前回のエントリーSEO業者はこうして倒産したが珍しくバズったので、性懲りもなくまたSEO業者をテーマとした小説を書いてみるのだ。
まあ、今回はバズらず懲りることになるのだろう。と予め予防線を張っておくのである。
今回は結構長くて読みにくいのでPDF版を準備した。
こちらからダウンロードできるのでお使いくださいませ
「私は全然ITのことは素人なので、御社を信じてお任せしますのでよろしくお願いします。」
私の年齢の倍はあるだろう榎戸社長は私に向かって深々と頭を下げた。
「私も経験不足なのでいろいろ教えてください。」
倉橋さんという若い女性がこれまでは店舗運営兼任であったがWebの選任になることになったそうだ。
「はい、ご期待に必ずお応えできるように致します。」
「SEOコンサルタントってすごいですね。SEOって全然わからないんです。色々教えてください」
「はい。」
実はほんの半年前まで投資用マンションの電話営業をしていたので、SEOのことなんかよくわからないのである。すいませんという感じだ。
3人コンサルタントと名乗る担当者がいるのだが主業務は営業である。
Aがテレアポをする。
アポが取れると、AとBが同行してお客様の会社に行く。
Aは営業部、BはSEOコンサルタントの名刺を出す。
Bがテレアポをした場合はこの逆に
Bは営業部、AはSEOコンサルタントの名刺を出す。
といったあんばいだ。
コンサルタントの役目の人がテレアポをしているとなると説得力がないので、わざとテレアポした担当者と別の担当者を連れていくという仕組みにしているわけだ。
実際はうちの会社にコンサルタントと言えるほどのスキルのあるコンサルタントはいない。
私は半年前まで投資用不動産の営業、
飯岡は1年前まで俳優を目指していて、
佐倉はこれまた1年ほど前までキャバクラの店員、
といったあんばいである。
半年ほど前まではSEO事業を立ち上げたコンサルタントの日向という奴がいたのだが、現在退職してユーザー側の会社でSEO担当者として働いているらしい。いわゆるインハウスSEO担当者というやつだ。
その彼が抜けた穴を埋めることはいまだにできていない。
SEOを教える人がそもそもいない。
我々3人で勉強会などもやったこともあったが、たった2回やっただけでその後は立ち消えになった。
ひたすらテレアポをし、受注が取れたらもともとリンクを調達していたSEO業者に丸投げして、代理店マージンだけで食っているのである。
日向が退職したときにSEO事業をやめるという話もあった。
社長はじめ全員が上野を慰留したのだが、彼が退職の意思を曲げないので全員で「無責任だ!」と言って吊し上げた結果、その翌日から会社に来なくなってしまったのだ。
彼がいなくなってできることはテレアポしかなかったから、S社のコピー機でも売るかそれともN社の光回線あるいはS社の携帯電話のセールスでもやるか?と議論をしてみたが、まあそこそこ収益も上がっていたのでSEOで行くことになったのである。
上野はそんないきさつで退職したため、まったく引継ぎをしていなかった。
我々3人ではリンクを張ることすらできないので、前から付き合いのあったSEO業者、株式会社エイトタウン社と代理店契約を結んで営業を継続することになった。
飯岡がテレアポをして取った案件がこの榎戸社長の会社、榎戸商会である。
飯岡が営業役、私がコンサルタント役で客先に出向いたのだ。
アポが取れるのもまれだし、契約に至ることはことさらまれなので、とてもうれしかった。
固定給は月額16万5千円と低く、業績給がないととてもじゃないがやってられない。
1契約取れると、アポイントを取った営業担当者は15%、クロージングしたコンサルタント役の担当者は7.5%のマージンがすべての支払いについてもらえるのである。これがなければとうの昔に辞めている。
ぶっちゃけ言うと、エイトタウン社と直接契約したほうがよっぽどマシである。
このSEO業者は2ちゃんねるではむちゃくちゃ叩かれているように施策はひどいものだ。
そして、うちの会社が入ることで、値段もすごく高くなる。
SEO業者への月額支払に72.5%マージンを載せた金額が見積額だ。
もともとの価格自体は安かろう悪かろうという金額なのだが、当社が間に入ることで高く悪くwになってしまうのである。
72.5%という数字は半端に見えるが、当社が50%マージンを取り、担当社員の2名で合わせて22.5%のマージンがあるので、これを足すとこんなきりの悪い数字になるわけだ。
今回エイトタウン社からの見積は、日額成功報酬20,000円だった。
そんなわけで34,500円が当社からの見積額だ。ぼったくりである。
さて、話は元に戻る。
榎戸商会は自然素材の靴下を製造販売している会社である。
もともと自社で運営するショップで販売しており、乾燥肌やアトピーで困っている人を中心に根強いファンがいた。
2年ほど前からECショップを始めて、現在は月商300万円まで成長し黒字化したそうだ。
そんな矢先、ショップの入っていたビルが耐震性に問題があるということで、取り壊さなれればならないことになったらしい。
新しい店舗をオープンするのは多大な投資が必要なのでこの際店舗は作らずに、ECショップを主力にすることにしたそうだ。
そんな矢先我々の会社がSEOのテレアポをしたというナイスなタイミング。いわゆるラッキーってやつである。
倉橋さんは店舗の運営の合間にECサイトを軌道に乗せただけあって、清楚な中にも意思の強さを感じさせる女性だった。
ブログの更新は店舗が閉店してから行い、ソーシャルの運用は日中のお客さんが一人もいない時間にせっせとやったそうだ。ショップのFacebookページは「いいね!」が4000以上もついている。
これは彼女のアイコンのおかげもあったかもしれないが・・・。
自分もこの会社を担当できることがとても嬉しかった。
何としても成果を出さねば。
「靴下」
という超ビッグキーワードで上位表示すれば売れるはずだ。
「靴下という超ビッグキーワードを狙います」
彼女は一瞬口ごもって、
「それでいいのでしょうか?」
やっぱり靴下を売るECの店舗であれば「靴下」というキーワードを狙うべきだろう。
「これでいいんです。素人じゃ、こんなビッグキーワードを上位表示させることなんかできませんが、我々だったらできます。だから正解なんです。期待してください。」
「そういうものなんでしょうか・・・。わかりました。」
「まずは一点お願いがあります。」
「なんでしょうか。」
「Googleのウェブマスターツールは使ってますか?」
「はい。」
「であれば、ウェブマスターツールは削除してください。」
「いいんですか?」
「はい、GoogleはSEOを嫌います。ウェブマスターツールを入れていると、SEOしていることがGoogleに知られてしまいますので、まずは施策に入る前に消す必要があるんです。」
「そういうものですか。」
実はエイトタウン社から指示されているからそう言っているだけで、それが正しいのかどうかなど正直わからない。
「期待してますよ」
榎戸社長は最後にそう言って打ち合わせは終わった。
FTPのログイン情報をもらって会社に帰り、エイトタウン社にこれをメールで送った。
これでもうやることは基本的にない。
あとは月次の報告のタイミングで順位報告を送るだけだ。
でもしかし・・・。
意外に榎戸商会を再訪するタイミングは早く訪れた。
3週間後のことである。
エイトタウン社が、
「Facebookのいいね!の販売を開始したんですよ。
榎戸商会さんに順位の報告がてら、営業に行ってみませんか?」
という提案をしてきたのだった。
私はこれに一も二もなく賛成し、倉橋さんにアポを取った。
まずは、順位の報告だ。
「我々の施策の開始前は靴下というキーワードでの検索順位は89位でしたが、現在47位まで順調に上がってきました。」
「そうですか、さすがプロは違いますね。」
榎戸社長は上機嫌だった。
倉橋さんの表情を窺ってみたが、残念ながら何の表情もなかった。
「今回は一つ提案があります。Facebookページの「いいね!」を集める対策です。現在「いいね!」ですが約4000です。これを簡単に10倍にすることができます。」
「そうなんですか。それはすごいですね。今まで苦労してやっと4000集まったのですがそれが簡単に10倍になるってことですね。さすが専門業者ですね。」
「まあ、プロですから。」
倉橋さんは言いにくそうな表情をしていたが、
「すいません、今の4000のいいね!ですが、いいねして下さった方は私の会社のファンの方で、多くの方が買ってくださっています。増やしていただくのはいいのですが実際に購入につながるのでしょうか?」
そんなこと分からんわ。
どうなんだろう?
「もちろんです。ファンが増えるわけなので購入数も増えますよ。」
あーあ、言っちゃった・・・。
わからないし仕方がない。
エイトタウン社の営業を連れてきた方がよかったなぁ。
「そうですか。」
何となく彼女は釈然としない表情をしていたが、この日は40000いいね!を200万円で販売するという話が榎戸社長とまとまった。
200万円の7.5%が、15万円がマージンとして入るので来月の給料はだいぶ太いはずなのだが、浮かない気分だった。
まあ、契約を取った時に浮かない気分なのはいつものことなのだが、今回は特にそうだった。
それから約3週間後のある日、電話が鳴った。倉橋さんからだった。
「すいません。靴下ってキーワードだけではなくて、そのほかのキーワードも検索に表示されなくなってしまったのですが。」
まずい・・・。
「調査を行いますので、またご連絡します。」
エイトタウン社に急いで連絡する。
「そうですか。おそらくは一時的な下落だと思います。」
「御社の施策のためということはありませんか?」
「当社のリンクは品質が高いのでその可能性はまずありません。もし、リンクペナルティだとすれば他のSEO業者のリンクが影響しているのではないですか?」
そんなことはない。榎戸商会がSEO業者に依頼をしたのは今回が初めてのはずだ。
「それはないはずですが・・・」
「確かめてみましたか?」
「確かめてはいませんけど・・・」
「確かめなければ何とも言えないんじゃないですか?」
「ではどうやって確かめるんですか?」
エイトタウン社の担当者は少しの間沈黙して、
「しばらくして順位が回復しなかったらよその業者がやっていたということになるってことですね。」
「????」
「あとは契約していなかった場合でも、ネガティブSEOっていって同業者が競合サイトの順位を下げるために、品質の悪いリンクを付ける場合があるんです。その可能性が高いですね。」
「同業者から妨害を受けている可能性があるってことですか?」
「うちのリンクが原因ってことはありえないですから、それしかないでしょう。」
他の案件でも下落した例はいくつもあった。
それは全てエイトタウン社の責任ではないのか?
「過去にもいくつか下落した例ありましたよね。それも御社の施策が原因ではないっていうことですか?」
「そうです!そんなことを言われるのは心外です。リンクは正しくつければ絶対にペナルティにはならないんですよ。」
毎回この手の説明を受けてもなんだか納得がいかない。
「ネガティブSEOだったとしたらどうするんですか?」
「当社のペナルティ回復サービスというサービスがあります。圏外に飛んでしまったキーワードが圏内に戻ってきたらその時点で課金発生です。」
通常ならばこの手の問い合わせは電話でのらりくらり何とかかわすのだが、この説明をしに榎戸商会に行った。
この日は社長は他の用事で不在だったので倉橋さんに聞いたままの説明をした。
彼女はあからさまに不快そうな表情をした。
「うちの会社で今までSEO業者を使ったことはありません。またネガティブSEOなんてうちみたいな小さい会社に対してそんなことをする同業者がいるとも思えませんが。」
「まあ、これはあくまでも可能性であって、自然に順位が戻ることが普通なのでいったん様子を見てみましょう。」
「順位戻るのが普通ですか?」
「はい。」
実際は順位が戻ったことはほとんどない。
今まで順位が圏外に飛んだケースは15件ほどあったが、回復したケースは4件しかない。
回復したケースでも元の順位までは戻っていない。
こう言いながら実に苦しいのである。
「検索経由での売上げがほとんどなくなってしまいました。日額7万円ぐらいはあったのですが1万円を切ってしまいました。すぐに戻ってくれないと本当にまずいです。」
「わかりました。」
そう言いながら重い鉛を飲み下したような陰鬱な気分になったのである。
帰社してからエイトタウン社に何とかして回復してほしい旨を話してみたもののの、彼らもなんだかしみじみしなくて暖簾に腕押しという感じであった。
彼らは個々の案件が課金できなかったとしても、トータルでは3割ぐらいの案件で課金できているから儲かっているはずである。
上がらなければ「ハイ、次!」って感じでいいのだろうが一人一人の顧客としてはそれが全てなのだからたまったもんじゃない。
そして悪い時には悪いことが重なるものである。
数日後、今度は榎戸社長から電話があった。
「あのFacebookのいいね!なんだが御社にお願いしたことが原因だと思うのですが、まずいことになっているので相談させてくれませんか?」
「どうしたんですか?」
「いいね!を金で買っただろという書き込みがFacebookにたくさん書き込まれてしまっているんです。」
「・・・」
「Facebookからつながっていたお客さんが買ってくれなくなってしまいました。」
「・・・」
「検索経由の売上も激減してしまってますね。」
「・・・」
「うちの会社ほとんど売上なくなってしまいました。どうすればいいのでしょう?」
「・・・何とか早急に考えてみます。」
エイトタウン社にペナルティ回復サービスを無料でやってくれと電話をしたのだが、それは無理だと言われてしまった。
当社でこの金額を負担できないか?という話をしたのだが、社長にはやはり却下されてしまった。
「榎戸商会って君の取引先だよね。自分で何とかしなよ。」
ペナルティ回復サービスの成功報酬は75万円であった。
こんな金額個人で払えるわけもない。
なんとかならないか・・・。
エイトタウン社を訪問した。
当社の担当者は特に決まっていないらしく、平井主任という営業担当が応対することになった。
平井主任は年齢は30歳ぐらいに見えるが、入社して間もないらしくあまり詳しいことはわからないらしい。
しかし、
「ペナルティ回復サービスは無料では提供はできません。」
しかしきっぱりと言い切った。
「ペナルティ回復する場合は、我々のリンクも含めていったんすべて外さないといけないです。そうしたら我々課金できなくなってしまうじゃないですか?我々はタダ働きですか?」
「でも榎戸商会さんに多大な迷惑が掛かっているんですよ。どうするんですか?」
「それは別に我々の責任ではありません。」
「本当に御社の責任はないのですか?」
「ないですね。我々の施策のせいでペナルティになったという証拠でもあるのですか?」
「せめて、Facebookのいいね!の返金だけでもできませんかね。」
「なぜ返金しなきゃいけないんですか?我々は契約通り40000いいね!を集めました。なのに文句を言われる筋合いはありませんよ。契約書をちゃんと読んで下さい。」
遠慮も何もあったものではない。
結局交渉にも何もならなかった。
榎戸商会からの電話がそれから何度かあったが居留守を使い、メールは全て無視した。
電話口では相当なやり取りが毎回あったようなのだが、のらりくらりとかわしているようだった。
1ヶ月程やり過ごしたある日、被った損害について賠償して欲しいという旨の内容証明郵便が届いた。
社長にこれを見せたところ、
「そんなもん、法的効力なんてないから放置でいいわ。それよりも営業して。」
内容証明郵便の内容は読んでいると胸が苦しくなる内容だった。
売上がほとんどなくなり、ソーシャルネットワークで築いてきた信用も失い、このままでは近いうちに廃業せねばならなくなることが切々と綴られていた。
内容証明も無視して、数日後榎戸社長と倉橋さんがアポなしで事務所にやってきた。
私は居留守を決め込もうと思ったのだが、社長から、
「お前のクライアントだろ。何とかしろ。」
と言われてしまい、逃げ道はなかった。
「どうしてくれるんですか?」
榎戸社長の口調は穏やかだったが、もう逃がさないという覚悟があった。
「すいません。」
「謝らなくてもいいです。どうしてくれるんですかときいているのです。」
「どうにもできません。」
「どうにもできないって御社がやっていることですよね。自分で何とかできないんですか?」
「実はうちは何もやってないんです。うちは代理店でSEOを売っているだけなんです。」
「じゃあ、販売元に何とかしてもらってください。」
「販売元には掛け合ってみました。でもどうにもなりませんでした。本当にすいません。」
「・・・私たちを騙したんですね。」
倉橋さんの言葉は私の心臓を鋭く貫いた。
「私たちが愚かだったのが悪かったのでしょうか。」
「いや、君はもともとSEO業者に依頼することに反対だった。私のミスだ。私が不勉強だったせいだ・・・。しかし、私は君たちを許さない。」
「どうするのでしょうか?」
「君たちにできることは我々の被った損害を賠償することだけだ。賠償しないなら訴訟に訴える。」
ミーティングから解放されて顛末を社長に報告した。
「訴訟になっても別に問題ない、契約書は完璧だから。うちには一切支払いの義務はない。まあ、あんなちっぽけな会社だから訴訟なんてできるわけがない。」
しかし・・・。
「私たちを騙したんですね。」
この言葉が頭の中をグルグルまわっている。
本当は騙したくなんかなかった。
私は会社を退職した。
その3か月後、榎本商会のECショップのページは消滅し、それからほどなくしてどっかのSEO業者のバックリンクのサイトに変わっていた。