【編集部注】執筆者のKaspar Korjus氏は、e-Residencyプログラムのディレクター
36年前、アメリカ人の作家でフューチャリストでもあるAlvin Toffler氏は、工業社会によって象徴される「第二の波」から、Toffler氏が「情報化時代」と呼ぶ現象に象徴される「第三の波」への避けられない移行について、有名な著作「第三の波」を残した。Toffler氏の言う情報化時代とは、産業革命による工業化でもたらされた伝統的な産業から、電子化・デジタル革命に基づく経済へのシフトを意味する。
何年も前に書かれた本ではあるが、私たちの生活の至る所で起きているデジタル化や、ビジネスのグローバル化から、Toffler氏の予言が現実になっていく様子を今ハッキリと見てとれる。しかしそんな中でも、個人の識別や経済取引、企業の登記に関しては、未だに古めかしい「工業社会」のシステムが、各国政府や国民にとってのチャンスを厳しく制限してしまっている。
今日のデジタル社会では、国境や参加者の国籍に左右されてしまうようなグローバル経済はもはや機能しない。多くのスモールビジネスが大陸を超えて自分たちの製品やサービスを販売したいと考えており、小国はより大きな消費者人口を求め、デジタルノマドは世界中を自由に移動していることから、あるひとつの取引に関する契約書上に複数の国にいる人たちの署名が並ぶこともある。
このようなグローバル経済に参加したい、もしくは参加する必要がある人々にとって、オンライン上で安全に自分の身元を明らかにし、世界中のどこからでも事業を運営でき、複数のマーケットで自由に取引を行えるというのは欠かすことの出来ない要素である。そして各国政府はこのような個人に対して、デジタル化されたサービスを提供するという課題に取り組む姿勢を持っていなければならない。さもなければ、Toffler氏の言葉を借りれば「次第に時代の流れに取り残され、今日の複雑さについていけなくなって」時代遅れの国家とみなされてしまう。
今こそ、世界中の政府が社会の進歩に対抗しようとするのを辞めて、その思い腰を上げるタイミングなのだ。
エストニアが1991年にソ連から再度独立を果たしたとき、その少ない人口と広い領土(エストニアの国土はオランダやスイスよりも大きい)から、物理的に種々のサービスを全ての国民に届けることの難しさがすぐに明らかになった。小さな町のひとつひとつに銀行の支店を置くことや、全ての村に包括的な公共サービスを提供する役所を設置することは、現時的ではなかったのだ。結果的に、民間・公共どちらのセクターも、デジタル化やeサービスのその後の発展に将来をゆだねることとした。
エストニアはさらに、新しいデジタル社会の中で小さな国家が経済競争力を保つため、革新的なテクノロジーを作り出すことができるような経済環境を育て、国としての競争優位性を高めなければならないと認識していた。エストニアがこのゴールを達成し、Skypeのような企業を生み出すに至った理由のひとつとして、政府が民間セクターでのイノベーションを促進するために、テクノロジーを利用した公共サービスを提供したことが挙げられる。独立から25年を迎えた今日、エストニアは世界中でもトップレベルのデジタルインフラを保有している。
エストニア政府は、在住者へのデジタルIDカードの発行や、オンライン投票、平均2分間で完了するオンラインでの税申告などに見られるように、デジタル化を公共サービスの中心に置いている。2015年には、エストニアの800以上の機関が、1,500種類におよぶ電子公共サービス提供している。エストニア国民として、私自身もデジタルIDを使って政府が提供するサービスにログインし、契約書に電子署名を使っているため、エストニアに物理的にはいないときでも、国民として国と密接に繋がっていると感じることができる。
さらにエストニアは2015年に、国籍の制限なしで世界中の人々へデジタルIDプログラムを開放し、これまでのGovernment as a Serviceのアプローチを、さらに上のレベルへと昇華させた。電子公共サービスが国民国家の国境を超え、環境もしくは経済的にグローバル経済から隔離されてしまっている海外の人々へもそのアクセスを与えるというこの実験的な動きが、エストニアのe-Residencyプログラムの設立に繋がった。
ベータ版の公開から一年で、世界中の人々がエストニア籍の会社を一日で登記し、現地の銀行口座を開設し、決済サービスへのアクセスや、契約書などの書類へのデジタル署名ができるようになり、e-Residencyプログラムは移民政策では成し得なかったほど同国の経済成長に貢献している。
一国のアプリストアにすぎないようなものを作ることが、世界各国政府と市民の関わり方を再定義する可能性を秘めている。
2016年5月の時点で、558社がe-Residencyのサービスを利用して設立され、1,150人のe-Residentsがe-Residencyを使って自分たちの会社の運営を行っている。エストニアのビジネス界に関わる人や企業の数が増えるほど、エストニアの企業にとっての顧客が増えることとなる。例えば、e-Residencyを使って設立された会社は、銀行や決済サービス、会計サポートや、法律相談、資産運用、投資顧問などエストニア企業が提供するサービスを利用する可能性が高いのだ。
エストニアの例に見られるように、一国のアプリストアにすぎないようなものを作ることが、世界各国政府と市民の関わり方を再定義する可能性を秘めている。Robert Atkinson氏が代表を勤めるアメリカのシンクタンク、情報技術イノベーション財団(Information Technology & Innovation Foundation)が最近公開したレポートでは、デジタルインフラを構築し、それに伴う経済的なチャンスを利用することの、メリットと障壁が強調されている。Atkinson氏と彼のチームは、そのような動きの効果について以下の通りまとめている。
- 容量の拡大:既存・新規デジタルインフラの利用率の向上
- 時間削減と利便性の向上:待ち時間の削減、運営の簡素化、意思決定の高度化
- 経費削減:無駄の最小化、効率性の向上、重要なサービスの提供方法の柔軟性
- 信頼性の向上:重要なサービス提供時の中断・予期せぬ出来事が発生する可能性の低下
- 安全性の向上:脅威や妨害に対する弾力性の向上
Atkinson氏はレポートの最後に、「情報テクノロジーが、スマート企業やスマートスクール、スマートシティを例として、世界をスマート化しようとしている今、私たちが住む社会も、スマートインフラの構築を加速させるべきタイミングにあります」と語り、さらには「しかしながら、昔からあるインフラをデジタルインフラへと移行する過程で、はっきりとわかりやすいゴールや関連政策のサポートがないと、移行に時間がかかってしまうことでしょう」と述べている。私はこの意見に大賛成で、エストニアで起きたことが彼の主張の正しさを証明している。
私たちは今、ほぼ間違いなくToffler氏のいう「第三の波」の中にいる。将来的には個人の住んでいる場所が問題となることがほぼなくなり、デジタル世界の中でビジネスを行えるようになるだろう。今こそ、世界中の政府が社会の進歩に対抗しようとするのを辞めて、その思い腰を上げるタイミングなのだ。そして、起業家や有能な開発者が一丸となって、政府のデジタルプログラムがその力を最大限発揮できるよう手を差し伸べるタイミングでもある。
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(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter)