「以前から『上場以降のスタートアップの持続的な成長』について課題を感じていた。一定数のスタートアップが上場後に苦戦して伸び悩んでしまっているの状況であり、スタートアップが新産業を創出する原動力として成長し続けるためには上場後こそが重要。自分たちのコンセプトは、そのフェーズを目前に控えた企業に対して上場前から経営知見と資本を提供し、上場後も伴走すること」
そう話すのは元ミクシィ代表取締役社長で、現シニフィアン共同代表の朝倉祐介氏だ。
同社は朝倉氏、村上誠典氏、小林賢治氏の3人が2017年に創業。村上氏はゴールドマン・サックスの投資銀行部門で14年間に渡って様々な上場企業のファイナンス業務に携わってきた人物で、小林氏も前職のディー・エヌ・エーで取締役・執行役員として事業部門からコーポレートまで幅広い領域を統括した経験を持つ。
これまでも資本業務提携という形でFOLIOやオープンロジ、VISITS Technologies、ニューラルポケットなどに出資し、資本と共に経営のナレッジを提供してきたシニフィアン。今回新たなファンドを組成してその取り組みを一層加速させていくようだ。
同社は6月26日、200億円規模の新ファンド「THE FUND」を組成したことを明らかにした。
THE FUNDの主な投資対象はレイターステージのスタートアップで、朝倉氏いわく「バリュエーションが100億円を超えるような企業に対して、数十億円単位の出資をする想定」。上場後の継続的な成長に伴走することが大きなコンセプトのため「上場後も一定程度株式を持ち続け、関与し続けることを最初から織り込んでいる」(朝倉氏)のが一般的なVCとの違いだという。
1社あたりに十数億〜数十億円の出資をするため、投資先は数社に限定する見込み。バイアウトファンドなどとも異なり、あくまでマイノリティ出資に留まる。
また今回のファンドではみずほフィナンシャルグループがパートナーとして参画。同グループがLPとして出資するほか、みずほキャピタルが共同GPを担う。シニフィアンによる経営面のサポートに加え、みずほフィナンシャルグループの顧客ネットワークやリソースを出資先に提供することで、事業成長を後押しする計画だ。
「上場前のセットアップ」が上場後の成長のカギ
シニフィアンでは2017年の創業期から「上場後のスタートアップの継続的な成長が日本の産業やスタートアップエコシステムの発展に繋がる」と考え、上場前や上場間もない成長企業の経営支援に取り組んできた。
事業の軸は大きく2つ。未上場のスタートアップを資本業務提携を通じてサポートする「産業金融事業」と、出資ではなくフィーを受け取る形で様々な企業に知見を提供する「アドバイザリー事業」だ。
後者については未上場企業から上場企業までクライアントの幅は広く、時価総額1000億円規模の上場企業のIR戦略策定に携わることもあるという。
「この2年間は自分たちなりにプロダクトマーケットフィット(PMF)を図ってきた。当初から今回のようなファンドを想定していたわけではなく、『上場企業を直接支援した方がいいのでは』ということで上場株をメインにすることも考えた。ただ上場前に整備しておいた方が効果的な打ち手も多いため、上場後の成長に向けたセットアップを上場前からサポートするのが1番いいという結論に至った」(朝倉氏)
日本国内では近年スタートアップへの投資が盛り上がっていて、2018年にはその投資額が約4000億円にまで拡大している。これは朝倉氏自身が大学時代に友人たちと共同創業したネイキッドテクノロジーに復帰し、代表を務めていた2010年前後と比べると約6倍に近い規模だ。
スタートアップにより多くの資金が集まるとともに、マザーズの新規上場企業数もここ数年は毎年50件前後まで増えてきている。こちらも2009年が4件、2010年が6件、2011年が11件だったことを踏まえると状況が大きく変わっていることがわかるだろう。
経営知見の不足で上場後に苦戦するスタートアップが多い
一方で上場を果たす企業自体は増えているものの「『新産業を創出した』という段階に到達する手前で事業に行き詰ってしまい、停滞してしまっている企業が少なからず存在する」というのが朝倉氏の見解だ。
「昨年マザーズに上場した企業のIPO時における時価総額の中央値(公募価格ベース)は50億円を下回っている。そこから1000億円規模まで成長するのは簡単なことではない。今の日本は未上場企業の段階においてはVCやエンジェルが増え、サポートが手厚くなってきた。また1000億円を超えるような企業、東証一部に上がるような企業には機関投資家が出資して経営にガバナンスが効く。ただその間を支援する仕組みが抜け落ちているのが1つの課題だ」(朝倉氏)
THE FUNDではそこに位置するようなスタートアップに上場前から参画し、時価総額が1000億円クラスになるまでを伴走する。すでにPMFを達成してプロダクトはある程度軌道に乗り始めているものの、経営体制としては未完成な部分があるチームを支えるのが主な役割だ。
「PMFの図り方やユーザー数を増やす手立てについては、自分たちよりも上手いVCやエンジェルがたくさんいる。その一方で上場企業の経営に携わり、成長・停滞の両局面を自ら経験してきたことがある支援者は限られている。自分たちの特徴であり得意領域はまさにその部分。自らの体験談や知見を提供し、スタートアップが上場後もスムーズにグロースするサポートをしたい」(朝倉氏)
その点では、既存のVCと競合するというよりは補完的な役割を担えると考えているそうで、朝倉氏の言葉を借りれば「VCやエンジェルが先発ピッチャーだとすれば、自分たちは中継ぎエースのような存在」をイメージしているとのこと。
なお一部ではレイターステージよりも少し手前の段階のスタートアップへフォロワー投資家として出資するプログラムも予定しているという。
IPOを跨いでスタートアップの事業創出を支援する
朝倉氏の話では特定の技術や領域に絞って投資をすることはないが、経営知見の提供を1番のバリューと考えているため「経営のレバーが効きずらい領域」はメインの対象にはならないとのこと。
またシニフィアンとして「スタートアップは社会の課題を解決する原動力であり、その経営支援を通じて共に社会課題の解決に繋がる事業を創出すること」「その事業を伸ばし、後世に続く産業として確立すること」を重要視していることから、経営者や経営チーム、トランスフォーメーションの余地(非連続なジャンプができる可能性)に加えて事業や社会性などを考慮して投資先を検討する予定だ。
IPOを跨いで投資先を支援するというスタイルは一般的なVCと思想やリスクテイクの考え方が異なり、VCへLP出資する企業などからは「(上場後は)早く売った方がパフォーマンスがいい」「長く持ち続けて良かった例をあまり見たことがない」のような意見もあったそう。同様にスタートアップ側も色々な捉え方があるだろう。
シニフィアンももちろん慈善事業としてやるわけではなく、朝倉氏は「ファンドとしてやる以上、当然ファンドとしてのパフォーマンスを求められる。後世に引き継ぐ新産業創出というミッションとの両立を目指す」方針だという。
とはいえ、上場後のスタートアップが次のステージへと駆け上がっていく上で「世の中にかけている機能があり、それは自分たちにとってのオポチュニティでもある。既存VCとは別のアプローチでそこを補完していく」(朝倉氏)ことには一定の価値があるというのがシニフィアンの考え。すでに1号案件の話も進み始めている状況のようだ。
「(現在はピーク時より落ち着いているが)ZOZOが公開時約200億円の時価総額から上場後も成長を続けて時価総額1兆円を突破する企業になったように、大きな可能性を秘めた企業もある。一方でマネジメントの経験や知見不足が原因で、余計に時間がかかってしまっているケースも少なくない。そこをしっかりサポートし、あらかじめ補填することで、次のステージに上がる期間を短縮できるのではないか。日本のスタートアップから産業になるものを創出することに少しでも貢献していきたい」(朝倉氏)