本稿の著者Johannes Lenhard(ヨハネス・レンハルト)博士は、マックスプランクケンブリッジ倫理・経済・社会変革センターのセンターコーディネーター。
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一般的にESGは「環境・社会・ガバナンス」の頭文字を取ったもので、多様性、取締役会の構成、労働者関係、サプライチェーン、データ倫理、環境への影響や法的要件といった問題に関する原則をまとめたものである。
ビジネスの(対外的な)効果に直接重点を置くインパクト投資とは異なり、ESGでは、ファンドとそのポートフォリオ企業をともに持続可能にするための内部的な慣習とプロセスを主に検討する。
バイアウトファンドから上場株式まで、他の資産クラスにおいて、ESGの格づけやイニシアチブが大きな影響を及ぼしているなか、ベンチャーキャピタルでのESG導入は立ち遅れていた。最近になって何か新しい動きがあったのだろうか。
過去数カ月間、相当数の欧州ファンドがイニシアチブを取ってESGに取り組んできた。例えば、2020年12月初旬に開催されたスタートアップイベントSlush(スラッシュ)で、Balderton(バルデントン)はSustainable Future Goals(持続可能な未来への目標)を大々的に発表した。同社の取り組みは内部的にはファンドに、対外的には投資の意志決定やポートフォリオの支援に重点が置かれている。内部開発のリーダーの1人で、Balderton社長のColin Hanna(コリン・ハンナ)氏に、今回のイニシアチブがどのような経緯で生まれたのかを聞いてみた。
この取り組みは新型コロナウイルス感染症の前に始めたものであるが、2021年、気候変動に関連する目標に対して実際に影響を及ぼすことが可能であることを確認した【略】オンラインの重役会が習慣になり、出張も減った。今後の課題は、世界が正常な状態に戻った際にも、現在の取り組みを続け、そういった取り組みを当社のポートフォリオ会社にも展開することだ。そのためには、フレームワークの構築が役立つだろう。
最近になって、25社ほどのVCが集まり、ESGに関するコミュニティをVCとして初めて設立したことからも、欧州ファンドのESGに対する積極性が窺える。GMG Ventures(GMGベンチャーズ)、およびLondon School of Economics(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)と提携する新企業のHoughton Street Venture(ハウテン・ストリート・ベンチャー)がイニシアチブを取り、2020年12月にLocalGlobe(ローカルグローブ)、Latitude(ラチチュード)、Kindred Capital(キンドレッド・キャピタル)、バルデルトン、the Westly Group(ザ・ウエストリー・グループ)、Blisce(ブリス)の代表者たちと初めて顔合わせをした。このグループは、専門的知識を共有して底上げを図り、既存のフレームワークがあまり機能しない部分を補填することを目標として掲げている。
ベルリンに拠点を置く企業であるCherry Ventures(チェリー・ベンチャーズ)のパートナーであるSophia Bendz(ソフィア・ベンツ)氏は、今回のイニシアチブが今すぐに必要なものだったと述べている。
DEI(ダイバーシティ・インクルージョン・エクイティ)と気候の問題から話を始めるが、我々は非常に真剣にESGに取り組んでいる。ESGは大変重要な問題に関連しており、この分野において現時点でさらに行えることはつまるところ何か、時間をかけて学んでいかなければならない。ただし、知識が共有されていない状態では、真の影響力を発揮できないとも考えている。日常の役割の中で社会に与えられる影響を強化するために、互いに学び、支援し合えることはすばらしいと思う。この取り組みを心から支援している。
ESGの主な推進力
ESGコンサルタントのSusan Winterberg(スーザン・ウィンターバーグ)氏に、VCにおけるESGについて、とりわけ「今、必要なのはなぜか」について聞いてみた。同氏はつい最近までの2年間、ハーバード大学で特別研究員を務め、その期間中に画期的な論文を書き上げた。
大まかにいえば、投資家と企業のリーダーがESGを導入すべき理由が2つある。1つ目は、自分たちの活動が、気候変動や社会正義など、世界で起こっている外部の事象に対してどのような影響を与えるのかに関する意識の高まりに関係している。2つ目は、ESGを導入することによって、売上の増加や有能な人材の確保、運営リスクの軽減など、特定のビジネス目標をどのように促進できるのかに関する意識の高まりに関係している。
2020年は明らかに、これらの両方の理由に基づいて変化が促進された分岐点となる年だった。Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)に代表される人種的平等、新型コロナウイルス感染症などのヘルスケア、民主主義と表現の自由など、社会正義のさまざまな問題が明るみに出た。スタートアップのリーダーや投資家は、これらの社会運動の影響を受けると同時に、ESGがベンチャーキャピタルのビジネス目標をどのように促進できるのかに関する新しい研究結果にも触発された。CDC / FMO(オランダ開発金融公庫)とBelfer Center(ベルファー・センター)から発表された2つの論文は、このことを証明する数多くの例の一部に過ぎない。
VCはどう考えているのか。変化はどのように起こったのか。ハンナ氏によると、Baldertonでは、ウィンターバーグ氏が言及した前述の要素が複合的に絡み合って変化が起こったとのことだ。
Balderton社内でも紆余曲折があった。この変化を提唱したのは当社の投資家とリーダーだったが、若い世代の社員もこの取り組みが重要だと考え、それを後押しした。全体的に見ると、我々は長年、気候変動や持続可能性について無頓着であったが、もはやそれが許される時代ではなくなったということだ。
HV Capital(HVキャピタル)は、St. Gallen(ザンクト・ガレン)を中心に展開するESGイニシアチブであるROSE(ローズ)と連携している。このHVキャピタルの創業パートナーであるMartin Weber(マーティン・ウェーバー)にとって、事の始まりはLeaders for Climate Action(リーダーズ・フォー・クライメート・アクション)だったという。「我々はESGについて十分に考えていなかった【略】自分たちとは違った視点が実際に必要で【略】時には、尻を叩いて動かされる必要があるものだ。リーダーズ・フォー・クライメート・アクションの我々に対する影響はそのようなものだった。小さな変化が、ESGに対する我々の意識と関わりを変える第一歩となったのだ」とウェーバー氏は認めた。
ESGでは、ファンドとそのポートフォリオ企業をともに持続可能にするための内部的な慣習とプロセスを主に検討する。
HVキャピタルのみならず、Westly Group(ウェストリー・グループ)のような米国のいくつかのファンドも、ESGの特定の分野への取り組みを開始している。ESGのEが表す環境に関する取り組みを優先するファンドもあれば、ESGのSとGに含まれるDEI(多様性・包括性・平等性)に関する取り組みを開始したファンドもある。
最近、英国を中心に展開するAllocate(アロケート)のカンファレンスでパネルのモデレーターを務めるLP数名と話す機会があった。資産オーナー間の風潮も「ビジネスを改善する」方向にかつてなく大きくシフトしているように感じる。とりわけ自己資産を運用するファミリーオフィスのオーナーは以前から率直な意見を述べているが、大規模な資産のオーナーもまたESGの重要性を認識し、それに関与するようになっている。
ハーバード大学の寄付金の投資運用会社であるHarvard Management Company(ハーバード・マネージメント・カンパニー)でコンプライアンスおよび持続可能な投資部門の担当責任者を務めるMichael Cappucci(マイケル・カプーチ)氏は「ESGの統合が投資家にとって価値があることなのかどうか『成り行きを見守る』時代はとっくに過ぎた」と考えている。詳細な背景情報についてはUNPRI(国連の責任投資原則)を参照のこと。
ただし、この分野では欧州に端を発する動きがかつてなく大きくなってきている。その結果、VCによるESGの導入を推奨する、先述のハウテン・ストリート・ベンチャーズやGMGベンチャーズのグループも、2月に開催される特別なワークショップにさらに多くのLPが参加するよう働きかけていることがわかった。こうしている間にも、LPを積極的に関与させようとする気風が高まっているということだ。
不足しているもの
個々のファンドやLPのレベルでは数多くの進展が見られ、業界全体としてESGを推進する点でもいくらかの前進が見られるが、まだいくつかの核心的要素が整っていない。5つの主な問題点として、ESGとインパクト投資との違いを明確にすること、説明のための適切な用語を定義すること、共通のフレームワークを確立すること、測定基準の同意に至ること、LPが実際に関与することを挙げることができる。
1.ESGとは何かを理解する:多くの投資家(およびLP)と話をすると、その人たちがインパクト投資とESGの違いをまだ本当に理解していないことに気づく。簡単に言えば、ESGの原則は(内部の)プロセス(ファンド、ポートフォリオ企業など)に関するものであるが、インパクト投資は結果(場合によっては持続可能な開発目標、SDGsによって運用可能となる)を考慮したものである。
インパクト投資が先の見通せるニッチな資産クラスに留まる可能性が高い中、ESGの原則はすべての投資家にとって有用な慣習を提供するはずである。
2.適切な用語を定義する:関連する点として、(インパクト投資に対して)ESGとは何かを説明するための適切な用語を見つけることは、違いをより明確にする上で役立つと考えられる。Omidyar Network(オミダイア・ネットワーク)のSarah Drinkwater(サラ・ドリンクウォーター)氏は、2020年9月に自身の投稿で、ベンチャーキャピタルやテクノロジーの世界におけるESGとは何かを的確に説明(および認知)するための言葉がない、と明確に述べた。
「原則に基づいた」「進歩的な」「公平な」といった言葉で表すことができるのだろうか。この問題についても「基準を設定」することが役立つと考えられる。
3.誰かが基準を設定する:ベンチャー業界で徐々に発展して展開されているESG(およびインパクト)のフレームワークはまだそこかしこにある。そのようなフレームワークは他のありとあらゆるフレームワーク(他の資産クラス、インパクト投資のような関連活動)の影響を受けており、大部分は個々のファンド自体が策定している。現状を放置すれば、確実に有名無実化してしまう危険がともなう。
(自称および自己報告の)マーケティングもそうだが、本当に業界の変化を望むのであれば、公共性のある権力機関が一歩踏み出すべきである。欧州で最も拠り所となる投資基金であるEuropean Investment Fund(欧州投資基金)が現時点までに行ったアンケート調査は、抽象的過ぎて十分とは言えない。では、例えば、UNPRIを各業界向けの原則まで具体化するのはどうだろうか。
4.何が測定されていないか:業界水準を上げる1つの方法は、広く受け入れられ、標準となる測定基準を設定することである。「アーリーステージとレイターステージのVCポートフォリオ企業にとって、最も重要な測定基準は何か」。ロンドンにあるファンドグループは、次に特に注力するのはこの具体的な問題であると発表したが、それもうなずける。だが、この問題もまた、どのように業界全体に受け入れられ、普及していくのか。これには、LPなど、また別の業界関係者が関与してくるかもしれない。
LPがGPに毎年ESGに関する報告を提出するよう要求したら、業界全体が確実に変化し、次世代のスタートアップはより公平で、責任感があり、ステークホルダーを重視するものとなるだろう。
5.LPが実際に介入する必要がある:これまでのところ、LPは実質的にESGに介入していない。一方で、最近資金調達したGPの多くは、通常、LPがESGについて聞いてくることはまだないと話していた。実際、数人のLP、特に米国のLPは、ESGが利益確保の障害になると信じている。いずれにせよ、ESGはまだ「なくてはならないもの」にはなっておらず、単に「できたら良いこと」に留まっている。
既存のEIFフレームワークのような、ESGに対するアンケート調査は、現在までのところ抽象的過ぎて、具体的とはとても言えない。欧州のEIFやBBB(商業改善協会)、または巨大財団法人や大学基金のような有数のLPが、新証券発行説明会でESGの検討を促せば、GPは全員それに従う必要がある。意思決定者としてのLPの影響力は、中期的にみると、VCの通常業務にESGを取り込む大きな要素となる。政府の資金が関係することを考えれば、市民の資金すべてが関連しているわけで、この一歩を進めるべきなのは考える余地がないほど明白なことだ。
カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:ESG
画像クレジット:Sarayut Thaneerat / Getty Images
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(文:ゲストライター、翻訳:Dragonfly)