近年スマホやタブレットなど個人が保有する端末を筆頭に、日常生活の様々なシーンにおいてデジタル化されたスクリーンに接する機会が少しずつ増えてきた。
電車やタクシーといったモビリティ内や街中に設置されたディスプレイ・サイネージなどがその代表例。つい先日には自宅やオフィスに設置できる窓型のスマートディスプレイなども紹介したが、5Gなどの恩恵も受けて、今後より多くの場所でデジタルコンテンツと接するような時代になるだろう。
今回紹介する「東京」も、まさにインターネットへの入り口となる端末を空間に埋め込む事業を展開するスタートアップだ。同社が舞台としているのはオフィスビルを中心としたエレベーター。専用のディスプレイを設置することによって、エレベーター内での体験を変えるチャレンジに取り組んでいる。
その東京は7月30日、XTech Ventures、East Ventures、クオンタムリープ、小澤隆生氏、伊藤将雄氏、関喜史氏、程涛氏、および非公開の事業会社、個人投資家を引受先とする第三者割当増資により総額1.2億円を調達したことを明らかにした。
調達した資金を活用して組織体制を強化するとともに、端末の設置を一層加速する計画だ。
専用ディスプレイでエレベーター内の体験を変える
東京が手がける「東京エレビ」はエレベーターのかご内に設置する“0円防犯カメラ”機能を備えたディスプレイだ。
エレベーター内の安全性を高める防犯カメラとしての機能に加えて、天気予報やニュース、エンタメ情報などのコンテンツを配信するテレビ機能、従来張り紙で告知していた情報をデジタル化する掲示板機能を搭載。この3つの機能を独自開発の並列処理アルゴリズムによって提供する(関連の特許を3件出願中なのだそう)。
大きな特徴はビルのオーナーにとって導入コストがかからないこと。同サービスの端末費用や設置費用に関しては、東京エレビを通じて広告を配信したいスポンサーが負担する。
つまり東京エレビは防犯カメラであると同時にひとつの広告媒体でもあるため、ビルオーナーから利用料などを受け取らなくても広告ビジネスとして成立しうるというわけだ。
東京で代表取締役CEOを務める羅悠鴻氏によると、エレベーター内に防犯カメラを設置するには1台当たり30万円〜50万円ほどするのが一般的なのだそう。防犯の観点では設置するに越したことはないが、高額なコストなどが原因で十分には浸透していないのが現状だという。
その点、東京エレビは導入コストやランニングコストがないので文字通り0円で防犯カメラを導入することが可能。1時間もあれば設置できるため長時間にわたる工事も不要だ。
従来は張り紙で行なっていた点検等の案内もWebアプリからテンプレートに入力するだけでディスプレイに表示できるので、手作業にかかる負担の削減や、エレベーター内の見栄えなど景観上の問題の解決にも繋がる。
現在東京ではエレベーター内に設置するタイプの東京エレビと合わせて、エレベーターホールに設置するタイプの「東京エレビGO」も展開。大手不動産会社の物件を中心に都内で3桁以上の台数を設置している。
現在は広告配信はあまり行っておらず、天気予報や旅動画、レシピ動画などタッグを組んでいるパートナーのコンテンツを配信。もちろんコンテンツの内容にもよるだろうが、これまで殺風景だったエレベーター内の体験を多少なりとも豊かにしてくれる効果も期待できそうだ。
中国で拡大するエレベーター広告
エレベーター広告という切り口からもう少し補足をしておくと、このようなビジネス自体は以前から存在していたものだ。
特に中国はこの分野で進んでいる国として知られていて、業界を牽引するFocus Mediaは2003年の設立から多少の変動はあるものの急速に事業を拡大。昨年アリババが同社の株式を取得した際にも話題になった。
近年ではバイドゥが出資するTikin Mediaなどの台頭もあって一時期に比べると勢いは落ち着いているが、現在でも時価総額は日本円で1兆円を超える(2019年7月29日時点)。
オフィスビルやマンションのエレベーター内外を中心に設置される同社媒体のリーチ数は3億人、デイリーのインプレッション数は5億人を超え、高所得者層などに対してブランドを訴求できる広告チャネルとして様々な企業から指示を集めてきた。
「Focus Media自身が『テレビとスマホの中間』と表現をしているように、双方にない特徴を軸に事業を伸ばしている。テレビCMは地方の高齢者には大きな影響力を持つ一方で、若い世代に対しては必ずしも十分なリーチが見込めない。一方でモバイルを含むオンライン広告だけで効果的にマスにリーチすることは難しい」(羅氏)
全く同じではないにしろ、このような流れは日本でも共通する部分があるというのが羅氏の考えだ。テレビではリーチできなくなってしまった部分をどのチャネルが埋めていくか。その1つとしてエレベーターというメディアには大きなポテンシャルがあるという。
羅氏によると、国内でこの領域のビジネスを拡大していく場合、不動産会社だけでなくエレベーター保守会社といかに上手く連携できるかがキモになるそう。場合によっては人命にも影響を与えうるからこそ保守会社は慎重なスタンスをとる傾向にあり、これまでベンチャー企業を含む業界外の企業が容易に踏み込めなかった。
いくら不動産会社から良い反応が得られようと、肝心の保守会社がイエスと言わなければエレベーター内に設置ができない。だからこそ参入障壁も高くなるが、東京エレビの場合は独立系大手のエス・イー・シーエレベーターと協業して事業を展開。今後は他社も含めて保守会社とのタッグを進めながら端末を普及させていく狙いだ。
まずは面の拡大へ、2023年までに3万台の設置目指す
東京は2017年2月の創業。代表の羅氏が東京大学大学院に在学している時に仲間とともに立ち上げた。
東京エレビのアイデアのきっかけは、学部生時代に大学内のエレベーター内に張り出されていた英語の文章だ。英語ということもあって最初はそこまで読もうとしていなかったが、何度も乗っている内にその内容に興味を持つようになった。その経験からエレベーターという密室空間の価値や、それを活かした広告ビジネスの可能性に気づいたという。
思い立ったらまずは行動、ということで最初は休日を利用して銀座のビルオーナーを訪問。アイデアを紙に書いて飛び込みで営業をしてみることからスタートしたそうだ。
当時は東京エレビのモデルもプロトタイプもなかったそうだが、そこからブラッシュアップを重ねて少しずつ形を整えていった。その後大学院在学中に会社を立ち上げ、現在のモデルへと落ち着いたという。
今回の資金調達は同社にとって2017年9月に実施したエンジェルラウンドに続く2回目のラウンド。プロダクトの社会実装に向けて「一気に面を取りに行く」(羅氏)ためのものだ。
バラエティに富んだエンジェル陣に加えてXTech Ventures(XTV)やEast Ventures、クオンタムリープなどが株主として参画。博報堂やユナイテッド出身で広告業界に明るいXTVの手嶋浩己氏が社外取締役に、元ソニー会長でもあるクオンタムリープ代表取締役の出井伸之氏が顧問に就任している。
特にこれから端末の設置を加速させ、ゆくゆくは広告事業としてしっかりマネタイズも進めていきたい羅氏達にとっては、この2人がチームに加わったことは大きな意味を持つだろう。
東京では1つのマイルストーンとして「2023年までに3万台の設置」を目標に掲げ、組織体制の強化とともに事業を拡大していく計画。中長期的には東南アジアなどを始めグローバルで事業を展開していく予定のほか、
同社に限らずmark&earthやジャパンエレベーターサービスホールディングスなどエレベーター広告に取り組む企業も出てきているので、中国と同様に日本国内でも今後このマーケットが盛り上がっていきそうだ。