機械学習やビッグデータ処理のクラウドプラットフォーム「MAGELLAN BLOCKS(マゼランブロックス)」を提供するグルーヴノーツは、福岡市に拠点を持つスタートアップだ。そのグルーヴノーツが、WiLおよび大和企業投資が運営する各ファンドを引受先とした、総額5億円の第三者割当増資を2月中にも実施する。
データがあれば予測システムができるMAGELLAN BLOCKSの機械学習サービス
MAGELLAN BLOCKSは、Google Cloud Platformで提供されているビッグデータ処理や機械学習などの処理を、ブラウザ画面の上でブロックを並べるように配置してつなぎ合わせることで、プログラミング知識なしで扱えるようにしたクラウドプラットフォーム。2016年4月にβリリースが公開され、同年7月には正式版をリリースした。機械学習による販売予測や画像分析、音声認識、テキスト認識など、Google提供のAPIを直感的な操作ですぐに使うことができる。例えば「大量の音声データを翻訳してパターンを分析する」といった場合なら、「音声データの取得」「音声認識」「翻訳」「分析」といった、それぞれの機能のブロックを順番に配置することで、データ処理が可能だ。
これまでの機械学習では“使える”予測モデルを手に入れるためには、まずアルゴリズムを選び、学習させるデータの収集・選択を行い、チューニングを経るといった工程が必要だった。1月11日にαリリースされたMAGELLAN BLOCKSの機械学習サービス「Machine Learningボード(MLボード)」では、CSV形式の学習データを用意して項目を設定し、あとは精度が上がるまでの学習時間と回数を設定するだけで予測システムを用意することができる。現状では、与えたデータからパターンを判別する「数値分類」と、気象条件からの販売数予測などに使う「数値回帰」の二つのモデルが用意されており、今後も別のモデルを追加していく予定だ。
「テストケースとして、東京電力パワーグリッドが提供する電力の使用状況データと、気温・日照時間・湿度などの気象データから予測モデルを作成してみたところ、未学習データでもかなり精度の高いものができた」とグルーヴノーツ代表取締役社長の最首英裕氏は言う。「福岡のあるホームセンターで、気象データを利用してカイロの販売予測を行ったケースでも精度がよく、顧客に喜ばれた。MAGELLAN BLOCKSの機械学習なら、企業はアルゴリズムやチューニングを気にする必要はなく、“どういうデータを使うか”だけを考えればよい」(最首氏)
現在、MAGELLAN BLOCKSは10数社が導入済みで、金融、エネルギー、流通、製造、医療業界などからの引き合いが多いという。料金は顧客がMAGELLAN BLOCKS上で運営する処理工程の数に対する月額課金制で、最低月額2万円から利用できる。初期導入から運用までの設定とコンサルティングで約100〜200万円、月額20万円くらいで開始する企業が多いそうだ。
MLボードは需要予測、故障予測、言語解析、画像解析などに利用されており、すでに利用が始まっている損保ジャパン日本興亜の事例では「社内の問い合わせに対して、過去の問い合わせデータを元にAIが回答する」という仕組みに活用されているという。
今回の資金調達の背景には、2016年4月のリリース以降も改善が加えられてきたMAGELLAN BLOCKSが、コンサルタントや営業が顧客企業に張り付かなくても、顧客自身で運用できるような完成形に近づいてきたこともある、と最首氏は話す。「機械学習サービスの利用に求められることも見えてきた。今後はマーケティングを強化して、成長の速度を一気に上げたい。IoTやAIを利用した予測に注目する企業が増えてきている今は、重要なタイミングだと考えている。また、MAGELLAN BLOCKSは日英両言語に対応しており、Google Cloud Platformのほか、Salesforceにも対応していることから、海外でもそのまま利用することができる。海外市場にもアピールしていきたい」(最首氏)
社会の一人一人が課題に取り組みやすいプラットフォームを提供したい
最首氏は1998年にウェブシステム開発のイーシー・ワン(現・ノーチラス・テクノロジーズ)を創業し、2002年にはJASDAQに上場(2009年に上場廃止)。その後、MBOにより分散系システムの開発チームとともに独立し、2012年4月に福岡に拠点を持つゲーム開発会社のクリップエンターテイメントへと合流。社名をグルーヴノーツへ変更し、代表取締役社長に就任した(旧・クリップエンターテイメント代表取締役社長の佐々木久美子氏は、グルーヴノーツ代表取締役会長に就任)。
グルーヴノーツでは当初、クラウド技術を活用してオンラインゲームのバックエンド開発を行っていた。大量アクセス、大量データ処理を扱うノウハウを得た後、「このノウハウをもう一度、企業システムに応用して生かしたい」(最首氏)ということで開発されたのが、2014年12月にβリリースされたクラウドプラットフォーム「MAGELLAN」だった。
MAGELLANは最初はエンジニア向けに提供されたが、最首氏は「こうしたシステムのオーナーシップは、もうエンジニアではなく事業側にあるのではないか」と考えるようになったという。「新時代の事業づくりで、事業側が思いついたことをすぐに反映できないのでは時代に遅れるのではないか。エンジニアでない人でも取り組めるサービスが必要だと思った」(最首氏)
こうして誕生したのが、ノンプログラムで利用できるクラウドプラットフォームのMAGELLAN BLOCKSだ。「従来、企業で機械学習による予測を行いたいという場合には、ベンダーにデータだけ与えて処理を任せ、チューニングにより精度が上がるのを待つしかなかった。それはフラストレーションがたまることで、自分で精度を上げて運用したいというニーズがあった」(最首氏)
MLボードの追加により、機械学習を簡便にスタートできる基盤として完成しつつあるMAGELLAN BLOCKS。最首氏はこれを「総合的な課題解決のプラットフォームにしていきたい」と話す。「日本が抱える問題は、エンジニアが新技術で解消していくものではなく、社会の一人一人が解決していくもの。課題への取り組みやすさが大事だ」(最首氏)
グルーヴノーツが福岡に拠点を置いていることから、最首氏は地方から見る視点も意識している。「九州では製造業、特に半導体や精密機械などで高い技術力を持つのに、周りの成長についていけていない企業が多い。だけど、これは日本全体の地方の産業でそうなのではないか、さらには、世界のマニファクチャリングの現場で共通の課題なのではないかとも考える」と言う最首氏は、「高齢化の進んだ田舎の地域で、クルマでなければ移動ができないからとお年寄りが無理して運転して、事故を起こすようなこともある。そういう場所で自動運転技術の導入を考えた時に、ビッグプレーヤーが世界均一の技術やサービスを提供すればよい、というものではないはずだ。大資本だけが課題解決できるというのでは実態に合わない。地域の実態に合った産業の発展を促せれば、産業全体の成長にもつながると思う」と語る。
「自社の課題を解決するのに、すべてベンダー任せというのはおかしい。せめて機械学習の分野では、自分で運営し、試行錯誤できて、自力で解決できる基盤を提供したい。そうでなければ日本の企業は世界に勝てない」(最首氏)