スタートアップに「クリエイティブ」を投資する専門家集団NEWS設立

投資家によるスタートアップへの関わり方はさまざまだ。資金を出すだけでなく、経営に深く関わって細かく助言を与え、新米起業家には頼れる存在となるケースもあれば、「金は出すが口は出さない。自由にやって、成長してくれればそれでいい」というケースもある。

今日8月7日に設立が発表されたNEWS(ニュース)は、資金、キャッシュではなく、クリエイティブやマーケティングの知見をスタートアップに投資する、クリエイティブスタジオだ。クリエイティブの対価には、現金の代わりにストックオプションを得ることで、将来の成長からリターンを得る「クリエイティブキャピタル」でもある。

クリエイターにとっての「働き方改革」

クリエイティブをスタートアップに投資するという流れは世界的にも見られるものだ。米国のVC、Sequoia Capital(セコイアキャピタル)は2014年に「Sequoia Design Lab(セコイアデザインラボ)」を立ち上げ、デザインやクリエイティブ機能を提供している。またNike+などのプロダクト、サービスデザインを手がけるクリエイティブエージェンシーR/GAは2017年にベンチャーキャピタル機能をサービスに加えており、Verizon Venturesと共同で起業家支援・育成プログラムを実施するなど、資金やクリエイティブ資本、カスタマーリレーションシップを資本としてスタートアップに提供している。

日本でもSkyland VenturesとクリエイティブエージェンシーのPARKが2017年6月に提携し、シード期のスタートアップにコンセプト開発やクリエイティブをサポートする取り組みを行っている例がある。

今回設立が発表されたNEWSは、クリエイティブディレクターとして海外広告賞も多数受賞している梅田哲矢氏、東京を拠点にグローバルに活動するクリエイティブエージェンシーmonopo(モノポ)の代表を務める佐々木芳幸氏、「よるヒルズ」や「リバ邸」などコンセプト型シェアハウス立ち上げに関わり、2014年にビジョン提案型エージェンシーNEWPEACE(ニューピース)を創業した高木新平氏の3人が共同代表として創業。3人ともクリエイティブに携わり、クライアントワークを10年ほど手がけてきた人物だ。

写真左からNEWS共同創業者の高木新平氏、梅田哲矢氏、佐々木芳幸氏

梅田氏は「NEWSは、クリエイターにとってある意味での『働き方改革』を実現するために立ち上げた」という。クライアントワークとして、時間をかけて作品やコンテンツ、映像などをつくる中では「何のためにつくるのか」を考える場面も多い。その多くは大企業が展開する大きな事業で5%、10%をプラスする取り組みだ。梅田氏は「それも意義のないことではないが、世の中を変革したり、企業の価値を10倍にするようなうねりの中で仕事をする方が、クリエイターにとってはずっと楽しい。仕事の意義やメンタルへの影響を考え、やっていることの量より質を取る仕事をすることで、働き方改革を目指したい」と考え、スタートアップに特化したクリエイティブスタジオを構想するようになった。

スタートアップを相手にすることは決めたが、それでビジネスとして成立するのか。梅田氏は1年半ほどかけて検討を重ねた。大企業なら、大きな金額をキャッシュで動かせる。「量より質」のコンセプトをもとにスタートアップ向けのメニューを打ち出して、成長後にリターンを得るというモデルを現実に落とし込むと「収益が上がるのは何年後になるのか?」という課題は出てくる。言うまでもなくキャッシュフローは事業を行う上では大切だ。

梅田氏は、スタートアップと長期的に伴走を行うことを想定して、幅広い分野から参画メンバーをそろえ、「分散型」にすることでクリエイティブ投資を可能にしようと考えた。それぞれの参画メンバーには軸となる収入源があり、それとは別の時間を一部「投資」する形を取る。余剰資金を投資にまわす、というのと似た発想で、余った時間を投資するような感じ、という梅田氏。とはいえ「スタートアップの成長につながるよう、コミットはする」と述べる。

創業に先駆けて梅田氏は、所属する広告代理店の仕事とは別に、副業的に1年間ほど仕事を実際にやってみたそうだ。その結果「10の時間がかかると思っていた仕事でも、5で終わるようにできるものだと分かった」(梅田氏)とのことで、かえって生産性は上がり、余剰時間といえどもコミットは可能と判断したという。

8月の時点で参画するメンバーは、共同代表の3人も含めて11人。コピーライターから編集者、戦略コンサルタント、キュレーターと多様なメンバーが、案件の特性ごとに最適な組み合わせで参加することにより、幅広い対応と効率の両立を図る。

専門家集団が「分散型」でスタートアップに寄り添う

メンバーに本業があって、案件ごとに必要なメンバーだけが「バスケット方式」で参加していくスタイルになる、と聞いて気になったのが、本業でのクライアントとNEWSが手がけるスタートアップとの間で競合関係が生じることはないのか、という点だ。もちろんスタートアップは今までになかった事業にトライしていくものだし、そう簡単には衝突しないとは思うが、疑問を梅田氏にぶつけてみた。梅田氏は「領域でそう重なることはない、ということもそうだが、(自分たちが支援しようとしているシード期のスタートアップでは)規模的にも全く異なるので、おおむね問題にならないだろう」という。

また、スタートアップと既存の取引先の大企業とを引き合わせることで、互いにメリットを生み出す効果も期待できるという。「パイを奪い合うというよりは、大企業とスタートアップとが協調することでWin-Winの関係を築き、全体で大きく伸びようという時代が来ている」(梅田氏)

投資先としてNEWSが対象とするのは、生活を大きく変える可能性を秘める5つのメガトレンドに取り組むスタートアップだ。「自動化」「リアルタイム化」「グローバル化」「キャッシュレス化」「ノーマル化」でディスラプティブに社会や生活を変えるサービスを手がける企業に投資していくという。

クリエイティブスタジオとしてのNEWSの強みは、起業家と同世代の多様なメンバーが、専門家集団としてスタートアップに寄り添う、というところだろう。特に共同代表の佐々木氏、高木氏は、NEWSとは別に創業経験があり、そちらとの連携でスタートアップに提供できることも広がるとの想定がある。

メンバーはコピーライター、編集者、戦略コンサルタント、ビジネスデザイナー、コンテンツプロデューサーと多様。

佐々木氏が2011年に立ち上げたmonopoは、東京を拠点にグローバルで活動するクリエイティブエージェンシーとして、国内外の企業にブランド、UI/UXや広告デザインなどのサービスを提供している。佐々木氏が「南米以外の全世界から集まっている」というmonopoの社員は、30人中4割が外国人。日本から海外への進出、海外企業の日本進出でもサポートを行い、今年はロンドンに子会社も構えたそうだ。

佐々木氏自身はクリエイターとしてというよりは、プロデューサーとして動くことが得意だという。海外から日本進出を目指す企業を内側からクリエイティブで支援する際に、日本法人の株式を持つケースもあるそうだ。こうした活動の中で、クリエイティブと連携した投資ニーズを感じており、方法を考えていたところ、NEWSの構想と出会ったと佐々木氏は話す。

佐々木氏は「日本企業はグローバル化していない。中国・台湾やアジア進出は果たせても、欧米目線でブランドやコミュニケーションを考えたときに、本当にグローバルで展開できるかは疑問」と述べ、monopoで培った世界のクリエイターとのネットワークを通じ、NEWSで「グローバル進出を見据えたブランド戦略も提示できる」としている。梅田氏も「プロダクトのネーミングなど、最初から考えて手を打たないと、後から名称変更するとなるとブランド価値も損なわれたりムダになったりする。今後市場の縮小が予想される日本だけでなく、海外へ出ることを考えれば、起業後、早いうちからプロとタッグを組んだ方がいい」と述べている。

高木氏が率いるNEWPEASEは2014年創業の「ビジョニングカンパニー」。企業やプロジェクトへ事業視点でビジョンを提示する活動を行っている。

高木氏は「ビジョニングはスタートアップには手が出しにくい領域。資金面での難しさや、直接のメリットが見えにくく『ペイしない』と投資家にも受け取られるため、IPO後、もしくは早くてもプロダクトマーケットフィットした後でなければ着手されない」としつつ、「だが『どうすれば世の中の話題になるか』を考えると、実は長期的に、最初からビジョンを提示するほうがいい」と述べる。

例として高木氏は、米国のD2CブランドEverlane(エバーレーン)を挙げる。「Everlaneはビジネスモデル、原価開示そのものをコミュニケーションにして成功している。同様にスタートアップでは事業自体がコミュニケーションになる。事業そのものにアイデア、ビジョンが求められている」(高木氏)

こうした思いから高木氏も、スタートアップへ一部投資を行い、自らスタートアップへのビジョニングの事業化にも取り組もうとしていたが「スタートアップからお金をもらう仕組みがなかなかつくりにくい」(高木氏)ということからストックオプションによるクリエイティブの投資に着目したという。

「ストックオプションは社員へのサクセスシェアとして使われる手段だが、外部でも利用できると近年検討されており、それを取り入れた。ゼロからブランドづくりに関わり、積み上がったら資産としてそれをシェアする。その実験の場としてNEWS創業に参画することにした」(高木氏)

クリエイティブを生業とする人にも新しいチャンスを

梅田氏はNEWS設立の意義について「いわゆるメディア、広告とスタートアップとを近づける試み」と語る。「クリエイティブエージェンシーは、普通は大企業をクライアントとして手堅くやった方が儲かる。また日本の特性で、大企業やマスメディアがクリエイティブ市場に占めるシェアが大きいという点がある。フィーや制作費が出せず、プロダクトそのものと違って投資の優先度も落ちるため、スタートアップは長期的なブランドづくりができていない。そうした状況を変えたい」(梅田氏)

「マーケティング活動の専門家でない起業家にとっては、その分野で正しい意思決定をするのは難しい」と梅田氏はいう。「我々は、クリエイティブやマーケティングに関わるさまざまなノウハウを持っている。調達などによりマーケティング予算がある程度できたときに、NEWSではスタートアップがだまされたり、間違った使い方をしたりしないようにサポートすることもできるだろう。スタートアップとクリエイティブの世界を近づけ、成長速度を上げ、グローバル展開を支援する。これを大きなうねりにしたい」(梅田氏)

また高木氏は「今あるCMや広告も、手法が初めて出た当時には新しいものだったはずだ。その後、佐藤可士和氏が“クリエイティブ”というかたちで“経営”と対峙した。そして今はデジタルデバイスやインターネット、ソーシャルメディアなどの出現により、今ならではの手法がある」と述べている。「NEWSは、クリエイティブを生業にしている人にも新しいチャンスを提供できるだろう。さらに、新しい産業にも寄与する取り組みだと考えている」(高木氏)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。