編集部注:この原稿は東京に拠点を置くFinTechスタートアップ、クラウドキャスト代表取締役の星川高志氏による寄稿である。クラウドキャストは2013年に弥生より出資を受け、経費精算事業を手がけている。本稿は、7月中旬にロンドンでFinTechシーンを視察した同氏による現地レポートである。
2014年7月上旬にロンドンへ行き、現在非常にホットな分野であるFinTechとそのスタートアップシーン を実際に見てきた。FinTechとはFinanceとTechnologyを組み合わせた造語であり、大まかに言うと金融とIT技術の融合によるイノベーション、その実現を目指すITスタートアップを指す。特に金融セクターは大企業が一種のイノベーションのジレンマを抱えており、これを突破するために外部のスタートアップと組む例が増加している。
今回は事前に駐日英国大使館や英国貿易投資総省 (UK Trade & Investment)、そしてロンドン市振興機構 (London & Partners)に協力を得ていたのもあり、各キーパーソンに会うことができた。貴重な時間やインサイトを頂いた関係者に感謝したい。
FinTechスタートアップはロンドンを目指せ
FinTechで世界を目指すならロンドンが最初の候補地となる。英国という国全体ではなく、ロンドンという元々の金融セクターがある大都市に価値がある。
日本のITスタートアップの多くは米国、特にシリコンバレーを含めた西海岸を見ていると思う。自分自身も米国企業の経験が長く、彼らのスタートアップエコシステムは非常に魅力的であるが、今から進出するようでは差別化が難しい。また、実際には細分化が進んでおり、金融セクターではシリコンバレーではなくロンドン、ニューヨークが世界的に飛び抜けている。今回はロンドンを中心に記述するが、この流れはニューヨークにもあり、数年後に東京に必ず来ると信じている。
英国政府の成長戦略TechCity構想
「FinTechはロンドンである」という背景としては、大きく次の2つがある。
- 既存の欧州最大金融センターとしての歴史と強さ
- TechCity構想によるスタートアップムーブメント
ロンドンは元々金融セクターが世界トップクラスであり、約4万社、約35万人が金融セクターに属する。この既存の金融セクターの強みとEast London地区でのスタートアップムーブメントが融合したのが、現在のFinTechシーンの背景にある。
ロンドンは2010年末に現英国キャメロン政権のもと、East London地区に米国シリコンバレーを参考にTechCity構想を打ち出した。
TechCity構想とは、税制優遇やビザの緩和も含むIT産業に特化した英国政府による積極誘致政策である。その名前から元々ロンドンにある「金融」Cityに続く、第二のCity、すなわち「テクノロジー」Cityを目指していることが読み取れる。Google、Amazonを含め世界トップクラスのIT企業がこの地に積極投資を続け、ロンドンは現在シリコンバレー、ニューヨークに次ぐ世界第3位のITクラスター (集積地区) となった。安い土地を求めEast Londonに自然に集まってきたITスタートアップとクリエイター達の動きをくみ取った成長戦略と言える。成功の秘訣は、あくまで政府は環境作りに徹していることと聞いた。英国は政策決定後の動きが大胆でスピード感があり、その後ロンドンオリンピックの後押しもあり、いわゆる「ヒト、モノ、カネ」が世界からこのクラスターに集まった。
それに加え、ロンドンには歴史・文化があり、これに数多くの大学やゲーム・モバイルコンテンツ・ファッション・音楽・アートを含めたクリエイティブ産業が今スタートアップと結びつき、結果的にロンドンはFinTechだけでなく、RetailTechやEdTech などのクラスターを形成している。ただ、すべてのセクターがロンドンに集中しているというわけではなく、セクターごとにクラスターが形成されエリアごとに細分化されている。例として放送メディアはマンチェスターのMediaCityUK に集まり、日本のNHKにあたるBBCもロンドンからマンチェスターに移転しているということが驚いた。
場としてスタートアップやクリエイティブに関わる人たちが集まることで、結果的に街が活性化するいい事例を目のあたりにした。TechCityの主要なエリアであるEast LondonのOld Street (オールドストリート)、Shoreditch (ショーデッチ) 周辺は、数年前は決して治安がよいエリアではなかった。しかし、今となってはロンドンでも感度が高い人が集まる人気スポットとなっている。
また、オリンピック スタジアムは実はここからさらに東に位置するStratford (ストラトフォード)地区にある。ここにもHereEast計画という新TechHubを2018年にオープン予定と聞いた。ロンドン市の担当者や複数の現地会計士と話したが、ロンドンの不動産はオリンピック以降実は下がっておらず、大規模の都市開発が今も活発である。
London & Partnersのスタートアップ支援
ロンドン市の役割の一つは、ロンドンへの企業誘致と現地企業の海外進出である。その重要な機関となるLondon & PartnersのPru Ashrey氏 (Head of Technology)と、その優秀なチームは非常にパワフルである。特にFinTech、スタートアップ企業の誘致は現在積極的であるという。Pru氏は実際にTechCityの立ち上げに関わった人物であり、彼女の豊富な人脈により普段会えないような方々を紹介していただいた。非常に感謝している。
FinTechに強いコワーキングスペース
ロンドン市内でのコワーキングスペース、関連アクセラレーターの数はTechCityの盛り上がりを象徴しており、すでに70以上と多く今も増殖中である。実際にはEast Londonだけなく、金融街に近い Canary Wharf(カナリーワーフ)やWhite Chapel(ホワイトチャペル)にまで広がっている。特徴的なのは数が多いだけに差別化が必須となり、FinTechのようなセクター特化型も多いことである。
以下、特にFinTechに強いコワーキングスペースに実際に見学し、担当者に話を聞くことができたのでまとめておく。特徴は大手金融機関や投資家が口だけでなく本気でスタートアップ投資を実行し、世界を変えようとしていることだ。
Level 39
http://www.rainmakingloft.co.uk/
新しい金融街 Canary Wharfの超高層ビル39階に立地していて、TechCityを象徴するスペース。ここの豪華さには、とにかく圧倒された。ここに来る人たちは場所柄スーツ姿がほとんどで、ここではAccentureによるFinTechに特化したAccelerator Programも運営されている。
セクターとしてはFinTech、RetailTech、Future Cityに特化したコワーキングスペースだが、立地的にFinTechスタートアップが実際には多かった。お会いしたAdizah Tejani氏によるとオープン6カ月ですごい勢いで空きスペースが埋まり、現在Level 42に拡大中とのこと。ちなみに、英国では1階は0階 (グランドフロア) なのでLevel39は日本での40階にあたる。
Rainmaking Loft
http://www.rainmakingloft.co.uk/
タワーブリッジに近い立地のコワーキングスペースで、運営会社はロンドンだけでなくヨーロッパ全域をカバーしている。ロンドンではその立地を活かし、3カ月間のFinTech特化型のアクセラレータープログラム Startupbootcamp Fin Techを提供している。Master Card、Lloydsの大手金融やVCがスポンサーとなり、応募はアイデアだけでなく、チームとプロトタイプが必要となる。代表のNektarios Liolios氏は国際銀行間ネットワークで有名なSWIFTの開発に関わった人物で、こちらのプログラムには全世界から約400社からの応募があり、選考に通った最大10社に、約200万円の資金とメンター、オフィススペースを無償で提供するという。以下はNektarios 氏によるFinTech特化アクセラレータープログラムの説明ビデオだ。
Barclays Accelerator
http://www.barclaysaccelerator.com/
金融大手のBarclaysがスポンサーとなるFinTech特化型のアクセラレータープログラムで、世界的に有名なTechStarsが運営に関わっている。立地は少し分かりにくかったが、施設内は豪華なスペースで1階はおしゃれなカフェになっていた。実際に話を聞いたTechStarts DirectorであるJess Williamson氏は米国から移籍し、その日はちょうど最終メンターセッションが終了したとのことだが、疲れを感じさせずFinTechスタートアップへのパッションを感じた。スポンサーであるBarclaysの支援は強力だが、その縛りはないとのこと。ここも世界中のFinTechスタートアップ10社を選び、約500万円の資金とメンター、オフィススペースを無償で提供する。
まとめ
ロンドンはFinTech系スタートアップと非常に相性のよい大都市であり、この土地に近い将来の東京の姿を見ることができる。
大都市東京とロンドンには、世界トップレベルの金融セクター、市場と顧客、労働人口、スタートアップムーブメント、オリンピック開催などと共通な項目が多く、我々の数年先を進んでいるからだ。
しかし、英国政府やロンドン市が行ったオリンピック後の持続的成長に貢献するTechCity構想のような、大胆かつ世界トップレベルの取り組みが必要である。そして、ただ単にマネをするのではなく、我々独自の強さを活かさないといけない。我々が成功するには、国内で評論家のように何も創り出さないのではなく、実際に現地に行き自分の目で確かめ、彼らと会い意見を交わし、協力してともに世界に発信することである。