編集部注:本稿はBen NarasinとJeremy Abelsonによって執筆された。25年のベテラン起業家であるBen Narasinは、これまで8社に対してシード投資を実施しており、現在はCanvas VenturesのGeneral Partnerとして勤務する。Jeremy AbelsonはIrving Investorsの創業者であり、ポートフォリオ・マネージャーとして活躍している。
荒涼としたQ1と静かな夏が終わり、IPO市場はほぼ180度の方向転換をしようとしている。JPMorganは、同社が幹事を務めるものだけでも20社の新規上場を予定していると話し、そのうち9社をすでに米国株式市場に送り出した。おなじく市場全体(S&P500)も復活を遂げている。今年前半には1810にまで下がっていたS&P500だが、その後最高値(に近い)レベルの2193(9月時点)を記録し、その上昇幅は21%にもなる。
それとは対象的に、IPO市場とともに昨年の後半から冷え込み始めたVC投資市場はまだ静かなままであり、量から質への転換というスタンスを変えていない。少ないラウンド数、ハイクオリティな企業への集中投資などがその例だ。
公開市場とは違い、非公開市場の活気はすぐには戻らない。IPOのパーティーには音楽が鳴り響く一方で、プライベート・マーケットの調整は永遠に続くかもしれないのだ。18か月前であれば、初年度に100万ドルの収益をあげるようなSAAS企業はシリーズAで相当な額の資金調達が可能だっただろう。しかし、今ではそのような企業でも「第2シードラウンド」や「インサイドラウンド」といったものに頼らざるを得なくなっている。
公開市場
BETRやRUNが上場した時のパフォーマンスからも分かるように、2015年8月以降IPO市場は急激に冷え込んでいった。BETRとRUNの上場時には、2社ともに募集枠以上の申し込みがあったにも関わらず、いざ上場すると株式が取引されることはほとんどなかった。本当の意味での買い手/株主が見つからなかったのだ。
買い手が疲れ果てていたのは明白だった。IPOの案件は急速に減り、買い手有利の市場が始まった。
それ以降、2015年度中に新規上場を果たしたのは数社のみ。テック系の目立った企業にいたってはSQとTEAMの2社だけだ。そして、2016年初旬になるとIPO市場は完全に凍ってしまった。
この状況は各メディアで大々的に取り上げられた。専門家たちは大統領選挙や石油価格の下落、連邦準備銀行による利上げ、英国のEU離脱、中国とブラジルの不況などによってマーケットのボラティリティが上昇したことがIPO市場の冷え込みの原因であると主張した。これらの問題が完全に解決したわけではないが、それでも今では投資家はIPO市場への興味を取り戻しつつある。
関係者によれば、投資家たちは企業の成長ではなく、その価値に焦点をあてるようになったという。より具体的に言えば、すでに利益を出していたり、少なくとも黒字化までの明確な道筋を示している企業に投資をするようになったのだ。つまり、価値をともなう成長へのシフトだ。また、負債を多く抱える企業への投資にも慎重になった。このメッセージはシリコンバレー全体に響き渡った。シリコンバレーでは、バーンレート(利益が出る前に資本を消費する割合)を下げ、そして収益をあげる能力をみせて持続可能なビジネスであることを示すべきだと語られるようになった。
テック企業の株価収益率は今年はじめに下落し、その後回復してきてはいるものの、まだ2015年初めの水準には達していない。
- Cybersecurity(最もダメージを受けた): 2015年7月の9.11倍に対し、現在は5.19倍
- SaaS: 2015年7月の6.21倍に対し、現在は4.61倍
- Internet Names: 2015年7月の5.69倍に対し、現在は5.83倍
- Adtech: 2015年7月の4.26倍に対し、現在は2.13倍
2ヶ月前の一般的なコンセンサスは、少なくとも2017年までIPO市場は閉鎖したままになるだろうというものだった。つまり、17カ月ものあいだ新規上場案件が1つもないだろうという事だ。
そこにTwillioが現れた!
2016年6月22日、その日上場したTwillio(TWLO)は15ドルだった公募価格を92%も上回る初日終値を叩き出した。その後TWLOの株価は278%上昇。IPO市場は活気を取り戻した。
そんな具合に、IPO市場に再び注目が集まるようになり、それまでの恐怖はどこかに行ってしまった。市場が冷え込む原因となった数々の問題はいまだ解決していないにもかかわらず、IPOに対するためらいは完全に消え去ったのだ。おそらく、必要だったのはひとまずの休憩だけだったのだろう。「先の不況以来の深刻なIPO不足」という形をした小休止だ。
非公開市場
IPO市場の後を追うように、非公開市場における資金調達量は2015年3Qで1333を記録したあと、Q4には1137へと下落していった。2016年Q2までその傾向は続き、今年の資金調達量は2012年よりも少なくなる予定だ。
大衆に逆らう意思のあるVCにはチャンスが訪れている
1回の資金調達ごとの調達金額は増えてはいるが、資金調達の案件の数はそこまで増えていない。より規模が大きく優秀な非公開企業を対象に、より金額の大きな出資が行われているということだ。
IPO市場が冷え込むにつれて、「質へのシフト」は非公開市場でより顕著に見られるようになった。2016年のVCによる投資金額の合計は米国市場全体で318億ドルという状況のなか、UberとSnapの2社が調達した金額だけで45億ドルだ。急速に成長するSlack、Airbnb、Spotifyなどの企業もまた多くのラウンドを実施し、そのほとんどにおいて相当な金額を調達している。
また、人工知能、保険テクノロジー、自動運転技術、バーチャル・リアリティなどの分野には2015年初頭と同じレベルの注目が集まっている。だが、こういった分野以外での投資案件においては、VCはデューディリジェンスを重視する慎重な姿勢を崩していない。彼らは過去にユニコーン企業に熱中しすぎたという苦い経験を忘れていないのだ。VCマーケットは未だに買い手市場である。
ユニコーン企業に対するバイアスによって、2016年に誕生したユニコーン企業の数は劇的に減った。2015年のQ2、Q3に新しく生まれたユニコーン企業は49社だったのに対し、今年のQ1、Q2では12社だ。
今後はどうなるのか
株価が最高値をつけ、IPO市場も回復している(そして、パフォーマンスも良い)ところを見ると、公開市場が復活を遂げたことは明らかだ。2017年までIPO市場の活気は続くだろうと各投資銀行は話している。
一方で、ベンチャー投資業界に生じたひびはすぐには埋まらない。VCの慎重な姿勢がイノベーションを減速させているわけではない。しかし、VCから調達した資金によって誕生するイノベーションがあることも確かなのだ。
VCは企業がもつテクノロジーよりも、企業そのものに興味を持つようになった。彼らは企業がもつインフラ、トラックレコード、信頼性を見るようになり、次なるビックアイデアを持っているだけでは不十分なのだ。「どうやって数十億レベルのビジネスを育て上げるのか教えてくれ」というレトリックは、「どうやってこのアイデアをサステイナブルなビジネスにするのか教えてくれ」というものに変わった。
こうして、大規模で明らかな勝ち組である企業には買い手がこぞって集まる一方で、大多数の企業が、特に小規模の企業が資金調達をすることはとても難しくなった。しかし、大衆に逆らう意思のあるVCにとってはチャンスが訪れている。
より多くの時間、そして大きな価格競争力を利用して次のユニコーンを見つけ出すチャンスなのだ。
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