Burning Man(バーニングマン)は数十年にわたり、現状から解放されて自由になるとはどういうことかを表現する場となってきた。砂漠平原に出現する無国籍な街に芸術と音楽とパーティーがあふれ、その中で新しい時代の理想について再考し、より自由な精神を追求するイベント、それがバーニングマンだ。
ところが、ベイエリア発祥のこのイベントはここ数年、運営に関する内部対立への対応に追われている。イベント規模が大きくなり、シリコンバレーのテック系富裕層が大勢参加するようになって、手軽で快適に滞在できる環境や、エアコン付きキャンプ設備、ヘリコプター、ロブスターのディナーなどが持ち込まれたためだ。現在、歴史的なパンデミックの影響を受け、巨大で象徴的なこのイベントの運営組織は、財務的な破綻を回避しつつ原点を守り続ける取り組みを必死になって進めている。その一環として、テック業界参加者の一部から無償の支援を得て、2020年のバーニングマンをバーチャル開催することが決まった。
イベントの開催まで数週間となった今、運営組織は、仮想現実、ブロックチェーン、催眠術、没入型劇場などに関する専門知識を持つ技術者を集めて、バーニングマンの雰囲気を伝えられるようなソーシャルプロダクト群の開発を進めている。
バーニングマンはその存在自体がすでに先例のないものなので、そのバーチャル開催となると先例などあるはずがない。
バーニングマンは通常、毎年8月下旬にネバダ州のブラックロック砂漠で開催される。自らを「燃やす者」という意味の「Burner(バーナー)」と呼ぶ参加者たちが、9日間にわたり、人里離れた場所に出現する街を、巨大なアート・インスタレーション、ステージ、キャンプなどで埋め尽くす。参加者はここ数十年ずっと増え続けており、ついに連邦政府が参加者数を制限すべき理由を論じた170ページ以上におよぶ報告書を作成して事態に介入するほどになった。2019年の参加者は7万8000人を超えた。
現状から解放されて、共有によって成立する共同体で過ごすという社会経験は、他の場所では得られないだろう。
今年のテーマは「The Multiverse(多元宇宙)」
Steven Blumenfeld(スティーブン・ブルーメンフェルト)氏がバーニングマン運営組織のCTOに就任した直後、同運営組織のリーダーたちは、新型コロナウイルス感染症のパンデミック発生により、バーニングマンの物理的な開催を急きょキャンセルすること、そして、同イベントを全面的にバーチャル開催とすることを正式に発表した。ブルーメンフェルト氏は、CTOの仕事はイベントのメディア基盤を維持するための地味な仕事が大部分を占めると思っていたが、その後まもなく、数十年続く伝説的なイベントとして無秩序に広がり続けるバーニングマンの準備を任されることになった。
ブルーメンフェルト氏は次のように語っている。「最初に話を聞いたときは、『すばらしい。では、3DでVRの世界を構築しようじゃないか』なんて考えて、2週間かけて、スタッフ、期限、実際にできることなどを確認したんだ。そうしたら、途方に暮れてしまった。だけど、それでもやりたかった。何かに挑戦したいとは思っていたが、現実に目の前に現れたのは、達成することは絶対に不可能だと思えるほど大きな課題だった」。
バーニングマンは、1986年にサンフランシスコで初めて開催されて以来、サンフランシスコのみならず、シリコンバレーでも深く愛されてきた巨大なイベントだ。運営組織であるBurning Man Project(バーニングマン・プロジェクト)がバーチャル開催の準備を進めていると発表したとき、バーニングマンのバーチャル開催がどのようなものになるのかという点について、短期間に多くの意見がコミュニティから寄せられたのも驚くにはあたらない。
アート・市民参加担当ディレクターのKim Cook(キム・クック)氏はこう述べている。「1万4000人の人たちがバーチャル版ブラックロックシティ(開催中にのみ参加者によって作られる街)に何らかの形で貢献したいと言ってきた。愛という形で貢献したいと言う人もいた。すばらしいことだ。開発者として貢献したいと申し出てくれた人も1000人近くいた」。
Burning Man Projectに問い合わせてきたグループの中には、公式スポンサーとして社名を出して参加できるなら、バーニングマンのエクスペリエンスをバーチャル環境で構築したいと申し出た企業もあった。財政状態は芳しくないにもかかわらず、バーニングマン運営組織はあくまで「商業主義と決別する」ことにこだわり、こうしたスポンサーからの支援を拒否した。民間企業がイベントに入り込むことを阻止し、広告、スポンサーのブランドが表示されたステージ、民間企業との提携を控える方針で進めたいと考えているのだ。
対価を求める民間企業からの支援を拒否したブルーメンフェルト氏と他のスタッフは、自らもバーナーである人が多く、空き時間を使ってバーチャル版バーニングマンのエクスペリエンス構築に従事してくれる小さな独立系チームのネットワークに行き着いた。
新しいソーシャルネットワーキング
最終的に8つのプロジェクトが正式に「公認宇宙」として始動したが、バーチャル版バーニングマンの実現に向けたアプローチはプロジェクトごとに大きく異なっている。バーチャルリアリティに注力するチームもあれば、ビデオチャットにソーシャルレイヤーを追加するチームや、Second Life(セカンド・ライフ)やマイクロソフトのAltspaceVRといった既存のプラットフォーム上に3D環境を構築しているチームもある。
今回のパンデミックでは、開発者向けコンファレンスやトレードショーが改良されて、基調講演やパネルディスカッションがかなりシームレスにZoom形式に移行されてきた。しかし、バーニングマンのエクスペリエンスに関しては、オンラインプラットフォームでは再現不可能に思える要素が非常に多いというのが、全チームの共通認識だ。バーニングマンのバーチャル世界を制作している開発者は、オンラインソーシャルネットワーキングに関わる慣例を再考して、今年も参加者が新しい友人を作れるようにすることを決意している。
公式アプリの1つを開発しているEd Cooke(エド・クック)氏はこう語る。「畏敬の念とスケール感を表現するのは非常に難しい。バーニングマンとは何かと尋ねられたら、最終日に至るまでに生じるあらゆる事柄の副作用として発生する心理状態と言えるかもしれない」。
ロンドンの某スタートアップの創業者で、トランプカード10組の順序を1時間以内で記憶してGrand Memory Masterのタイトルを獲得したことがあるクック氏は、友人のChris Adams(クリス・アダムズ)氏とSparkleVerseを開発している。ちなみにアダムズ氏は、昼間は上級ソフトウェアマネジャーとしてAirbnbに勤務している。
SparkleVerseは、2Dのマップインターフェースをビデオチャットウィンドウと組み合わせたウェブアプリで、コンテキストの共有により社会的な関係の構築を促すことと、そのためによりよい環境を整えることに焦点を当てている。
両氏はパンデミックによる自宅待機中に、友人たちのために非常に複雑なビデオチャットパーティーを企画開催していたとTechCrunchに語ってくれた。例えば、月をテーマとしたパーティーでは、クリック可能な月面マップを作成して、200人の出席者が、それぞれ異なるテーマが設定された16の仮想空間に通されるようにしたという。そのパーティーでは、開始前に、無重力がもたらす影響や無重力状態を楽しむ方法についてホストが参加者に説明して、「月旅行体験」について一通り理解できるようにした。また、湯を張った浴槽をテーマにした別のパーティーでは、参加者は、Zoomを起動する前に浴槽に飛び込むように言われたという。
クック氏とアダムズ氏は、このようなパーティーで使った仕組みをバーニングマンのテーマ制作でも活用している。没入型劇場のように、参加者がエクスペリエンスにより深く入り込めるようにすることが狙いだ。通常開催の場合、バーニングマンの会場に向かって車を運転していると、そのうち携帯電話の電波が接続圏外になり、疲労感と空腹感が強くなってきて、「意識の広がり」が大きくなり、人々はより自由に行動できるようになる、とクック氏はいう。同じように、バーチャル開催の場合も、イベント前の準備期間として通常の生活から離れることで会場に向かうまでの体験を再現してほしいとクック氏は考えている。例えば、座ったままでイライラするほど長いビデオチャットセッションを行って砂漠までの長距離運転の感じを再現する、リビングにテントを張る、水道を止めて9日間はシャワーを浴びない、といったことだ。
「このようにすることで、日常生活から遠く離れたコンテキストに自身が埋め込まれていき、その過程で、根本的に人を退屈させない人間になっていく」と、SparkleVerseについて説明する9分間の動画の中でクック氏は語っている。
多くのアプリは、空間インターフェースによってソーシャルコンテキストが向上し、人と容易に近づいて新しい友人を作ることができるという考え方に基づいて構築されている。
Build-a-Burnという別の公式アプリは、ビデオチャット用の図案化された2Dインターフェースというアイデアを拡張し、ブラックロックシティを大まかにスケッチした白黒のマップ上で、参加者が自身を表す人型の小さなイラストを動かせるようにしたものだ。参加者がさまざまなキャンプの中を移動している間に別のアバターとの距離が物理的に近くなると、新しいビデオチャット画面が開き、新しい交友関係に思い切って飛び込む体験ができる。
Build-a-BurnとSparkleVerseは主にビデオチャットを基盤として構築されているが、実際のイベントのスケールに合わせた3Dの巨大景観を作成してイベントのムードを堪能できるようにすることを目指しているアプリもある。
セカンド・ライフのプラットフォーム内に完全に組み込まれたBurn2を除き、3D体験を中心としたアプリの大半は、ある程度のバーチャルリアリティ技術を活用したものになっている。VRヘッドセットを使ったプロジェクトとしては、The Infinite Playa、The Bridge Experience、MysticVerse、BRCvr(マイクロソフトのAltspaceVRプラットフォームを利用)、Multiverseなどがある。
これらのVRアプリはどれも、より多くの参加者が利用できるよう、モバイルでもデスクトップでも使えるようになる予定だ。
MultiverseのクリエーターであるFaryar Ghazanfari(ファヤー・ガザンファリ)氏は、AR系スタートアップを経営しており、Tesla(テスラ)の法務部門に勤務した経験を持つ。同氏がMultiverseを開発する気になったのは個人的な理由からだという。バーニングマンの通常開催が中止になって「かなり落ち込み」、バーナー仲間と再会できる場所を作る必要性を感じた、と同氏はTechCrunchに語ってくれた。
ガザンファリ氏はこう続ける。「他のバーナーたちがバーニングマンを体験できる環境を構築する責任が自分にはある。一番の問題は、バーニングマンの複雑さをどのようにして再現するかという点だ」。Multiverseでは、他のアプリとは違い、写真のようにリアルな3Dのプレイグラウンドでアバターを動かすことができる。
ガザンファリ氏はこう説明する。「バーナーにとって、バーニングマンは単なる音楽祭や芸術祭ではなく、それをはるかに超えるイベントだ。参加者が共に奮闘しながらコミュニティを作り上げるという社会的実験である」。
バーニングマン公認の各アプリは、ガザンファリ氏が言うところの「共に奮闘」する感覚をさまざまな形で喚起しようとしているようだが、それこそがバーニングマンのバーチャル開催の前に立ちはだかる最大の課題だと思う。各アプリは物理イベントのさまざまな要素をバーチャル空間に移行することを目指しているが、クリエーターは、参加者の過去の記憶と張り合うのは賢い選択ではないと考えているようだ。ここ数年、何十社ものVR系スタートアップも同じような課題に直面してきた。
WaveのCEOであるAdam Arrigo(アダム・アリゴ)氏は「一番の課題は、実際に存在する何かを別のプラットフォームに移植することだ」と語る。WaveはVCから資金を調達して音楽コンサート向けVRアプリを最初に発表したスタートアップだが、その後、モバイルおよびデスクトップのエクスペリエンスに軸足を移している。同氏はこう説明する。「たとえコンサートであっても、デジタルスペースでユーザーとして操作するエージェントとそこから得られるエクスペリエンスは、物理的に存在し得るものとは非常に大きく異なる」。
財政面の不安
運営組織が8月30日に初日を迎えるバーニングマンの準備を進める中で、おそらく最も予想がつかないのは、どのくらいの参加者が集まるのかという点だ。これは誰にもまったく予想できない。ブルーメンフェルト氏は、このデジタルイベントの全9日間の会期中に最大で3万人は集まるだろうとTechCrunchに話したが、ガザンファリ氏は、同氏のアプリによるエクスペリエンスに数十万人から数百万人のユーザーを迎えたいと考えているという。
運営組織内で争点になっている別の点は、各グループがこれらのデジタルエクスペリエンスを収益化する方法だ。
2020年のバーニングマンのスタンダードチケットは475ドル(約5万円)だった。運営組織は、今年度の通常開催が中止になる前にチケットの「正式販売」を延期したが、実はその時点ですでに数万枚のチケットが販売済みだった。チケット購入者は返金してもらうこともできるが、運営組織は、「金銭的に余裕がある」購入者はチケットの代金の全部または一部を寄付することを検討してほしい、と呼びかけている。
税務書類によると、2018年のバーニングマン開催にかかった費用は4400万ドル(約46億6000万円)だった。Burning Man Projectは、同年のチケットの売り上げが約4300万ドル(約45億5000万円)で、それに寄付やその他の収入源を合わせると、2018年度の総収益は約4600万ドル(約48億7000万円)だったと報告している。Burning Man Projectはブログ記事の中で、イベント保険には加入しているがパンデミックに起因する開催中止は補償の対象外であると書いている。Burning Man Projectによると、現在は1000万ドル(約10億6000万円)の手元資金があり、年末まではそれで何とかしのげると考えているという。同運営組織は、連邦政府のPaycheck Protection Program(PPP)から200万~500万ドル(約2億1000万~5億3000万円)の融資を受けた組織として登録されている。
ガザンファリ氏のように、自分たちが構築したエクスペリエンスアプリへのアクセスを無料にし、後から寄付するオプションをユーザーが選択できるようにする開発者もいれば、1枚のデジタルチケットで8つのデジタルエクスペリエンスすべてにアクセスできるようにしたいという開発者もいる。クック氏によると、SparkleVerseにアクセスするには50ドル(約5300円)の入場料を支払うことが必要になるという。
今年はエクスペリエンスアプリの構築方法がグループによってまったく異なる。ネイティブアプリとしてリリースされるものもあれば、HTML5で記述されるものや、既存のテックプラットフォーム内に組み込まれるものもある。そのため、チケット発行プラットフォームを統一することは不可能だ、とブルーメンフェルト氏はTechCrunchに語った。このような状況に不満を感じている開発者もいる。プラットフォームによっては参加者が全員で一緒にイベントを楽しめなくなる可能性があるからだ。そして、最大の懸念事項は、こうしたすべての努力が何らかの形で報われて、運営組織がパンデミック後もバーニングマンの開催を継続できるようになるかどうか、という点だ。
ガザンファリ氏は次のように語る。「我々がこのようにバーチャル開催の準備を進めている最大の理由は、バーニングマンを何とか存続させるためだ。バーニングマンの運営組織は不幸にも新型コロナウイルス感染症による大打撃を被った。運営組織の財務状況は今、危機的な状況にある」。
ここ数年、バーニングマンの運営組織には、同イベントのインクルーシブ性を批判する意見が寄せられている。一部の開発者は、砂漠の真ん中で9日間を過ごすというのは非常に困難で、誰でもできるようなものではなく、多額の費用もかかるために参加を断念する参加希望者がいることを認識している。今年のバーチャル開催によってこのイベントに参加できる人が増え、半信半疑ながらも一度はコミュニティの雰囲気を味わってみたい人たちの参加ハードルを下げることに上述のアプリが役立つことが開発者たちの願いだ。
今後に向けて
バーニングマンのデジタルエクスペリエンスを構築している開発者で、アプリの開発作業に対する報酬を受け取っている人は一人もいない。ただし、運営組織のBurning Man Projectは、少なくともこれらの開発者の一部に、収益の一定割合を同運営組織に支払うという条件で、バーニングマンの名前を冠してデジタルプラットフォームの運営を継続できる無期限ライセンスを供与している。
今月末までにこのイベントを無事終わらせるだけでも十分に大変なことだが、Burning Man Projectでは、今回短期間で学習したことを来年に生かす方法についても検討している。もちろん、2021年は通常開催が可能になることを願ってのことだ。
ブルーメンフェルト氏は、来年はイベント開催の基盤作りに時間を費やして、バーチャル開催版バーニングマンの入場管理やチケット発行機能を一元化できるようにしたいと考えている。
今年は、8つの異なるエクスペリエンスアプリを制作したことで、参加者を1つの大きなグループにまとめるという目標を複雑化してしまった可能性がある。一方、開発者たちは、新しいアプリのトラブルシューティングやバーチャル参加者たちの急増によってインフラがパンクする可能性について懸念しており、バーニングマンへの入場口として複数のエントリーポイントを設けることが必要だと考えている。運営組織は、多様なオプションを用意することによって、参加者を退屈させないようにしたい考えだ。
ブルーメンフェルト氏はこう語る。「バランスよくさまざまなアプリを利用できるようになっており、学んでおきたいと思う部分もある。絶対に避けるべきこととして気をつけているのは、Zoom会議地獄に陥ることだ」。
バーニングマンのバーチャルエクスペリエンス構築に携わる開発者は、参加者がビデオチャット経由で接続していても、大規模な仮想世界の中のアバターとして接続していても、それはすべて最先端のバーチャルインタラクションであり、現代のソーシャルネットワーキングの要素を再考して、人々が新しい社会的絆を形成できるようなバーチャル版バーニングマンを作っていることを確信している。
クック氏はTechCrunchに次のように語った。「私は、300年後の未来に、博士課程の学生が初回のバーチャル版バーニングマンについて論文を執筆するところを何度も想像している。なぜなら、初回のバーチャル開催バーニングマンは、オンラインにおける交流の未来の姿について前衛的なイマジニアリング(アイデアの具体化)が行われる特別な瞬間であると感じるからだ」。
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(翻訳:Dragonfly)