LinkedInの共同創業者兼エグゼクティブ・チェアマンであり、Greyrock Partnersのパートナーとしてシリコンバレーを代表する投資家でもあるリード・ホフマン氏はTechCrunch読者にも名前をよく知られた人物だろう。
ホフマン氏が母校スタンフォードで続けていたスタートアップを成功させる方法の講義に加筆してまとめた本をTechCrunch Japanの同僚、高橋信夫氏と共訳した。興味深い内容と思ったので紹介してみたい。
「ブリッツスケーリング 苦難を乗り越え、圧倒的な成果を出す武器を共有しよう」(日経BP)に詳しく述べられたホフマン氏の戦略は「直感と常識に反することをせよ!」というものなので、当然賛否はあるだろう。しかしスタートアップとベンチャー投資の最前線の体験から得たエピソードや観察が数多く披露されている。
本書はまず創立2年目のAirbnbが陥った深刻な危機から始まる。ホフマン氏はAirbnbの将来性をいち早く見抜いた一人で、最初期からの投資家だった。創業者たちとも親しかったため、このあたりは内側から見た手に汗握る企業ドラマだ。
シリコンバレーで新しいアイデアが生まれるとそっくりコピーしてヨーロッパで事業化して繰り返し成功を収めてきたドイツの大企業がAirbnbにも同じ手法で攻撃をかけてきた。会社の権利のかなりの部分を譲渡するなどしてなんとか和解の道を探るべきだろうか?
しかし助言を求められたマーク・ザッカーバーグ氏らは「戦うべきだ」と言う。Y Combinatorのポール・グレアム氏の要約も面白い。「(ドイツの連中は)子供が欲しくもないのにカネ目当に赤ん坊を育ているようなものだ」とやはり一歩も引かないことを勧める。ブライアン・チェスキー氏(下の写真)らAirbnbの創業者たちも正面からの激突を選ぶ。
よろしい戦争だ。では、どうやって勝つのか?
相手は資金でも規模でも圧倒的に大きい実績ある企業グループで、Airbnbは無名のスタートアップだった。ここでAirbnbを成功させた戦略が「ブリッツスケーリング」だというのがホフマン氏の主張だ。
ブリッツスケーリングはブリッツクリークからのホフマン氏の造語だ(ブリッツはドイツ語で「稲妻」という意味で日本では「電撃戦」と訳されている)、要約すれば「いかにリスクが高くても成長スピードを最優先せよ」という戦略だ。ホフマン氏はテクノロジーのように変化が急速な世界では成長速度がすべてだと主張する。「資本効率より成長率に重点を置くのではない。資本効率などはうっちゃて急成長を追求せよ。誰にも先が見えない世界で安定成長などはありえない。そっちががむしろ幻想だ」という。
もちろんブリッツスケーリングは典型的なハイリスク・ハイリターンな戦略だ。ブリッツスケーリングのコンセプトの源となった電撃戦は第二次大戦の初戦でドイツに空前の大勝利をもたらした。しかし内情はきわどいもので、もしフランスがミューズ川、セダンなどの要衝で頑強に抵抗すればドイツは大敗していたという。しかし電撃戦を発案し指揮したグデーリアン大将は「予想していない速度で進撃し神経中枢を刺せば敵はマヒする」と確信して突進し、そのとおりとなった。ブリッツスケーリングにはこの二面性がある。
Airbnbの拡大戦略は社員わずか40人のスタートアップが世界各地に一挙にオフィスを開設するなどブリッツスケーリングというのにふさわしい猛烈なものだった。ホフマン氏はブリッツスケーリングに内在するリスクの要素を熟知しており、成功させるためには無数のハードルを日々乗り越えていく必要があると指摘する。自ら体験したLinkedInを始め、Google、Amazon、Facebookなどの実例で市場の選択、ビジネスモデル、プロダクト・マーケット・フィット、ディストリビューションなどの分野でどんな努力が払われたかを具体的に説明する。これがビジネス書として非常に面白い部分だろう。
もうひとつ興味深かったのはブリッツスケーリングは既存の大企業が生き延びるためにも必要だとした点だ。Apple(アップル)はMacとiPodのメーカーとして十分成功していたがスティーブ・ジョブズはスマートフォンというまったく新しい市場を切り開いて「大企業のブリッツスケーリング」の例となった。大企業といえども同じビジネスを永久に続けていくことはできない。日本の大企業にもこのところ気がかりなニュースが続いている。誰もがAppleになれるわけではないだろうが、どんな大企業であれブリッツスケーリングの考え方を取り入れなければ今後生き延びることは難しくなるのではないか。
今月下旬にバルセロナで予定されていたMWCの開催が中止された直接の原因は、コロナウィルス感染症に対する懸念で、テクノロジーに内在するものではない。しかし「何が起きるか予測できない世界」だということの一例ではあるだろうし、その背景にはモバイルネットワークの発達で情報拡散の速度と密度が格段に高まったことがあると思う。
本書にはLinkedInを買収したMicrosoft(マイクロソフト)のビル・ゲイツ氏が内容を的確にまとめた序文を寄せている。企画から編集作業まで担当した日経BPの中川ヒロミ部長はFactfulness(『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 』)を大ヒットさせているが、こちらも最近のノンフィクションでベストの1冊だ。
画像:TechCrunch