産総研・大阪大学・JST・日本電子、電子顕微鏡を使い同位体を原子1個から4個のレベルで識別・可視化することに成功

単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡(日本電子製TripleC二号機)

単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡(日本電子製TripleC二号機)

産業技術総合研究所(産総研)は、原子1個から4個というごく微量の同位体炭素を透過電子顕微鏡で検出する技術を開発した。これは、光やイオンを用いた既存の同位体検出技術よりも1桁から2桁以上高い空間分解能であり、原子レベルの同位体分析によって材料開発や創薬研究に貢献するという。

同位体とは、原子番号が同じで質量(中性子の数)だけが異なる原子のことを言う。生体反応や化学反応の追跡用標識(同位体標識)として利用されるほか、鉱物や化石の年代測定など、幅広い分野で使われている。しかし、貴重な美術品や微化石の分析や、同位体標識を使った化学反応、原子拡散、材料成長過程などの詳細な追跡といった用途では、原子数個分というレベルでの測定が求められる。既存の同位体検出技術の空間分解能は数十から数百ナノメートル程度が一般的であり、原子や分子ひとつだけを分析することは困難だった。

産総研ナノ材料研究部門電子顕微鏡グループ、大阪大学産業科学研究所科学技術振興機構日本電子からなる研究グループは、透過電子顕微鏡の高性能化に取り組んできたが、電子線のエネルギーをそろえる「単色化電子源」を開発し、電子線が試料を通過する際に失うエネルギーを計測して元素や電子の状態を調べる手法「電子エネルギー損失分光」のエネルギー分解能を大幅に向上させたことで、原子の振動エネルギーを直接検出できるようになった。そして今回、その原子の振動エネルギーから同位体を識別する技術の開発に成功した。

この研究では、単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡を使用している。従来の透過電子顕微鏡では、電荷をも持たない中性子の数が像に反映されず、同位体の区別ができなかった。研究グループは、単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡を使うことで、中性子ひとつ分の重さの違いを振動エネルギーの差として検出し、同位体の識別と原子レベルで可視化することができた。また、電子エネルギー損失分光の測定方法には「暗視野法」を用いた。電子が試料を通過したときに大きな角度で散乱した電子を分光する方式だ。これに対して小さな角度で散乱した電子を分光する方式を「明視野法」と呼ぶ。これまで電子エネルギー損失分光で同位体を検出できたという報告例では、すべて明視野法が使われていたが、空間分解能は数百ナノメートルであり、原子間の電荷の偏り(極性)を検出する方式であるため極性を持つ材料にしか使えない。一方、暗視野法には、ひとつの原子の中に生じる電荷の揺らぎを計測するため、電荷のない材料でも振動エネルギーを計測できるという利点がある。

電子線分光によるグラフェン中の炭素同位体識別のイメージ図

電子線分光によるグラフェン中の炭素同位体識別のイメージ図

研究グループは、原子ひとつ分の厚みの炭素原子のシート「グラフェン」の2つの安定同位体、12Cと13Cを測定した。これらは、中性子の数がそれぞれ6個と7個という違いがある。これらを測定した結果、エネルギー損失のピーク時に中性子ひとつ分の差が確認され、12Cと13Cの区別ができた。この計測の空中分解能は約0.3ナノメートル。グラフェンの炭素原子4個分に相当する。この4個のうちのいずれか、またはすべてが同位体で置き換わったときの振動エネルギーの差が検出できることから、測定感度は同位体1個から4個ということになる。

実験手法と実際に得られた12Cおよび13Cグラフェンの格子振動スペクトル

実験手法と実際に得られた12Cと13Cグラフェンの格子振動スペクトル

今後はこの手法を他の元素や材料に応用し、検出元素や適用材料の幅を広げると研究グループは話す。また、これまで実現し得なかったナノスケール以下での同位体標識法を確立するという。将来的に、エネルギー分解能と空間分解能、さらに検出効率を向上させることで、原子ひとつひとつの振動状態をより高い精度で高速な測定を可能にし、「化学反応や材料成長における単原子・単分子同位体標識のリアルタイム追跡を実現させ、同位体を標識に用いる創薬研究などでの応用」を目指すとしている。

顕微鏡開発の歴史を塗り替える成果、原子分解能磁場フリー電子顕微鏡を利用し磁力の起源となる原子磁場の直接観察に成功

顕微鏡開発の歴史を塗り替える成果、原子分解能磁場フリー電子顕微鏡を利用し磁力の起源となる原子磁場の直接観察に成功

新開発の超高感度・高速分割型検出器。写真左:原子分解能磁場フリー電子顕微鏡の外観。写真中央:電子顕微鏡下部に装着した新型検出器。写真右:40個の検出領域に分割した検出面

東京大学と日本電子は2月10日、新開発の原子分解能磁場フリー電子顕微鏡により、世界で初めて、原子磁場の直接観察に成功したことを発表した。原子が持つ微小な磁場を直接観測できる技術は、磁石、鉄鋼、半導体デバイス、量子技術などの最先端マテリアル研究を大きく推進させるものであり、顕微鏡開発の歴史を塗り替える画期的な成果だとしている。

これは、科学技術振興機構(JST) 先端計測分析技術・機器開発プログラムのもとで行われている、東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構(柴田直哉教授)と日本電子(河野祐二氏)らによる共同研究。原子の周辺に発生している磁場は、磁石(磁力)の起源ともいわれているが、従来の電子顕微鏡では観測が不可能だった。従来方式の電子顕微鏡は、原子を直接観察できる分解能を有しているが、非常に強力なレンズ磁場の中に試料を入れる必要があるため、レンズの磁場と試料の磁場が強く相互作用し、構造が変化したり破壊されたりしてしまうためだ。影響を与えない程度に磁力を落とせば、分解能が低下して観察ができなくなる。

そこで、同研究グループは2019年、試料室を磁場のない環境に保つことができる、まったく新しい対物レンズを開発し、磁性体の原子観察を世界で初めて実現した。そして今回、超高感度、高速検出器を搭載した原子分解能磁場フリー電子顕微鏡を新しく開発し、鉄鉱石の一種であるヘマタイト(α-Fe2O3)結晶の中の鉄原子周囲の磁場観測を成功させた。

ヘマタイト結晶の磁場観察には、走査型透過電子顕微鏡法(STEM)と、原子分解能微分位相コントラスト法(DPC)が用いられた。まず、STEMで観察を行ったところ、鉄(Fe)原子位置が明るい輝点として観察できたが、磁気の作用を示す磁気モーメントの情報は得られなかった。次にDPCを用いたが、すべてのFe原子が同じコントラストを示し、磁気モーメントに対応する磁場は観察できなかった。だがこれは、原子核と電子雲との間に強い電場が存在しているためで、この電場による影響を差し引けば、磁場のみを取り出すことができる。そこで、特殊な画像処理を行った結果、Fe原子層ごとに互い違いに反平行にコントラストが変化する様子が観察できた。これは、磁気モーメントの並びを仮定したシミュレーションと一致した。つまりこれが、「反強磁性的なスピン配列に伴う原子磁場を直接観察できた」ことを意味するという。

顕微鏡開発の歴史を塗り替える成果、原子分解能磁場フリー電子顕微鏡を利用し磁力の起源となる原子磁場の直接観察に成功

ヘマタイト(α-Fe2O3)結晶の室温における原子構造像と磁場像。(a)STEM像、(b)DPC像、(c)DPC像を画像処理したもの、(d)像シミュレーション結果

今後は、「磁石、鉄鋼材料、磁気デバイス、磁気メモリー、磁性半導体、スピントロニクス、トポロジカル材料など、さまざまなマテリアルやデバイスの研究開発を先導する新計測手法となることが期待されます」とのこと。「今まで見えなかった原子の磁場観察という大きな一歩を記す成果です」と研究グループは話している。