2016年2月設立の日本発スタートアップ企業、アスツールが今日モバイルブラウザ「Smooz」(スムーズ)をローンチした。iOSアプリとしてダウンロードできる。Smoozは能動的にウェブで情報収集する場面や、何か調べ物をしつつも横道にそれて情報の海をサーフィンするような、かつて「ウェブサーフィン」と呼ばれた体験を支援するために開発されている。
以下の動画で、だいたい動作が分かる。
Smoozは新規のブラウザといってもレンダリング自体はWKWebView(iOS標準のコンポーネント)を使っているので、速度や対応機能などはMobile Safariと変わらないが、標準ブラウザに比べて以下の3つの利点を提供する。
タブ操作がいい感じ
1つはタブの使いやすさ。モバイル上でメジャーなMobile SafariやChromeは、複数のインスタンスを開いて切り替えること自体はできる。ただ、たくさんのタブを開いて切り替えながら閲覧する機能は弱い。Smoozでは、ページ内のリンクを長押し(もしくは3Dタッチ)することで、「バックグラウンドで新規タブを開いてリンク先ページを読み込む」ことができる。iOS標準のMobile Safariでも「リンクの長押し→新規タブで開く」というのがあるが、これはだいぶ異なる動作で、コンセプトが全く異なる。
Mobile Safariでは、新規タブに新しいページを読み込む場合、それが大げさなアニメーションとともに「前面」で開く。一方、Smoozでは新規タブをバックグラウンドで開く。つまり新規ページの読み込み時は、待つ必要がなく、いま閲覧しているページを読み続けることができる。
Mobile Safariのように前面でページロードが始まると、電波状況によってはそこで3〜10秒ぐらい待たされる。このとき真っ白なブラウザ画面を呆けたように眺めることになるのは、ぼくのようなせっかちにはツラい。
検索結果やインデックス的なページから、気になるページ(アイテム)を選択して、ポンポンと開いていくような遷移のスタイルは、ヘビーな情報収集をするときには便利だが、これまでモバイル向けブラウザでは、そういうスタイルはサポートされていなかった。PCなら右クリックだとか、Commandキーを押しながらリンクを開けば裏側のタブでページをロードすることができる(知らなかった人は自分の使っているブラウザで調べてみるといいかも)。
SmoozではGoogleの検索結果で表示されるリストの1つずつに「新規タブで開く」というボタンが追加で表示されている。これをタップすることで検索結果ページから遷移することなく、やはり対象ページを次々とバックグラウンドで開くことができる。今どきスマホは画面も広くて回線も速いので、こうしたPCのようなヘビーな利用形態ができるSmoozは、ちょっと新鮮に感じられる。
ぼくはiPhone上でも主にChromeを使っているが、Chromeはバックグラウンドで新規タブを開くことができる。ただ、「長押し→メニューから選択→(ユーザーに動作を明示するためのアニメーション)→背後のタブで読み込み」というChromeの動作に対して、Smoozは「長押し→黙って背後のタブで読み込み」という、よりストレートな動作になっていて、パカパカとタブ開ける軽快さがある。たくさんのタブを開いた後にページ自体を左右にスワイプすることでタブをヌルヌルと切り替えれるのも新鮮だ。タブは画面下部中央を上に向けてフリックすることで消すことができる。
例えば、いまぼくはスポーツタイプの電動アシスト自転車の物色しているのだけどメーカーによる動力の違いを調べつつ、レビューやカタログ、ショップを漁るようなブラウジングの場合には10や20のタブを開いて行ったり来たりできるのがいい感じだ。あるいは週末の仙台観光では、伊達政宗の事跡を読み漁るのに、Smoozは結構よい感じだった。Wikipediaを中心に延々と読み続けてしまう癖のある人は同意してくれると思うが、ページが完全に遷移する(元ページへは戻るボタンを押さないといけない)スタイルだと、もともとのスタート地点や、起点としていたトピックから延々と離れていってしまって戻ってこれないということが起こるが、Smoozだともう少しツリー状の閲覧ができるように思う。
次の検索クエリを先読みして検索画面に提示
情報収集の効率化という意味では、コンテキストを考慮した、「ユーザーが次に検索したいだろう検索語を提示する」という機能も面白い。
何かある記事を読んでいるときに、画面下部中央にある虫眼鏡アイコンを押すと、そのページに含まれるユーザーが次に検索しそうな語句を抜き出して検索クエリの候補として提示してくれる。今のところページのテキストをスクレイプして形態素解析して抜き出したキーワードにランキングを付けているだけだが、それでも興味関心の赴くままに調べ物をするときには便利な機能だ。
またしても仙台観光の例だと、「仙台 見どころ」として出てきた観光スポットごとに検索のツリーを広げるときに役立つ機能だ。今のところ提示される検索キーワードに調べ物と無関係の語句を拾ってくることもあって、まだもう一歩アルゴリズムの洗練が必要に思われるが、今後の精度向上次第では非常に有用な機能になりそうだ。
ソーシャルの反応も並べて表示
もう1つ、Smoozが面白いのは、はてなブックマークやTwitter上のコメントを各タブからワンタップで呼び出せるようになっていることだ。良くモデレートされたコメント欄でもない限り、見るのがウンザリするような荒れはてたクソリプの山になることもあるソーシャルのコメントだが、あるコンテンツに対して「みんながどう反応しているか」は気になるもの。
これまでPCのブラウザならプラグインを入れたり、ブックマークレットを使ってソーシャルの反応をみてきた人も多いだろう。中にはモバイルでもURLをTwitterクライアントの検索欄に苦労しながらコピペしていた人もいるかもしれない。そういう涙ぐましい努力なしに、ソーシャルの反応が一発で見られるのは良いと思う。Smoozでは自分でもコンテンツ(URL)に対してコメントやツイートができる。
能動的な情報収集を、便利で楽しいものに
さて、しばらくSmoozを使ってみたぼくの感想は「モバイル系ブラウザは、長らく8割の人を満足させる世界観でやってきたのではないか」というものだ。いまや検索なんてしないという人は多いというし、そもそも「ブラウザ」が何かを知らないユーザーも増えているとも言う。ただ、例えば就活時にGoogle検索しないという情報収集力の低い学生なんて正直誰も採用したくないだろうと思う。能動的に情報収集をするユーザー層は常に一定層いるし、そういう利用シーン向けのツールとしてSmoozは興味深いと思う。
でも今さら新規ブラウザを出して受け入れられるだろうか? と問う人もいるだろう。Smoozを開発したアスツール創業者の加藤雄一CEOは次のように話す。
「10年間プリインストールブラウザが支配した時代がありましたが、そこにFirefoxやChromeが出てシェアを取ったことがありますよね。ブラウザは毎日使うものなので、より良いものがあれば乗り換えるというユーザーはいると思っています」。
30代半ばの加藤CEOが大学や高校に出向いて学生たちに調査したところ、「カメラアプリ、Twitter、LINE、Safari」の4つをスマホのメインに置いている人が多かったとか。ほかの3つは選んでるのに、Safariはそうではない。「えっ、Safari以外にあるんですか?」と驚く学生が多いのだという。
Smoozはソーシャルに流れてきたコンテンツをクリックし、またタイムラインに戻るだけという利用層や利用形態は狙っていない。自分で検索してブラウズする体験を良くすることを目指しているという。
「いまのウェブ体験は寂しい。検索してタップして終わり。でも今までのブラウジング体験にとらわれずに、ソーシャルなどを組み合わせて新しい体験を作っていけるはず。かつてウェブサーフィンってありましたよね。コンテンツ同士がつながっていて芋づる式にページを見ていく。何か1つ調べ始めたら3時間くらい見ちゃうような。今はそういうワクワクが足りていなくて、そこにニーズがある、というのが仮説です」(加藤CEO)
モバイル向けでは新規ブラウザは出ていない?
ブラウザ市場の過去と現状を振り返って、もう少しSmoozをコンテクストに置いてみよう。
かつてタブブラザというのは1990年代後半にOperaやFirefoxが切り開いたジャンルだ。それにInternet Explorerが追随して、PC上でタブブラウザが広く使われるようになった歴史がある。メジャーどころ以外にもDonut系と呼ばれる一群のブラウザアプリがPC上では人気を博して一大アプリ・ジャンルとなった時代もあった。これは主に日本でのことで2000年ごろの話だ。
それとは違う進化の傍流として「ソーシャル・ブラウザ」と呼ぶべき試みもシリコンバレーで起こった。2005年登場のFlockや、2010年に鳴り物入りで登場したRockMeltなどだ。特にRockMeltはNetscape共同創業者で、現在独立系VCとして成功しているマーク・アンドリーセン氏が支援していたこともあって大きな話題となったが、やがて忘れられていった。
2016年の現在は、PC向けブラウザの新機軸としてOpera創業者で元CEOのフォン・テッツナー氏が「Vivaldi」を、元Netscapeの社員でJavaScriptの生みの親のブレンダン・アイク氏が「Brave」を、それぞれ違った狙いで出したりしている。Vivaldiはパワーユーザーを意識した機能を盛り込んでいて、Braveは広告・コンテンツのあり方を問い直す仕組みを生み出そうとしていて、新ブラウザというよりネット全体のブラウザ体験を問い直すような試みだ。
というように、今も新ブラウザが出てきていないわけではない。モバイルブラウザでもDolphin BrowserやAtomic Browserなど広告ブロックを始めとする「便利機能を詰め込んだアプリ」というニッチ市場は存在した。
1500万円のシード資金をSkyland Venturesなどから調達
2016年2月創業のアスツールは8月中にシードラウンドとして1億円のバリエーションで総額1500万円の資金を調達している。Skyland Venturesと個人のエンジェル投資家として中川綾太郎氏(ペロリ代表)、伊藤将雄氏(みんなの就活を生み出した人物で現在ユーザーローカル代表)らが出資している。
加藤氏は新卒でソニーに入り、4年目にソニー・エリクソンで北欧に出向。4年ほどスウェーデンの開発拠点、ルンドで過ごした国際派。退職前の楽天ではViberのプロダクトマネージャーをしていた。2年前に起業したときには、イスラエルと日本、エンジニアリングとビジネスの両方を繋ぐことができる人材として楽天に請われて、Viberの外部コンサルを続けながらSmoozの開発を始めたという。「起業とコンサルを並行したことで銀行口座の残高が減らず、精神的なキツさは軽減できたかもしれません」。
加藤氏は早稲田大学の文系学部卒だが、いまも1日の半分はプロダクションコードを書く起業家だ。高校時代にはHP 200LX(Blackberryの遠い先祖でHPの関数電卓の最終進化系端末のようなもの)を日本語化し、Palm Pilot(血縁関係のないiPhoneの先祖のようなもの)に夢中になるオタク少年だったという。Smoozは1年半ほど試作をしたり壊したりしながら、最終型となるものは2016年2月ごろから自ら作ってきたという。
今はフルタイムのメンバーが加藤氏を入れて2人。iOSや自然言語解析、サーバサイドの開発者を探しながらも、「草ベンチャー」として、ソニー時代の同期や、楽天時代のエンジニアが手伝ってくれていたりするそうだ。
「若者の起業はいいと思うんですよ。でも、ぼくなんて37歳と歳を食っているので(笑)、周囲の友人たちは、子どもがいて、結構給料ももらっていたりする。おいそれと誘えないんですよね。彼らには出勤前の朝のファミレスでペアプロしてもらったりしています」
「退職前の楽天時代、Viberの本社があるイスラエルに行かないかという話がありしました。正直迷いましたが、一度行ったら2、3年は腰を据えてがんばりたいし、その頃には給料ももっと上がるだろうし、何かを失うことへの恐れが生まれてきてしまうのではないかと思いました。そうなったらもう一生起業なんてできないと思ったんです」
まずは国内市場でプロダクト・マーケットフィットを模索する。続いて、本当はSmoozのようなアプリに出すのにiOSよりも適しているAndroid向けにもアプリを出す。海外展開のときには、北米市場を狙いと考えているそうだ。