュに切り抜ける能力を示すことへの必要性は果てしない。この必要性によって彼らは圧倒的な情報量を、手に負えないものではなく、むしろ生成的なものに変えてしまい、ピクセルや16進コード、フォント、静止画、動画などの細かなディテールが私たちに美的感覚を与えるのである。

特に少女や女性などの美意識の高い人たちにとっては、イメージを重要視する文化の中で、YouTubeやTikTok、Snapchat、Instagramなどのパフォーマンス型のプラットフォームを介して自分のアイデンティティを演じることがより明白に求められている。そのため、視覚や聴覚、記憶、はかない感覚や印象の蓄積が生成的なものとなるのだ。

ライフスタイル系のインフルエンサーが憧れられるのは、それをマネタイズする能力があるからだ。ファンが彼らを尊敬するのは、自分も同じように生きたいと思うからだけでなく、自分の人生をマネタイズしたいと思うからなのである。

美的Vlogへの憧れは、美しいものに囲まれて優雅に生活したいという願望だけではなく、すべての静的なものを切り取り、溢れかえるものの中から美しくかつ売れるものを作り出す能力への願望なのである。オンライン上で美意識や経験を変化させたり、厳選したりするのに女性や少女ほど適した存在はいないだろう。結局のところ、彼らは「他人が自分を見る」のを見るという想像力を持っており、別の身体や経験の中にいるかのように自分自身を見つめる不思議な能力を持っているのだ。女たちの視線は、最先端のテクノロジーや男性の視線よりも優れた観察能力を持っているのである。

編集部注:本稿の執筆者Safy-Hallan Farah(セイフティ-ハラン・ファラ)氏は、TechCrunchの特別寄稿評論家。「Vanity Fair」「The New York Times」「Pitchfork」「NY Mag’s The Cut」などに寄稿している。

画像クレジット:Madelynn De La Rosa / YouTube

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(文:Safy-Hallan Farah、翻訳:Dragonfly)

【コラム】中国の次世代ハッカーは犯罪者ではない、それが問題だ

中国には、犯罪者たちが国家に代わってサイバースパイ活動を行ってきた長い歴史がある。犯罪者から政府のハッカーになった者が、中国の国家安全部(MSS)に所属することで訴追から守られ、中国のスパイ活動の多くを行っている。驚くべきことだが、これは今に始まったことではない。例えば2020年米国司法省が発行した起訴状によると、2人の中国人ハッカーによる同時多発的な犯罪・スパイ活動が、2009年にまで遡ることができるという。また別のケースでは、MSSハッカーの別働隊であるAPT41が、2012年に犯罪組織として始まり、2014年以降は国家スパイ活動を並行して行うように移行したとサイバーセキュリティ企業であるFireEye(ファイアアイ)が主張している。ともあれ、それ以降、中国は変化のための基礎を築いてきたと考えられるのだ。

2015年に始まった相次ぐ政策により、中国は契約を結んだ犯罪者たちを、大学からの新しい血で置き換えるようになった。2015年における中華共産党(CCP)の最初の取り組みは、大学のサイバーセキュリティ学位を標準化することだったが、このとき参考にされたのが米国の人材パイプラインを改善するための国立標準技術研究所(NIST)のフレームワークである「National Initiative for Cybersecurity Education」(NICE、サイバーセキュリティ教育のための国家プログラム)である。その1年後、中国は新たに「National Cybersecurity Talent and Innovation Base」(国家サイバーセキュリティ人材・イノベーション基地)を武漢に建設することを発表した。基地のすべての構成部署を合わせると、年間7万人がサイバーセキュリティのトレーニングと認証を受けることができる。

同様に、2017年には、中国のサイバースペース中央管理局が“World-Class Cybersecurity Schools”(世界レベルのサイバーセキュリティ学校)」という賞を発表した。このプログラムは、米国の一部の政府機関が大学をサイバー防衛や運用における”Centers of Academic Excellence”(優秀アカデミックセンター)として認定しているのと同様に、現在11校を認定している。しかし、犯罪に手を染めていない新たな人材を確保したからといって、中国の作戦が変わる理由にはならない。

国家のハッキングチームを専門化する取り組みは、習近平国家主席の政治的目標である汚職の削減にも直結している。習近平氏が最近行った中国の国家安全保障機関の粛清は、政府の資源を利用して役人が私腹を肥やすことのリスクを示したものだ。契約ハッカーとその指示者との関係そのものがまさに、習近平氏が徹底した反腐敗キャンペーンの対象としてきた私腹を肥やす行為なのだ。

熾烈が増す環境の中で、国際的な反感を買ったり、海外で訴追されるようなオペレーションを行っている役人は、ライバルに寝首をかかれる可能性がある。内部調査員に狙われた職員は「黒監獄」に収監されてしまうかもしれない。中国の国家保安機関は、腐敗官僚を排除し、ハッカーを直接雇用することで、地下のハッカーとの関係を切り捨てていくだろう。

これらの施策の意味するところは、世界の企業や諜報機関が防御を続けてきた中国のハッカーたちが、10年後にははるかにプロフェッショナルな存在になっていることを示唆している。

より有能となった中国は、現在の中国とは異なる行動をとるだろう。中国公安部は、その犯罪行為やスパイ活動を隠すために不正なハッカーに依存していることから、一部のサイバー犯罪者の中国での活動が問題になっているにもかかわらず、それを容認している。犯罪行為が常態ではなくなれば、中国の国家保安機関はこれらの活動を組織内に移すことができるようになる。なぜなら政府のスパイ活動は国際関係上認められた行動だからだ。その結果、中国公安部はサイバー犯罪者に対してより多くの作戦を行うことが可能になる。アナリストは、戦術の変化を示す良い指標となる、内部に焦点を当てたこのような反犯罪活動の強化に注目すべきだろう。

このような中国のサイバー能力の変化は、標的となる国や団体のリストが増えるにつれて、海外でも感じられるようになるだろう。国家ハッカーの数が増えれば、長い間低迷していたスパイ活動が再び注目されることになるだろう。中国のハッキングチームはすでに最高レベルに達しているので、これらの作戦は過去のものよりも「洗練」されたものにはならないだろう。しかし、その頻度は高くなるだろう。

中国の保安機関に支えられたハッキングが着実に犯罪性の皮を脱ぎ捨てていく中で、今後10年間は、契約ハッカーや国家と関係する者が行うサイバー犯罪は減少していくことが予想される。しかし、このような凶悪な行為からの脱却は、スパイ活動や知的財産権の窃盗の増加と対になっている。あとから振り返れば、中国が犯罪者ハッカーに頼っていたことは、腐敗していて素人同然だった古い体質のMSSの名残のように見えるだろう。

この変化は徐々に進むと思われるが、保安機関内での取り締まりの噂や、犯罪グループの消滅や起訴の報告などの、一定の兆候を見ることができるだろう。時間の経過とともに、既存の犯罪者とハッキングスパイチームの間で、技術的な内容が徐々に分離されていくことが予想される。

しかし、スパイ行為そのものはルール違反ではないので、米国の政策立案者は、政府機関、防衛産業基盤、重要インフラ事業者などのサイバーセキュリティに引き続き優先的に取り組む必要がある。ホワイトハウスはすでにこの方向に進んでおり、2021年8月にはサイバー政策についてNATOの同盟国を集め、50万人分のサイバーセキュリティ関連の求人が必要であることを確認した。その一部として、米国国家安全保障局(NSA)が、システム全体のサイバーセキュリティを高めるために、2021年の初めに「Cybersecurity Collaboration Center」(サイバーセキュリティ協力センター)を立ち上げている。米国ではすでに、CyberPatriot(サイバーパトリオット)のようなコンテストを利用して、学生たちをよく整備されたサイバーセキュリティの人材パイプラインに送り込んでいる。サイバーディフェンスの認定を受けたコミュニティカレッジでの、再教育を目的とした新しいプログラムを作ることは、既存のリソースを活用することになるものの、米国内で幼稚園から高校までの教育を受けてこなかった新しい学生も惹きつけることになるだろう。

何よりも、政策立案者は警戒を怠ってはならない。中国が犯罪者を利用しなくなったからといって、その脅威がなくなったわけではない、ただ変化しただけだ。米国政府は、中国の次世代ハッカーに対抗するために、あらゆる選択肢を真剣に検討する準備をしなければならない。

編集部注:著者のDakota Cary (ダコタ・カリー)氏は、ジョージタウン大学のCenter for Security and Emerging Technology(CSET)のリサーチアナリストで、同センターのCyberAI(サイバーAI)プロジェクトに従事している。TechCrunch Global Affairs Projectは、ますます密接になっているハイテク分野と世界の政治との関係を検証している。

画像クレジット:ilkaydede / Getty Images(画像修正済)

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(文:Dakota Cary、翻訳:sako)

【コラム】ダイバーシティに関するデータが透明性を欠いている理由

テクノロジー業界では、ダイバーシティが大きな話題となっている。FacebookやGoogleなどの企業が企業文化の向上を目指し、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンへの取り組みを行っている。しかし分析によると、DEIを推進しているとされるこれらの企業では、こうした取り組みにもかかわらず、過去10年間でダイバーシティに大きな変化は見られなかった。

2010年代に入り、多くのハイテク企業が透明性を示すために年次のダイバーシティに関する報告書を公開したが、データを見てみると問題が浮かび上がってくる。報告書は、ダイバーシティの数値の増減を記載していることが多いが、企業が具体的な変化を起こすのに役立つデータを分析できていないことが多いのだ。

データを活用し、ダイバーシティに影響を与えるシステムを深く掘り下げる

これらの報告書に記載されているデータは、結果を示すものだ。企業がダイバーシティにおける測定分野(人口統計学的コミュニティが一般的だ)において成長したのか、衰退したのかがわかる。しかし、なぜそのような結果になったのか、システムのどの段階で失敗しているのかはわからない。

したがってこれらの報告書は、改善されたプロセスやシステムを測定するという、説明責任の強力な効果を逃しているのだ。

一例として、ある企業のマーケティングデータを見てみよう。

大企業がマーケティングファネルを最適化しようとするとき、マーケティングプロセスのあらゆるレベルのデータを見ることがある。例えば、外部のマーケティング活動から得られるインプレッション数を推定したり、広告からウェブサイトへのコンバージョン数を数値化したり、ウェブサイトの訪問者のうち何人が顧客に転換したかを計算したりする。これらの情報は、パフォーマンスを最適化し、売上を増加させるために定期的に使用される。そしてこれらの情報は、企業が成功するためには収益の創出が不可欠であることをリーダーたちは知っているため、優先的に使用される。

リーダーは採用システムのすべての段階でデータを記録し、分析すれば、採用段階で質の高い分析を行うことができる。データセットには、すべての交流ポイントにおける以下の(しかしこれに限定されない)人口統計学的情報が含まれるだろう。

  • 求人広告のインプレッション数
  • ソーシングチャネルを通じて特定された候補者
  • 面接に来た候補者
  • 面接官による評価結果
  • 内定および承諾された内定

それからリーダーは、プロセスの各段階で、就職可能な人材と少なくとも同等の人口構成のコミュニティを確保することができる。そして結果の改善のために(毎年ではなく)、このデータを利用して、優先的に定期的にシステムに変更を加える必要があるだろう。

採用活動はその一例に過ぎず、他にもさらに有益なダイバーシティデータを活用できるビジネス分野はある。

情報の実用化

リーダーは、説明責任を果たすための情報やより高い公平性と包括性を実現する情報を公開することで、データを実用的なものにするという選択ができる。

以下の各項目の共有を検討してみて欲しい。

  • 人口構成別の給与の透明性と給与の公平性
  • エンゲージメントとインクルージョンのデータ(人口構成別)
  • 人口構成別の昇進率
  • 人口構成別の定着率

このような提言をすると、ジェネラルカウンシルは不安になるかもしれない。しかし、人材、文化、エクイティの分野でイノベーションを起こしている企業は、こうした透明性と説明責任の領域に踏み込んでいる。

さらに、これらのデータを公開することで誠実さを全面的に打ち出している組織は、ダイバーシティを中心とした帰属意識の高い文化の構築に向けて大きく前進している。

データの透明性とデータの説明責任は別物である

私たちはよく、何かを測定できるなら、それを変えることができると信じている。しかし、測定だけでは変化はやって来ない。測定可能な変化に対してステークホルダーに責任を持たせながら、適切なデータ要素を測定することが極めて重要だ。

これが営業ではどうなるのかを考えてみて欲しい。

営業チームは、収益目標の達成に貢献したかどうかで個人の業績を評価する。結果を出さなければ仕事を失うリスクがある。なぜなら失敗すればビジネスに悪影響を及ぼすからだ。

DEIでも同じように、業績評価の目標の一部として、四半期ごと、あるいは毎年、具体的な結果を出すことに責任を持つリーダーが出てくるだろう。だが残念ながら、何が起こったかを報告するだけでは、リーダーたちが結果に有意義な影響をもたらすプロセスを変えるためにさらに行動するようにはならない。

低い数値を基準にしても変化は起こらない

ダイバーシティの報告書では、自社の過去の指標、業界全体、同規模の企業、または地域全体(米国など)に対し、毎年のデータを基準とすることがよくある。このような方法で進捗を測定すると、少しずつの進歩が実際の成果よりも大きく見える。リーダーはこのデータを見て、自分たちは業界標準を満たしているということはできるが、業界の進歩率がごくわずかであれば、それはただ結果を改善する責任がなくなるだけだ。何十年もの間、企業はダイバーシティを正しく理解していなかったのに、なぜその標準以下の実績を基準にするのだろうか?

簡潔にいうと、低い実績を基準にするのはお粗末な行為だ。

基準を設けるなら、少なくとも、ダイバーシティとそのコミュニティに関して上位4分の1に入る成績を収めている企業を基準とすることで、真の意味での改善を目指すことだ。しかしこれによってまたハードルが上がり、リーダーにはより戦略的になることが求められる。

さらに重要なことは、企業は利用可能なタレントプールを(米国の労働統計局のデータや、人口構成や専攻分野別の卒業率を利用しながら)基準として、地理的、業界的、職種的に人材の数が少ない箇所を特定することだ。

例えば、コンピュータサイエンスを専攻した女性の卒業率は、ほとんどの企業における新入社員レベルのソフトウェアエンジニアリング職に就いている女性の割合を大幅に上回っている。

しかし、米国の労働統計局のデータでさえ、誰が雇用対象なのかに関する前提条件に依存しており、真に雇用可能な人々の全体像を除外してしまうという欠陥がある。このことから、これらの基準と地域の人口データを組み合わせれば、効果を示す別のデータセットとして利用することもできる。

もしハイテク企業が、組織内で現在起こっていることについてのデータだけでなく、システミックな偏見が、組織にアクセスできない多様な人材に対してどのような影響を与えているかを示すデータを公開すれば、そのような報告書が行動変革の動機となり、自分たちの組織の成果を向上させたいと考えている他の業界の読者にとって価値のあるものになるかもしれない。

編集部注:本稿の執筆者Fran Benjamin(フラン・ベンジャミン)氏はGood Works Consultingのマネージング・パートナー。Monique Cadle(モニーク・キャドル)氏は、Good Works Consultingの創立パートナーであり、Delfi Diagnosticsの人材担当VP。

画像クレジット:A-Digit / Getty Images

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(文:Fran Benjamin、Monique Cadle、翻訳:Dragonfly)

【コラム】米国によるテックの「中国排除」は利益より害の方が大きい

地政学的な意味よりも、成長のほうをはるかに重視するテクノロジー分野では、米中間の「分離」を推進することは、回避できない脅威をもたらす。分離という概念があいまいであるため、その危険性は増すばかりだ。

米国の中国不信、とりわけテクノロジー分野における不信は今に始まったことではない。10年ほど前のオバマ政権時代に、議会は、Huawei(ファーウェイ)とZTEを米国の通信市場から締め出す処置を取った。

しかし、ジョージ・W・ブッシュとバラク・オバマ政権時代には、中国との対話が広く推進され、2大経済大国で妥協点が見いだされた。中国がグローバル経済のリーダーとして台頭し、米国の重要な貿易相手として地位が高まると(1989年には米国輸入総額における対中国貿易量は2.5%だったが、2017年には21.6%とピークに達した)、中国を米国主導のグローバル貿易システムに組み込もうとする動きが出てきた。2005年には、国務副長官Robert Zoellick(ロバート・ゼーリック)氏が、グローバルな貿易システムへの中国の参入を受け入れることによって、このシステムは機能し続けるという仮定の下で「責任あるステークホルダー」としての中国という考えを提唱した。

その少し前、米国は中国の世界貿易機関(World Trade Organization)への2001年加盟に同意した。この時期は転換点として見られることが多いようだが、実際には単なる通過点に過ぎなかった。その年、米国の総輸入額に占める中国の割当はすでに9.0%に達していた。さらに、中国製品の輸入額の増大は、アジア貿易のリバランスに大きな影響を与えた。1989年から2017年の間に、米国総輸入額に占めるアジア諸国(中国も含む)の割当は42.3%から45.2%に増大したに過ぎなかったのだから。中国の相対的な成長は日本やマレーシアなどの国々のシェアを奪う結果となり、アジアにおける勢力バランスが書き換えられた。この変化は、標準的な貿易会計処理によって誇張もされた。中国で完成し、中国の付加価値を10%しか含まない製品でも、貿易統計では100%中国製とみなされるからだ。

製造国がどこであれ、重要なのは十分に成熟したアジアのサプライチェーンに中国が主要プレイヤーとして組み込まれたということだ。しかし、関係は深まっていたが経済システムがまったく異なるため、米中間の隔たりは蓄積していった。トランプ政権下では、新たな貿易障壁のほうが優先され,、対話は後回しにされた。米国が中国からの輸入品に数千億ドル(数十兆円)の関税を課すると、中国側も米国製品の関税を引き上げて対抗した。トランプ政権の関税政策は当初、最終的な政治目標を達成するための一時的な手段とみなされていたが、トランプ政権内部には、2国間の貿易量が減少することに価値を見いだしていた有力な政策立案者もいた。

トランプ政権で国家安全保障顧問代理を務めたMatthew Pottinger(マシュー・ポティンガー)氏は後に次のように書いている。「主要な米国機関、とりわけ財務およびテクノロジー関連の各機関は、数十年に渡る『深い関係性』(つまり、何よりもまず経済協力と貿易を優先する対中政策)によって自己破壊的な習慣に陥ってしまったのです」。そして、そこから抜け出すには「ハイテク分野で主導権を握るという中国の野心をくじくために」大胆な策を取るべきだとしている。バイデン政権は最近、長期に渡る検証の結果、トランプ政権の関税政策を維持すると発表し、議会はテクノロジー面での脱依存を支援するイニシアチブへの資金供給を後押ししている。中国への依存、とりわけテクノロジー面での依存を減らそうとするこうした動きは、広い意味で中国との「分離」になると考えられる。

米中間の分離を求める新たな声が強まっている現状を見ると、分離という言葉は明確に定義されていると思うかもしれない。だが、少し考えてみれば、この言葉は明確さに欠けることが分かる。もちろん、上記の関税障壁によって米中間の貿易量は減少する方向へと向かうだろうが、そもそもこの政策の着地点はどこなのだろう。

分離とは、米国が海外からの、および海外への直接投資を控えるということなのか。米国債の購入などポートフォリオ投資も禁止するのか。米国は中国企業によって製造された最終製品の輸入を回避するべきという意味なのか。中国で生産活動をしている欧州の企業についてはどうするのか。中国国外で製造しているものの、中国製の部品を使用している欧州や米国の企業はどうするのか。あるいは、中国市場で販売しているため、おそらく、中国の影響を受けていると思われる企業についてはどうするのか。

米中2大経済大国間の広範に渡る経済関係を考えてみれば、この2大国を完全に切り離すことなど不可能だということがわかる。中国を排除しようとしても、おそらく、勢力関係のリバランスが起こるだけで、中国がサプライチェーンから消えることなどありえない。これは、EU各国などグローバルな経済大国が、中国との分離など、たとえ漠然であっても考えてないことからも、間違いのないところだ。

このように米中の分離というものの性質が漠然としていることは、テクノロジー分野にとってとりわけ大きな脅威となっている。数十年に渡って、規模の経済性を活かし、製造コストを下げることを追い求めた結果、テクノロジー分野では製品のグローバルな製造が高度に統合されていった。特に、半導体など、最近登場した競争の熾烈な分野では、大規模な投資を事前に行う必要がある。そのため、急激なルール変更の影響を特に受けやすい。政策立案者たちは、サプライチェーンの中断という困難な時期に(分離という)疑わしい概念に実体を与えようと躍起になっている状況だ。議会が提案しているいくつかの法案のように、そうした分野に膨大な補助金を支給するという政策は魅力的に思えるが、日本などの国が同じように自国の企業に補助金を支給して対抗してくると、その効果は失われる。

米国が上記の質問に対して過激な答えを返し、中国との分離について絶対主義的な立場を取れば、米国は自国の技術力を損ない、グローバルな部品調達競争への参戦を自ら拒否し、他国に力を与えることになるだろう。現時点で政治的に実行可能な唯一の代替策として考えられるのは、米国が穏健な立場をとり、中立的な立場を模索するというものだ。そうなると、ルールは常に進化し予測不能となる可能性が高い。

いずれにしても、米中分離の支持者たちはこうした動きは非生産的であると気づくことになるだろう。その結果、戦略的政策に関する懸念を解決するどころか、米国のテクノロジー分野でのリーダーシップの翳りが真っ先にもたらされることになるだろう。

編集部注:本稿の執筆者Phil Levy(フィル・レビー)博士は、Flexportのチーフエコノミスト。それ以前は、ホワイトハウスや国務省で国際経済政策を担当していた。

画像クレジット:xPACIFICA / Getty Images

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(文:Phil Levy、翻訳:Dragonfly)

【コラム】AIのトレードオフ:強力なパワーと危険な潜在的バイアスのバランス

新たなAIツールのリリースが続く現在、有害なバイアスが存続するリスクがますます高まっている。特に、今までAIアルゴリズムのトレーニングに使用されてきた社会的・文化的規範の多くが改めて認識された2020年以降、このリスクは増大し続けると考えられる。

膨大な量のトレーニングデータを元に本質的に強力な基本モデルがいくつか開発されているが、有害なバイアスのリスクは残存している。私たちはこの事実を認識する必要がある。

認識すること自体は簡単だろう。理解すること、そして将来のリスクを軽減することははるかに困難だ。AIモデルの開発にともなうリスクをより正しく理解するためには、まずバイアスの根源を確実に知る必要がある。

バイアスの隠された原因

現在のAIモデルは、事前に学習されたオープンソースであることが多く、研究者や企業はAIをすばやく導入し、個々のニーズに合わせて調整することができる。

このアプローチではAIを商業的に利用しやすくなるが、真の弱点もここにある。つまり、業界や地域を問わず、AIアプリケーションの大半が一握りのモデルに支えられているのだ。これらのAIモデルは、検出されていないバイアス、あるいは未知のバイアスから逃れられず、これらのモデルを自分のアプリケーションに適応させることは、脆弱な基盤の上で作業することを意味する。

スタンフォード大学のCenter for Research on Foundation Models(CRFM)が最近行った研究によると、これらの基本モデルやその基礎となるデータに偏りがあると、それが使用されるアプリケーションにも引き継がれ、増幅される可能性があるという。

例えばYFCC100MはFlickrで公開されているデータセットで、一般的にモデルの学習に利用される。このデータセットの人物画像を見ると、全世界(であるはず)の画像が米国に大きく偏っていて、他の地域や文化の人々の画像が不足していることがわかる。

このように学習データに偏りがあると、AIモデルの出力に、白人や欧米の文化に偏るといった過小評価や過大評価のバイアスがかかる。複数のデータセットを組み合わせて大規模なトレーニングデータを作成すると、透明性が損なわれ、人や地域、文化がバランス良く混在しているかどうかを知ることがますます困難になる。結果として重大なバイアスが含まれたAIモデルが開発されてしまうのは当然と言えるだろう。

さらに、基本となるAIモデルが公開されても、通常、そのモデルの限界に関する情報はほとんど提供されない。潜在的な問題の検出はエンドユーザーによるテストに委ねられているが、このステップは往々にして見過ごされる。透明性と特定のデータセットの完全な理解がなければ、女性や子ども、発展途上国の出力結果が偏るといったAIモデルの限界を検出することは困難だ。

Getty Images(ゲッティイメージズ)では、さまざまなレベルの能力を持つ人、性的流動性、健康状態など、実存して生活している人物の画像を含む一連のテストで、コンピュータビジョンモデルにバイアスが存在するかどうかを評価している。すべてのバイアスを検出することはできないが、包括的な世界を表現することの重要性を認識し、存在する可能性のあるバイアスを理解し、可能な限りそれに立ち向かうことが重要だと考えている。

メタデータを活用してバイアスを軽減する

具体的にはどうすれば良いのだろうか?Getty ImagesでAIを使用する際は、まずトレーニング用データセットに含まれる人物の年齢、性別、民族などの内訳を確認することから始める。

幸いなことに、Getty Imagesがライセンスを供与するクリエイティブコンテンツでは、モデルリリース(写真の被写体による当該写真を公表することへの許諾)を要求しているので、この確認が可能である。そして、写真のメタデータ(データを記述する一連のデータ、データに関するデータ)に自己識別情報を含めることで、Getty ImagesのAIチームは何百万枚、何千万枚もの画像を自動的に検索し、データの偏りを迅速に特定できる。オープンソースのデータセットは、メタデータの不足によって制約を受けることが多い。複数のソースのデータセットを組み合わせてより大きなデータセットを作ろうとすると、メタデータの不足という問題はさらに悪化する。

しかしながら、現実としては、すべてのAIチームが膨大なメタデータにアクセスできるわけではないし、Getty Imagesも完璧ではない。より強力なモデルを構築するためにトレーニングデータセットを大きくすればするほど、そのデータに含まれる歪みやバイアスの理解は犠牲になってしまう、という本質的なトレードオフが存在するのだ。

世界中の産業や人々がデータに依存している現在、AI業界はこのトレードオフを克服する方法を見つける必要がある。鍵となるのは、データを中心としたAIモデルをもっと注視していくことであり、その動きは徐々に活発になっている

私たちができること

AIのバイアスに対処するのは簡単ではなく、今後数年間はテクノロジー業界全体で協力していく必要があるが、小さいながらも確実な変化をもたらすために、実務者が今からできる予防的な対策がある。

例えば基本となるモデルを公表する際には、その基礎となったトレーニングデータを記述したデータシートを公開し、データセットに何が含まれているかの記述統計(データの特徴を表す数値)を提供することが考えられる。そうすれば、ユーザーはモデルの長所と短所を把握することが可能で、情報に基づいた意思決定を行えるようになる。このインパクトは非常に大きいはずだ。

前述の基本モデルに関するCRFMの研究では「十分なドキュメンテーションを提供するための、コストがかかり過ぎず、入手が困難ではない適切な統計情報は何か?」という問題が提起されている。ビジュアルデータでいえば、メタデータとして年齢、性別、人種、宗教、地域、能力、性的指向、健康状態などの分布が提供されれば理想的だが、複数のソースから構成された大規模なデータセットでは、コストがかかり過ぎ、入手も困難である。

これを補完するアプローチとして、基本モデルの既知のバイアスや一般的な制約をまとめたリストにアクセスできるようにする。簡単にアクセスできるバイアステストのデータベースを開発し、そのモデルを使用するAI研究者に定期的にアクセスしてもらうこともできるだろう。

この例としては、Twitter(ツイッター)は先ごろ、AIのエキスパートにアルゴリズムのバイアスを検出してもらうというコンペを開催した。繰り返しになるが、認識と自覚はバイアスを緩和するための鍵である。このコンテストのような取り組みが、あらゆる場面でもっと必要だ。このようなクラウドソーシングを定期的に実践すれば、個々の実務者の負担も軽減することができる。

まだ答えがすべて出ているわけではないが、より強力なモデルを構築していくためには、業界として、使用しているデータをしっかりと見直す必要がある。強力なモデルではバイアスが増幅されるから、モデル構築の際に自分が果たすべき役割を受け入れなければならない。特に、AIシステムが実際の人間を表現したり、人間と対話したりするために使用される場合は、使用しているトレーニングデータをより深く理解する方法を模索することが重要だ。

このように発想を転換すれば、どのような規模でもどのような業種でも、歪みをすばやく検出し、開発段階で対策を講じてバイアスを緩和することが可能だ。

編集部注:本稿の執筆者Andrea Gagliano(アンドレア・ガリアーノ)氏は、Getty Imagesのデータサイエンス部門の責任者。

画像クレジット:Hiroshi Watanabe / Getty Images

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(文:Andrea Gagliano、翻訳:Dragonfly)

中国のコンピューター革命で徹底した改造が行われた経緯、常に「アルファベット」という限界に挑戦してきた中国の技術者たち

前回のエッセイでは、何万という中国語の漢字を、それよりはるかに小さいアルファベット記号システムを処理するために設計されたメモリシステムに収めようとするコンピューターエンジニアたちの前に立ちはだかったさまざまな奥深い問題について説明した。

今回は、漢字の出力、つまり、モニター、プリンター、および関連周辺機器に関する問題に目を向ける。欧米で製造されたパソコンやコンピューター周辺機器に中国語のテキストを表示させようとするエンジニアの前にさらなる問題が立ちはだかった。

関連記事:中国語パソコン1号機を実現した技術者魂、限られたメモリに数千の漢字を詰め込むためSinotype IIIの発明者は限界に挑む

「周辺機器」というと一種の脇役的な機能を提供するものと思われがちだが、実は中国では、周辺機器はコンピューティングの中心的な存在であり続けた。それは、1970~80年代に中国語コンピューティングが直面した厳しい制約の時代から、1990年代以降の大幅な進歩と成功の時代まで、すべての時代に当てはまる。

1980年代に消費者向けPCが普及し始めた頃には、欧米製のPC、プリンター、モニター、オペレーティングシステム、その他の周辺機器は、少なくともそのままでは、漢字での入出力を処理できなかった。それどころか、筆者が行った別の調査によると、こうしたすべての装置には、初期の頃の電信符号や機械式タイプライターなどに見られるような英語とラテン語のアルファベットを偏重する傾向があった。

その後、1980年代後半には、中国および中国語を話す地域では、徹底的にハッキングと改造が行われた。中国およびその他の地域のエンジニアたちは、欧米で製造されたコンピューティングハードウェアおよびソフトウェアを要素ごとに中国語対応に改造した。この時期は、誰かが管理するでもなく乱雑に、そして多くの場合すばらしい実験とイノベーションが行われた。

中国語コンピューティングシリーズの第2回である本稿では、広範なコンピューティング環境、すなわち、プリンター、モニター、その他コンピューティングを機能させるために必要なあらゆるモノに注目しつつ、次の2点にスポットを当てる。

1つは、アルファベットを基盤としたコンピューティング(これを「アルファベット様式」と呼ぶことにする)の優位性は、キーボードやメモリなどの問題に留まらず、極めて広範に及んでいたという点だ。コンピューターが登場する前のタイプライターと同じように、コンピューティングに使用される装置、言語、プロトコルは大体、最初に英語のコンテキストで発明され、その後、他の言語およびラテン語アルファベット以外の書記体系に「拡張」される。中国のエンジニアたちは、基本的な機能を実現する場合でさえ、市販のコンピューティング周辺機器、ハードウェア、ソフトウェアの境界を押し広げる必要があった。

次に、1970年代後半から1980年代の重要な時期に、中国のコンピューティングに関して欧米で支配的だった「模造」や「海賊行為」といったワンパターン思考(これは今でも変わらない)を解体してみる。「中国語DOS」などのプログラムに出くわすと、欧米では条件反射的にまた「中国製コピーだな」と片付けられてきた。しかし、この単純な反応は重要な事実を見落としている。それは、本稿で説明するこうした「偽造品」が存在していなかったら、欧米で設計されたどのソフトウェアスイートも漢字コンピューティングのコンテキストではまったく動作しなかっただろうという点だ。

ドットマトリックス印刷と冶金レベルで実装されていたアルファベット様式

最初に取り上げる周辺機器はプリンター、具体的には、ドットマトリックスプリンターだ。中国語コンピューティングの観点からすると、ドットマトリックスプリンターで当時支配的だった業界標準のプリンターヘッドの構成がすでに問題だった。1970年代に大量生産された事実上すべてのドットマトリックスプリンターには9ピンのプリンターヘッドが搭載されていたのだ。

これらの市販のドットマトリックスプリンターは、低解像度のラテン語アルファベットのビットマップをプリンターヘッドを1回通過させるだけで印刷できた。これはもちろん、偶然ではない。9ピンのヘッドは、低解像度のラテン語アルファベットを印刷するというニーズに合わせて「調整」されたものだった。

しかし、9ピンのプリンターヘッドでは、ヘッドを2回通過させても低解像度の漢字ビットマップさえ印刷できなかった。ヘッドを2回通過させると英語に比べて中国語の印刷スピードが著しく低下するだけでなく、印刷された文字も不正確だった。これはローラーの進み具合の不安定さ、インクの重ね合わせの不均等、紙詰まりなどが原因と考えられる。

見た目の美しさという点でも、ヘッドを2回通過させると、文字の上半分と下半分でインクの濃度が異なるという結果を招くことがあった。さらに悪いことに、欧米製プリンターを改造せずにそのまま使用すると、フォントサイズに関係なく、すべての漢字の高さが英単語の2倍以上になってしまう。このため、印刷結果は、英単語が簡素で効率的であるのに対して漢字は大き過ぎてグロテスクに感じられ、ゆがんだ滑稽なものになってしまう。このような印刷出力では多くの紙が無駄になり、すべての文書が文字の大きな児童書のような不格好な見栄えになってしまう。

これらのプリンターヘッドの動作の仕組みを説明する動画(本記事の筆者のご厚意により掲載)

ラテン語アルファベット中心主義は一般に想像されているよりも根深い、と初期の漢字コンピューティングのパイオニアであるChan Yeh(チャン・イエ)氏はその著作で述べている。漢字のデジタル化と、18×22のビットマップグリッドを基盤とするシステムの開発に乗り出したイエ氏の当初の考えは、ピンの直径サイズを小さくして、プリンターヘッドに収容できるピン数を増やすという単純なものだった。しかし、同氏は、この解決策はそう簡単ではないことに気づくことになる。

チャン・イエ氏とIdeographix Corporationによって発明されたIPXマシンのインターフェイス(画像クレジット:Thomas S. Mullaney、スタンフォード大学東アジアIT歴史コレクション)

イエ氏は、インパクト印刷におけるラテン語アルファベットへの偏重は、プリンター部品の冶金学的特性に組み込まれていることに気づいた。簡単にいうと、プリンターピンの製造に使用されている金属合金自体が、9ピンのラテン語アルファベットの印刷に合わせてキャリブレーションされていたのだ。このため、中国語に必要なサイズに合わせてピンの直径を小さくすると、ピンの変形や破損を招くことになる。

そうした影響をなくすため、エンジニアたちは欧米製プリンターに手を入れて、通常の9ドット間隔と同じ縦スペース内に18ドットが収まるように改造を施した。

この手法は独創的でシンプルなものだった。標準の2 Pass印刷に従い、1列目の各ドットはヘッドの1回目の通過時に沈着する。しかし、2列目のドットを1列目の下に沈着させるのではなく、プリンターをうまくだまして、あたかもファスナーが噛み合うように最初の9ドットの間に入れるようにしたのだ。

この効果を実現するため、エンジニアたちはプリンターのドライバーを書き換えて、プリンターの用紙送りのメカニズムをハッキングし、(1インチの216分の1という)極めて小さな間隔でローラーを回転させるよう調整した。

難しいのはピンの構成だけではなかった。市販されているドットマトリクスプリンターはASCII文字エンコード体系にも合わせて調整されていたため、漢字のテキストをテキストとして処理することができなかった。英単語を印刷する場合には、ラスターイメージをプリンターに送っているわけではなく、英語のテキストをプリンタードライバーを介してASCIIコードとして直接送っている。これにより、印刷速度が格段に速くなる。

しかし、欧米製のドットマトリクスプリンターで漢字を印刷するには、こうしたプリンターの「テキスト」モードを使うことはできない。そこで、プリンターを再度だまして、今度は、通常ラスターイメージ用に予約されているグラフィックモードを使用して漢字を印刷する必要がある。

これが、中国語を学ぶ学生たちにとって皮肉であることは明らかだ。欧米で製造された初期のドットマトリックスプリンターで漢字を処理させるには、漢字を絵または象形文字として扱う必要があったからだ。実際、欧米人は長い間、漢字を象形文字とみなしてきた。実際にはそうではないが(ただし例外はある)。しかし、ドットマトリックスプリンターのコンテキストでは、象形文字として扱うしかなかったのだ。

結局、新しいタイプのインパクトプリンターが商業市場に出回り始めた。ピンの直径が0.2ミリの24ピンドットマトリックスプリンターだ(9ピンタイプでは0.34ミリだった)。当然ながら、これらの新しいタイプのプリンターの主なメーカーの大半は、パナソニック、NEC、東芝、沖データなどの日本の企業だった。日本語に必要な文字を印刷するというニーズに応えるため、日本のエンジニアも中国のエンジニアと同じような問題を解決する必要があったのだ。

近代化されたポップアップ:漢字モニター

漢字のビットマップラスターへの変換を説明する特許文書の画像(画像クレジット:Thomas S. Mullaney、スタンフォード大学東アジアIT歴史コレクション)

中国語コンピューティング環境におけるもう1つの領域として、量産型のコンピューターモニターがある。ある意味、モニターの方向性はプリンターと似ている。特に、文字のひずみの問題はプリンターと同じだ。仕方のないことだが、漢字のビットマップは低解像度であっても縦横のサイズがラテン語文字と比較して2倍以上になる。このため、アルファベットと漢字が混在するテキストでは、漢字のサイズが大き過ぎて不格好になる(本記事の冒頭の画像をご覧いただきたい)。

標準の欧米製コンピューターモニターでは、行長(行あたりの文字数)と行高(画面あたりの行数)の両方において、ラテン文字にくらべて漢字のほうが表示可能な文字数ははるかに少なくなる。このため中国語を使う人は、一度に画面に表示できるテキストの量が非常に少なくなる。

それだけではない。漢字ディスプレイ特有の問題としてポップアップメニューがある。漢字の入力プロセスは本質的に対話型で行われるため(ユーザーが叩いたキーに応じて漢字が次々に表示される)、中国語コンピューティングにはユーザーが漢字の候補を確認するための「ウィンドウ」(ソフトウェアベースのものとハードウェアベースのものがある)が欠かせない。

ポップアップメニューは、1980年代以降、中国語コンピューティングの至るところで目にする機能となっているが、このフィードバック手法の起源は1940年代に遡る。1947年、Lin Yutang(リン・ユタン)氏によって設計された中国語タイプライターの試作機には、同氏が「マジックアイ」と呼んだ重要な部品があった。これこそ、歴史上最初の「ポップアップメニュー」だ(もちろん機械式ではあったが)。

パソコンの出現にともない、MingKwai、Sinotype、Sinowriterなどの中文タイプライターの機械式ウインドウはコンピューターのメインディスプレイに組み込まれた。別個の物理的な装置ではなく、画面上でソフトウェアによって制御される「ウィンドウ」(またはバー)となったのだ。

ところが、このポップアップメニューのせいで、ただでさえ貴重なモニター画面のスペースにさらなる制約が課されることになった。いわゆる「ポップアップメニューデザイン」は、中国語パソコンが登場したときから研究およびイノベーションの対象として極めて重要な分野となった。各社がさまざまなスタイル、形式、動作を試して、入力、画面サイズ、ユーザーの好みの各要件のバランスを取ろうと試みた。

しかし、これらの各要件はトレードオフの関係にあった。より多くの漢字候補を一度にメニューに表示すると、目的の文字が早く見つかる可能性が高くなるが、貴重な画面スペースを消費することになる。ウィンドウを小さくすると、画面スペースは節約できるが、使いたい文字が最初の候補群の中に見つからないと、文字候補ページをスクロールする必要がある。

こうした厳しい制約があるため、中国のエンジニアと企業は常に次世代モニターを求めていた。こうした動きはおそらく中国に限らずグローバルな市場でも同じだった。というのは、高解像度モニターは消費者にとって「本質的に良いこと」だからだ。それでも、高解像度を強く求める動機は中国語市場では大きく異なっていた。

結論:改造しか道はなかった

雑誌「Chinese Computing」創刊号(画像クレジット:Thomas S. Mullaney、スタンフォード大学東アジアIT歴史コレクション)

こうした改造はそれぞれにすばらしいものだったが、所詮修正に過ぎない。結局、オリジナルのシステム(つまり、後で修正する必要があるシステム)を作成する自律性と信頼性のあるところにパワーは集中した。

改造の慣習により幅広いシステムが実現される傾向はあるものの、改造によって互換性が犠牲になることが多かった。その上、改造後も常に変更に目を光らせておく必要があった。「一度設定すればそれで終わり」というソリューションは不可能だった。

新しいコンピュータープログラムがリリースされるたびに、またプログラムがバージョンアップされるたびに、中国のプログラマーは行単位のデバッグを行う必要があった。プログラム自体にコンピューターモニターのパラメーターを設定またはリセットする可能性のあるコードが含まれていたからだ。

大半の英語のワープロソフトでは、プログラムに基本的な前提として25×80の文字表示フォーマットが固定で埋め込まれていた(zifu fangshi xianshi)。このフォーマットは漢字ディスプレイでは使えなかったため、エンジニアたちはこの25×80のフォーマットが設定されているプログラム内のすべてのカ所を手動で変更する必要があった。彼らは、この作業を標準仕様の「DEBUG」ソフトウェアを使って効率的に行った。そして、経験を積み重ねるうち、主要なプログラムのアセンブリコードの中身まで着実に覚えてしまった。

また、改造したとしても、基盤となるオペレーティング・システムとプログラムは常に変更される可能性がある。例えばCCDOSやその他のシステムを開発してまもなく、IBMは新しいオペレーティング・システムPS/2への移行を発表した。「中国と中国語は混乱に陥る」と題する1987年のある記事には、台湾であれ中国本土であれ既存の中国語システムはまだ新システムに対応していないと説明し「IBMのMS/DOSと相性の良いやり方を考える開発者たちのレースが始まった」と書かれている。

歴史的観点からすると、改造者たちは間違って認識されたり、存在自体を消し去られたりしがちだ。彼らの活躍した時代と場所では、その仕事は単なる窃盗または海賊行為として認識されることが多かった。中国語非互換のマシンを中国語互換マシンにするために必要なリエンジニアリング行為とはみなされなかった。例えばPC Magazineの1987年1月号では、ある漫画家が中国化されたオペレーティング・システムを風刺している。その漫画のキャプションには「MSG-DOS上で動くんだ」とある。

欧米のメーカーは、こうした中国語対応(および日本語やその他の非欧米言語対応)の修正の多くを自社システムのアーキテクチャーのコア部分に徐々に組み込んでいった。そのため、こうした変更が実は中国や非欧米諸国のエンジニアたちの仕事に触発されたものであることは忘れ去られがちである。要するに、欧米製のコンピューターは、昔から、常に言語に依存せず、中立的で、あらゆる人たちを歓迎してきたと(その影に非ラテン語圏のエンジニアたちの苦労があったことなど忘れて)考えてしまいがちだということだ。

コンピューティングの歴史上重要なこの時期はまったく文書に残されていない。その理由は簡単だ。米国、およびより広く西側世界では、こうした改造が「実験」、ましてや「イノベーション」として理解されることは皆無だった。その代わりに彼らの仕事に対して使われたのは、今でもそうだが「コピー行為」「模倣」「海賊行為」といった言葉だった。中国のエンジニアたちが欧米製のドットマトリックスプリンターをリバースエンジニアリングして漢字を印刷できるようにしたり、欧米で設計されたオペレーティング・システムを中国語入力方式エディターが使えるように改良しても、大半の欧米人のオブザーバーの目には単なる「窃盗行為」としか映らなかった。

画像クレジット:Louis Rosenblum Papers, Stanford University Special Collections

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(文:Tom Mullaney、翻訳:Dragonfly)

【コラム】赤い旗のミームはアクセシビリティ上も危険、専門家が語るミームをもっと読みやすくする方法

最近、Twitter(ツイッター)にアクセスしている人なら、赤い旗のミームが広まっているのを目にしたことがあるだろう。誰かに「レッドフラグ(危険、それはない)」と言われるようなフレーズを引用し、赤い旗の絵文字を大量に追加するというものだ。Twitter自身をはじめ、Dr.Pepper(ドクターペッパー)、MTV、NFLのHouston Texans(ヒューストン・テキサンズ)などのブランドもこれに同調している。

しかし、スクリーンリーダーやナレーション技術を使っている視覚障害者にとって、赤い旗のミームは意味をなさない。

「あのミームが出てくるたびに『triangular flag on a post(投稿上の三角旗)』とボイスオーバーが流れます」と目の不自由なTwitch(ツイッチ)ゲーマーでアクセシビリティ推進者のSteve Saylor(スティーブ・セイラー)氏はいう。「これは絵文字の説明ではあるのですが、ミームの意味を損なっています。その意図には旗の色が関係していますから」。iPhoneのナレーション画面では、絵文字を1つずつ読むのではなく「投稿上の三角旗」の数を教えてくれるが、スクリーンリーダーの中には絵文字を1つ1つ読み上げるものもあり、スクロールダウンしない限り「投稿上の三角旗」を48回聞く必要がある。

「会話に含まれる感情や、誰かが投稿したことに反応できるという点で、ミームの存在はコミュニケーションにおいて非常に意義があります」と語るのは、テキサス大学オースティン校でアクセシビリティを研究するAmy Pavel(エイミー・パベル)助教授だ。「そのため、会話への参加を十分なものにするために、ミームの意味を理解することが重要になるのです」。

インドに拠点を置き、サービスが不十分な貧しいコミュニティにおける盲目や失明の問題に取り組む非営利団体Tej Kohli Foundation,(テジ・コーリ財団)は、10万件のツイートを分析し、絵文字がオンラインでどのように使われているかについて調査した。そのデータセットによると、絵文字を含むツイートの中で、10%が3つ以上重なる絵文字を含んでおり、40%は絵文字を反復している。特に「Face with tears of joy(喜びの涙を流す顔)」の絵文字は、使用されるうちの93%が反復表現になっている。同財団は推奨事項として、文の最後に絵文字を配置すること、単語の置き換えに絵文字を使用しないこと(「今日はとても☀」ではなく「今日はとてもよく晴れている」と表現)、そして3つ以上絵文字を重ねないことを提言している。

レッドフラグミームは先に、ミームアクセシビリティについての議論を巻き起こした。しかし、スクリーンリーダーを使う人々にとって厄介な存在であるにもかかわらず、ソーシャルメディア上でミームが広まったのはこれが初めてではない。

拍手する手のミームは読むのにとても疲れます。それぞれの単語の後に手を叩く音声が流れますので、完全な文章が何であったかを正確に思い出すことが難しくなります」とパベル氏はTechCrunchに語った。同氏はまた「in this house(この家で)」ミームや「bunny holding a sign(看板を持つウサギ)」ミームなど、ASCIIアートから作られたミームだけでなく、一般的ではない文字を使って異なるフォントで書くことをシミュレートする社会的トレンドにも言及した。「すべての文字を読み上げ、その中にはキリル文字、ギリシャ文字、漢字などが含まれていますから、まったく意味をなさないように聞こえます」。

パベル氏が期待しているのは、研究者や開発者が人工知能と機械学習を活用し、デジタルコミュニケーションにおける一般的な傾向を特定して、ボイスオーバーでそれらを簡単に説明できるようにすることだ。例えば、単語間に手を叩く絵文字がある場合、スクリーンリーダーは各単語の間に「手を叩く絵文字」と発するのではなく、文章読み上げ後に絵文字が存在することを示す、などの方法が考えられる。しかしこの技術にはまだ長い道のりがあるため、その間にもアクセシビリティの専門家たちは、技術が追いつくのを待つのではなく、ミームをもっとアクセスしやすくする方法について人々に伝えていこうと取り組んでいる。

「私はミームの真意を十分理解しています。レッドフラッグについては特にそうです」とセイラー氏は話す。「誰かの創造性を抑圧したくはありません。『そのミームを使わないで欲しい』とは誰にも言いたくありません。ただ、より多くの人にミームを楽しんでもらいたいのであれば、スクリーンリーダー用の代替テキストを追加したり、ビデオにキャプションを付けたりするなど、そうしたことを必要としている人のアクセス性を高めることを考えて欲しいのです」。

絵文字ベースのミームやASCIIアートのミームの場合、回避策の1つとして、ミームのスクリーンショットを写真として投稿し、その写真を説明する代替テキストを追加することが挙げられる。Twitterでの代替テキストの追加は比較的簡単で、画像をアップロードした後、その画像の直下に置かれている機能の「説明を追加」ボタンをクリックすれば、ツイートを送信する前に代替テキストを挿入できる。しかしInstagramでは、画像を投稿する前に画面を下にスクロールし、小さな「詳細設定」ボタンをクリックする必要がある。それから「アクセシビリティ」までスクロールして「代替テキストを書く」というボタンをクリックし、画像の説明を追加する。

「デジタルマーケターやプロのコミュニケーターたちに必要な知識や教育が十分ではないと思います。問題の一端は、私たちがアクセシビリティについて把握していないということにあるのです」と、ソーシャルメディアマネージャーでアクセシビリティ推進派のAlexa Heinrich(アレクサ・ハインリッヒ)氏は述べている。「マーケターやコンテンツ制作者、そして日常的なユーザーがコンテンツを制作するとき、誰もが同じようにインターネットを体験するわけではないということを少しでも心に留めてくれることを望みます」。

ハインリッヒ氏とセイラー氏はTechCrunchに対し、Twitterはよりアクセスしやすいソーシャルメディアプラットフォームの1つだと考えていると述べたが、その水準は高いとは言えない(なぜかClubhouse[クラブハウス]にはまだライブキャプションが存在しない)。2020年の夏、Twitterは音声ツイート機能を試験的に導入したが、クリップにはキャプションがなく、耳の不自由なユーザーのツイートへのアクセスを妨げる結果となった。障害のある人たちがそのアクセシビリティ機能の展開における大きな手落ちについて指摘したとき、Twitterは専用のアクセシビリティチームを有していないことが明らかになった。その後、Twitterはアクセシビリティチームを立ち上げた。

「Twitterは間違いなく、アクセシビリティとプラットフォームに関する取り組みについて最も熱心で透明性の高いプラットフォームです。彼らはフィードバックを受け入れており、それは本当にすばらしいことだと思います」とハインリッヒ氏。それでも、Twitterはその後、アクセシビリティを妨げる主要なアップデートを発表している。「どのようにしてアクセシブルなコンテンツを作ることができるかについて、プラットフォーム自身が提携するブランドやマーケターをより良く教育する必要があります」と同氏は付け加えた。

アプリ研究者のJane Manchun Wong(ジェーン・マンチュン・ウォン)氏によると、Twitterは、ユーザーが代替テキストなしで画像を投稿しようとした場合に表示されるポップアップ通知をオプトインできる機能に取り組んでいるという。TwitterはTechCrunchに対し、この機能を開発中であり、年内には公開する予定であることを認めた。

画像クレジット:Spider-Man

しかし、ユーザーが代替テキストを追加する方法を知っていても、画像を説明する最善の方法を見つけるのは難しい場合がある。例えば、スパイダーマンが指を差しているミームは単純明快で、セイラー氏はそれを「まったく同じ2人のスパイダーマンがお互いを指している」と表現するだろうと述べている。しかし、銀河系の脳蝶のミームのようなものはどのように描写できるだろうか?

「特にミームの場合、実際に重要なことは、対象とされるものが画像そのもののコンテキストにおいて何であるかということです。写真やアニメーションGIFのように、さらに複雑なものも存在します」とセイラー氏。「ただし、写真に写っているものすべてを説明する必要はありません。要点を伝えるのに十分な情報だけです。多くの場合、その余分な情報はまったく不要なものになります。対象が何であるか、前景にあるものは何か、その写真のコンテキストは何か、あるいはなぜその写真を投稿するのかを説明してくれたら、私たちは簡潔に要点を把握できます。そうすれば、写真全体を説明する1000文字もの言葉に耳を傾けることなく、スクリーンリーダーが伝える画像の内容を理解できるようになるのです」。

スパイダーマンが指を差しているミームについてセイラ―氏が説明したとき、スパイダーマンは青い床の上に立っていて、その背景にはニューヨーク市警のトラックがあり、赤い壁の隣にはドアが開いていて、木製の箱がいくつかあると言っていないのはそういう理由からだ。ミームを理解するのにこれらの詳細は必要ないのである。

しかし、アクセシビリティは画一的なものではなく、すべての障害が同様であるとは言えない。障害が同じ人でも、インターネットをどのように体験したいかについての嗜好は違ってくるだろう。

「障害は本当に個人的な経験ですので、特にアクセシビリティに関して、自分が何を望んでいるかは、各ユーザーが一番よくわかっていると思います」とパベル氏は話している。

2020年10月、パベル氏は「Making GIFs Accessible(GIFをアクセシブルにする)」という論文を発表した。同氏は研究の中で、参加者にアニメーションGIFを体験する複数の方法を提供し、どの方法を好むかについて調査した。その年にTwitterはGIFの代替テキストを追加している。

「GIFは多くの場合、音声を持つ既存のメディアから取られているので、かなり興味深いものがあります。例えば『The Office(ジ・オフィス)』のMichael(マイケル)が『ノー、ノー、ノー』と叫び、それが次第に長く大きくなっていくのはおもしろいですよね」とパベル氏。同氏の実験では、代替テキストの1つのバージョンが、画像の代替テキストを記述するのと同じ方法でアニメーションを簡潔に説明した。別のイテレーションでは「The Office」の音声をそのまま文字化した。3つ目のオプションでは、ボイスオーバーで「The Office」のMichaelのGIFであることを説明した後に「ノー、ノー、ノー」と叫ぶ文字化された音声を再生した。

「私たちに返ってきた主な感想は『確かにこうしたものはすべて必要だが、そこにあるものを常に選ばなければならないというのは望ましくない』というものでした」とパベル氏は語る。「スクリーンリーダーをカスタマイズするオプションをユーザーに提供することが重要であると考えています。GIFに対する関心の度合いに応じて、設定を変更したいと思うこともあるでしょう」。

当面の間、コンテンツをよりアクセスしやすくするための最も迅速な方法として、一般の人々が自分自身の投稿方法を改善する必要があると専門家たちは述べている。

「人々は『それはそんなに多くのエンゲージメントを得ることになるのか?』という議論を求めているようです」とハインリッヒ氏。「ですが、私の答えとしては、それは気にしていない、というものになります。アクセスできなければ、それが私の気にすることです。私が気にかけているのは人であって、数字ではありません」。

画像クレジット:Bryce Durbin/TechCrunch

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(文:Amanda Silberling、翻訳:Dragonfly)

【コラム】生き残りを賭けたフェイスブックの「メタ」への転換

Facebook(フェイスブック)は生き残りをかけて戦っているが、彼らの敵は規制当局の圧力ではない。Zuckerberg(ザッカーバーグ)氏は、下降しつつあるユーザーベースを守る救命ボートとして「メタバース」に頼り切っている。Facebookの未来が主要ハードウェアプラットフォームを所有することにかかっていることを、彼はずっと前から知っている。

先のFacebookの「Meta」へのブランド転換は、数十億ドル(数千億円)のバランスシートゲームの3イニング目だ。果たして消費者がこれを受け入れ、現実になるのかどうか拝見しよう。Meta / Facebookのすべてが懸かっている。

2016年からVRとARに投資している1人として私は、昨今のビジネストレンドチャンネルをにぎわしている「メタバース」の話題を聞いて、慎重ながら楽観的になっている。果たして今は本当にVRの時代なのか?

世界で最も価値のある会社の多くは、自らのソフトウェアアプリケーションを動かすハードウェアを所有している。Apple(アップル)とMicrosoft(マイクロソフト)は何年も前からハードウェア事業を手がけているし、Google(グーグル)もAndroid(アンドロイド)で堅実なOSビジネスを構築することができた。2014年のFacebookによる数十億ドルのOculus(オキュラス)買収は、ザッカーバーグ氏の真意をあからさまに示すものだったが、実際のピボット(転換)が起きるまでには7年を要した。

Oculus買収直後の数年間、VR(仮想現実)への投資が業界全体で相次いだ。ハードウェアプラットフォームが、Google、Microsoft、Sony(ソニー)、HTC(エイチティーシー)、Steam(スチーム)などから大々的な発表が続いた、こうした投資のほとんどは数年後に捨てられるか打ち切られることとなり、VRハードウェアプラットフォームの選択肢は不足状態になった。

Facebookが攻撃を開始したのはその時だった。Oculus / Reality Labsプラットフォームへの投資を強化して高品質モバイルVRハードウェア機器の開発で革新を起こし、ゲームデベロッパーに資金を投入して、プラットフォーム上の有望なゲームのほとんどを貪欲に買収した。買収を通じてデベロッパーエコシステムを構築するそのアプローチは、あらゆるVRプラットフォームが直面してきた初期コンテンツ不足問題を解決するための長丁場の投資だ。

ザッカーバーグ氏はゲームから手を付けた。それは、消費者の大きな興奮と成長が約束された最古のカテゴリーであり、ヘッドセットの中で消費者の熱狂を心地よく上昇させるからだ。次にザッカーバーグ氏は、VR/AR(拡張現実)をエンタープライブに持ち込み、リモートチームとの実践的3Dコラボレーションを、パンデミック下で分散された社員たちに浸透させようとしている。

幸運なのか実力なのか、彼は予知能力のある戦略家として知られている。ザッカーバーグ氏はこれまで、自分では必ずしも制御できない市場の変化とタイミングに対応して、完璧な戦略を見せつけてきた。

「メタバース」は、すでに「Fortnite」や「Roblox」に存在している。ザッカーバーグ氏は、人々が頭に被るコンピューターを通じた完全没入型体験を望んでいて、年齢層の高いユーザーベースを駆り立てられることに賭けている。

もしFacebookの過去の買収が道しるべになるなら、ザッカーバーグの戦略は成功するだろう。ただしWhatsApp(ワッツアップ)とInstagram(インスタグラム)をはじめとするFacebookの成功した買収先のほとんどは、買収当時すでに成功が約束されていた。「メタバース」に全力を注ぐことは、新しいプラットフォームとパラダイムを作り出すことであるが、そこは30年以上熱狂を促すサイクルを繰り返してきたにもかかわらず、悲しいほど普及が進まない分野である。

バランスシートを見る限り、うまくいく可能性は高い。しかし、今はまだ、隔離された空間に存在する戦略とチャンスのための妙技にすぎない。

編集部注:本稿の著者Jacob Mullins(ジェイコブ・マリンズ)氏はShasta Venturesのマネージングディレクターとして、2016年以来VR/ARに投資している。

画像クレジット:Bryce Durbin / TechCrunch

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(文:Jacob Mullins、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】イーサリアムはプライバシーの基準も変える

イーサリアムは世界で最も人気のあるデジタル契約コンパイラーで、多くの人によって管理されているものの、誰かが所有しているわけではない。イーサリアムが普及している要因の1つで最も興味深いのは、おそらくイーサリアムが描く未来だろう。イーサリアムは、今後所有権、価値の創造、そしてこれが最も重要であるが、プライバシーに関する現在のインターネットの基準を変えていくだろうと思われる。

どのような変化が今後起こるのだろうか?

イーサリアムでは、アプリを開発できるだけでなく、写真、音楽ファイル、ビデオ、お母さんのお気に入りのかぼちゃパイのレシピ(他にも日々生み出されるさまざまな可能性があるが)など、デジタルなものなら何でも一意に有償で所有、交換、保管できる。

多くの人々がインターネットはさまざまな保護によって階層化されると予想してきたが、Tim Berners-Lee(ティム・バーナーズ-リー)氏の言葉の言い換えになるが、結局は基盤となるテクノロジーを誰もが利用できるようにすることで、その受容と有用性が大幅に向上することがわかった。

イーサリアムとWeb 3.0の出現によって、インターネットが単にプライベートであるというだけでなく、オープンで透明性のあるものである、という概念が生まれ、状況が変化しつつある。

イーサリアムのこれまで

2013年、Vitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)氏は、イーサリアムのアイディアを思いつき、イーサリアムは2年後に開発されサービスの提供を始めた。このプラットフォームは、インターネットにアクセスできる世界中のだれもが、永続的なアプリケーション(分散型アプリ、またはdAppsとして知られる)を開発できるように設計された。この分散型アプリは誰もが使えるが変更はできないもので、厳密な整合性を備えたオープンソースソフトウェアである。これらのアプリの基本機能はスマートコントラクトと呼ばれ、デジタル契約を可能にする。

つまり、言い換えると、もはや仲介者を通して財務サービスや法務サービスを行う必要がないということである。イーサリアムは基本的に証書保管代理人、公証人、IDをチェックする銀行の出納係、または住宅ローンの原資産所有者を必要とせず、それらを一瞬のデジタル取引に置き換えてしまう。

この非常に貴重な機能によりイーサリアムは、現在多くの競争者の先を行く最も有名な暗号資産そしてブロックチェーンの1つとなった。ビットコインの価格は最近史上最高値を記録し、イーサリアムの周辺は大いに沸き立っている。

これに関連する概念であるWeb 3.0は、これらのピアツーピアのブロックチェーンを用い、ユーザーが仲介者なしに、データを取り扱い、価値を保存し、エンティティとやりとりする、といったことを可能にする、未来のインターネットと目されている。

イーサリアムの現在

イーサリアムが法務、財務、契約締結などの基本インフラになるにつれ、その強みや弱みを理解することが財産の所有と譲渡の基本的な性質になるだろう。

Stephen Hawking(ステファン・ホーキング)氏の「基礎的コンピュータープログラミングは学ばなければならない必須のスキルである」という言葉をこの状況に即して言い換えれば、イーサリアムでのスマートコントラクトの基礎を学ぶことは、基本的な法務スキルや財務スキルになるだろう。

現在イーサリアムで最も注目を集めているアプリケーションはNFT(non-fungible tokens:代替不可能なトークン)である。NFTは比較的新しいものであるが、価値の保存だけでなくデジタルな一意の所有権を主張するものとして、消費者、アーティスト、投資家に人気である。

NFTは、操作、変更、複製ができない、つまり代替不可能であるため、インターネット上であらゆるデジタル(ファイル)を所有または取引することができる。Ape、Kitty、Punkを巡りソーシャルメディア上で騒ぎが起こっているが、それらはすべて、高価なデジタルアートにファンが群がる急成長中の現象に関連している。

このテクノロジーの1つの使用例として予測されるのが、惑星間のマイニングである。地球を本拠地にしている企業は、社員が実際に訪れることがほとんどない小惑星の鉱業権を売買する必要がでてくるだろう。

他に予想される使用例としては住宅ローン、不動産購入、イベントチケット販売、音楽祭、ファイルストレージ、ゲーム(例えばAxie InfinityはプレイヤーがNFTに基づくゲーム世界でしっかり生計をたてることができるという証拠である)などがある。

可能性は無限であり、日々好奇心がありエネルギーに溢れたコミュニティによってアイディアが生み出されている。

今後のイーサリアムの課題

この基盤となるテクノロジーに規制が追いついてきている現在、多くの人がそれを制御する試みを目にすることになるのか確信を持てないでいる。暗号戦争で長年たたかわされてきた議論には暗号化を抑制または損なう要求がともなっていたが、それと同様に、イーサリアムの「変化しない性質」に変更を加えると、その重要な特性である「永続的整合性」が損なわれる可能性がある。

イーサリアムの不変性とそれが広く受容されている状況との間には、潜在的な対立が存在する可能性がある。つまり金融規制当局が何らかの形でその展開に対して所有権を得たりまたは管理しようとするかもしれないということである。これらの規制当局が「広くつながったノードの領域を、その真の価値である分散性自体を損なうことなく慎重に管理するにはどうしたらよいか」という疑問にどう答えるか大変興味深い。

このテクノロジーが直面するその他の課題や限界はと言えば、パフォーマンスの持続可能性ではないかと思われる。イーサリアム上にアプリなどを作成する際、ガス代といわれる料金が必要になるが、近年この料金が上昇しており、プラットフォームの処理時間が遅くなっていることが知られている。イーサリアム2.0は非効率性を解消できると考えられているが、すべての取引を保存し計算するために最適化されたブロックチェーンにおいて、スピードを維持し続けるにはどうしたらよいのだろうか?

セキュリティも課題の1つであり、広く悪用されているわけではないもののイーサリアムには脆弱性の問題があることが知られている。Poly Networkは「契約呼び出し間の脆弱性」に起因するハッキングがあったことを2021年報告している。

スマートコントラクトは作成するには複雑な機能であるため、ネットワークに展開する前に十分な監査が必要である。イーサリアムのセキュリティもパスワードを必要としない、非対称暗号化に基づいて構築されている。量子コンピューティングが最終的に非対称暗号化標準を混乱させる可能性は多いにある。

私たちは、イーサリアムやブロックチェーンがいかに存続し続け、それを私たちがメタバースへ、そしてそれを超えて維持していけるのかに興味がある。

編集部注:本稿でAshley Tolbert(アシュリー・トルバート)氏とTarah Wheeler(タラ・ウィーラー)氏によって述べられた見解は両氏の個人的見解であり、両氏が関係する団体の見解ではありません。アシュリー・トルバート氏は、情報セキュリティの研究者およびエンジニア。タラ・ウィーラー氏はハーバード大学ケネディスクールオブガバメントのベルファーセンターサイバープロジェクトフェローで、情報セキュリティ研究者。

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(文:Ashley Tolbert、Tarah Wheeler、翻訳:Dragonfly)

【コラム】ソーシャルオーディオアプリが今行うべき5つの変革

Clubhouse(クラブハウス)、Beams(ビームス)、Pludo(プラード)、Racket(ラケット)、Quest(クエスト)などのソーシャルオーディオアプリがこの1年で人気を集め、より多くのマーケターやプロダクトチーム、そして新進のライバルたちが、この領域でユーザー体験を創造し、破壊する戦略を模索し始めている。

一方で、これらのプロダクトが最初に市場に登場したとき、コンテンツクリエイターは、サインアップ、オーディオルームやショート形式のポッドキャストの作成、放送時間の設定をシンプルに行うことができた。しかし、ユーザーからの否定的なフィードバックがインターネットフォーラムのトップに集まるようになってきた今、ソーシャルオーディオがいかに「ソーシャル」であるべきかを考える良い転機が訪れていると言えよう。

ソーシャルオーディオはYouTube(ユーチューブ)、Twitter(ツイッター)、Facebook(フェイスブック)のユーザー体験を模倣するものではないことは認識されている。しかし、それらを除外した場合、ソーシャルオーディオ企業は戦略を策定する際に何を考慮すべきであろうか。

これまでテレビとマーケティングを担当してきた筆者自身の経験からすると、ソーシャルオーディオが主要な報道機関と同じ戦略を活用する必要があると考えるのは自然なことではないかと思う。

経験に基づいて、ソーシャルオーディオアプリチームがそれを行う上で最も手軽に利用できる方法を、5つ紹介しよう。

インクルージョンに向けた構成

私たちがアプリの設計について考えるとき、一般的に頭に浮かぶのは、ハンバーガースタックの配置、フォントの種類、そしてユーザーが自分のアカウントに簡単に出入りできるかどうかという点だ。

しかし、その設計が障害のあるユーザーをどのようにサポートし、またサポートしないかということについては、あまり考慮されていないように思う。2020年にソーシャルオーディオが普及した際、注目すべき、そして理にかなった懸念として浮上したのは、視覚や聴覚に障害のある人向けのアクセシビリティ機能が不足していることだった。

小さなテキストは、視覚障害のある人がアプリを操作するのを困難にし、キャプションがないことは、聴覚障害のある人が会話を楽しむのを妨げてしまう。

レストランや映画館では、顧客が点字や大きな活字で別のメニューを使用したり、番組を楽しむために追加のサポートが必要な観客のために字幕を提供したりすることが多いことを考えてみよう。ソーシャルオーディオアプリチームと設計者は、開発ロードマップの早い段階でこれらの懸念に対処するために、ワークフローにアクセシビリティチェックポイントを含める必要がある。

最初の1年間はジャーナリストやホストを活用

コンテンツクリエイターにソーシャルオーディオアプリをマーケティングすることは、アーリーアダプターを引き寄せるすばらしい方法ではあるが、ベータ段階で自社のブランドと協力することをいとわない経験豊富なホストやジャーナリストを見つける方が賢明かもしれない。

それはなぜか。最終的にメディア市場の一部を占めるようなアプリを作る際に、信用が鍵になるからである。

コンテンツを作成することと、信用を得ることは、互いに排他的なものとはならない。また、ライブショーの制作や一般からのフィードバックのモデレーションの実績がある経験豊富なジャーナリストやホストによって審査されることで、視聴者の体験を向上させることができる。

いうまでもないことだが、要領を心得ている才能ある人材のラインアップから始めれば、ユーザー教育オファリングに費やす時間を稼ぐことができる。信頼できる名目上のリーダーが対話をリードすることで、後から加わったクリエイターたちがプラットフォームを効果的に利用するための方向性を決めることにもつながるだろう。

大手メディアを模倣する

Spotify(スポティファイ)、Netflix(ネットフリックス)、Hulu(フールー)、Amazon Prime(アマゾン・プライム)、ABC、NBC、CBS、BBCの共通点は何か。それは番組編成に関することにある。

ABCで今夜8時に何が始まるのか知りたい人は、簡単にそれを見つけて番組を見る時間を作ることができる。Netflixでは、視聴者は数カ月前ではないにしても数週間前にラインナップの変更について知ることができる。

自社の才能によって制作されるルームや番組のラインナップを用意することを考えてみよう。そうすることで、ユーザーオーディエンスは、お気に入りのクリエーターの活動が中断されていてもプラットフォームに参加する理由を持つことができる。

確かに一部のコンテンツクリエイターたちは、自分がいつ戻ってくるかをオーディエンスに知らせるだけの十分な機転を持ち合わせているが、一方で、プレゼンスの維持を確保してくれるプロデューサーや経験豊富なチームのサポートを得られずにいる人たちも少なくない。

一見すると、これはアプリチームにとって大きな問題ではないように思われる。なぜなら、コンテンツクリエイターが戻ってきて、彼らのオーディエンスを連れてくることに賭けているからだ。しかし、アプリが実際にエンゲージメントを失っているのはこの部分にある。クリエイターが一貫しておらず、オーディエンスがいつ戻ってくるかわからず、ユーザーが似たようなオーディオルームや番組への提案をすぐに受けられない場合、彼らは興味を失い、戻ってこなくなる。

その後、ユーザーにプラットフォームの利用を中止した理由を尋ねると、その評価は概して、継続的な価値を見出せなかったというネガティブなものとなる。

クリエイターがクレームを受けた場合はすみやかに教育する

エンターテイナーたちが失敗すると、何人かのグループがその懸念を表明するだけで、気づかぬうちに彼らのキャリアは大打撃を受ける。コンテンツクリエイターが悪質な行為をしたことが原因の場合もあれば、純粋なミスや無知によるものもある。

ここで問題なのは、もしクリエイターを早急に排除してしまうと、彼らのキャリアに傷がつくだけでなく、同じような状況で何をすべきか、そして初期の懸念を個人的にも公にも解決するにはどうすればよいかについて、教育コミュニティ内の他の人たちが必要としていたことが失われてしまうことだ。

これらのプラットフォームの生来の性質を考えると、このような混乱は必ず起こるものである。そのため、関係者全員を支援する方法で問題に対処する方法を見つけることが望ましいと言えるだろう。

ここでの提案として、コンテンツクリエイターがプラットフォームに戻る前に完了すべきトレーニングプログラムを作成するか、会社がオンラインまたは対面トレーニングコースと提携し、人種、文化、社会問題などに関連するトピックについて人々を教育することを推奨したいと思う。

筆者はそれを、交通違反で切符を切られ、教習所に通うことになる状況になぞらえている。こうしたアプリチームは、クリエイターたちが公共の目の中にいて、その場で学んでいけるような、似たようなソリューションを考えるべきだろう。すべてのコンテンツクリエイターがジャーナリストとして訓練されているわけではない。もし彼らがマーケティングのターゲットになっているのであれば、ミスが起きた後でさえ、彼らをプラットフォームのアクティブな参加者として維持し続けるための戦略があるべきだろう。

コンテンツ協議会の設置

最後になるが、忘れてはならないのは、会社がベータテストに入ったときに、プラットフォームに現れる可能性のある機密性の領域に対処するために、コンテンツ協議会を設立することが賢明だということだ。

スタートアップが諮問委員会を設置しているのと同じように、ダイバーシティ、エクイティとインクルージョン、身体障害、国際問題、政治、LGBTQIA擁護、人種、医療、社会正義などの分野で業界の専門家とコンテンツ評議会を組織することを検討して欲しい。これにより、社内の従業員は、プラットフォーム上の難しいトピックにどのように対処すればよいかというプレッシャーから解放される。また、社内的にビジネス活動に関与する人材が会社にもたらされることもある。これらの専門家は、注目を集めるトピックに関してプラットフォームが論争に直面した場合に助けになってくれるかもしれない。

ソーシャルオーディオ領域が拡大するにつれ、クリエイターやオーディエンスのプラットフォームへの関わり方も広がっていくだろう。しかしその成長が2021年の終わりまで続くかどうかは定かではない。1つ確かなのは、ソーシャルオーディオ領域は現在の姿よりも大きくなる可能性を秘めており、コンテンツクリエイターとしてもエンドユーザーとしても、この領域にどのようなオポチュニティが生まれるのかを見るのは楽しみであるということだ。

画像クレジット:krisanapong detraphiphat / Getty Images

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(文:Adonica Shaw、翻訳:Dragonfly)

【コラム】国家による「インターネット遮断」が政治的な武器に、今こそ武装解除すべきだ

21カ国の権威主義的な政府は、2021年に入ってから少なくとも50回は意図的にインターネットサービスを停止しており、この問題はさらに悪化することが予想されている。ベネズエラでは選挙が行われ、キューバでは抗議活動が行われているが、政府にとってデジタルでの自由を制限することで反対意見を封じ込めることが容易になっており、その方法もますます大胆になってきている。

インターネットを遮断することは、スイッチを入れるだけで簡単にできてしまう。2011年にはホスニ・ムバラク政権下のエジプトでこの方法がとられ、その10年後にはミャンマーで毎日のようにインターネットが遮断される状態が数カ月続き、何十万人もの人々からコミュニケーションの手段を奪い、同国のGDPを2.5%減少させたと言われている。今週、スーダンでは、軍事クーデターが続く中、市民がインターネットへのアクセスに支障をきたしている。

しかし、ほとんどの政府が、微妙な姿勢をとっている。

イラン政府は「緑の運動」が起こった2009年にいち早くウェブサイトをブロックした。また、チュニジアのように、2021年の説明責任の強化を求める抗議活動の中で、特定のウェブサイトのみをブロックした国もある。最近では、政府がインターネットサービスプロバイダをコントロールすることで、特定のドメインを使い物にならない速度まで「スロットル」、つまり減速させるケースが増えている。例えば、ロシアでは最近、野党のAlexei Navalny(アレクセイ・ナヴァルニー)氏に関する「好ましくない」コンテンツの削除を拒否したTwitter(ツイッター)に対してスロットルをかけた。

各国政府は、インターネットへのアクセスを制限する理由についていくつか挙げている。国家の安全保障や、デモの際の暴力への懸念などがその理由として多い。しかし、人々の生活の多くがオンラインで行われるようになった今、政府がインターネットへのアクセスを制限することは、安全、自由、幸福に対する重大な脅威となる。

インターネットが国境を越えたグローバルなネットワークとして発展してきたことは、情報を発見する新しい方法や組織化する新しい手段を提供し、人間の自由に貢献してきた。しかし、真にグローバルで開かれたインターネットに対して、驚くほど多くの政府が反対しており、私たちの生活の多くの側面がオンラインに移行するにつれて、自由がますます損なわれていく危険性があるのだ。

意図的な遮断の問題は深刻化している。国連の特別報告者であるClement Voule(クレメント・ブール)氏は最近、遮断がさらに悪化し、広範囲に及んでいると警告している。インターネットの遮断は、政府が国際社会の怒りを買うことなく反対意見を封じ込め、国民を統制するための主要な手段として、ますます利用されるようになっている。

インターネットの遮断は、通信手段の制限にとどまらず、商業や貿易の停止による経済の停滞、学校へのアクセスの妨げ、人命の危険など、さまざまな影響を及ぼす。しかし、スロットリングのような秘密裏に行われる妨害技術が一般的になるにつれ、遮断の検知はより困難になってきている。ただ、インターネットが複雑化しているため、政府が国民のアクセスを制限したときに何が起こっているのかを判断するのは難しい。そもそも目に見えないものを非難することは不可能でもある。

部分的なインターネットの遮断であっても、それを記録することは、この問題を世界的に解決するための重要な第一歩となる。いかなる政府も、国際社会に知られることなくインターネットを遮断することはできないはずだ。Jigsaw(ジグソー)は、Access Now(アクセス・ナウ)、Censored Planet(センサード・プラネット)、ネットワーク干渉公開観測所(OONI)などの研究者と協力して、情報を公開し、理解を深め、遮断の影響を軽減することを目指している。

インターネットの遮断による影響を軽減するためには、さまざまな手段がある。メッシュネットワーク、仮想プライベートネットワーク(VPN)、そして共有プロキシサーバーを使えば、インターネットが停止している間、人々がオープンウェブに接続するための手段を提供してくれる。また、インターネット全体の標準規格を導入することで、ドメインレベルでのスロットルを難しくすることも可能だ。

しかし、技術は解決策の一部に過ぎない。将来的なシャットダウンを防ぐためには、政治的な行動が必要であり、国際社会の監視のもと、そうした行動自体のコストを高める必要がある。

105カ国、240以上の団体で構成される「#KeepItOn」運動のように、インターネットの遮断を強調する草の根活動は、将来の遮断を防ぐための支持活動、技術支援、法的介入などを行っている。

民主主義政府も団結して行動すべきだ。

世界で最も技術的に進んでいる民主主義国が、T-12や日米豪印戦略対話(Quad)といったグループで技術問題に関する多国間の調整を正式に行う際には、インターネットの遮断をその議題の重要な主軸として優先させるべきだ。経済協力開発機構(OECD)を通じ、米国および志を同じくする国々は、オンラインの自由を約束する35の民主主義国で織りなすフリーダム・オンライン連合の活動を基盤とし、脅威の技術的側面の理解や、技術的および政策的対応を構築するための資金調達を強化することができるはずだ。また、将来的な遮断の際には、連合として非難を表明し、国際人権法上の義務に違反している国に制裁を加えるための「レッドライン」を明確にすることもできるはずだ。

このような課題はあるが、自由で開かれたインターネットを求める声を上げるのは、民主主義国にかかっている。そうして初めて、誰もがアクセスできるインターネットという約束が果たされるだろう。

編集部注:本稿の執筆者Scott Carpenter(スコット・カーペンター)氏はJigsawのPolicy and International Engagementのディレクター。Google以前は、Washington Institute for Near East PolicyのKeston Family Fellowや、民主主義・人権局の米国国務副次官補を務めていた。

画像クレジット:Jonathan Kantor / Getty Images

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(文:Scott Carpenter、翻訳:Akihito Mizukoshi)

【コラム】オンラインプラットフォームには子供たちを危害から守る責任がある

Facebook(フェイスブック)の内部告発者であるFrances Haugen(フランセス・ハウゲン)氏による、Instagram(インスタグラム)が10代の少女たちに与える影響に関するメッセージは明確だった。Facebookの調査によると、英国のティーンエージャーの13%が、Instagramが自殺の考えを誘発したと回答し、女性ティーンエージャーの17%がInstagramは摂食障害を悪化させると語った。

こうした数値は、しかし、ネットを利用するティーンエージャーの安全全般にかかわる問題の一部でしかない。

ある調査によると、 50万人以上の性犯罪者が日々インターネットで活動していると推計されている。2020年には2170万件の児童の性的搾取が、全米行方不明・被搾取児童センターのホットラインに報告された。何者かがインターネットを通じて搾取を目的に児童と連絡を取った際に発行されるオンライン誘惑レポートは前年より97%以上増加した。

オンライン性犯罪者の報告は増加しているが、ネット上の搾取行為の歴史はNetscape(ネットスケープ)に遡る。

わが家に最初のパソコンが来たのは1999年だった。私はNeopets(ネオペッツ)やGaia Online(ガイアオンライン)などのゲーミングプラットフォームを使い始めた。その後すぐにMyspace(マイスペース)とTumblr(タンブラー)で自分の考えを投稿したり他のユーザーと交流したりするようになった。オンライン世界が拡大すると、私はプリティーンを偽る成人男性と遭遇した。17歳の少年と「つきあい」始めたのは、私が12歳の時だった。もちろん誰にもこのことは話さなかったが、主としてそれは恥ずかしかったからだ。自分が「育成(grooming)」されていることなど知らなかった。性的暴力に関わる仕事を私自身が始めるまで、そんな言葉が使われるのを聞いたこともなかった。

育成は狡猾で、馴染みのないティーンエージャーは気づかない。育成によって信頼と精神的つながりを構築することで児童を操り、利用し、虐待できるようにする。その行為とは、たとえば年長のティーンエージャーが児童やティーンエージャーにウェブカム撮影を頼み、徐々に回転ポーズをとらせたり服を「可愛らしい」ものに着替えさせることや、デジタル「友達」がサイバーセックスを強要することだ。時として性犯罪者は、年齢を偽ることで写真や性的履歴などの個人情報を入手し、その情報を自らの享楽の武器にすることもある。

つい最近になって私は、自分のCSAM(児童席的虐待コンテンツ)がインターネットに出回っていることに気づいた。私の動画は今でも何者かの携帯電話やハードディスクでほこりを被っているかもしれない。そしてある日、Discord(ディスコード)やTelegram(テレグラム)のプライベートチャンネルでシェアされるのかもしれない。

インターネット上のティーンガールとしての個人的経験は、私が非営利のオンライン身元調査サイトを構築し、誰もが自分の話している相手に暴力行為歴があるかどうかを、理想的には対面する前に、調べられるようにするきっかけの1つだ。最近当サイトでは、最低13歳のユーザーから当サイトの公開情報データベースを利用できるようにすることを決定した。子どもたちがネット上で虐待されるのを完全に防ぐことはできないかもしれないが、少なくともオンラインで出会う人物に悪い行為の履歴があるかどうかを知るためのツールとテクノロジーで武装させることはできる。

もちろん、身元調査は安全を守る兵器の1つにすぎない。人は自分の名前や身元を偽ることがよくある。子どもが育成される時、あるいは大人が子どもを虐待する時、犯罪者は往々にして匿名で孤立して秘密裏に行動する。

オンラインで待ち受ける危険を避けるよう、子どもたちを教育することが重要である理由はそこにある。love bombing(ラブ・ボミング / 大げさな愛情攻撃)や極端な嫉妬、要求の限度を広げるといった早期の赤い旗に気づかせる教育も必要になる。他にも私たちは、若者たちに健全で安全で合意に基づく関係とは何かを、赤ではなく「緑の旗」とともに伝えることもできる。

子どもたちの教育に取り入れられる実用的スキルにもさまざまな種類がある。シェアする写真や誰のフォローリクエストを承認すべきかを慎重に選び、オンラインで知り合った人物と現実世界で会う時には大人を連れて行くことを教えるべきだ。

周囲の大人たちが、オンライン出会いやインターネットでの会話の危険性について、常に率直に話し合っていれば、子どもたちはリスクを認識する方法を学習する。これは深刻な心的外傷を防ぐ上で大きな役割を果たす可能性がある。ネット上の安全に関する会話は、性教育と同じく、親たちに任せられることが多くいが、親たちは子どもたちが学校で教えられていると思っている。この種の会話の進行は簡単ではなく、オンラインカルチャーに馴染みのない親にとっては特にそうだが、親たちは情報を探して自ら学習することが絶対に必要だ。

ホーゲン氏が指摘するように、オンラインプラットフォーム側にも責任がある。各プラットフォームに信頼と安全の部署が設けられたのは比較的最近であり、学習、改善すべき点がまだ数多くある。

多くのデジタルプラットフォームにおいて、コンテンツモデレーター(コンテンツ検査担当者)は人材不足、低賃金、訓練不足だ。オンラインプラットフォームは、利益より保護を有線し、自らのプラットフォームを安全に保つ責任を持つ人々のさらなる教育と心の健康の維持にもっと投資すべきだ。問題のあるコンテンツについて考えるために必要なツールと時間を安全管理チームに与えることによって、効果的かつ注意深く任務を遂行できるようになる。

インターネットは悪用につながる環境を作る可能性をもっていると同時に、若者たちに警告の前兆と世界の現実について教える強力なツールでもある。ネット上で話している相手に関する情報を入手できるように武装させることもその1つだ。

事後措置によって悪事と戦うことは、刑事司法制度からプラットフォームモデレーターまで、出血している傷口をバンドエイドで覆うようなものだ。性的虐待を事前に防ぐことは子どもたちに対する最良の保護だ。ネット上で起きる潜在的危害の責任を負うことによって、プラッフォームであれ政治家であれ親であれ、私たちは全員にとってより安全な世界をつくり始めることができる。

編集部注:本稿の執筆者Kathryn Kosmides(キャスリン・コスマイズ)氏は性的暴力被害の克服者で身元調査の非営利団体、Garboのファウンダー。

画像クレジット:JGI/Jamie Grill / Getty Images

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(文:Kathryn Kosmides、翻訳:Nob Takahashi / facebook