POSデータをめぐる日本の決済業界とアドテク業界の攻防

編集部注:この原稿は八巻渉氏による寄稿である。八巻氏は決済とアドテクをテーマとしたスタートアップ企業「カンム」を2011年に創業した起業家で、日本では珍しいCard Linked Offer(クレジットカード決済連動型優待)と呼ばれる実店舗への送客プラットフォームを開発・運営している。日本ではここ数年、お金に関連するスタートアップ企業がたくさん出てきているわけだが、こうしたサービス群の勢力図を読み解く鍵のひとつは、POSデータという。

にわかに決済業界が賑わっています。スマフォ型クレジット決済リーダー市場では、SquareCoineyロイヤルゲートがあり、家計簿系スタートアップではReceRecoDr.WalletZaimマネーフォワード、タブレット向けレジソリューションとしてはAirレジユビレジスマレジなどがあります。一方、ここ数年、日本でもDSP、SSPをはじめとするアドテクも市場ができつつあります。DSP(Demand Side Platform)というのはオンラインで広告を出す側が利用するプラットフォームで、ターゲットを選んで効率的に広告を配信できるシステムのこと。一方、SSP(Supply Side Platform)とは広告を載せる側の媒体が広告収入を最大化するために広告配信を管理するシステムのことで、アプローチの方向が違うものの、両者は従来営業や広告担当者が手作業で行ってきた広告枠売買や入稿作業を自動化するものです。

さて、決済業界とアドテク業界は直接関係がないように見えるかもしれませんが、関係者の間では、いつかこの2つの業界が合わさり、新しいマーケティング市場が形成されるだろうと言われています。

では、いつ合わさるのか?

私は、そのタイミングを予測するには、POSデータが鍵になると思っています。

なぜなら、上に挙げた決済系サービスで収集できる一般的な決済データというのは、商品データが欠落していることがあり、これが弱点であるからです。POSデータに含まれる商品データと連携する方法を業界全体で常に模索している状態なのです。決済データとPOSデータが結び付けば、決済サービスを導入している加盟店だけでなく、各種商品を提供するメーカー側にもバリューを提供していくことができるでしょう。

アドテク業界が、どう関係するのか? 広告は購買に結び付いて価値をはじめて生むものですから、今後アドテクで、より詳細な費用対効果の測定のために、実際の購買情報を取りに行くのは必然の流れでしょう。

ここまでの話をに出てきた各業界の動向を俯瞰するため、POSデータを巡る新興勢力を図示する以下のマップを作成しました。

ひとつひとつ、それぞれの勢力の動きをひも解いていきたいと思います。

アドテク勢力の動き

ここでのアドテクとは、RTB(Real Time Bidding)に関わる業界のことを指しています。中心はDSPや、SSPのプレーヤーです。こうしたプレーヤーが、広告効果の最適化を図るためにデータを効率的に管理しようとDMP(Data Management Platform)というものを作りました。DMPとは消費者のデータを一箇所に集積して、広告配信を最適化したい企業にデータ販売するものでAudience ScienceDAC(Audience One)などがサービスを提供しています。DMPはもともと、複数企業が使用する共通データプラットフォームですが、それとは異なり、広告を配信する企業内の自社データを一元化して、そのデータを使って自社の広告出稿の効率化を行うために「Private DMP」が生まれました。

昨年、そのPrivate DMPのパッケージがいくつか出始め、今年は野心的な広告主・メディアが導入を始めていると聞きます。例えば、昨年DSPプレーヤーのフリークアウトは、データ解析技術に強みのあるプリファードインフラストラクチャーと、インティメイトマージャーというDMP専門の合弁事業会社を設立したりしました

Private DMPをやる上で、社内のデータの統合は必要不可欠であり、導入元が流通系(百貨店、アパレルなど)であれば、POSデータとの連携は必須となります。そうなるとPrivate DMPを通して、POSデータをいじり始めるプレーヤーが出てくることでしょう。

スマート決済/レジ勢力の動き

スマホ決済の代表格であるSquareを見ていると、ただの決済ではなく、消費者を抱え、加盟店を抱え、データを抱え、そこに一大マーケティングプラットフォームを築こうとしている姿が見えてきます。加盟店は決済端末を通じて、消費者はウォレットを通じて囲おうとしているように見えます(ウォレットとはSquare Walletのことで、クレジットカードと顔写真の情報を入力しておくと、加盟店での支払い時に名前を伝えるだけで支払いが終わるアプリ。お店側は専用アプリで顔写真をチェックして本人か確認する)。また、タブレットPOSもリリースし、POSレジからひっくり返そうとしています。

また、日本のスマホ決済の雄、Coineyも、決済端末だけでなく、今年の1月にモバイルプリンターをリリースしました。カード業界的にレシートの発行は必須、という雰囲気もあったのかと思いますが、商品データもちゃんと入れていくという流れに向けた布石のように思えます。

プリンターと言えば、昨年の12月、東芝TECと博報堂が組んで、電子レシートの実証実験を行っています。動きの遅いと思われてきた、本家POSメーカーの動きにも注目です。

決済勢力の動き

弊社でも提供しているCLO(Card Linked Offer)は、現状数少ない決済連動型のマーケティングを行えるプロダクトですが、上記でも触れたとおり商品データの特定ができません。よって、何らかの形でPOSデータとの連携が必要で、既にPOSデータとの連携を行っているTカードやPontaの様な仕組みを作って、弊社だけでなく業界全体として、いよいよ本格的にマーケティング市場に乗り出す機運が出てきています。

ネット系の決済プレーヤーも、WebPayspike、Yahoo!JapanのFastPayをはじめ、増えてきています。昔に比べて決済データへのアクセスが容易になってきたように思えます。当然マーケティングへの活用のために、ECと密に連携していくものと思われます。

そして、実は決済代行No.1シェアのベリトランスも決済データを広告に活用する「trAd」というサービスを提供しています。

このtrAdというのは、要は決済情報を使って決済完了画面に最適な広告を出す、というものです。昨年、ベリトランスは、eContext Asiaを通じて、三井住友カード、JCB、クレディ・セゾンから出資を受けており、今後の動きが注目です。

家計簿アプリ

そして、今までのプレーヤーは大きな企業との連携を前提とした動きでしたが、もっとお手軽にPOSデータ、というより購買商品データを取得しているプレーヤーもいます。それがいわゆるレシート読み取り型の家計簿アプリで、その代表格ReceRecoは2013年11月時点でダウンロード数115万を超えています。なお、ReceRecoを運営しているブレインパッドは、Private DMPの提供にも積極的で、上の図でいうところの両サイドから虎視眈々とPOSデータを狙っているように見えます。

なお、マネーフォワードやマネーツリーなどのアカウントアグリゲーション系のサービスもいずれマーケティング利用に移ってくるでしょう。こちらは、既にデジタル化された購買データであれば、一人の人間に紐づく一通りのデータが得られ、色々な活用が考えられます。

ではどこが一番先にPOSデータに行きつくか?

別軸として、それぞれがどのような企業と取り引きしているか見てみたいと思います。

Private DMPは、現状やはり広告主、主にメーカーがクライアントになると思われます。そして、ネット上が主戦場になります。よって、Private DMPは今年一通りメーカー系に導入され、広告予算の厳しい流通系はその様子を見ながら、来年度以降、ECを中心に導入していくと考えられ、早くて2年後あたりから事例が見えてくると予想します。リアルのデータを含めるともっと先のことになるでしょう。

ただ、SPA(製造小売業)のように、POSもマーケティングも行っているところもあり、早まる可能性はあります。

かたや、スマホ決済は主に中小企業を中心に導入が進んでいます。理想としては、大手のPOSレジのリプレイスだと思いますが、日本の場合、大手であれば大手であるほど、POSベンダーと密接に連携してゴリゴリにカスタマイズしているため、そこを変えるには時間がかかりそう。来年あたりから中小向けにソリューションが出始めて、2年後くらいからちょっとずつ大手と話を始める流れではないかと予想しています。

「じゃあ、CLOか! ネットとリアルの両方握って、小売もSPAも営業してるやんけ!」と、ポジショントーク的にも良さそうに見えますが、Tカード・Pontaという同じようなスキームで行っている企業と、どう差別化していくかが肝になります。

個人情報の問題

と、今まで消費者の目線を無視した、各業界の動きだけを追ってきましたが、個人情報の問題は置いておけません。おそらく、これからもいよいよデータを勝手に取得するということは難しくなり、ちゃんとどのデータを何の用途に使用するか明示し、かつそれが消費者にとってベネフィットになるものを作り、業界として提示していくことが求められるでしょう。


投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。