英国政府は、機械学習技術に関する英国の能力を長期的に向上させることを目的とした、初のAI国家戦略を発表した。
英国政府は、この戦略によって、今後10年間で英国内で開発・商業化されるAIの数と種類が増加することを期待していると述べている。
人工知能の開発と応用を優先して「レベルアップ」させるという計画は、AIの期待を謳ってきたこれまでの産業戦略やデジタル戦略に続くものだ。しかし、Boris Johnson(ボリス・ジョンソン)政権は、英国を「世界のAI大国」にするための10年におよぶ投資計画を発表し、少しずつ前へ進んでいる。政府広報によると、AIによる経済的利益を得るために、人材のアップスキリングやリスキリングなどの分野に的を絞って支援するということだ。
ここに政策的な意味があるかどうかは、まだ議論の余地がありそうだ。
特に、この戦略を裏付ける新たな資金が発表されていないのが気になるところだ。今のところ政府は、投資家が英国のAI企業にどれだけ資金を投入しているかを強調している(2021年1月から6月の間に、英国の1400社以上のテック企業に135億ポンド[約2兆290億円]を投入している)。また、政府は2014年以降、AI分野に23億ポンド(約3450億円)以上を投資していることを示している。
しかし「大学院での学習、再教育、幅広いバックグラウンドを持つ子どもたちが専門的なコースにアクセスできるようにすること」への継続的な支援など、今後政府がAIの開発支援にどれだけの資金を投入するかについては言及されていない。
その代わりに今回の発表では、果たしてそれが何を意味するかは置いておいて「AIにおける英国の能力を変革する」という宣伝文句が多く使われていたり、英国を「AIで暮らし、働くための最善の場所」と位置づけようとしているのが見て取れた(おそらくこれは、英国を「オンラインで最も安全な場所」にするという、オンライン安全法の制定に取り組む政府のデジタル政策のもう1つの論点に付随するものだと思われる)。
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この戦略の初期段階では、将来のAI政策に役立てるためのデータ収集に重点が置かれているようだ。そして、おそらく最も興味深い要素は、英国の現行の著作権および特許規則をAIに焦点を当てて見直すというものだろう。
政府は貿易協定にAI条項を盛り込むことを検討するなど、地政学的な基準設定にも意欲を見せているが、この分野において英国が世界的な舞台で大きな力を発揮できるかどうかは未知数だ。
この戦略で発表された施策の中には、以下のような計画がある。
- 英国の研究者間の連携と協力関係を強化し、英国のAI能力の変革を支援するとともに、企業や公的機関によるAI技術の導入と市場への投入を促進するために、National AI Research and Innovation Programme(国家AIリサーチ・イノベーションプログラム)を立ち上げる
- ロンドンと南東部以外を拠点とするセクターでAIを継続的に開発することを目的とした、Office for AI(OAI)とU.K. Research & Innovation(UKRI、英国リサーチ&イノベーション)の共同プログラムを立ち上げる。「これは、アイデアの商業化に焦点を当てたもので、例えば、政府が投資、研究者、開発者に焦点を当て、エネルギーや農業など、現在はAI技術があまり使われていないが大きな可能性を秘めた分野での活動を行うことが考えられる」
- UKRIとともに、AI技術の大規模な展開に必要な物理的なハードウェアを含む、英国の研究者や組織のためのコンピューティングパワーの利用可能性と能力に関する共同レビューを発表する。「また、このレビューでは、環境への影響を含め、AIの商業化と展開のための幅広いニーズを検討する」
- 知的財産庁(IPO)を通じてAIの著作権と特許に関する協議を開始し、著作権と特許制度を通じてAIの開発と利用を最善の形でサポートすることで、AIが生み出すアイデアを英国が活用できるようにする。「また、今回の協議では、発明基準を満たさないAIが生み出した発明を保護する方法や、AI開発において著作権で保護された素材をより利用しやすくするための方策にも焦点を当てる予定だ」
- AI Standards Hub(AI基準ハブ)を試験運用し「世界的なルール設定における英国の関与を調整」し、Alan Turing Institute(アラン・チューリング研究所)と協力して、公共部門におけるAIの倫理と安全性に関するガイダンスを更新し「技術が倫理的に使用されることを確認するための実用的なツールを作成」する。
また、政府の戦略では、AIについて「明確なルール、適用される倫理原則、イノベーションを促進する規制環境」を確立したいとしているが、英国はすでに規制の枠組みの定義化に遅れている。なぜなら、英国はリスクの高いAIの応用を規制するための包括的な提案がすでに検討されている欧州連合からは外れているからだ。
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英国政府の現在の政策は、データ利用に関する明確性の代わりに、同時的に現行のデータ保護体制を疑問視している。大臣たちは、国民の情報保護を弱めることで、AIなどのテクノロジーに対する人々の信頼とさらなる導入を(何らかの形で)後押しできると期待して、規則を弱めるという案を検討している。
特にAIのスタートアップやスケールアップについては、今後6〜12カ月の間に「民間資金のニーズと課題」を評価する計画が国家戦略に盛り込まれている。
また、同じ時期に「世界最高のAI人材を英国に誘致するため」に、新しいビザ制度を導入するとしている(もちろん、そこで何を発表するかは、その詳細にかかっている)。
しかし、英国のスタートアップ企業が、AIを強化する国家戦略の発表によって、AIモデルを研磨するためのあらゆる種類の興味深い政府データセットへのアクセスがすぐに可能になることを期待していたとしたら、この文書には、閣僚が「AIモデルのためにどのようなオープンで機械読み取り可能な政府データセットを公開できるかを検討する」と書かれているだけで、その特定のタスクに目を向けるのは今後12カ月後になるという。つまり、それは様子見ということだ。
「この国家AI戦略は、世界で最もイノベーションを促進する規制環境を構築し、英国全体の繁栄を促進して誰もがAIの恩恵を受けられるようにし、AIを気候変動などのグローバルな課題の解決に役立てようとする我々の意図を世界に発信するものです」と、新任のNadine Dorries(ナディン・ドリーズ)氏は、戦略の発表にともなう声明で述べている。
ドリーズ氏の名前に聞き覚えがないのは、Oliver Dowden(オリバー・ダウデン)氏に代わってデジタル・メディア・文化・スポーツ省(DCMS)の要職に就いたばかりだからだ。
「AIは、私たちが成長を促し、生活を豊かにする上で中心的な役割を果たすでしょう。私たちの戦略に示されたビジョンは、これらの重要な目標を達成するために役立ちます」とドリーズ氏は付け加えた。
ダウデン氏は、英国のデジタル政策(およびその他の広範な政策)を統括するDCMSのポストに1年余りしか就いていなかった。これは、前任者のNicky Morgan(ニッキー・モーガン)氏が半年強しかいなかったことを考えれば、長いと言えるだろう。
その前は、Matt Hancock(マット・ハンコック)氏(元大臣)がデジタル政策を担当していたため、ここ数年、英国の技術政策を担う政治家はかなりの数にのぼる。
そこでおそらく、国の深い技術力を育成する「長期的な」コミットメントを主張する第一歩として、政府はデジタル政策を担当する「長期的な」大臣の任命を検討してみてはどうだろうか。そうすれば、AIなどの国の技術力の底上げへの持続的な集中と、大臣レベルでは、テックにまつわる基本的なふるまいを理解するまもな能力があるというメッセージを示すことができるはずだ。
画像クレジット:Usis / Getty Images
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(文:Natasha Lomas、翻訳:Akihito Mizukoshi)