儲からないSaaSビジネスモデルの罠

SaaS事業にも取り組んでいる私としては、ドキっとしてしまうタイトルですが、さてその内容は? — SEO Japan

2012年に前年比で80%の成長を遂げ、6000万ドルの収益を上げたMarketoが、IPOを申請した。

しかし、実際には、同社は3500万ドルを失っていた。これは一体どういうことなのだろうか?

go for broke

収益1ドルに対して、1.60ドルを支払い、利益の出ない製品を無理やり販売のチャンネルに詰め込む状況は、理想とは程遠い。

「企業向けのSaaSの会社を成長させるためなら、当然だ」などと考えるべきではない。言いたいことは分かる — 「販売、マーケティング、そして、初期費用の回収期間は長いものの、最終的に利益が出るはずだから、待ってくれ」と言いたいのだろう。

冗談じゃない。EloquaもSaaS会社であり、同じような製品を同じ業界で販売し、同じようにSalesforce.comを統合していたものの、IPO時、7100万ドルの利益のうち、損失は500万ドルであった。60%も失っていたMarketoと比べ、たった7%の損失である。

このような逆さまのビジネスモデルを、SaaSビジネスは見習うべきではない。現代のスタートアップコミュニティには、このように会社を成長させる考え方を理解した上で、逆らってもらいたい

一般的な考え方:

  1. 企業の顧客を獲得するには、多額のコストが必要になる。マーケティング、法務、顧客管理、オンボーディング、技術的な指導、トレーニング等々。このプロセスを何度も実施しても、顧客を失ってしまうこともある。つまり、このコストは、顧客を獲得する度に、分割で返却していくことになる。
  2. SaaSの会社は、時間の経過と共に収益を獲得していく。通常のソフトウェア会社は、企業との取引で10万ドルを要求し、上述した「顧客の新規事業」のコストをすぐに取戻し、さらに、利益も得るが、SaaSの契約では、5000ドル/月で支払われ、同額の収益を得るまでに18ヶ月間かかることもある。幸いにも、18ヶ月間が過ぎた後も、SaaSの会社は、5000ドルの月額料金を引き続き請求することが出来る。その他のタイプの会社は、たった20%/年のメンテナンス料金で誠心誠意尽くさなければならない。
  3. つまり、企業向けのSaaSの会社は、最初の12-24ヶ月間は利益を得ることが出来ない。
  4. しかし、成長著しいSaaSの会社は、新しい顧客を獲得し、その結果、顧客の数を増やしていき、儲けの少ない業務が次々に蓄積されていく。
  5. 儲けの少ない業務があまりにも多いため、以前の顧客との仕事が黒字に転換しても利益が出ない顧客がさらに多いため、会社は健全な成長を続けている限り、儲からないことになる
  6. また、製品を作るためのR & D、オフィスの賃料、重役の給料、広告、法務、融資、人事、技術サポート、会計等 — その他のコストの存在も忘れてはならない。実際に利益を得るためには、このコストを埋め合わせる必要がある。そのため、最終的な損益を黒字にするために必要な期間は長くなる。
  7. よって、少しでも成長しているなら、儲けが出ない状況は、SaaSの企業にとっては健全であり、妥当である。

会社を立ち上げたばかりの頃は、この考え方は誤っていない。しかし、Marketoの規模の会社には、当てはまらない。

その理由を説明しよう

この概念においては、成長するための資金の投入をストップすれば、利益が出ると言う暗黙の前提が存在する。よって、実際には利益を上げることが出来る企業であり、儲けが出ていないのは、成長しているためである。これは、マーケットシェアを増やし続けている証拠であり、望ましい状況である。

この考え方の誤っているポイントを指摘しよう — 成長させる試みを止めることは不可能である。つまり、成長率が低くなり、利益をもたらす顧客を多数抱える見返りを得られる日は、永遠にやって来ることはない。一体いつになったら黒字化するのだろうか?

それでけではない。SaaSの会社を成長させるのは、徐々に難しくなる。契約の解除が発生するためだ。維持率が高くても(75%/年)、収益の25%を新たな「利益の出ない」顧客で置き換える必要があり、損益は0になる。契約が解除される度に、利益が遠ざかっていく。

大まかな数字であっても、このモデルが失敗する理由を容易に理解することが出来るはずだ。企業を相手にするSaaSビジネスの典型的なスタッツを挙げていく:

  • 1年半の回収期間(顧客を獲得するために投資した資金を賄える収益を得られるまでにかかる期間)。
  • 75%の年間維持率(4年おきに顧客ベースを一新する。もちろん、長い期間とどまる企業もあれば、早く打ち切る企業もあるため、あくまでも平均の期間である)。
  • 顧客にサービスを提供するための30%のコスト(70%の売り上げ総利益率と言い換えることも出来る。要するに、1ドルの収益を得る度に、サーバー、ライセンス、技術サポート、顧客管理等の直接経費として0.30ドルが消える計算である。多くのSaaSの企業は、たとえSalesforce.comのような巨大な会社であっても、売り上げ総利益率は70%程度である)。
  • 15%の収益 == R & D部門のコスト。
  • 15%の収益 == 管理部門のコスト(賃料、融資、人事、重役の給与)。

平均的な顧客が、年間の収益Rドルをもたらすと仮定すると:

  • 顧客の存続期間の収益は$4Rとなる。ただし:
  • 顧客を獲得するために$1.5Rを投資する(回収期間)。
  • 顧客にサービスを提供するために、売り上げ総利益の$1.2Rを支払う(4年 X 30%のコスト)。
  • R & Dに$0.6Rを出費(4年間で15%)。
  • 管理費として$0.6Rを出費(4年間で15%)。

つまり、元々あった$4Rから最終的に残った$0.1Rが利益となる。これは収益の1/40であり、この額を得るために4年間を要する

しかも、まったく成長しないことを前提としている。しかし、最低でも契約の解除を賄うだけの成長を続ける必要があり、これで僅かな利益も失われる。

それでは、

どうすれば利益を出すことが出来るのだろうか?

成功をもたらす、利益を出すSaaSの企業(3000万ドル/年を上げる企業はもちろんのこと、500万ドルの利益を出す企業も注目に値する)は、利益を得るために複数の取り組みを行う:

  1. アップセル/アップグレードを介して、契約解除の影響を抑え込む。例えば、 Salesforce.comとZenDeskは、ユーザーを加える度に、そして、機能を増やす度に、一人当たりの料金を値上げする。顧客は増えているため、4年間の収益は4Rではなく、1年目ではR、2年目は1.5R、3年目は2R、そして、4年目は7Rになる可能性がある。この増加によって、計算に大きな変化が生じる。なぜなら、顧客を獲得するためのコスト、そして、一般的にR & Dと管理のコストも上がることはないためだ。「契約解除率」-「アップグレード率」=「ネットチャーン」である。ネットチャーンを0に近づけることは、利益を得る上で大きなステップとなる。優良なSaaSの企業は、ネットチャーンがマイナスに到達する。この境地に達する会社は、純粋なソフトウェア会社だけでなく、例えば、ハードウェア/サーバーを提供するRackspaceも、ネットチャーンをマイナスまで下げることに成功しており、その結果、収益を前年比で30%増加させ、15億ドルを獲得し、3億ドルの利益を上げている。
  2. バイラルな成長を達成して、契約解除を相殺する。「バイラルな成長」を名乗る資格があるB2Bの企業は少ない。しかし、実際にこのレベルに達した企業は、年間の成長率Xを維持し(Xは契約解除率よりもは遥かに高い)、獲得のコストを最低限に抑えている。このケースでは、契約解除が「追いつく」ことはなく、利益を出すことが出来る。
  3. 顧客獲得のコストを大幅に減らす。18ヶ月間の回収期間は、企業にとって大きな負担となる可能性がある。・広告を使って顧客を見つけることが出来るなら、・営業スタッフに話しかけることなく登録してもらうことが出来るなら、・製品内のチュートリアル、良質な文書、そして、利用方法を説明する動画を使って、製品を学ぶことが出来るなら、・データをサポートの支援を受けずにインポートすることが出来るなら、・営業スタッフが、プレゼンテーションを作成することなく、収支の管理者に価値を証明することが出来るなら、成長することが前提であっても、契約解除-切り換えのコスト、そして、適切な成長の規模を、利益を阻害しない程度に抑えられる。
  4. 売り上げ総利益を大幅に改善する。サービス主体の企業向けのSaaS会社なら、技術サポート、顧客管理、そして、本格的なITのインフラは必須である。だからこそ費用効率の高い(利益を出す)企業向けのSaaSの会社であっても、売り上げ総利益率を70%以上に引き上げることに苦労する(Slaesforce.comやRackspace等)。しかし、カスタマーサービスを最低限のレベルに抑えている企業(カスタマーサービスが悪いとは限らない)は、出世を続け、「資金と投じることなく」利益を得ることに成功している(例えば、Google、Facebook、Freshbooks)。

SaaSのビジネスの基本的な基準値は変化する点にも注目してもらいたい。SaaSの企業は、基準値を改善していく必要がある — 契約解除率を下げ、ネットチャーンを下げ、売り上げ総利益率を高め、顧客獲得コストを削減する必要がある。基準値の改善を怠り、「利益が出るまで成長」させる方針は、うまくいかない。

ジャッキー・メイソンの古いジョークを思い出す: ある衣料品店では、原価でジャケットを売っている。ある日、客が「それで利益が出るのですか?」と店員に尋ねたそうだ。すると、店員は「ジャケットを一杯売れば儲かりますよ!」と答えた。

Marketoは大量にジャケットを売っている。


この記事は、A Smart Bearに掲載された「The unprofitable SaaS business model trap」を翻訳した内容です。

米国と日本では規模も事情も違うでしょうが(そもそも儲からない会社に資金がそこまで投下されないですし・・・)、中々に身につまされる記事でした。数字で羅列されている1つ1つの項目、どれもそれなりに納得感もありますし、SaaSが成功するにはどこかで圧倒的に効率的なことをやって、利益が出る余剰を作ることが大事なのかな、と日々事情を回していて感じます。私が関わるSaaSサービス提供会社もバイラルな拡がりは最近見せてくれたのですが、これが仕事につながるかは全く未知数な今日現在です。 — SEO Japan [G+]

投稿者:

SEO Japan

002年開設、アイオイクスによる日本初のSEOポータル。SEOに関する最新情報記事を多数配信。SEOサービスはもちろん、高機能LPOツール&コンサルティング、次世代SEOに欠かせないインフォグラフィックを活用したコンテンツマーケティング等も提供。 SEOブログながら、ウェブマーケ全般。アドテク、ソーシャル、スタートアップ、インフォグラフィック等。