ビッグ・データは必要か?

近年のネット、いやIT業界を代表するバズワードの1つがこのビッグ・データ。その可能性は誰もが感じつつも、とりあえずビッグ・データといえばお金になるかも、とビッグ・データという言葉だけが先行した製品サービスが世の中に溢れつつあります。今回はそんなビッグ・データの現状と可能性について、カリスマデジタルマーケッターのミッチ・ジョエルが冷静に見つめ直した記事を。 — SEO Japan

この大量のデータをどうすればいいんだ!

マーケティング系ブロガーを揺り動かせば、“ビッグデータ”という言葉がそのポケットから転がり落ちるのを目にすることが増えてきた。最近マーケッターを最も興奮させているもの、それがビッグデータの概念だ。しかし、ビッグデータの定義に関する一致した見解もなく、どのようにそれが効果的に利用でき、ブランドの経済価値にどう影響を与えるのかについては、事例も含めて、理解している人が余りいないのが悲しい現実だ。つまり、ビッグデータは高校でのSEXのようなものだ:みんながそれについて話すが、実際にそれをやっているのはほんの少しの人だけなのだ・・・

ビッグデータとは?

私の大局的な視点から見ると、ビッグデータは2つの方向で話されているように感じる:

  1. 将来性。以前はできなかった方法で消費者の行動を理解することができる世界を想像しよう。人口統計や心理学のような基本的なメジャメントの範囲を超えることができる世界を想像しよう。自分の習慣に関して消費者自身さえも知らないような消費者に関することをあなたが知っている世界を想像しよう。あなたのデータが3次元になり、それを以前は思いもよらなかったような方法で切り刻むことができる世界を想像しよう。
  2. 言い訳。ビッグデータへのアクセスがなければ、私たちは救いようがない。みんながビッグデータを使用しているため、もしもビッグデータへのアクセスを持たなければ、私たちはライバルと同じくらいに賢くはなれない!もし私たちだけがビッグデータへのアクセスを持っていれば、恐らく私たちはもっと自分たちのビジネスをよく理解し、改善された結果を得ることができただろう。

ビッグデータはただのデータ。

ビッグデータの将来性と現実は、軽くあしらうものでも、忘れるものでも、はねつけるものでもない。そのパワーと将来性はとても現実的だが、一つ言っておく:データは単なるデータにすぎない。私の友人、Avinash KaushikGoogleのデジタルマーケティング・エヴァンゲリストであり、Web Analytics – An Hour A DayWeb Analytics 2.0の著者)は、データから実用的な洞察を引き出して本当に意義のある結果をもたらすものにするスキルを持つ力に焦点を合わせることを好む。私は彼に賛成だ。私たちのデータの取り扱い方と分析力は業界全体で良くなってきているが、いまも間違ったデータを見て憶測を立て、ビジネス戦略やより良い結果に基づかない行動をとっている人が圧倒的多数いるのだ。データの力やリアルタイムWeb、マーケティング最適化に重点を置いて何を成し得るかを理解している人はわずかだ。もしあなたが、この状況に苦しんでいるのなら、AvinashのブログOccam’s Razorをチェックしよう(彼は、実用的な洞察がデータの反吐(彼の言い方を借りると)について何ができるかに関してもっと深く書いている)。

では、どうすればいいのか?

ビッグデータではなくビッグ・インサイト(大きな洞察)について考え始めたらどうだろうか?より数の多いデータやビッグデータというのは、大部分の専門家が理解しない事柄がいっそう多くなる(いっそう大きくなる)ことを意味する。私は時々、ビッグデータへのアクセスをマーケッターに与えることは彼らの頭を爆発させることになるのではと心配する。一歩下がってみたらどうだろうか?私たちが今手に入れているデータを実際に見て、それが意味すること、それによって私たちにできることをもっと理解したらどうだろうか?(これは、顧客の生涯価値、顧客の獲得単価戦略、パフォーマンスベースのメディアがどのように具体的な結果をもたらすことができるかのようなことを解き明かすためのハードな道のりを私たちに強いるだろう。)こんな風に考えるのだ:私たちはみんな、Microsoft Word(もしくは、文字を打つために使用するソフトウェアなら何でもいい)が装備している機能にワクワクするが、おそらく90パーセント以上の人がその機能の5%しか使っていないというのが現実だ。私たちは、ビッグデータに進むことができるほど十分に、今現在自分たちが手にしているアナリティクスに上達したのだろうか?

それは間違った質問ではない。

今後の年月の中で、ビッグデータは、理論と“手にしたいもの”からすぐ手の届くところにあるアクセスと情報へと変わっていく。もし私たちが(今のように)自分が手にしたものについて適切な行動を起こすことを要求されたなら、どのように私たちは、想像もできないような規模と重要さのデータをより上手に対処することを予期できるのだろうか?ビッグデータを今機能していないことの言い訳として見たり、あり得た可能性として見ないことだ。その代わりに、自分が持っているものに焦点を再び合わせて、頭を草むらへと突っ込み、自分が今現在獲得しているアナリティクスを研究し、本当に実用的な洞察を発見して、できる限りほぼリアルタイムでそれを行動に起こすのだ。あなたがそれをマスターすれば、ビッグデータはもっと多くの扉とチャンスを開くだろう。

ビッグデータの現状についてあなたの意見も聞かせて欲しい。


筆者について:ミッチ・ジョエルは数々の受賞歴を誇るカナダ発のデジタルマーケティング/コミュニケーションエージェンシー、Twist Imageの代表です。2008年にはカナダで最もソーシャルメディア上で影響力のある人物、そして40歳以下で最も有名な40人の一人、さらに世界で最も影響力のあるオンラインマーケッター100人の一人に選ばれました。著書である「Six Pixels of Separation」(Grand Central Publishing – Hachette Book Group)は、ビジネス/マーケティング書として英語圏で大ベストセラーになっています。ミッチのブログはこちらから。


この記事は、Six Pixels of Separationに掲載された「Who Needs Big Data?」を翻訳した内容です。

ビッグデータがデータに過ぎず、そこからいかにインサイトを得るかが重要。わかっていても、ビッグデータという言葉だけが独り歩きしているのは、新しい概念やサービスの普及過程で仕方のないことともいえますが、そもそもビッグデータって取得できるデータが増えただけの話なんですけどね。全国各地で「これからはビッグデータですよ!」と活用方法や事例も示せないままビッグデータ関連の製品サービスが売られているのでしょうけど、さてさて3年後どうなっているやら。

しかし流石ミッチ・ジョエル、最後のパラグラフにあった文章は唸らせてくれました。「ビッグデータは、理論と“手にしたいもの”からすぐ手の届くところにあるアクセスと情報へと変わっていく。」「もし私たちが(今のように)自分が手にしたものについて適切な行動を起こすことを要求されたなら、どのように私たちは、想像もできないような規模と重要さのデータをより上手に対処することを予期できるのだろうか?」検索エンジンが登場し、検索エンジンマーケティングが普及した時、マーケッターはマーケティング市場初めてユーザーの興味を検索キーワードという形で知ることができたわけですが。。。それ以上に無限の可能性を持つビッグデータ、チャレンジングではありますが、開拓にし甲斐はありそうですね。 — SEO Japan [G+]

投稿者:

SEO Japan

002年開設、アイオイクスによる日本初のSEOポータル。SEOに関する最新情報記事を多数配信。SEOサービスはもちろん、高機能LPOツール&コンサルティング、次世代SEOに欠かせないインフォグラフィックを活用したコンテンツマーケティング等も提供。 SEOブログながら、ウェブマーケ全般。アドテク、ソーシャル、スタートアップ、インフォグラフィック等。