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シリコンバレーでは、テック業界におけるダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包含性)を推進する活動が新たな局面を迎えている。Code2040(コード2040)のKarla Monterroso(カーラ・モンテローソ)CEOがTechCrunchに語ったところによると、この活動の支持者の中には、この局面を「初期段階の終わり」と呼んでいる人もいるという。
支持者たちは当初、テック系コンファレンスでダイバーシティの欠如を声高に非難することや、ダイバーシティ関連のデータを公開するよう企業に要求すること、また、パイプライン問題が偽りであることを暴くことに集中していた。その後、ダイバーシティ担当職の設置や無意識の偏見をなくすトレーニングの実施へと論点がシフトしていった(これについてはTechCrunchの「Diversityand inclusion playbook(未訳:ダイバーシティとインクルージョンに関する戦略)」を参照していただきたい。ただし、こうした戦略だけで結果が出るわけではないことは指摘しておきたい)。
「うわべだけを飾る段階は過ぎ、今は、説明責任、結果、昇進、定着率について議論すべきときだ。つまり、テック業界から反感や敵意を排除するためにどのアクションから実行すべきか、その優先順位を決めるべきときである」モンテローソ氏はいう。
ダイバーシティとインクルージョンを推進する動きは、ここ数年である程度の成果を上げてきたが、同時に著しく後退した部分もある。テック系社員は、自分たちが声を上げて組織的に何かに取り組むことが非常に大きな影響力を持つことを知っているが、セクシャルハラスメントや不適切な行為の加害者になっても相応の責任を取らされることはほとんどない。一方、有色人種や女性がベンチャーキャピタルから出資を受けられるケースは今でも非常に少なく、テック業界におけるダイバーシティとインクルージョンの推進は、まるで氷河のように、遅々として進んでいない。
Kapor Capital(ケイパー・キャピタル)とKapor Center for Social Impact(ケイパー・センター・フォー・ソーシャル・インパクト)の共同創業者Freada Kapor Klein(フリーダ・ケイパー・クライン)氏は「現在の状態に至るまでの10年間で、大きく前進したこともあれば、少し遠回りしたり、後退したりした部分もある。ポジティブな方向に進んだかと思うと、必ずネガティブな方向への反動がある。同様に、非難の声を上げるようなときでも必ず、誰かが望みはあると唱える」とTechCrunchに語った。
テック業界におけるダイバーシティとインクルージョン(D&I)に関する問題についてはこれまで多くの記事が執筆されてきた。D&Iの問題を是正しようと数々の誠実な取り組みが行われているが、この問題が全面的に是正されることは決してないだろう。なぜならテック業界というのは、社会と、社会が抱える人種、性別、階層、能力、年齢、性的指向に関するすべての問題を反映する鏡だからだ。
だからといって、希望がないわけではない。テック業界の未来は、そこで日々働くテック系社員、新しくスタートアップを始める創業者や新鮮な視点を持つ投資家の手にかかっている。そして、痛切に思い知らされたのは、経営幹部がこの問題に真剣に取り組む以外に方法はないということだ。
トンネルの出口に見える光にたどり着くには、今日のような状況に至った経緯をテック業界が理解して受け入れる必要がある。そして、D&I責任者を置く、無意識な偏見をなくす単発のトレーニングを取り入れるといった一時的な方法がいかに非効率であるか、また、本来の目的を達成するには何が必要なのかを認識する必要がある。
白人版オールド・ボーイズ・クラブ
シリコンバレーは圧倒的に白人男性優位の世界であり、さまざまな背景を持つ人たちを歓迎することが本当に不得手な業界であることはよく知られている。このオールド・ボーイズ・クラブは、業界の初期の頃から有色人種や女性を不利な立場に置いてきたし、それは今でも変わっていない。
ダイバーシティとインクルージョンを求める現在の動きが始まったのは10年以上前だ。当時、テック系のコンファレンスやオールド・ボーイズ・クラブでも女性の発言権の弱さについて議論されることはあった。
現在はGlitch(グリッチ)のCEOで、当時はThinkUp(シンクアップ)の共同創業者だったAnil Dash(アニール・ダッシュ) 氏は、2007年に発表したエッセイ「The Old Boys Club is for Losers(仮訳:敗者たちのオールド・ボーイズ・クラブ)」で、テック業界で白人男性優位の現状を擁護している人たちは、実は失敗の文化を擁護している、と書いた。「自分のコミュニティ内のすべてのメンバーに手を差し伸べて平等な機会を与え、新しいアイデアや声に耳を傾ける人たちは、単に勝利するだけでなく、勝利し続ける。白人男性以外お断り、という文化を擁護して成功できるかもしれない。しかしそれは、自分自身をお払い箱にしてしまうことと同じだ」とダッシュ氏はいう。
2019年なら多くの人がダッシュ氏の考えを歓迎しただろう。だが、2007年当時のテック業界人の大半はダイバーシティについて今とはまったく異なる考えを持っていた。そのあまりの違いにダッシュ氏は、「記事を公開したらもうテック業界にはいられなくなると確信していた」とTechCrunchに語った。
「私には幸運にもプラットフォームがあり、自分の主張を発表できるだけの経歴もあった。しかし私は、あのエッセイで自分のキャリアが終わったと確信した。『もうどうでもいい、これで終わりだ。どうせサンフランシスコを離れるんだから、この業界に戻れなくてもかまわないさ』と思っていた。今考えると笑える話だ。シリコンバレーにはオールド・ボーイズ・クラブがあるんだと誰もが言ったと思う。それは非常に排他的なものであり、それこそまさに我々が取り組むべき問題だ」とダッシュ氏はいう。
ダッシュ氏は、上記のエッセイを投稿したときに自分がどこに座っていたかをはっきりと覚えているという。なぜなら、もう誰も自分が業界に戻ることを許してはくれないと思ったからだ。
「幸運にも、そうはならなかった。オーバートンの窓が興味深く有意義な方向に少しシフトしていたのだと思う。しかし、問題はそのままだった。問題について話せるようにはなったものの、問題を解決しているわけではなかった」とダッシュ氏は指摘する。
Project Include(プロジェクト・インクルード)の共同創業者でKleiner Perkins Caufield & Byer(クライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤー)に対する訴訟で注目を浴びたEllen Pao(エレン・パオ)氏も、ダッシュ氏の言葉に同意する。2012年、パオ氏は、職場で性差別と報復があったとして、当時の雇用主を訴えた。2015年、陪審は、差別があったというパオ氏の主張を退けた。
「私が訴訟を起こした当時、まったく正気じゃないと言われ、嘘つきのような扱いを受けた。あの訴訟は、こうした差別が明るみに出た最初のケースだったので、人々もどう反応してよいかわからなかったのだと思う。今は、多くの人たちが自らの差別体験を語り、この問題に関心を持つよう呼び掛けているので、人々も差別が問題であることを認めるようになっている」とパオ氏はTechCrunchに話してくれた。
今と当時の違いは、問題に対する態度が「見ぬふりをしよう」ではなく「どうにかしよう」に変わったことだ、パオ氏はいう。
パオ氏はまた、「問題は、ほとんど何も対応策がとられなかったことだ。企業はこの問題を、会社イメージの低下とそれに対応するための広報戦略という観点で捉えている。経営上の死活問題だと考えてはいないため、大きな変化が生まれることはない。だから何度でも同じ問題が起きる」と語る。
Uber(ウーバー)では、エンジニアのSusan Fowler(スーザン・ファウラー)氏が同社のセクシャルハラスメント疑惑について同社に極めて不利な主張をした後、共同創業者のTravis Kalanick(トラヴィス・カラニック)氏がCEOの座を追われたが、パオ氏はこの件に関して、新しいCEO(Dara Khosrowshahi(ダラ・コスロシャヒ)氏)に変わったところで大きな変化は望めないと考えている。
「前と同じようなひどい問題は起こらないとしても、ダイバーシティが同社で全面的に実践されているわけではない」とパオ氏は語った。
そしてTesla(テスラ)問題である。パオ氏はこの問題を「ごみ箱の火事」と呼んでいる。
2018年、テスラの黒人工場労働者が、同社のカリフォルニア州Fremont(フレモント)工場における人種的偏見と差別の文化について口を開いたのだ。
「やるべきことはまだ山ほどあると思う。人々の態度が変わったこと、差別の経験談に人々が反応するようになったことは確かに大きな変化だが、十分というにはほど遠い」とパオ氏はいう。
日本版編集部注:本稿は米国版TechCrunchが2019年6月に公開した記事を翻訳・再構成したものです。
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(翻訳:Dragonfly)