eコマース企業のちょっとしたサイドビジネスとして始まったAWSだったが、目をみはるような拡大を続け、今や通年換算270億ドルという怪物的存在となっている。しかもまだ前年比45%という成長率を維持している。先週ラスベガスで開催されたre:InventカンファレンスでAWSの経営トップの話を聞いたが、こうした大成功に安住しそうな気配は全くなかった。その逆に、AWSはエンタープライズ・コンピューティングのあらゆる分野に覇権を打ち立てようと全力を挙げているという強い印象を受けた。
急速な機能拡張は永遠に続けられるものではあるまい。しかし今のところAWSが拡張の手を緩めるようすはない。新機能の発表に次ぐ発表が続いている。これらはユーザーの要求に応えるものという建前だが、仔細に検討するとライバルに対する回答という面も見えてくる。
ライバルを叩き潰せ
去年までAWSはOracleに向けて多少嫌味を言うことはあったにせよ、競合他社への言及はできるだけ避けてきた。しかし今年のキーノートではライバルへの対抗心がアップしていた。AWSのCEO、アンディー・ジャシー 、AmazonのCTO、Werner Vogelsはデータベース市場で最大のライバルとなるOracleをはっきり批判した。もちろんクラウド市場ではOracleはさしたる脅威にはならない。
しかしAWSはオンプレミスのコンピューティングというOracle自身の市場でシェアを奪おうとしている。Outpostsという新しいシステムが武器だ。ユーザーはAWSが用意する専用のラックマウントのサーバーを利用してオンプレミスでAWSの環境を利用できる。ユーザーはVMwareのサーバーを利用することもできる。これはむしろラリー・エリソンがOracleのために構想しそうなシステムだが、ジャシーは特にOracleその他のライバルを念頭に置いたものではないとした。「Outpostsは別にライバルへの警告射撃といったたぐいのものではない。われわれのすることはすべて顧客の要望によりよく答えようとするものだ」とジャシーは先週の記者会見で述べた。
先週のAWS re:Inventでの記者会見で質問に応えるAWSのCEO、Andy ジャシー
とはいえ、AWSはOracleに対する批判を手控えはしなかった。またMicrosoft SQL Serverを槍玉に挙げると同時に、 Amazon FSx for Windows File Serverを発表した。これはMicrosoftのファイルをAWSで処理する専用ツールだ。
InferentiaとElastic Inferenceの発表に際してGoogleについても言及した。AWSはAI市場をGoogleのTPUインフラに独占させないという決意のようだ。こうしたツールやシステムは単に「ユーザーの要望に答えた」というには大掛かり過ぎる。おそらくはライバル各社にAWSはエンタープライズ・コンピューティングのあらゆる分野に参入することを宣言する意図があったに違いない。
ますます成長するとの予測
クラウド・コンピューティング市場は劇的なスピードで成長中だ。AWSはそのマーケット・リーダーとして市場制覇のために絶好の位置につけている。Googleのダイアン・グリーンやOracleのラリー・エリソンも述べていたが、ジャシーは「クラウド化はまだ始まったばかりだ」と強調した。エンタープライズには今後クラウドに移行すべきプロセスがきわめて多く残っているとしてジャシーは次のように述べた。
アメリカ市場における私企業、公的セクターのいずれを見ても、エンタープライズ・コンピューティングのクラウド化はごく初期段階にある。しかもアメリカ以外の市場の現状はアメリカに1年から3年遅れている。つまりメインストリームの大企業は業務を本格的にクラウドに移行させる計画をようやく立て始めたところだ。
Moor Insights & Strategyのファウンダー、プリンシパル・アナリストのPatrick Moorheadは、AWSは市場における現在の強力な立場を活かして異なる分野に事業を拡張していくだろうという。MoorheadはTechCrunchの取材に対し、「Google Cloud PlatformやOracle Cloudを始め、他の企業では手に余るような事業に進出する規模がAWSには十分にある。.AWSは数千にもにも及ぶ新機能、新サービスを導入することでこれを実証している。これは十分なりソースを欠いているクラウドには逆風となり、中長期的には脱落する企業も出てくるだろう」と述べた。
ただしイノベーションは現在のような熱狂的なペースで永久に続くわけではないとMoorheadは考えている。「クラウド化にともなうユーザーの要求の95%が満足させられる状況になるのはいつだろうか? そうなれば現在のようにしゃにむにイノベーションが求められることはない。どんなマーケットであれ、かならずこの水準に達するときが来る。だから正しい質問は『もし』ではなく『いつ』だ」という。
しかしもちろん衛星通信の地上局サービス AWS Ground Stationのようなまったく新しいクラウド化の分野は今後も出てくるだろう。 従来のエンタープライズ・コンピューティングの枠を超えてクラウド化事業を構想できる能力は重要だ。AWSはこれまでわれわれが想像もしなかったようなクラウド事業の分野を創造してくるかもしれない。
今年のre:Inventはオンプレミスであろうがクラウドであろうが、AWSはエンタープライズ・コンピューティングのあらゆる分野に進出する意思も能力もあることを世界に示すものとなった。AWSはどの分野であれライバルに譲るつもりはまったくないようだ。
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(滑川海彦@Facebook Google+