東京大学関連のイノベーション・エコシステムの発展を目指し投資活動を行なっている東京大学協創プラットフォーム(東大IPC)。同社は10月26日、起業を目指す現役東大生生や東大の卒業生、起業をしてまもない東京大学関連ベンチャーに対して事業化資金や経営支援を提供する「東大IPC起業支援プログラム」の新たな支援先を発表した。
3回目となる今回は計4チーム(2社はすでに法人化)が選出。バイオ関連の研究を応用したスタートアップ2社のほか、ロボット技術を活用したハイテク義足を手がけるチームや、機械学習を用いてオフィス探しの効率化を実現するプロジェクトが名を連ねる。
簡単にではあるけれど、各チームについて紹介していきたい。
ジェリクル : 独自のハイドロゲルを用いた医療技術の研究開発
ジェリクルは独自のハイドロゲルを体内に打ち込むことで、いろいろな疾患を治す治療法を研究・開発しているバイオスタートアップだ。
同社のコアな技術は生体適合性が高く(99%の水と1%のポリマーでできている)、かつ生成と分解を独自に制御できるゲルを作れること。体内でゲルを生成するだけでなく治療後の分解までをコントールすることで、ゲルを用いた医療技術「Gel Medicine」の概念を実現していきたいという。
具体的には治療をすると長時間痛みを伴ったり、1週間うつ伏せ状態が続いたりといった「従来の技術でも治すことはできるものの、治療が大変だった疾患」にこの技術を用いることで、QOLの高い治療法を開発することが当面の目標。まずは下肢静脈瘤という疾患に対して、従来のレーザーや接着剤を使った治療よりも患者への負荷が少ない治療法の実現を目指す。
ジェリクルの母体となっているのは東京大学の酒井崇匡准教授の研究。同社で代表取締役CEOを務める増井公祐氏は酒井氏の研究室の出身だ。増井氏は大学卒業後にITベンチャーのレバレジーズで新規事業の立ち上げや事業部長などを担った後、2018年8月に同社を創業している。
estie : AIを活用したオフィス版の「SUUMO」
estieはAIを活用して事業用の不動産賃貸をよりシンプルにしようとしているチームだ。たとえるならオフィス版の「SUUMO」のようなプロダクトと言えるかもしれない。
それこそ個人向けの賃貸ではSUUMOや「HOME’S」を始めオンライン上で情報を集め、自分にあった物件を探したり比較したりすることはごく普通のことだろう。一方でオフィス賃貸の場合はオフラインの要素が残り、人と人との関係で成り立っている側面が強いという。
estieでは個人向けの賃貸と比べて物件に関するデータにアクセスしづらいことが課題だと考え、オフィス賃貸に関するデータを収集し、オンライン上に押し上げるような仕組みを構想。AIを活用することでテナントにマッチしたオフィスをレコメンドできるようなプロダクトを開発中だ。
チームメンバーは全員東大の出身で、不動産業界のバックグラウンドがあるメンバーやエンジニアらが集まる。年内を目処にプロダクトをローンチ予定。
アグロデザイン・スタジオ : 農薬版の創薬スタートアップ
近年、医薬業界ではAIなども用いた創薬スタートアップが登場してきているけれど、“農薬業界”はまだまだ未開拓の領域と言えるだろう。アグロデザイン・スタジオは農薬の研究開発に取り組む農薬版の創薬スタートアップだ。
代表取締役の西ヶ谷有輝氏が東大や農研機構で研究していた農薬シーズの実用化に向けて2018年3月に創業。現在は土壌にいるバクテリア(細菌)を倒す薬剤である「硝化抑制剤」の開発を進めている。
西ヶ谷氏によると硝化抑制剤は撒くと環境負荷が減るという不思議な効果があるのだという。これは農業で使われる肥料の半分ほどしか作物に吸収されず、残りの半分がバクテリアの餌となり、その排出物が地球環境を汚染する物質に繋がっているからなのだそう。硝化抑制剤はそのバクテリアを倒すため、肥料の無駄がなくなり、環境の負荷も下がるという構造だ。
そんな力を持つ硝化抑制剤だけれど、効果が非常に弱いために大量に使わねばならず、それが残留農薬の問題に繋がってしまっていた。アグロデザイン・スタジオでは残留問題を解決するべく、少し撒くだけで足りる強力なパワーを持った独自の硝化抑制剤を開発した。
菌のみが持つ酵素だけに効く薬剤をデザインすることで毒性を抑制。仮に人が摂取しても健康に支障をきたさない安全な薬剤の実用化を進めている。
BionicM : ロボット技術を活用したハイテク義足
BionicMはロボット技術を活用することで、足に障害のあるユーザーのモビリティを高めるハイテクな義足を開発している。
現在流通している義足の多くはバッテリーやモーターを搭載しているものがまだ少なく、ユーザーは自分の力を使って義足を動かさなければならない。それによって疲れやすかったり階段の上り下りが大変だったりするほか、障害物にぶつかった際に膝の部分が折れて転んでしまいやすいという課題があったという。
BionicMが現在開発中の「SuKnee」では様々なセンサーによって歩行環境やユーザーの意図を検知し、楽に歩けるようにアシストする。転倒を防止する機能や、歩行時だけではなく椅子から起立する際のアシスト機能も搭載。ロボット技術によってユーザーの負担を軽減しつつ、より自由に移動できるような義足を目指している。
チームでリーダーを務める孫小軍氏は子供の頃に足を切断した経験があり、自身も義足のユーザーだ。交換留学で日本を訪れ東大の大学院を卒業後、ソニーに入社。エンジニアとして働いていたが、既存の義足の課題を解決するべく東大の博士課程に進学し、ロボット義足の研究に取り組んでいる。
累計で10チームが採択、4社は資金調達に成功
今回紹介した4チームも含め、東大IPC起業支援プログラムではこれまで10チーム(7社と3チーム)が採択。過去に紹介したヒラソル・エナジーやソナスなど4社がVCなどによる資金調達を実現したという。
同プログラムは1年に2回実施していて、次回は2019年4〜5月頃から公募を始める予定。複数の事業会社と連携し、支援規模を従来の数倍に拡大する計画もあるという。なお前回採択された3社についてはこちらの記事で紹介している。