ブラックホール撮影の難しさとその解決手段
先日、国際プロジェクトである「イベント・ホライズン・テレスコープ」(EHT)がブラックホールシャドウを撮影することに世界で初めて成功したと発表しました。画像上の明るいリングのようなものがブラックホールの強い重力場に影響を受けて渦巻いているガスで、その中の暗い部分がブラックホールです。
そもそもなぜ今までブラックホールの姿を見られなかったのでしょうか。ブラックホールはとても小さいので、例えるならば地球から見て月の表面に置いてあるオレンジを撮影するようなものになります。今までの手法で最高の解像度で地球から月の表面を撮影したとしても、1ピクセルの大きさを実際の尺度に直せば、オレンジ150万個ぶんの大きさになってしまうほどの粗さでしか撮影できません。もし月の表面に置かれたオレンジ1つを撮影しようと思うなら、地球サイズの望遠鏡が必要になってしまいます。
そこで世界中に電波望遠鏡を設置し、正確に同時に測定することで巨大な仮想望遠鏡を作成するというプロジェクトがスタートしました。これにより、地上の観測装置としては最高の300万の視力を達成することができます。とはいえ観測データをそのまま見るだけでブラックホール が可視化できるわけではなく、観測データを画像化することによって初めて画像を得ることができます。その画像化の手法として日本チームが取り入れたのがスパースモデリングです。
スパースモデリングとブラックホール撮影との関係
スパースモデリングとは、観測データが説明変数よりも少ない場合であったとしても、説明変数の多くが本質的な情報を少ししか持たないという仮定を置くことで答えを求めることができるという考え方になります。
ブラックホールの観測に用いられた電波干渉計による観測では、天体画像の画素数に比べ、観測データが少なくなってしまうという問題があります。下図は電波干渉計で観測された波のイメージです。観測されたデータが2つの望遠鏡を結んだ線のようになってしまうので、一部分しか観測できずにデータが少なくなってしまうイメージが掴めるかと思います。
この観測データ不足の問題のため、データを画像化する際に不足部分が生じてしまいます。そこで本質的な情報を持った部分の解を抽出することで、問題を解くことができるLASSOという手法が初めに採用されました。その後もさまざまな手法が開発されましたが、基本となるのは多くの画素値がゼロであり、周囲の画素の値が近いことを仮定して問題を解くというスパースモデリングの発想に基づいた考え方です。
スパースモデリングの応用例
ここまではスパースモデリングがブラックホール撮影にどのように用いられたかについて書いてきましたが、スパースモデリングは決してブラックホール撮影のみならず、多岐にわたる分野での応用が可能です。
例えば、医療現場に必須とも言える検査の手法であるMRI撮像が挙げられます。MRIは検査に有用なものではありますが、安静にしておかなければならない時間が長いという問題点があります。そこでMRIに撮像時間を短縮するという試みが行われていますが、その中でスパースモデリングを利用した手法が期待されています。データを間引くことで撮影時間を短縮したとしても、スパースモデリングを利用することで診断に十分な鮮明さを担保することができるのです。下図は既存手法(上段)とスパースモデリングで再構成した画像(下段)の比較ですが、スパースモデリング を用いた画像再構成のほうが撮像の高速化倍率を高くした時により鮮明な画像を作成できていることがわかります(図下部の数値が高速化の倍率を示します)。
画像のみならず、レコメンデーションの分野においても活用は可能です。レコメンデーションにおいて一般的に用いられる手法に協調フィルタリングというものがあります。これは例えばECサイトにおいて、個々のユーザーごとにそれぞれのアイテムを購入したかどうかの情報を用いて類似度を測定し、その類似度を用いてどの商品を推薦するか決定します。
ところが実際のデータではユーザー同士がある同じ分野に興味があったとしても、ユーザー同士では互いに同じものを買っていなかったりすることが多くなります。例えばスポーツに興味があるユーザーが複数いたとしても、それぞれ購入するものはスポーツ用品だったり、スポーツに関する雑誌だったり、はたまたスポーツで負傷した時に使うテーピングだったりするということです。
このような場合は類似度が非常に低くなってしまい、何もリコメンドできないということが発生します。つまり意味のあるデータが少ない、スカスカな状態ですが、このような時にもスパースモデリング が効果を発揮します。スパースモデリングを用いれば、ユーザー同士購入したことのない商品であったとしても、同じ軸でまとめてしまって、その軸に基づいてレコメンデーションしよう、ということができます。スパースモデリングを用いて重要な部分を抽出することができているわけです。
【編集部注】この記事は、スパースモデリングの実用化を進めるAIベンチャーのハカルスによる寄稿だ。ハカルスでは、少量データから特徴抽出に優れるスパースモデリングを応用した機械学習およびAIの開発を進めている。産業分野向けに画像データ解析や時系列データ解析を行うさまざまなAIを「モジュール」と呼ばれる部品単位で提供するほか、スパースモデリングが持つ高い解釈性を応用し、医療分野向けに診断・治療支援を行うAIを提供する。
近年は、完全オフラインの環境で学習と推論の両方が実行できるAIチップやエッジ端末の開発に注力。環境変化に自動的に追従するAIをスパースモデリングで実現。なお、自社のAIの一部はオープンソースとして公開しているため、世界中の開発者がすぐにスパースモデリングを使用したAI開発が行え、機械学習コミュニティへの貢献にも力を入れているとのこと。
【参考資料】
ETH日本サイト
過去のスパースモデリングを用いた超巨大ブラックホールの直接撮像プロジェクト
ETHに参加しているMITの学生のTED(ブラックホール撮像の難しさや画像再構成の手法について言及)