編集部注:本稿を執筆したBryan Martinは、8×8の取締役兼CTOだ。
ルーマニアは長らくの間、テック企業の問い合わせセンター、ソフトフェア開発、そして研究開発のアウトソース先として重要な拠点であった。今、ルーマニアは独自の起業家カルチャーを育みつつある。
オンライン上のデータベースであるRomanian Startupsでは、国内のスタートアップを300社を掲載している。一年前の掲載数は約250社だった。このセクターにおけるインキュベーター、エンジェル投資家、ファウンダーも増えており、合計するとその数は600ほどになる。
ルーマニアのテック企業のスタートアップシーンはまだ芽が出たばかりではあるが、成長している。そして登場したばかりの、あるいはこれから登場するいくつかの企業は、ゲームチェンジャーとなりうる素質を持っている。ルーマニアにエンジニア・チームをもつVector Watchは、30日間充電不要のバッテリーを備えたスマートウォッチを開発した。Axosuitsは障がい者向けの安価な外骨格を開発したロボティクス分野のスタートアップだ。
ルーマニアにおけるテック系スタートアップ文化が小規模なのは当然だ。
また、大規模なテック企業もルーマニアが生んだ企業たちに目を光らせている。2014年、Facebookは2人のルーマニア人によって創立されたLiveRailというテック系スタートアップを買収した。2013年には、ブカレストに拠点をもつ、eコマースの各種機能を提供するAvangateがサンフランシスコのFrancisco Partnersに買収された。2012年には、ルーマニアの起業家が創立した、バンクーバー発のSummifyをTwitterが買収。そして2015年には、豊富なエンジニア人材と最先端のクオリティ管理ソフトウェアをもつQuality Software Corporationを我われが買収した。
マーケット調査のThomson Reutersのデータによると、過去3年間においてルーマニアのテック企業とテレコム企業が合計16社買収された。13社のルーマニア籍のメディア、エンターテイメント企業も同様だ。
魅力に溢れる人材
ルーマニアでのアウトソーシングは今でも魅力的だ。IntelやOracleを含む企業たちは、ルーマニアに店舗やコールセンター、ソフトウェア開発拠点、サポートサービス拠点を設置している。
彼らはルーマニアが持つチカラに惹きつけられ、同様にそれはルーマニア独自のテック業界の発展に寄与するだろう。それは以下のものだ:
人材:労働市場の調査会社であるBrainspottingのレポートによると、人口が2000万人ほどのルーマニアにおいて、ITスペシャリストの資格をもつ人数は9万5000人にのぼり、世界ランキングのトップ10入りを果たしている。その半数がソフトフェア開発者だ。そして、ルーマニアのITプロフェッショナルの約9割が英語を使いこなす。ルーマニアのAssociation of SoftwareとIT Servicesは、IT分野の国内労働人口が2020年までに3倍になると予測している。
教育へのフォーカス:ルーマニアの大学はIEEE Design Competitionの上位3校に2001年から毎年ランクインしている。さらにBrainspottingの2014年度版のレポートによると、国際情報オリンピックと数学オリンピックのルーマニア人メダリストの数はロシアと中国に次ぐ第3位で、ヨーロッパの国々の中では最も多い。
経済トレンド:世界銀行によると、過去20年間ルーマニアは常にEU諸国の中でも最も高い経済成長率をもち、パフォーマンスも高い国の一つである。インターネット速度のランキングでも高い順位を保ち続けている。若者に起業家スキルを教育する非営利団体のJunior Achivement Romaniaは、高等学校でアントレプレナーシップを教える授業が一般化しているという。
テクノロジーにフォーカスする
ルーマニアにおけるテック系スタートアップ文化が小規模なのは当然だ。
これまでの共産主義体制によって民間企業は軽蔑され、禁止されてきた。民間企業が出現したのは、ほんの20年ほど前にルーマニアが民主化を果たしてからのことだ。それ以降、その他の周辺国と同じように、ルーマニアの再建は外国からの投資に重度に依存してきた。同時にルーマニア政府はテクノロジー分野にも注力した。
ルーマニアが真のテクノロジー・ハブとなるまでには超えるべきハードルが多く存在するのも確かだ。
2001年以降、ルーマニアはIT分野の労働者に対し、雇用者への貢献度に応じた非課税政策を実施している。この政策は新しい労働者のIT分野への流入を加速している。ルーマニアはヨーロッパの最貧国の1つなのだが、昨年のRed Herringのレポートによると、ルーマニアでのIT分野における給与は平均より3倍(またはそれ以上)高いことがしばしばであるという。
ルーマニアがIT分野に強みをもつのは、この国の過去も関係しているとRed Herringは述べている。ソビエト連邦の経済の階層化計画において、ルーマニアはITコンピューターの製造を任された東ヨーロッパ圏の国であると位置づけられていた。
「それによって私たちは有利なスタートを切ることができました」。ルーマニア人のテック起業家であり投資家でもあるRadu GeorgescuはRed Herringの記事の中でこう語った。Georgescuが率いるGeCADはRAV Antivirusを開発し、2003年にマイクロソフトによって買収された。この出来事は、ルーマニアのテクノロジー・セクターが持つポテンシャルの開花を説明するために語られることが多い。
健全な競争
Brainspottingによると、現在ではルーマニア国内においてIT企業の半数以上が首都ブカレストに拠点を構えているという。Oracle、Intel、IBM、Adobeなどの企業の拠点もそうだ。しかし、ルーマニア第2の都市クルジュにも注目が集まっている。growthbusiness.co.ukの新しい記事のヘッドラインは、「ヨーロッパのシリコンバレーなのか?」と問いかける。Brainspottingは、クルジュにおけるIT人材に対する需要は供給を超過していると述べた。
クルジュが企業の需要を活用して、街の発展につなげることを考えていることは確かだ。
Cluj Innovation Cityは、この都市とその周辺地域における主要なプロジェクトだ。このプロジェクトの目的は、地方自治体、大学、そしてビジネス・コミュニティを連携させ、テック・セクターの発展を促すことだ。これは、スタンフォード大学、テック企業のパイオニアたち、そしてVCコミュニティによって10年前にシリコンバレーで組織的に発生した協同プロジェクトによく似ている。
多くの人々が指摘するように、ルーマニアが真のテクノロジー・ハブとなるまでには超えるべきハードルが多く存在するのも確かだ。資本へのアクセスは限られている。リスクテイクを良しとする文化はまだ始まったばかりだ。政府は官僚的で、スタートアップを支援する法律は不足している。しかし、すべての変革はどこかで始まらなければならない。私たちが見るかぎりでは、ルーマニアはその一歩を踏み出している。
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