Michael Grimes(マイケル・グライムズ)氏は、自身が勤めるMorgan Stanley(モルガン・スタンレー)が喉から手が出るほど欲しいディール取引を次々に獲得し「ウォールストリートの『シリコンバレーをあやつる者』」と呼ばれる。最近では、Facebook、Uber、Spotify、Slackの主幹事を同銀行が務めた。グライムズ氏はバンカー歴32年、うち25年はモルガン・スタンレーで働いた。Google、Salesforce、LinkedIn、Workday、その他数百社のIPOにも関与した。
提供するサービスの優位性から、モルガン・スタンレーなどの投資銀行にスタートアップと投資家から直接上場を求めて声がかかることが多くなった。直接上場はSpotifyが開拓した手法で、Slackも利用した。上場時に株式の一定割合を一般に売り出すのではなく、すべての既存株式を非公開市場から公開市場に一気に移す手法だ。
直接上場の方が銀行手数料が安いし、IPOと異なり希望する既存株主は誰でも上場直後から株式を売却できることもあり、Bill Gurley(ビル・ガーリー)氏やMichael Moritz(マイケル・モリッツ)氏などのベンチャーキャピタリストが好む。通常のIPOでは投資家が会社の手元資金を株主に還元するよう要求することもある。ガーリー氏はIPOの欠点として、過去30年間で新規公開企業が低すぎる株価設定で失った価値は1700億ドル(約19兆円)に上ると語った。
グライムズ氏は先週StrictlyVCイベントで珍しく姿を見せ、直接上場の「価格設定メカニズム」は効率的であり「強く」支持すると述べた。同氏にはこの新しい銀行商品を支持する理由がある。SpitifyとSlackはいずれもモルガン・スタンレーに直接上場を依頼した。直接上場のプロセスには需給両側で同時にオークションを実施して需給を満たす価格を決定し、上場がスムーズに進むための十分な流動性を確保する仕組みがある。
両社の直接上場を成功に導いた実績から、同行は現在AirbnbやDoorDashなどの直接上場予備軍を支援する候補の最右翼にいる(グライムズ氏はモルガン・スタンレーが支援する会社を明かさなかった)。
先週のイベントで、TechCrunchは他の銀行がどう動くのか探った。手数料が少ないとはいえ、モルガン・スタンレーを何とか阻止すれば、同行の優良顧客から仕事がもらえるかもしれない。従来のIPOで銀行は、市場の投資家に先立って手にした株式で儲けていた。
グライムズ氏は約40分間、質問に辛抱強く答えた。Extra Crunch購読者は、質疑応答の内容を11月22日にExtra Crunchで読むことができる。ここでは、質疑応答のハイライトをいくつか紹介する。
TechCrunch(TC):モルガン・スタンレーはUberの主幹事を務めた。Uberの公開があまりに遅すぎたと思わないか。昨年は非常に勢いがあり、IPOすれば1200億ドル(約13兆円)の価値がつくと銀行から言われていたようだ。今の価値のほぼ3倍だ。その金額で公開できると思ったか。
Michael Grimes(MG):今この瞬間に、企業の価値評価を行うとする。成長見通しがある公開企業で、利益率もこの先もっと高くなりそうだとしよう。銀行のアナリストと買い手サイドの投資家それぞれの価格予想を平均すると、2倍から4倍くらいの開きが出ることは十分にある。それくらいが普通だ。ある会社の3年後の株価予想として、30ドル、60ドル、80ドルのいずれも十分あり得る。そのくらい変動は大きい。
TC:その変動性は将来起こる事象のタイミングの違いによるものではないのか。
MG:市場浸透度によるものだ。Uberの月間アクティブユーザーが世界中で1億人くらいだとする。それは人口の何%にあたるのか。1%に少し届かないとしよう。その1%は2%、3%、6%、10%、20%になりそうか。それとも、みんながUberをやめて空飛ぶタクシーを使い始めたら0.5%になってしまうのか。
変動する要素、つまり発生し得る事象をすべて考慮に入れると、結果の予想に大きなばらつきが生じる。すべてが毎日同じように取引されるべきだ言うのは簡単だが、Googleで起こったことを見てほしい。同じことが別の企業にも起こり得るいう人もいれば、起こり得ないと言う人もいる。通常は市場の飽和点に達するか、新しい競合他社に直面する。
評論家として「本来はもっと高い」とか「もっと低い」と言うのは実に簡単だが、投資家は毎日実際に意思決定しなければならない。
TC:株価設定に関して可能な限り楽観的になるのがあなたの仕事なのか。すべての変数を前にして、どのように数字を見込むのか。
MG:我々の仕事は「現実的に」楽観的でいることだと思う。テクノロジーが今後何も変化をもたらさず、ソフトウェアがもう世界に浸透しないのなら、おそらく楽観的なバイアスは少なくなる。だが、当たり前のように聞こえて、よく忘れる原則がある。持ち金を失う限度は100%だが、増やす方には上限がない。ところで、ベンチャーキャピタル(VC)は彼らが言うほどリスク回避的ではないと思う。投資の約80%か90%が最後は損になり、5%か10%が10倍、20倍、30倍になる。ポートフォリオアプローチと呼ばれるものだ。IPOに投資する機関投資家ほど顕著ではないが、同じ考え方。お金は失っても100%までだ。
5つの会社に等しく投資し、1社への投資価値が10倍になったとする。お金を稼いだことを理解するために、他の4社に何が起こったのかを知る必要があるだろうか。最悪でも投資資金は倍になったからには、また投資を始めたいと思うはずだ。このように、一般的にバイアスは上向きに働くが、我々の仕事は現実的でいること、そう試みることだ。我々はそれを神聖な義務だと思っている。株価は変動するだけでなく、変動の度合いの問題もある。我々が心掛けるのは、投資家にどう受け取られるかに関して本当に良いアドバイスをすること。プロセスが意図したとおりに進めば、もともとの見立てが正しかっただけでなく、会社が高い変動性の範囲内にとどまることができる。
TC:この夏、CNBCの番組でビル・ガーリー氏が視聴者に、銀行によるIPO価格設定の誤りが、過去3年間で金額にして1700億ドル(約19兆円)に上ると語った。これは、企業が取りこぼした金額だと言える。直接上場は必要なのか。なぜ直接上場の方が良いと思うのか説明できるか?
MG:もちろん。ガーリー氏は、直接上場にスポットライトを当て素晴らしいサービスを提供したと考えている。Spotifyでイノベーションを起こし、Slackでも上手くいった。我々は直接上場が気に入っているし、今後の見込みにも強気だ。「直接上場がどう機能するか」というのが質問か。
TC:そうだ。適正価格の「発見」に関わることだからだ。直接上場では、株の所有者と潜在的購入者それぞれから話を聞いて、需給を満たす価格を見つける。ただこれなら、従来のIPOと違いはないように思える。
MG:実際のところは技術的に異なる。従来のIPOでは仮条件価格に幅がある。例えば8〜10ドルだとする。目論見書提出後2週間、我々は毎日、その価格レンジ内で購入を希望する株数について機関投資家から注文を取って回る。機関投資家は通常そのレンジ内で購入する。拘束力はないが機関投資家はまず従う。投資家が望む価格がレンジの外にある場合は、出直してもう一度聞く。需要が非常に多いのに売り出される株式数が固定されている場合、供給量が固定されてしまう。上場する会社は株価上昇を望むから、基本的には応募超過を狙う。かといって上場後に株価が上がり過ぎるのも嫌う。本来会社が得られた金額がもっと多かったことを意味するからだ。上場後に株価が下がるのはたとえ少しでも嫌がる。上場後に株価が変わらないのも良くない。実質的には下がったと受け止められかねないからだ。そこで会社としては、上場後に穏やかに株価が上昇するのがいい。例外はGoogleのIPOで、上場後の株価が変わらないように公募価格が設定されたが、ふたを開けたら株価が緩やかに上昇した。14%程度だったと思う。
価格レンジは1回か2回変わる可能性がある。規制当局のレビューが入るため、あまり時間がなく、そうは変えられない。例えば、8〜10ドルのレンジを10〜12ドルに上げても、まだ需要が供給を上回っているとしよう。ここで判断が要る。結局いくらで値がつくのか。14ドル、15ドル、あるいは12ドルなのか。一部の投資家は25ドルだと考え、別の投資家は12ドルだと考える。変動性が問題になるわけだ。取引が始まると、IPOの前夜に売り出された株式かそのまた一部が取引されるだけだ。他の株はすべてロックアップ(IPO後、特定既存株主の売却を一定期間禁止する制度)され、売却できない。6カ月間は、ロックアップ対象外の投資家や元従業員以外の株主が保有する同じ株が何度も取引される。
TC:直接上場の話を聞きたい。
MG:直接上場では、会社は株式を発行しないし、銀行も株式を引き受けない。すなわち、銀行(日本では証券会社)が株式をいったん購入し、すぐに機関投資家や個人投資家に売却するプロセスはない。だがマーケットメイキングはあり、そういう意味で取引の開始方法は似ているが、規模は完全に自由だ。ロックアップもない。原則として上場前株主の全員が株を売却できる。一方IPOでは、上場前の株式の平均16%がIPO時に売られる。この割合は15年前から半減した。
TC:そうすると、誰でも初日に売ることができるが、全員が初日に株を売らないようにするための契約などはあるのか。
MG:そういった密約のようなものはない。既存株主は好きなだけ株式を売ることができるが、価格次第だ。直接上場の重要な仕組みのひとつは、取引の開始方法だ。直接上場開始時にはオーダーブック(売買注文の数量と価格の情報)がない。IPOと違い、誰も2週間注文を取らない。当社は投資家と会い、投資家を教育してきた。目論見書などの作成を支援したが、注文はないし価格レンジもない。SlackとSpotifyのおかげで、当社は取引を担当する銀行になった。タイムズスクエアのトレーディングフロアで、当社のヘッドトレーダーのJohn Paci(ジョン・パシ)氏のチームが、売却を希望する既存株主と購入を希望する機関投資家それぞれと連絡を取り、同時にオークションを行った。
従来のIPOでは、多少の変更の可能性はあるものの、仮条件のレンジ内で注文を取っていたが、直接上場では任意の価格となる。買い手側を考えてみよう。誰が8ドルを払い、誰が12ドルを払うだろうか。16ドルも払う買い手はいるか。買い手の需要を聞いて回って、価格順に整理する。同時に売り手側でも同じことをする。「VC No.1、いくらなら売る気があるか」と聞く。「20ドルなら」という答えが返ってきて、我々にその価格の買い注文が手元になければ、18ドルで売れる株主がいないか探す。VC No. 2が株の5%を18ドルで売ると言うかもしれない。 買い手は常にいるが、十分な流動性を確保して取引を開始するだけでは不十分だ。VCを1社、買い手を1人それぞれ連れてきても、その買い手は参加しない。その買い手は「あなたは『自分自身と取引することになる』とは言わなかった」と言うだろう。だから、需要(買い手)サイドのオークションで最高価格を把握し、供給(売り手)サイドの逆オークションで最低価格を把握し、両方が一致し決済できるポイントを探す必要がある。10億ドル相当の株を14ドルで売却する売り手がいて、それに対し需要があれば、それが売買価格になる。
需給の情報は取引所に送信される。取引所は、需給の情報を持っている他のマーケットメーカーや銀行を取引に参加させることができる。例えば他のブローカーからさらに30%を取引に加える。それが最初の取引となる。
画像クレジット:Dani Padgett / StrictlyVC
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(翻訳:Mizoguchi)