さすがにICOという言葉を聞いたことがないという人の数は減ってきただろう。今年に入ってからだけでもICOによる調達金額は5億ドル以上にのぼる。その一方で、未完成のプロダクトや、まだ真価が問われていないチームに不相応なほど巨額な資金が集められているとも言われている。
そんな中、この度ある企業が、ICOにも良識あるやり方が存在するということを証明できたかもしれない。
タイに拠点を置くフィンテックスタートアップのOmiseは、トークンの販売を通じて新たに2500万ドルを調達したと発表した。本日(現地時間6月5日)トークンの販売を終了した同社は、これまでICOを行った企業の中ではもっとも実績のあるテック企業だ。
ICO以前にもVCから2000万ドル以上を調達していたOmiseは、既存の金融システムに革新を起こすべく、調達資金を使ってOmise Goと名付けられた分散型の決済プラットフォームを開発する構えだ。銀行口座を持っていない人でも、諸々の手数料なしにネットワーク上で資金のやりとりをできるようにするというのがOmise Goの根幹にあるアイディア。P2P決済以外にも小売企業とタッグを組んで、ものやサービスを購入できるようにしたり、他の決済サービスと接続したりということも同社は考えている。
Omise Goは現在開発中で、第一弾となるサービスやプロダクトは今年の第4四半期中にはリリースされる予定だが、全てが使えるようになるのは来年の後半くらいになると同社は話す。Omise Go上では、ICOで売りに出されたERC20準拠のトークン、OMG(Omise Go独自の仮想通貨)が使われることになる。さらにOMGの所有者は、ネットワークの運営を手伝うことで収入を得られるような仕組みになる予定だ。これは昔のソフトウェアライセンスの考え方に近く、イーサリアムを開発したVitalik Buterinの意向もここには反映されている。なお、Buterinは現在「Casper」と呼ばれる、プルーフ・オブ・ステーク機能(日本版注:プルーフ・オブ・ワークの代替システムにあたり、トークンの保有割合でブロックの承認割合を決めるというもの)をイーサリアムに導入しようとしている。
OmiseのコアビジネスはStripeのようなオンライン決済サービスで、現在はタイ、日本、インドネシアの3か国で営業しているが、数年前からブロックチェーン技術に興味を持ち始めたとCEOの長谷川潤氏は語る。同社は2015年にEthereum FoundationのDevgratsプログラムに10万ドル出資し、Microsoftらとともに最初の支援企業のひとつとなった。しかも、このときはまだブロックチェーン技術を使ってOmise Goのようなビジネスを立ち上げるというアイディアは生まれていなかった(OmiseはEthereum Foundation出身者をOMG開発のために雇い、Buterinも顧問として同社に参加している)。
なお、発行されたOMGの65.1%がICOで売りに出され、5%が”エアドロップ”としてイーサリアム保有者に、残りは一部がOMGとOmiseの開発・運営資金に使われ、あとは投資家とチームメンバーに分配される予定だ。
Omise Goのチームと顧問のButerin、Lightning Network開発者のJoseph Poon
OmiseのICOは色んな意味で注目に値するものだった。まず、これまでは設立間もない若い企業が、確立されていないプロダクトと野心だけで資金を調達するために採用されることが多かったICOだが、Omiseは既に名の通った企業だ。
また、今回のICOはプロセスがきちんと管理された初めての例だった。
ICOで大きなリターンを得られるという評判が広がるうちに、ゴールドラッシュのようにいくつもの企業がICOに飛びつき、それぞれ何千万ドルという資金を調達したが、Omiseは調達額に2500万ドルという上限を設けたのだ。ここ数か月だけでも、ブラウザを開発するBraveが1分以内に3500万ドルを調達し、無名のフィンテック企業TenXが8000万ドルを、そしてICOを支える技術を開発しているBancorも1億5000万ドルを調達した。さらに、物議を醸したEOSも1年間におよぶキャンペーンを経て、ICO最高額とも言われる1億8500万ドルを調達した。
OMGのICOでは、上記の例とは対照的に上限が設定されていた。当初Omiseは調達額を2000万ドル未満におさえるつもりだったが、投資家からの需要に応えるため2500万ドルまで調達額を引き上げることに。また、最初は400万ドル分のOMGを、仮想通貨に興味を持った従来の投資家に向けて一般販売開始前に売り出そうとしていたが、これもあまりの需要に不可能だということがすぐにわかった。
長谷川氏によれば、一般販売はおろか事前販売への反応だけを考えても、やろうと思えば簡単に1億ドル調達することもできたが、Omiseは金額をおさえて「節度を持った」資金調達を行うことに決めたのだという。さらに同社は、他社のICOで見られたように潤沢な資金を持つ少数の投資家がトークンを独占するようなことがないよう対策を練っていた。
結果的に、当初予定されていた一般販売はキャンセルされ、より安定的で管理された手段をとろうということになった。そこでOmiseは、購入希望者は指定された証券会社に情報を登録しなければいけないようにし、ひとり(1社)が購入できる量にも制限を設けることにした。
「KYC(本人確認)を済ませた人に対してのみOMGを売り出し、少数のお金持ちがトークンを買い占めてしまうことがないようにした。(Braveの)Basic Attention Token(BAT)では実際に買い占めが起きていた」と長谷川氏は声明の中で述べた。
「他社のICOとは違い、私たちは上限額の2500万ドル以上調達する気はなかった。というのも、現状の目標を達成する上で、それ以上の資金は必要ないと判断したのだ」と彼は付け加える。「必要以上の資金を調達するのは、無責任だし非生産的だと考えている」
EOSの件もあり、ICOは単に企業と投資家がお金をつかむための手段だという認識が広がっている中、Omiseがこのようなアプローチをとったのは興味深い。ICOが多大な可能性を秘めているというのは間違いないが、コンセプトとしてかなり新しいため、まだその実態はつかめていない。しかしOmiseのように責任感を持って、きちんとICOのプロセスを管理する企業が増えてくれば、疑いの目を向けている人たちも納得し、テックコミュニティはICOの真の力を発揮できるようになるかもしれない。”腐ったミカン”をそのままにしておくにはもったいないということだ。
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(翻訳:Atsushi Yukutake)