日本の銀行が備えるべき、スタートアップとの金融サービス戦争

編集部注:この原稿はJames Riney氏(@james_riney)による寄稿である(英語版の同一記事はこちら)。Riney氏は500 Startups Japan代表兼マネージングパートナーのベンチャーキャピタリストだ。J.P. Morgan在職中に、STORYS.JPを創業。その後、DeNAでベンチャーキャピタリストとしてグローバル投資に従事。2015年に$35M(約38億円)規模のファンドである500 Startups Japanの代表に就任。2016年にはForbes Asia 30 Under 30に選ばれている。

 

日本では、「タイムマシンモデル」という表現がよく使われます。これは、スタートアップやイノベーションに関するシリコンバレーとの時差を指しています。シリコンバレーで話題の企業が、一流ベンチャー・キャピタリストからの資金調達に成功すると、それを模倣する企業が各地で出現しがちです。この現象は決して日本特有のものではありません。文字通り「模倣」を自らのコアコンピタンスにしてしまったドイツのRocket Internetは、世界中に模倣サービスを立ち上げています。

タイムマシンモデルの勢いが増すと、たいてい起こるのが激しい競争です。複数のプレイヤーが出現し、最も大きいシェアを獲得しようとします。そして、ナンバー1とナンバー2は、シェアを獲得するために何億もの資金を調達します。最近あった最も有名な例は、ニュースアプリをめぐる争いでした。

米国では2010年にFlipboardというニュースアプリがローンチされました。美しいデザイン、細部まで行き届いた気配り、そしてページを直感的に「めくる」ようなユーザーインターフェイスによって、Flipboardは、App Storeの人気ランキングで1位を獲得します。大ヒットとなり、ニュースアプリ・ブームの火付け役にもなりました。

このブームは、2012年に日本に到来し、SmartNewsとグノシーという2つの重要なニュースアプリが日本でも立ち上げられました。いずれも数十億にのぼる資金調達を行い、日本のエコシステムに大きな影響を与えています。2014年に行われた最も巨額な資金調達ラウンドで彼らのピッチを観た際に、勝者が全てを獲得する、なんて激しい市場なんだと感じたことを、今でもまだ思い出します。調達資金は軍資金となり、戦いの兆候はあらゆる所に見られました。そして、戦いの場はオンラインだけではありませんでした。グノシーは、日々のニュースをまとめて読みたいときに「グノシー」が思い浮かぶように、電車の中吊り広告やテレビCMに何億も投じたのです。その後、同社は2015年にIPOしました。

日本では現在、似たような戦争が起ころうとしています。今回はモバイルP2P決済がその戦場です。8年前に米国で設立され、現在はPayPalの傘下にあるVenmoという会社があるのですが、日本では複数のプレイヤーが日本版Venmoになろうと熾烈な戦いを繰り広げているのです。日本版に相当するのは、AnyPay、KyashとLINE Payであり、ある程度似ているのがよろペイです。この戦いがとりわけ興味深いのは、ニュースアプリの戦いとの類似点が多いことでしょう。そればかりか、AnyPayはグノシーの元CEOである木村新司氏により設立されています。同氏の戦い方は、グノシーの時とほぼ同じです:

  1. 誰もが利用するマーケットを選ぶ (例:ほとんどの人がニュースを読むし、ほとんどの人が送金をしなければなりません)
  2. 「実証済みのモデル」を選ぶ (例: Flipboard、Venmo)
  3. サービスを徹底的に展開し、認知度を高めるために莫大な広告費を投入する

AnyPayとKyashは共に、軍資金を確保済みです。木村新司氏はすでに、広告戦略を実行に移しており、テレビCMに多大な費用をかけています。まるで歴史が繰り返すのを見ているようです。

時間がたてばこの戦いの勝者が誰なのかは判明します。しかし、この戦いはより大きな文脈で特に重要なものになるのではないか、という気がしています。P2P決済自体の利益率は極めて薄く、ものすごくスケールしない限り、ビジネスとしての旨みはありません。それでも、モバイルP2P決済の潮流を捉えることは、銀行にとって今後不可欠になるでしょう。利用者は、従来の銀行を経由しないで、第三者サービス上での支払いを選ぶようになってきているので、何が銀行で何が銀行でないのか、その辺りの線引きがいずれ曖昧になってくるでしょう。最も利用頻度の高い決済アプリを通じて多数の銀行商品を紹介される、そんな未来も近いのかもしれません。

Venmoのローンチは10年近く前になるのに、モバイルP2P決済が米国で事実上普及し始めたのはつい最近です。2016年に携帯を使って送金を行っていた米国人はたったの11%でした。しかし、主力プレイヤーらは、目を見張るような成長を遂げています。Venmoの2016年の年間取扱総額は176億ドルにのぼり、2015年の75億ドルより増加しました。JP Morgan ChaseのQuickPayの2016年年間取扱総額は280億ドルとなり、前年同期の210億ドルより増加しています。日本でもいずれ似たようなトレンドが起こることは、避けられないことだと感じています。

米国と日本の大きな違いは、円滑なオンライン体験を提供するために大手銀行が動かなければならないスピードです。米国での競争は熾烈を極めます。従来の銀行がイノベーションに素早く対応しないでいると、何百ものスタートアップが次々と銀行のビジネスを奪っていきます。一方、最近になるまで手強いフィンテック・スタートアップがあまりいなかった日本では状況が異なります。App Storeで国別の大手銀行アプリのレーティングを見ると、そのダイナミクスが顕著です。

日本における金融サービスは、将来どのような展開を見せるのでしょうか。Anypay、Kyashやその他のスタートアップは、イノベーションを推進し、米国で利用可能なサービスと同等のシームレスな金融サービスを提供するかもしれません。そして、いずれ銀行が無視できないほどにまで成長する可能性があります。すると、銀行らは、それを上回るオンラインサービスを提供できるよう、自らを改革する必要があります。しかし、その頃には、時すでに遅しかもしれません。きっと、デジタル時代に対応したプロダクトを商品化できる人材がいないでしょう。その場合、銀行らは、こうしたスタートアップを買収し、しかも高値で買収しなければならない可能性があります。

あるいは、今のうちに行動することもできます。オンライン体験の向上を最優先にしたり、消費者向けテクノロジー商品の構築ができる人材を今から採用したりすることです。簡単ではありませんが、今なら手遅れになることもありません。

とは言え、私個人としては、日本における金融サービスの競争激化を楽しみにしています。私たちのような消費者にとって、より良い体験に繋がるはずだからです。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。